2.

文字数 9,677文字

 俺は緊張した面持ちで彼女の前に立った。
 彼女――といっても、見た目には十歳とそこそこの少女といった感じだ。
 背丈は俺よりもグッと低い。
 だが、よくよく見ると明らかに普通の少女とは違う雰囲気を持っている。
 長く伸びた髪の毛はピーンと張りつめたように真っ直ぐな銀色。
 小さな頭にはどれも印象的なパーツばかりが揃っている。
 大きな瞳は人間離れをした黄金色をしていて、キラキラと輝いている。その目つきは、まるで近付く者を全て跳ね返さんばかりの力強さだ。
 まだ普通の少女っぽいかなと思わせる小さく形のよい鼻の下には、キュッと閉じた口。それはやはり力強さを感じさせ、俺を緊張させる。くそ、ちびっこいくせにユリィよりも全然すごいぞ……
 そして、何より特筆すべきはその肌の質感だ。肌色を通り越して乳白色とさえいえそうな色をしたそれは、表面が特殊な加工をしたんじゃないかというくらい艶がある。
 よく考えれば、こいつは人間じゃなくてゴーレムなんだよな。ならば人間離れしていて当然か。一応服のようなものは身に着けているがそれは薄汚れた黒いローブで、果たしてその下には何か身に着けているのか……
「ねえ」
「え?」
 少女ゴーレムの目の前に立って釘づけになっていた俺は、聞き覚えのない声を耳にした。
「あんたよ。あんた」
 ――その声の主は、目の前の少女ゴーレムだった。つーか、「あんた」って言ったぞこいつ。
「あんたって、俺のこと?」
 一応確認を取ってみると、今度は心底不機嫌そうな顔で少女ゴーレムは返してきた。
「そうよ。このアタシの前に間抜けな顔で立っているあんたよ」
「なっ!」
 なんだこいつ!
「すまないけど、さっさと下がってくれる? 邪魔」
「下がるって、お前は俺の生成したゴーレムなんだぞ? 生成者様であるこの俺に、なんて態度をとっているんだ!」
 思わず俺は激高した。ゴーレムは生成した人間――生成者――の忠実なしもべになるというのは授業で習ったのに、話が違うからだ。
 様々な理由から俺はゴーレム科に在籍していることを不本意に感じているわけだが、忠実なしもべという存在ができること自体は悪くないとも思っていたのに……
 そして何より、自分より明らかに年下である少女の姿をしたゴーレムにこんな態度をとられてしまっては、ちっぽけな俺のプライドが許さない。
「おら、さっさと生成者である俺様に忠義の開示をしろ! 繰り返すが、お前は俺のゴーレムなんだ! キェーンって名前まで付けてやったんだからな!」
 俺がそう言い立てた後、少女ゴーレム――キェーン――は自分の手を確認したり、髪を両手でくしゃくしゃやったり、頬をつねってみたりといった動作を行った。
 そして、一通り気が済んだのか手を止めて俺の方をまた睨んでくる。
「最悪ね。なんでこんなパッとしない男の所に、このアタシが降り立ってしまったのかしら」
 ぽつりとそう呟いた。
「――んだとこらあっ!」
 俺は再び激高し、キェーンの頭を押さえ付けにかかる。
 傍から見れば、十代半ばの少年が幼い少女に暴力を振るおうとしているというとんでもない光景だが、これはゴーレムの生成者とゴーレムの関係だ。本来あるべき主従関係を、あろうことかゴーレムが拒否するようなことをぬかしたのだから、怒らないわけにはいかない。
 それに、しつこく繰り返すが、こいつの見た目は俺より明らかに年下の少女なのだ。目下の人間にパッとしない男なんて言われたらちっぽけな俺の自尊心が……
「ふんぎーっ」
「ぐえっ!」
 キェーンの頭を両手で掴んだところで、腹にパンチを入れられた。
 それでも負けずに、頭を掴んだまま思いっきり揺さぶってやる。その間キェーンの髪や体に触れたが、その感触が普通の人間とほとんど変わりないことに格闘中ながら驚いてしまった。
「おらあっ! 服従しろ服従しろ服従しろ服従しろおっ!」
「い、や、よおっ!」
「があっ!」
 揺さぶっている途中にアゴめがけて蹴りを入れられ、俺は思わず手を離してしまった。
 そこに――
「はい。そこまでね」
 気が付くと、制服の襟首をペッパード六式の大きな手に掴まれていた。
 宙吊りの状態で地面を見下ろすと、キェーンもペッパード六式によって地面に押さえつけられている。
 どうやら、この事態を見かねた先輩が自分のゴーレムで俺達を止めたようだ。
「タ―ロ君。こんなに可愛らしいゴーレムが生まれたんだから、大切にしてあげなきゃダメだよ?」
 先輩は宙吊りの俺を見上げながらそう話しかけてきた。
「せ、先輩……だってこいつ、ゴーレムのくせに態度悪いんですよ!」
「生成者に対して反抗的なゴーレムが生まれるってケースは、たまにあるんだよ。だからこそゴーレムに対して生成者が毅然とした態度で接してあげないといけないんじゃないかな」
「わかりました! わかりましたから下ろしてくださいよ……」
 ここは素直に従おう。
 ユージン先輩ってたまに後輩に対して容赦のないことやってくるんだよな。しかも、普段と物腰が変わらないままだから余計に怖い……
「君も、ゴーレムなら生成してくれた人に従わなきゃいけないよ?」
 続いて先輩は地面に伏せられたままのキェーンにそう声をかけた。
「ぐっ、くそ――わ、わかったわよ……」
 キェーンは抵抗を試みていたが、ペッパード六式の腕力の前では無駄だとわかり観念したようだ。
「じゃあ、早く先生達の所に集まってくれるかな? もうほとんどの一年生は生成を終えたみたいだからね」
「はい……」
 先輩に言われて辺りを見回すと、他の生徒達は続々と校舎前に集合していた。俺とキェーンもすごすごとそれに続くことにした。
 途中で余計な言い争いをしなかったのは、俺達の背後からペッパード六式に乗った先輩がついてきたからだったのは言うまでもない。

 校舎前に集合後、ゴーレム科主任の先生から初生成を迎えたことで君達はようやくゴーレム科の生徒として認められたとかどうとか色々話をされ、最後に今後の予定を聞いてから解散となった。さっきの騒ぎのせいかは知らないが、他の生徒が先生の話の間にこちらをチラチラと見てくるのがうっとうしかった。
 いつもより早い時間で本日の日程は終了し、この後は各自寮に戻るなり、学内の施設を利用するなりしていいことになっている。
「やることもないし、部屋に帰るか……おい、キェーン!」
「ああん? 何よ?」
 どうやら「キェーン」という俺が付けた名前で呼べばちゃんと反応するようだが、その反応の仕方は最悪だ。眉をしかめ、大きな瞳でギロリと睨み付けてきやがる。
 だが、ここは生成者様らしくいちいち怒らずに指示を出すことにしよう。うん、どうどうと構えていなければダメだ。
「部屋に戻るって言っているんだ。黙って一緒に来い」
「戻る? どこに?」
「この学校は全寮制で、俺達はあの建物で生活してるんだよ。部屋に入れる大きさのゴーレムは、生成者と同じ部屋で生活するのがゴーレム科のルールだ」
 ああ、もう面倒くさい! これならユリィみたいに人語を使わないゴーレムが生まれてきた方がよかった。なんでこいつは生成者の命令にいちいち疑問形で返してくるんだ!
「……じゃあ、一応ついていってやるわよ」
「な、てめえ……」
 またも反抗的な態度を見せるが、俺は自分に冷静になるように言い聞かせた。
 キェーンは俺の数歩後ろを無言でついてくるが、途中で横に逸れたりキョロキョロしたりで落ち着かない。しかも、俺の部屋につくまでの間、通り過ぎる人がみんなこちらに注目していたからたまらなかった。
 ある者はキェーンを見てニヤつき、またある者は怪訝そうな顔をする。
 みんなが俺のことを年端も行かない少女を連れて歩く変態野郎だと勘違いしていないことを願いながら、自分の部屋に到着した。
「ここが俺の部屋だ。まあ、そんなに酷い部屋だとは思わないけどな」
 部屋の中にキェーンを通すと、こいつは奥に進むでもなく入り口に立ち止まって室内を見回す。
 実際、この学校の寮は国が力を入れて建てた魔法学校の施設だけあって、国内でも上位に入る豪華さだ。しかもゴーレム科は、その不人気が手伝って基本的に一人一部屋の環境を確保できている。
 他の科の寮では二人で一部屋が普通と聞くし、肉体派の多いマジックファイター(魔法戦士)科に至っては、一年生の間は野外にキャンプを張っての生活を強いられるのだ。
「――狭いわねえ。部屋の風合いも全体的に地味だし……あんなベッドじゃ寝る気が起きないわ……」
「いや、お前はベッドで寝る気なのか? あれは俺のだぞ」
 なんとなく不平不満を述べるのは予想していたが、ベッドを我が物にしようと考えているとまでは予想できなかった。それ以前に、ゴーレムって眠るのか?
「あん? アタシに床で寝ろっての?」
「ゴーレムは就寝中の生成者様を守るのが仕事じゃねえのか!」
「そんなの知らないわよ!」
「いてっ!」
 キェーンは俺の脚にキックを放った。そして、俺が反撃するより先にベッドの方へ走って行く。なんてゴーレムだ!
「てめえ! まちやがれえええ」
「はんっ、このベッドはもう私の物よ。地味だしそこまで綺麗じゃないけど、我慢して使ってあげるから安心なさい」
「ふざけるんじゃねえぞ!」
 ベッドの上に座り込んだキェーンに俺は飛びかかった。
 そこから押しつ押されつ、くんづほぐれつの取っ組み合いになり、ベッド上での大乱闘となる。
「どうだあっ!」
 頭突きを俺に避けられ、それによりキェーンはバランスを崩した。その隙を突いて俺は背後に回り込んでキェーンの細い足首を掴むことに成功する。
 そして、そのまま体格差を活かして逆さ吊りにしてやった!
「くそ! 離せこの野郎!」
「何がこの野郎だ。――いてっ!」
 逆さ吊りにされてもなお暴れるキェーン。仕方がない、こうなったらベッドか床にこいつの体を叩きつけるしか……
「ターロくぅーん! 噂の美少女ゴーレムを見せてくれよぉ!
 ――って、うおおお!」
 その時、部屋のドアが勢いよく開きよく知る顔の男が入ってきた。
 そいつの名はタンケル・イグニス。ゴーレム科のクラスメイトで、入学後最初に仲良くなった奴でもある。タンケルは部屋に入るなり俺の姿を見て絶叫、そして硬直した。
「タ、ターロ……てめえ、さっそくお楽しみかよ……」
 ん? こいつ何か勘違いしてるみたいだぞ?
「違うんだよタンケル。こいつがゴーレムにあるまじき態度をとるもんだから、生成者としてそのお仕置きをだな――」
「お、お仕置きときたか! くあー、お前がそんな一段上の楽しみ方をしやがるとは……」
 やばい。冷静に弁解してみたら、さらに誤解を生んでしまったようだ。
「いや、だから違う!」
 俺はキェーンを解放し、タンケルに駆け寄る。
 その隙にキェーンはその場にどかんと座り込み再びベッドを占拠してしまったが、今は気にしている場合ではない。
「ベッドの上で美少女の足掴んで、違うも何もないはないだろうが!
 どう考えてもよからぬことの真っ最中じゃねえか!」
「だからって逆さ吊りにするかよ?」
「逆さ吊りにできる体格差があるなら、男としてやってみたくなるのは当然のこと。
 ターロだって例外じゃないはずだ」
 こ、こいつは……
「本当にそれは誤解だって。つーか、お前の常識を俺に当てはめんな……」
 そう。こいつの価値観は所々で偏っていたり、常軌を逸しているのだ。
 それを除けば気さくでいい奴なのは確かだが……
「オーケー。お前が美少女ゴーレムを手に入れて早速それを堪能しようとしてたことは、みんなには黙っとくよ。ただし、俺に彼女を観察させてくれればの話だがな」
「いや、だから――わかった。わかったから、もうこれ以上言わんでくれ……」
 まだ勘違いはしっぱなしだか、もう諦めた。とりあえずこの場を落ち着かせよう。
 それにしても、キェーンの観察ときたか。さすが美少女ゴーレムを大量に生成してハーレムを作ることを夢見ているだけあるな。
 タンケルがゴーレム科に入学した目的は、人型(それも美少女に限る)ゴーレムを大量に生成してハーレムを作ろうという親御さんがかわいそうに思える内容である。
 そんなスケベな野望を周りに堂々と語っているのだから、なかなかいい性格をしていると言える。これはある意味こいつの魅力なのだろう。
 まあ、目的があってゴーレム科に入ったという時点で俺なんかより全然立派だが――
「へー。キェーンちゃんっていうんだ! ターロが名付けた割には、お洒落な響きでいい名前だね」
「うーん。そうかしら?」
 タンケルは鼻の下をこれでもかと伸ばしながらキェーンと会話を弾ませている。キェーンは楽しそうな様子には見えないが、普通に受け答えしてやがる。
 俺はやることもなく、ベッドの反対側にある椅子にかけて奴らの会話に耳を傾けるしかなかった。
「俺にもキェーンちゃんみたいなゴーレムができればよかったよ。本当に……」
「タンケルのゴーレムってどんなの? そういえば一緒にいないわよね」
「いや、それはね……」
 急にタンケルがおとなしくなった。自分のゴーレムの話になった途端、言葉に詰まった様子だ。気になったので、俺も横から口を出してみた。
「おい、今日は自分のゴーレムと一緒にいないとダメなんじゃないか?」
「――頼むターロ。今日はここに泊めてくれ」
「いやいや、会話が繋がってないから。お前のゴーレムはどこにいるんだよ」
「そ、それは……」
 タンケルが返答に困っていると、閉まっていた部屋のドアが再び開いた。
 いや、開いたというより蹴り破られた……
「ダーリン。こんな所に隠れるなんてひどいじゃないか」
「なんでここがわかるんだよぉ……」
 タンケルはさっきまでとは打って変わって萎縮してしまった。
 部屋に入ってきたのは、長身の女性。
 存在感がものすごい大きな胸、それに反して華奢な腰、長くなめかましい脚……それはもう下着ではないかという露出度の高い服を着ているせいで、その体の全てがよく見てとれるのだった。
 こ、これは――目のやり場に困る!
「ダーリンの居場所は感覚でわかるのだよ。フッフッフッ、私はダーリンのゴーレムなのだから言わずもがなさ!」
 彼女は長い黒髪をふわさと揺らし、挑発的なポーズと目つきでこちらを見てきた。
 ん? ダーリンのゴーレム? ああ、そうか。彼女はタンケルが生成したゴーレムか。
「お姉さん、すいません……」
「なんだい少年? おっと、もしも少年がダーリンを意図的に隠していたというなら、こちらにも考えがあるが……」
 俺が横から口を挟むと、彼女にジロッと睨まれた。
 うわ、俺が見上げてしまうくらいデカいぞこの人。いや、人じゃないか。
「いえ、隠すつもりなんて……お姉さんはタンケルのゴーレムなんですよね?」
「いかにも。私はあそこに座っているダーリン――タンケル・イグニスが本日生成したゴーレム! ダーリンからはクローブという素晴らしい名前を授かったので、私のことは遠慮せずにクローブと呼んでくれたまえ」
「はあ……」
 俺の問いに対しクローブは、大きな胸を揺らしながら自信満々に口上を述べた。
 これがタンケルの生成したゴーレムなのか……なんかすげえな、色々と。その雰囲気に飲まれて俺ってば敬語を使ってるし。
「ところで少年。ダーリンの件だが……」
「あ、別に俺はあいつをかくまっているわけじゃありません。あいつは俺のゴーレムを勝手に見に来ただけなんで、連れ帰りたいんならどうぞご自由に」
「そうか。ありがとうな」
「ターロ! お前、友達を裏切るのかよ?」
 そう言うとクローブはタンケルの襟首を掴み、片手で軽々と持ち上げた。
 入室時のドアの件といい、このクローブはかなりの怪力の持ち主なのがわかる。そこら辺はさすがゴーレムといったところか。
「さあ、ダーリン。お友達に迷惑をかけるのはこれくらいにしておこうか。
 それと――」
 クローブは話の途中で目線を下にやり、ベッドに座っていたキェーンを見た。
「な、何よ……」
「お嬢ちゃんもゴーレムのようだが――ふん。そんなちんちくりんの体で、うちのダーリンをたぶらかさないでくれるかな?」
「はあ?」
「それに、お嬢ちゃんはあの少年のゴーレムじゃないのか。だったらあの少年に尽くして尽くして尽くしまくれ。それがゴーレムの本分というものだろう」
「うっさいわね。あんたにどうこう言われる筋合いはないわよ!」
 何やらゴーレム同士の口論が始まった模様だ。
 しかし、両者の身長差はすごいな。クローブの長身に対し、うちのキェーンときたらベッドの上に立ってやっと目線が並ぶくらいだ。
 あっ、身長だけじゃなく体のラインも対極的だな……
「従者のくせに反抗的な態度を取る――そういうのを好むマニアックな主人もいるそうだが、お嬢ちゃんの生成者はそうなのかな? それなら合点がいくのだが……」
「あんた何言ってんの? アタシはとにかく、アタシという唯一無二の存在があんな冴えない奴のもとに降臨したのが認めたくないだけ!」
「ふん。しかし、お嬢ちゃんのそのちんちくりんな体には、あの少年の血と魔力が注がれているわけだ。それは紛れもない事実だぞ?」
「そ、それは……うぐぐっ……」
 口論はキェーンの劣勢となってきたみたいだ。とはいえ、クローブはゴーレムとして当たり前のことを言っているだけで――
「あっ! ちょっとクローブ!」
「どうした少年。自分のゴーレムが言い負かされるのは見ていて辛いかな?」
「そうじゃなくって、タンケルが!」
 俺は二人の口論に慌てて割って入り、クローブの手元を指した。
 彼女が片手でぶら下げていたタンケルが首吊り状態となっていて、青白い顔でぐったりとしていたのだ!
「ん? おお、これは大変だ。すぐに蘇生措置に入る――ぞっ!」
 そう言うとクローブは、タンケルを両腕で抱きかかえた体勢に移り、唇を重ねた!
「ぶはあっ! げほっげほっ……」
 唇を重ねたままクローブは大きく呼吸をし、タンケルは意識を取り戻したのだった。
「おはようダーリン。目は覚めたかな?」
「あれ、俺って何やってたんだ? 急に体が宙に浮いて、その直後に首が絞まったような記憶があるんだけど」
「まさか! そんなことがあるわけないだろう。ダーリンは今日、私を生成したせいで疲れているんだ。そんな日は意識が突然落ちてしまうこともあるさ。さあ、今日はもう部屋に帰って体を休めようじゃないか」
「――わかったよ。まあ、明日も早いもんな」
 すげえ。キェーンどころか、自分の生成者まで言いくるめてやがる。
「どうだお嬢ちゃん。ゴーレムたるもの、生成者の命を全力で守りきるのが常識中の常識! 今日はこれで勘弁してやるから、それだけは肝に銘じておくように」
「ん? 命ってなんだ?」
「なんでもないぞダーリン。それじゃあ少年にお嬢ちゃん、明日また会おう。
 おやすみ!」
「お、おやすみなさい……」
 こうして、タンケルとクローブは部屋から出て行った。
 部屋のドアは壊れたままで、キェーンはクローブに言われっぱなしだったのが気に入らないのか、俺の枕に八つ当たりをしている。どうするんだこの状況……
 俺が呆然としていると、今度は窓の方から音がした。ガラスを叩く音か?
「今度はなんだいったい……って、先輩?」
「こんばんは。ちょっと夜の散歩がてら気になったので寄ってみたよ。ゴーレムの調子はどうだい」
 窓の外にはユージン先輩がいた。俺は窓を開け応対する。
 ここは建物の三階で、先輩は空を飛んでいるペッパード六式の上に乗っていたのだった。
「どうもこうも、部屋に入れて早々ベッドを占拠されちゃいましたよ」
「ほほう。それは大変だね」
 先輩はキェーンの方に目をやった。キェーンはびくっとなって枕で顔を隠す。
 こいつ、昼間に先輩のゴーレムに押さえつけられたのが怖かったのか?
「あのドアも君のゴーレムがやったのかな?」
 今度はクローブにより蹴り破られたドアを指摘した。
「いえ。あれはタンケルのゴーレムが入室時にぶち破ったんです」
「この寮のドアをあんな風にできるとは、彼もなかなか力強いゴーレムを生成できたってことか。ははは」
「笑い事じゃないですよ……」
 先輩の言った通り、クローブの力は半端ではないことは確かだ。
 このエクスペリオン魔法学校の施設は、長い年月の使用に耐えられるように建物全体に強化魔法がかけられている。寮も例外ではなく、ドアや窓ガラスは軍の使う砲弾を受けても少し傷が付く程度だ。
「それもそうだね。ドアのことはともかく、わがままなゴーレムに困っているのなら応急処置ができるけど、どうする?」
「本当ですか? ぜひお願いします!」
 これはもう頼むしかない。俺が申し出ると、先輩はポケットから何かを取り出した。
「そ、それは……」
「魔導ロック式の首輪だよ。取り付けた人間が魔力を注ぐことで完璧にロックされ、取り付けた人間が再び魔力を注がないとそのロックは解除されない。サモン科の連中が召喚獣と散歩する時によく使うマジックアイテム(魔導具)さ」
 それは素晴らしい! その首輪には鎖が取り付けられていて、これをキェーンに付けてどこかに繋いでおけばベッドを取り戻せる!
「ありがとうございます!」
「ははは。本当なら、首輪無しで言うことを聞かせることが一番なんだけどね。まあ、これは今度返してくれればいいよ」
 先輩はそれだけ言うと、ペッパード六式に乗って夜空に消えて行った。真面目なようだけどけっこう自由にやってる先輩なんだよな……本当ならこの時間はもう外出は禁止なんだけど。
 ――それはさておき。
「ふっふっふっ」
「あ、あんたまさか……」
 キェーンはすでにベッドの上で警戒態勢に入っている。そう、そのまさかだ!
「てめえをベッドから引きずり降ろし、これを付けてやる!」
「げ、外道がっ!」
 もう何と言われようが気にしない。幼い少女相手に首輪を片手に迫る俺の姿は、とても実家の両親に見せられない姿である。だが、これはゴーレムと生成者の問題なのだ。
「うおおおおお!」
 格闘の末、なんとかキェーンに首輪を取り付けた。そして、ベッドのある反対側の壁に鎖の端を括りつけ、遂にキェーンをベッドから引き剥がすことに成功した。
「おとなしくしていれば明日の朝には外してやる。抵抗は無駄だから、今日は黙ってそのまま寝るように! ゴーレムの本分とは何かもよく考えろよ」
 俺はベッドに堂々と陣取り、繋がれた状態のキェーンにそう宣言した。
「く、くそ……」
 キェーンはぶつぶつと何かを言い続けていたが、やがておとなしくなった。
 うん。これでゆっくりと眠れるな。
「あーあ。疲れたな……」
 ベッドに寝転んだが、体の所々が痛い。これもキェーンとの格闘のせいだな。
 しかし、もしキェーンにクローブと同じくらいの腕力があったなら俺はさっきの喧嘩で重傷を負っていただろう。そう思うとキェーンが非力なゴーレムで助かった。
 ゴーレムが非力ってのもけっこう考え物だよなあ。
 いや、たとえ非力でなくとも、俺は別にゴーレムなんか……

 俺が生成したキェーンというゴーレムのこと。
 壊されたままのドアのこと。
 ゴーレム科に今俺がいること。
 実家のこと。
 ――色々と考えているうちに頭が痛くなってきた。
 もういい、今は何も考えずに寝てしまおう!
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登場人物紹介

【ターロ・アレクシオ】

主人公。

エクスぺリオン高等魔法学校ゴーレム科1年。

ゴーレム科に入学したが、とある事情からやる気がない。

【キェーン】

ターロの相方であるゴーレム。

見た目は美少女で、反抗的。

【タンケル・イグニス】

ターロの友人。

エクスぺリオン高等魔法学校ゴーレム科1年。

美少女ゴーレムのハーレムを作るという夢の為、入学をした。

【クローブ】

タンケルの相方であるゴーレム。

グラマラスな大人の女性の姿をしている。

タンケルを愛してやまないが、彼の好みではない。

【ユリィ・ドルフーレン】

ターロのクラスメイト。

エクスぺリオン高等魔法学校ゴーレム科1年。

勝気な性格だが、クラスの男子からはけっこう人気。

【パクチ】

ユリィの相方のゴーレム。

黄土色の球体に人間の腕が生えたような姿をしている。

【ユージン・ハーリンク】

ターロ達の先輩。

エクスぺリオン高等魔法学校ゴーレム科3年。

変形機能を持ちゴーレム科最強と名高いゴーレム、ペッパード六式が相方。

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