【Prologue03】

文字数 2,116文字

 お正月が明け、いよいよ受験シーズンが始まった。彼はまだ去年のクリスマスの苦い経験を引きずっていたのだ。彼は自分の感情と言うものが、イマイチ自分でも良くわからなくなる時がある。しかし気持ちを切り替え、自分の選んだJ大学とM大学の心理学科、そしてJ大学の哲学科を試しに受験したのだ。もちろん受験科目は「国語」「英語」、そして選択科目の「地理」であった。
 最初の受験はM大学の心理学科で、手応えはまずまずと言ったところであったが、結果は不合格。次に受験したのはJ大学の哲学科で、こちらは合格。そして最後に一番行きたかった本命のJ大学 心理学科であるが、結果は不合格であった。彼は大学に進学するかすごく悩み、彼を育ててくれている母親の両親に相談したのだ。そして彼はおじいちゃん、おばあちゃんに迷惑を掛けたくないと言う思いから、最終的に奨学金を貰い、アルバイトをしながら大学に通うことを決めたのである。

 もちろん彼がアルバイトに選んだのは、アクアリウム関係のペットショップの店員であった。彼は一週間に五日間アルバイトに励みながら、大学の哲学科の授業も熱心に受けていた。講義の際、彼は何時も前の方の席を取り、ひとり先生の話を熱心に聴いていたのだ。
 特に彼が惹かれたのは、古代ギリシア哲学のソクラテスやプラトンと言った古代哲学についての講義であった。ソクラテスは決して裕福な家庭に育った訳では無かったが、永久的普遍の真理を問答形式で民衆に問いたのだ。そして最後は死刑に処されるも、『汝自身を知れ』『無知の知』と言った言葉を残した。この言葉の意味は、「自分は自分自身のことを良く知っているつもりでも、本当は知らないことの方が多いと言うことを、知っておく必要があるのだよ…」と言う意味深い内容であり、それを彼は熱心に聴いていたのだ。
 またプラトンはソクラテスの弟子で、彼は裕福な家庭に育つも、ソクラテスの教えを受け継ぎ、ソクラテスは書物を残さなかったがプラトンによって、ソクラテスの言葉が書物として残され、後世に受け継がれていると言うことも学んだのであった。

 そんなことばかり考えている彼であるから友達も出来ず、また女生徒から話し掛けられることも殆ど無かったのだ。ただ試験前になると、普段見たことも話したこともないクラスメイトから、親しい友人かのように近づいて来ては、ノートのコピーを取らせてだとか、写させてなどと言ったひと達が、彼の所にやって来た。そしてそれは、男女問わずであった。また彼は時々、心理学科と哲学科が同じ学部だったので、心理学科に紛れて講義を聴きに行ったりもしていたのである。

 大学も四年生になり、彼の成績は哲学科の中でもトップクラスの方だった。大学の教授も、彼が心理学に興味を示していることに気づいていた。そのため、同じJ大学の大学院である人間科学研究科 心理学専攻を受験するものだと思っていたのだ。しかし彼はこれ以上、母親の両親に迷惑を掛けたくないと言う思いが強かったので、進学を諦めアルバイトをしていたアクアリウム関係のペットショップで正社員として勤めだした。
 正社員として働き始めてから、三年目になろうかと言うある冬の朝。彼は何時ものようにアクアリウムの手入れをするため、新聞紙を机の上に広げたのだ。その時、心理カウンセリングが学べるカウンセリングスクールの広告の記事が目に入った。彼は気になり後で読もうと、その部分だけ引きちぎってポケットに押し込んだ。数日してポケットの中に手をやると、こないだ引きちぎった新聞の広告が入っていることに気が付き、観てみることにしたのである。
 そこには、カウンセリングスクールの体験セミナーの期日が書かれてあった。彼はおもむろにカレンダーを観て、仕事が休みかどうか確認したのだ。すると仕事が休日であることがわかり、彼はその体験セミナーに参加するため、電話で予約を入れることにしたのだった。その時の彼はあまり期待していなかったが、ちょっと覗いてみようと昔の名残もあり、行ってみることにした。

 体験セミナーの日の朝、彼は朝早く家を出てそのカウンセリングスクールに向かった。そこは東京の神田駅から程近い場所にあった。彼が建物に入って行くと、既に何人かのひと達が集まっており、また体験セミナーの資料や入会パンフレット一式を、受付の女性から手渡された。確か体験セミナーの内容は、自己概念(自己構造)、経験、自己一致と言った意識、無意識についての内容だったことを覚えている。
 彼はその頃、もう母親の両親から自立して一人暮らしをしていた。また貯金も少しはあった。そしてそのカウンセリングスクールの説明会で、心理療法を学ぶことが出来ることを知り、彼の目の色が変わったのだ。彼は心理療法と言うスキルを勉強できることがわかると、その場で入会手続きをする旨を伝え、家に帰り早速、必要な書類とレポートを纏め上げ郵送したのだった。数日後、そのカウンセリングスクールからの合格通知が彼の元に届いた。これで晴れて心理学の道へと再び彼は志すこととなったのだ。こうして彼は二年間、そのカウンセリングスクールで勉強したのである。
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