1.
文字数 5,134文字
不純物を完璧に取り除いた土を、自分の体重と同じくらいの量。
ほんの一つまみも、一滴の狂いもなく調合した薬品を一瓶分。そして――自らの血を大さじ二杯。
これらを混ぜ合わせ、自らの中に流れる魔力を少しずつ注ぎながらこねていく。
これまでの授業で学んだことを今日やっと実践しているわけだが、いざやってみると非常に地味な作業だった。
古より伝わる魔導人形『ゴーレム』の生成を、この俺――ターロ・アレクシオは行っている。
「ふう。飽きたな……」
つい口から漏らした俺は、一応手は止めずに周囲を見回す。
辺りには俺と同じように土をこねている同級生達の姿がある。青空の下、みんな額に汗して土をいじくっている。
今日は、エクスペリオン高等魔法学校ゴーレム 科一年生の『初生成』の日なのだ。
俺の生まれたこの国は、古くより魔法による国家の繁栄が絶対であると豪語する魔法立国だ。
そのため、次代を担う魔法使い達の育成にも心血を注いでいる。
俺がこの春より通うようになったエクスペリオン高等魔法学校は、より優秀な人材を育成する国家プロジェクトの中で設立された全寮制の学校だ。
この学校を設立した狙いは「若い内からある一分野に関して集中的に鍛錬を積むことで、その分野のエキスパートを生み出す」というものである。
そして、俺が在籍するゴーレム科はその名前が表す通り、『ゴーレム』の生成、使役に特化した人材を育成する学科だ。ちなみに、このゴーレム科は全学科中最低の人気を設立以来維持し続けている学科でもある。
なお、ここ数年の間で一番人気に輝いているのは召喚魔法を主に学ぶサモン 科だ。
このゴーレム科に入った生徒はまず、ゴーレムに関する基礎知識を一ヶ月かけて頭に叩き込まれる。そして、『初生成』の日を迎え、晴れて自らのゴーレムを持つに至るのだ。
「はぁい。それでは『形成』に入りなさい!」
生徒達の頭上を、教師が飛び回りながら指示を出した。ゴーレム科の教師なので、空飛ぶ人型ゴーレムの背中に乗って俺達を見下ろしながら、随時指示を行っているのだ。
『形成』とは、魔力を注ぎながらこねた土を綺麗な山の形に盛り立てていく作業のことだ。この薬品と生成者の血と魔力により活性化した土の山の中から、ゴーレムは現れ出でるのだ。
教師の指示を聞き、俺もさっそくその作業に移ることにした。
薬品と血のおかげでしっとりとしてきた土は、上手い具合に形ができていく。この作業を終えれば、いよいよ今回のゴーレム生成も佳境に入る。
「形成が終わったら、各自のタイミングで『文入れ』を行うように!」
あとは『文入れ』のみとなった。今回のゴーレム生成は、数あるゴーレム生成術の中でも一番簡単で作業工程の少ないものだ。
術者が念を込めながらそのゴーレムの名前を書いた羊皮紙を山の表面に張り付け、短い呪文を唱えれば後は山からゴーレムが生まれて来るという仕組みだ。
この羊皮紙の張り付けと呪文の詠唱のことを総じて『文入れ』と呼ぶ。
「周りの様子を見てからにするか……」
土をこねている間もどこか上の空で、山の形成も表面がデコボコなうちに終えてしまった俺は、羊皮紙を片手に辺りを見回した。
できれば、一番最初にゴーレムを生成して周りから注目されるのは避けたい。
終始適当な気持ちで取り組んできた俺では、ろくなゴーレムなど生み出せないだろう。
だから、周りが続々と生成を始めた頃にさらりと自分も済ませてしまうのがベストだと、最初から決めていた。
「きゃあああ! やったあ!」
そうこうしているうちに、さっそくどこかで第一号のゴーレムが生成されたようだ。他の生徒も作業を止めて歓声が上がった方に目を向けた。
記念すべき第一号のゴーレムを生成したのは隣のクラスの女子だった。ちなみに、ゴーレム科は不人気なため今年の新一年生は三クラスしかない。(他学科はどこも十クラスくらいはある)
彼女のゴーレムは身の丈は一般的な男子生徒と同じくらい。しかし、全身が漆黒に包まれ、肩口から巨大な角が生えているという威圧感のあるゴーレムだ。その頭部に人間と同じようなパーツはないが、彼女の姿を確認したようで跪いて自分を生み出した人間に忠誠を誓ったみたいだ。
「ゴ主人サマ、ドウゾ、ゴ命令ヲ、ナンナリト……」
口がないためどこから声を出しているのか定かではないが、ともかくゴーレムから忠誠を誓う言葉が発せられた。静まり返っていた周囲の生徒はそれを聞いて一気に大歓声を上げた。
なるほど。今のはまさに教科書で習った通りの、ゴーレムによる『忠義の開示』だった。
ゴーレム生成は、ある程度の術者じゃない限りどのような形のゴーレムができるのかコントロールすることはできない。しかし、どのようなゴーレムでこの世に生まれた直後に、自分の生成者に何らかの方法で忠誠を誓う。それを『忠義の開示』と呼ぶのだ。
成功者第一号に触発され、他の生徒も次々と文入れを始めた。
よし、俺も頃合いかな?
手にした羊皮紙には、昨日のうちに魔力を込めながら書いた念字と呼ばれる特殊な文字で、これから生成するゴーレムの名前が記されている。
羊皮紙に書いたのは「キェーン」という俺の地元の郷土料理の名前だ。パッと思い浮かんだ単語をさっと書いただけなのだが、今思うと全寮制のこの学校での生活で、地元の料理が食べられないという寂しさがあったのかもしれない。
まあ、そんなことなんてどうでもいいのだけれど。
「どうしたんだい。タ―ロ君」
「……あっ、ユージン先輩」
物思いにふけっていた俺に、背後から声をかけてきたのはゴーレム科三年のユージン・ハーリンク先輩だ。
一年生の行事になぜ三年の先輩がいるかというと、ゴーレム科は不人気学科なため今年に入って教員不足が深刻になり、一年の行事に学科の先輩方が何人かサポートに入るように決まったからなのだ。
「我ながらずいぶん安易に名前を決めたよなあと、羊皮紙見てたら思っちゃいまして……」
「ふむ。変に凝って後から後悔するより、シンプルな発想で付けるのもありだと僕は思うけどね」
後輩に対しても物腰は柔らか、サラサラの髪の美少年といった感じのユージン先輩はゴーレム科一の実力を持った逸材だ。
先輩のゴーレム「ペッパード六式」は、身の丈は俺の三倍以上あり用途に応じて驚愕の五段変形をするという、我が校でも最強と噂されるゴーレムだ。今だって、先輩の頭上を待機モードと呼ばれる直方体の姿をしてふわふわと浮いている。
「先輩! 先輩! 見てください、私のゴーレムっ!」
俺が先輩と会話を交わしていると、見るからに快活そうな少女が駆け寄ってきた。
明るい色をしたショートカットで、顔もなかなか可愛らしい。引き締まったボディがどうのこうのと、男子の間でもかなり人気の高い彼女の名はユリィ・ドルフーレンだ。
「ああ、ユリィ君か。初生成が終わったみたいだね」
「そうなんですよっ! これも先輩のアドバイスがよかったおかげですっ!」
あーあ。語尾を跳ね上げやがって……
ユリィはユージン先輩に対してだけこのような調子でしゃべるのだ。逆に、俺達同級生の男達に対しては明らかに見下した態度を取る。なんというか、本当にわかりやすい女だ。
「これがユリィ君のゴーレムか。忠義の開示はしてきたかい?」
「はいっ! この子は喋れないみたいなんですけど、私に握手を求めてきましたっ!」
「ふむ。握手ね。忠義の開示によくあるパターンだ」
ユリィの横には、球形をしたゴーレムらしきものがいる。人間くらいの大きさをしていて色は黄土色一色。本体と同じ黄土色をした腕が生えており、それは形だけなら人間と同じだ。
「あーららら、ターロはまだ文入れしてないの? 落ちこぼれなのは知ってたけど、まさか初生成の日でもビリを飾るなんてことは……」
「ユージン先輩と話してたから、まだ済んでないだけだっつーの。今からやるんだから向こうに行ってろよ」
「ふんっ。じゃあ、私も見せてもらおうかしら」
ユリィの挑発的な言葉などいちいち相手にせず、俺はようやく文入れを始めることにする。
こいつに見学されてしまうのは不本意だが、今は無視しよう。
「つーかあんた、もう少し土は綺麗に盛りなさいよ」
「まあまあ、ターロ君も集中を始めたみたいだし黙っていてあげようよ」
「はいっ! わかりましたっ!」
脇から聞こえる声が気になるが、とりあえず羊皮紙を盛り立てた土に張り付けた。
目を閉じて軽く精神を集中し、呪文の詠唱を始める。片手にはカンペを装備だ。
まったくユリィのやつは……先輩に対しては猫を被ってるなら、徹底しろよ。俺に向かって毒づくのはいいが、隣に先輩がいるじゃねえか。
そういや、タンケルは初生成をもう終えたのかな。あいつの夢は美少女ゴーレムのハーレムを作ることらしいが、その第一号はどんなゴーレムなんだろうか。
ユージン先輩はすげえ優秀だって学内でも有名だけど、なんでゴーレム科なんかにいるんだろう。エリート集団のクエスト科からわざわざゴーレム科に移ってきたとかいうし、理解に苦しむ。
俺なんて、ここに入ることが決まるまでは本当に……
――そんな雑念まみれで呪文を詠唱していると、羊皮紙を張り付けた土の山に変化が起きた。
これも事前の授業でならった通り、煙が発生したのだった。
「あれ? 先輩っ、なんか煙の量が少なくないですかっ?」
「たしかにちょっとねえ……」
そんな会話が聞こえた所で呪文の詠唱が終了。ゴーレム誕生まで土を見守り続けることになる。
しかし……
「あの、ユージン先輩。なかなか次の変化が起きないんですけど……」
煙がちょろちょろと出てはいるが、一向に次の段階に進みそうにない。
本当ならこの次は、土の山が大きな変化を起こすはずなのだ。その変化は人によって様々で、山が膨らんだり、色が変化したりするそうなのだが俺の山は煙を吐き続けるだけだ。
「ふむ。ターロ君、きちんと集中して詠唱したのかい?」
「そ、それは……」
先輩の問いに俺は上手く返せない。
すいません先輩。全然集中してませんでした……
「あんた、落ちこぼれなのはしょうがないことだけど、せめて真面目に取り組みなさいよね! ユージン先輩も呆れてるじゃない!」
「ユリィ君、僕は別に呆れては――ん?」
「どうしたんですか先輩っ! って、ええ? ちょ、ちょっとターロ! あんた何やったのよ!」
急に二人が慌てだした。何事かと思い山をよく見ると――
「なんだ、これ……」
俺が盛り立てていた土の山が、黒い煙をもくもくと立てていた。こんなの授業で習ったのと違うぞ? 普通は白い煙が出るはずなのだが……
「ターロ君! そこからすぐに離れて!」
次の瞬間、ユージン先輩が普段の先輩らしからぬ大声を上げた。
「ペッパード六式、防御特化モード!」
あれよあれよという間に俺の目の前に先輩のゴーレムが着地し、変形を開始した。
直方体から人型に変形。続けて二本の足が一本に組み合わさり、その先端から強力な防御結界を発生させた!
そして、俺のこねていた土の山の方に結界を差し向ける。
「せ、先輩? なんで急に――」
「タ―ロ君。君の盛り立てた土、明らかに反応がおかしいんだよ。少なくとも僕はこのような状態になった土を見たことがないし、何か危険な状態になっているのかも知れない」
先輩は一気にそう言うが、俺にはよく理解できない。
なぜ俺なんかの土が先輩の言う変な状態になるんだ? まさか、ろくに気持ちも込めないで作業を行ったせいでこうなったとか?
うわあ……周りのみんなも注目しちゃってるし……
「来たっ!」
先輩がそう叫んだ直後、目の前が光に包まれた。思わず俺は顔を背ける。
とてつもなく眩しいし、どうなるんだいったい――
「ありゃ?」
眩しい光が収まり、おそるおそる光がしていた方に顔を向けると、そこには何者かが立っていた。あれって……俺の土があった場所じゃ?
「――タ―ロ君。どうやら、僕の思い違いだったみたいだ。
君のゴーレムは無事に生まれたよ。さあ、忠義の開示を受けてきなよ」
「え? あ、はい……」
先輩は警戒を解いて、俺にそう促した。
俺は土を盛り立てていた場所に駆け寄った。
そこに立っていた俺のゴーレムと思われるそれは、息を飲むような美少女の姿をしていたのだった。
ほんの一つまみも、一滴の狂いもなく調合した薬品を一瓶分。そして――自らの血を大さじ二杯。
これらを混ぜ合わせ、自らの中に流れる魔力を少しずつ注ぎながらこねていく。
これまでの授業で学んだことを今日やっと実践しているわけだが、いざやってみると非常に地味な作業だった。
古より伝わる魔導人形『ゴーレム』の生成を、この俺――ターロ・アレクシオは行っている。
「ふう。飽きたな……」
つい口から漏らした俺は、一応手は止めずに周囲を見回す。
辺りには俺と同じように土をこねている同級生達の姿がある。青空の下、みんな額に汗して土をいじくっている。
今日は、エクスペリオン高等魔法学校
俺の生まれたこの国は、古くより魔法による国家の繁栄が絶対であると豪語する魔法立国だ。
そのため、次代を担う魔法使い達の育成にも心血を注いでいる。
俺がこの春より通うようになったエクスペリオン高等魔法学校は、より優秀な人材を育成する国家プロジェクトの中で設立された全寮制の学校だ。
この学校を設立した狙いは「若い内からある一分野に関して集中的に鍛錬を積むことで、その分野のエキスパートを生み出す」というものである。
そして、俺が在籍するゴーレム科はその名前が表す通り、『ゴーレム』の生成、使役に特化した人材を育成する学科だ。ちなみに、このゴーレム科は全学科中最低の人気を設立以来維持し続けている学科でもある。
なお、ここ数年の間で一番人気に輝いているのは召喚魔法を主に学ぶ
このゴーレム科に入った生徒はまず、ゴーレムに関する基礎知識を一ヶ月かけて頭に叩き込まれる。そして、『初生成』の日を迎え、晴れて自らのゴーレムを持つに至るのだ。
「はぁい。それでは『形成』に入りなさい!」
生徒達の頭上を、教師が飛び回りながら指示を出した。ゴーレム科の教師なので、空飛ぶ人型ゴーレムの背中に乗って俺達を見下ろしながら、随時指示を行っているのだ。
『形成』とは、魔力を注ぎながらこねた土を綺麗な山の形に盛り立てていく作業のことだ。この薬品と生成者の血と魔力により活性化した土の山の中から、ゴーレムは現れ出でるのだ。
教師の指示を聞き、俺もさっそくその作業に移ることにした。
薬品と血のおかげでしっとりとしてきた土は、上手い具合に形ができていく。この作業を終えれば、いよいよ今回のゴーレム生成も佳境に入る。
「形成が終わったら、各自のタイミングで『文入れ』を行うように!」
あとは『文入れ』のみとなった。今回のゴーレム生成は、数あるゴーレム生成術の中でも一番簡単で作業工程の少ないものだ。
術者が念を込めながらそのゴーレムの名前を書いた羊皮紙を山の表面に張り付け、短い呪文を唱えれば後は山からゴーレムが生まれて来るという仕組みだ。
この羊皮紙の張り付けと呪文の詠唱のことを総じて『文入れ』と呼ぶ。
「周りの様子を見てからにするか……」
土をこねている間もどこか上の空で、山の形成も表面がデコボコなうちに終えてしまった俺は、羊皮紙を片手に辺りを見回した。
できれば、一番最初にゴーレムを生成して周りから注目されるのは避けたい。
終始適当な気持ちで取り組んできた俺では、ろくなゴーレムなど生み出せないだろう。
だから、周りが続々と生成を始めた頃にさらりと自分も済ませてしまうのがベストだと、最初から決めていた。
「きゃあああ! やったあ!」
そうこうしているうちに、さっそくどこかで第一号のゴーレムが生成されたようだ。他の生徒も作業を止めて歓声が上がった方に目を向けた。
記念すべき第一号のゴーレムを生成したのは隣のクラスの女子だった。ちなみに、ゴーレム科は不人気なため今年の新一年生は三クラスしかない。(他学科はどこも十クラスくらいはある)
彼女のゴーレムは身の丈は一般的な男子生徒と同じくらい。しかし、全身が漆黒に包まれ、肩口から巨大な角が生えているという威圧感のあるゴーレムだ。その頭部に人間と同じようなパーツはないが、彼女の姿を確認したようで跪いて自分を生み出した人間に忠誠を誓ったみたいだ。
「ゴ主人サマ、ドウゾ、ゴ命令ヲ、ナンナリト……」
口がないためどこから声を出しているのか定かではないが、ともかくゴーレムから忠誠を誓う言葉が発せられた。静まり返っていた周囲の生徒はそれを聞いて一気に大歓声を上げた。
なるほど。今のはまさに教科書で習った通りの、ゴーレムによる『忠義の開示』だった。
ゴーレム生成は、ある程度の術者じゃない限りどのような形のゴーレムができるのかコントロールすることはできない。しかし、どのようなゴーレムでこの世に生まれた直後に、自分の生成者に何らかの方法で忠誠を誓う。それを『忠義の開示』と呼ぶのだ。
成功者第一号に触発され、他の生徒も次々と文入れを始めた。
よし、俺も頃合いかな?
手にした羊皮紙には、昨日のうちに魔力を込めながら書いた念字と呼ばれる特殊な文字で、これから生成するゴーレムの名前が記されている。
羊皮紙に書いたのは「キェーン」という俺の地元の郷土料理の名前だ。パッと思い浮かんだ単語をさっと書いただけなのだが、今思うと全寮制のこの学校での生活で、地元の料理が食べられないという寂しさがあったのかもしれない。
まあ、そんなことなんてどうでもいいのだけれど。
「どうしたんだい。タ―ロ君」
「……あっ、ユージン先輩」
物思いにふけっていた俺に、背後から声をかけてきたのはゴーレム科三年のユージン・ハーリンク先輩だ。
一年生の行事になぜ三年の先輩がいるかというと、ゴーレム科は不人気学科なため今年に入って教員不足が深刻になり、一年の行事に学科の先輩方が何人かサポートに入るように決まったからなのだ。
「我ながらずいぶん安易に名前を決めたよなあと、羊皮紙見てたら思っちゃいまして……」
「ふむ。変に凝って後から後悔するより、シンプルな発想で付けるのもありだと僕は思うけどね」
後輩に対しても物腰は柔らか、サラサラの髪の美少年といった感じのユージン先輩はゴーレム科一の実力を持った逸材だ。
先輩のゴーレム「ペッパード六式」は、身の丈は俺の三倍以上あり用途に応じて驚愕の五段変形をするという、我が校でも最強と噂されるゴーレムだ。今だって、先輩の頭上を待機モードと呼ばれる直方体の姿をしてふわふわと浮いている。
「先輩! 先輩! 見てください、私のゴーレムっ!」
俺が先輩と会話を交わしていると、見るからに快活そうな少女が駆け寄ってきた。
明るい色をしたショートカットで、顔もなかなか可愛らしい。引き締まったボディがどうのこうのと、男子の間でもかなり人気の高い彼女の名はユリィ・ドルフーレンだ。
「ああ、ユリィ君か。初生成が終わったみたいだね」
「そうなんですよっ! これも先輩のアドバイスがよかったおかげですっ!」
あーあ。語尾を跳ね上げやがって……
ユリィはユージン先輩に対してだけこのような調子でしゃべるのだ。逆に、俺達同級生の男達に対しては明らかに見下した態度を取る。なんというか、本当にわかりやすい女だ。
「これがユリィ君のゴーレムか。忠義の開示はしてきたかい?」
「はいっ! この子は喋れないみたいなんですけど、私に握手を求めてきましたっ!」
「ふむ。握手ね。忠義の開示によくあるパターンだ」
ユリィの横には、球形をしたゴーレムらしきものがいる。人間くらいの大きさをしていて色は黄土色一色。本体と同じ黄土色をした腕が生えており、それは形だけなら人間と同じだ。
「あーららら、ターロはまだ文入れしてないの? 落ちこぼれなのは知ってたけど、まさか初生成の日でもビリを飾るなんてことは……」
「ユージン先輩と話してたから、まだ済んでないだけだっつーの。今からやるんだから向こうに行ってろよ」
「ふんっ。じゃあ、私も見せてもらおうかしら」
ユリィの挑発的な言葉などいちいち相手にせず、俺はようやく文入れを始めることにする。
こいつに見学されてしまうのは不本意だが、今は無視しよう。
「つーかあんた、もう少し土は綺麗に盛りなさいよ」
「まあまあ、ターロ君も集中を始めたみたいだし黙っていてあげようよ」
「はいっ! わかりましたっ!」
脇から聞こえる声が気になるが、とりあえず羊皮紙を盛り立てた土に張り付けた。
目を閉じて軽く精神を集中し、呪文の詠唱を始める。片手にはカンペを装備だ。
まったくユリィのやつは……先輩に対しては猫を被ってるなら、徹底しろよ。俺に向かって毒づくのはいいが、隣に先輩がいるじゃねえか。
そういや、タンケルは初生成をもう終えたのかな。あいつの夢は美少女ゴーレムのハーレムを作ることらしいが、その第一号はどんなゴーレムなんだろうか。
ユージン先輩はすげえ優秀だって学内でも有名だけど、なんでゴーレム科なんかにいるんだろう。エリート集団のクエスト科からわざわざゴーレム科に移ってきたとかいうし、理解に苦しむ。
俺なんて、ここに入ることが決まるまでは本当に……
――そんな雑念まみれで呪文を詠唱していると、羊皮紙を張り付けた土の山に変化が起きた。
これも事前の授業でならった通り、煙が発生したのだった。
「あれ? 先輩っ、なんか煙の量が少なくないですかっ?」
「たしかにちょっとねえ……」
そんな会話が聞こえた所で呪文の詠唱が終了。ゴーレム誕生まで土を見守り続けることになる。
しかし……
「あの、ユージン先輩。なかなか次の変化が起きないんですけど……」
煙がちょろちょろと出てはいるが、一向に次の段階に進みそうにない。
本当ならこの次は、土の山が大きな変化を起こすはずなのだ。その変化は人によって様々で、山が膨らんだり、色が変化したりするそうなのだが俺の山は煙を吐き続けるだけだ。
「ふむ。ターロ君、きちんと集中して詠唱したのかい?」
「そ、それは……」
先輩の問いに俺は上手く返せない。
すいません先輩。全然集中してませんでした……
「あんた、落ちこぼれなのはしょうがないことだけど、せめて真面目に取り組みなさいよね! ユージン先輩も呆れてるじゃない!」
「ユリィ君、僕は別に呆れては――ん?」
「どうしたんですか先輩っ! って、ええ? ちょ、ちょっとターロ! あんた何やったのよ!」
急に二人が慌てだした。何事かと思い山をよく見ると――
「なんだ、これ……」
俺が盛り立てていた土の山が、黒い煙をもくもくと立てていた。こんなの授業で習ったのと違うぞ? 普通は白い煙が出るはずなのだが……
「ターロ君! そこからすぐに離れて!」
次の瞬間、ユージン先輩が普段の先輩らしからぬ大声を上げた。
「ペッパード六式、防御特化モード!」
あれよあれよという間に俺の目の前に先輩のゴーレムが着地し、変形を開始した。
直方体から人型に変形。続けて二本の足が一本に組み合わさり、その先端から強力な防御結界を発生させた!
そして、俺のこねていた土の山の方に結界を差し向ける。
「せ、先輩? なんで急に――」
「タ―ロ君。君の盛り立てた土、明らかに反応がおかしいんだよ。少なくとも僕はこのような状態になった土を見たことがないし、何か危険な状態になっているのかも知れない」
先輩は一気にそう言うが、俺にはよく理解できない。
なぜ俺なんかの土が先輩の言う変な状態になるんだ? まさか、ろくに気持ちも込めないで作業を行ったせいでこうなったとか?
うわあ……周りのみんなも注目しちゃってるし……
「来たっ!」
先輩がそう叫んだ直後、目の前が光に包まれた。思わず俺は顔を背ける。
とてつもなく眩しいし、どうなるんだいったい――
「ありゃ?」
眩しい光が収まり、おそるおそる光がしていた方に顔を向けると、そこには何者かが立っていた。あれって……俺の土があった場所じゃ?
「――タ―ロ君。どうやら、僕の思い違いだったみたいだ。
君のゴーレムは無事に生まれたよ。さあ、忠義の開示を受けてきなよ」
「え? あ、はい……」
先輩は警戒を解いて、俺にそう促した。
俺は土を盛り立てていた場所に駆け寄った。
そこに立っていた俺のゴーレムと思われるそれは、息を飲むような美少女の姿をしていたのだった。