【Session22】2016年01月06日(Wed)小寒

文字数 3,192文字

 お正月も明け、学のカウンセリングルームがある新宿のオフィス街は、何時ものように活気を取り戻しつつあった。学は相変わらず、何時ものペースでクライエントのカウンセリングをこなしていた。そして今日の19時から、銀座にあるみずきのお店『銀座クラブ SWEET』で訪問カウンセリングを行うため、学は夕方に銀座へと向かったのだ。太陽はもう沈み外はだいぶ暗くなっていて、サラリーマンも足早に帰宅の途へと電車に乗り込んで来た。そして学は新橋駅を降り、 みずきのお店へと入って行ったのだ。

倉田学:「こんばんは倉田です。美山さんいますか?」
みさき:「明けましておめでとう御座います、倉田さん。みずきママですね」

倉田学:「ええぇ。明けましておめでとう御座います、みさきさん」
みさき:「倉田さんは、お正月にどこか行かれたんですか?」

倉田学:「いいえ、特には。みさきさんは、どこか行きましたか?」
みさき:「わたし今この仕事してるから、近くで一人暮らしなんです。だからお正月は家族が避難生活している、埼玉県 上尾市に行ったんです」

倉田学:「へぇー、そうなんだ。みさきさんの家族は埼玉県 上尾市に住んでるんだ」
みさき:「そうなんです。わたし達一家は元々、福島県 南相馬市に住んでいたの。でも、あの東日本大震災(3.11)で福島第一原発事故が起きて、わたし達家族も避難生活することになったの」

倉田学:「その避難生活の場所が、埼玉県 上尾市なんだね」
みさき:「そう。だけど今の仕事は夜遅いから、みずきママが近くに寮を借りてくれたの」

倉田学:「そっかー、お正月は家族で過ごしたのかー」
みさき:「でも、いろいろと問題があって、弟の体調がすぐれなくて…」

倉田学:「原因はなんなの?」
みさき:「それがはっきりしないけど、放射能の被爆が原因だと言っている友達もいるんです」

倉田学:「南相馬市のひと達は、皆んなどうしてるの?」
みさき:「それが…。福島第一原発事故で、皆んなバラバラになって他の市とか県で、避難生活を送ってるんです」

倉田学:「それは大変だねぇ」
みさき:「だから、お正月を家族揃って迎えることが出来て、改めて家族の絆みたいなものを認識出来たかな」

倉田学:「それって普通に生活していると、なかなか気づけないよねぇ。僕も両親と別れて初めて、その存在に気づかされたから」
みさき:「すいません、ついつい話し込んじゃって。みずきママ、呼んで来ますね」

 学は東日本大震災(3.11)のあったあの当時を思い起こした。その頃の学は、都内の小学校でスクールカウンセラーの補助をしていて、ちょうど学が小学校の相談室で待機していると、14時46分に大きな揺れを感じた。最初はそれ程大きな揺れとは思わなかったが、それは大きな揺れに変わり、そして学が今までに経験したことの無い程のものになったのだ。電車も止まり余震も続く中、学は児童の付き添いや見送りに追われたのを今でも覚えている。

 そして電車は動かず、学は自宅まで徒歩で帰ったのだ。多くのひと達が帰宅難民になり、何時間も掛けて自宅まで歩いて帰るひとや会社で夜を明かすひともいた。そんなことを考えているとみずきが現れた。

美山みずき:「明けましておめでとう御座います、倉田さん」
倉田学:「明けましておめでとう御座います、美山さん」

美山みずき:「お正月はゆっくりできましたか?」
倉田学:「ええぇ、まあぁ。美山さんはどうでしたか?」

美山みずき:「ええぇ、わたしは故郷の宮城県 石巻に」
倉田学:「故郷の両親に会いに行かれたんですね」

美山みずき:「ええぇ、両親の眠るお墓にお参りに。わたしの両親、石巻で昔、漁師をしてたんだけど、あの東日本大震災(3.11)の津波に流され両親を亡くしたの」
倉田学:「すいません、変のこと訊いてしまって」

美山みずき:「わたしはまだ、ご遺体があがったからいいけど。まだ見つからないひとも沢山いて、だからわたしは故郷のために少しでも恩返ししたいの」
倉田学:「恩返しって?」

美山みずき:「わたしに出来ることってお店を開くことぐらいだから、被災地にお店を開いて現地の子を雇って、そして皆んながそのお店に来てくれることかな」
倉田学:「美山さんは、故郷に思い入れが大きいんですね」

美山みずき:「高校を卒業してから両親に一度も会うことなく、大切なものを失ってしまったから。初めて気づかされたけど、少し遅かったわ」

 そう言ってみずきは、中島みゆきの『恩知らず』と言う曲をお店に流した。

美山みずき:「この唄の歌詞、わたしにぴったりでしょ! わたしって、両親に恩知らずだったから。この唄を聴くと、わたし両親のこと思い出すの」

 そう言ってみずきは、悲しそうな表情を学に見せたのだ。

倉田学:「失った物は取り戻せないけど、今を美山さんは大切にしているじゃないですか。それって簡単そうで、難しいと僕は思うんです」
美山みずき:「倉田さんに言われると、本当にそう思えるから不思議」

倉田学:「ひょっとしてみさきさんを雇ったのも、東日本大震災(3.11)の関係ですか?」
美山みずき:「そう、みさきちゃんは福島県 南相馬市から埼玉県 上尾市へ家族で避難生活をしている時にスカウトしたの。そしてゆきちゃんも宮城県 南三陸町で被災し、仮設住宅で避難所生活をしている時にスカウトしたのよ」

倉田学:「美山さんって意志が強いんですね」
美山みずき:「違うのよ、強くなったの。正確に言うなら、強くさせられたかな」

倉田学:「そうですか。それでのぞみさんの件はどうなったでしょうか?」
美山みずき:「そうねぇー。本人と、もう少しこの件についてどうするか話してみます」

倉田 学:「わかりました。何度も言うようですけど、発達障害は先天的な病で治ることはありません。一生死ぬまで、うまく付き合って行くものです。その為にも周りの理解と協力がとても重要です」
美山みずき:「わかりました。ちょっとのぞみちゃんを呼んで来ますね」

 そう言ってみずきは学を別室に案内し、のぞみを呼びに行ったのだ。しばらくしてみずきとのぞみが、学の待つ部屋に入って来た。そしてみずきからのぞみに関する話を切り出したのだ。

美山みずき:「のぞみちゃん。倉田さんは心理カウンセラーで、のぞみのことについて前から相談に乗って貰っていたのよ」
のぞみ:「えぇ、そうなんですか!」
倉田学:「はい。美山さんに頼まれて、あなたの様子をずっと観察していました」

のぞみ:「じゃあ、前のあのアイス(氷)の件も、ひょっとしてわざと?」
倉田学:「すいません、そうです。どんな反応をするか確認したくて」
美山みずき:「あれは倉田さんが悪いんじゃないからね。わたしがお願いしたのよ」

倉田学:「のぞみさん、今まで仕事とかで困ったことは何かある?」
のぞみ:「そうねぇ、お客さまの冗談が通じなくて真に受けたり、あと突然のオーダー変更や顔と名前を覚えるのも苦手かなぁ」

倉田学:「そう言うことを、他のスタッフにも知って貰って協力して貰うのはどうかなぁ?」
のぞみ:「わたしの発達障害を、オープンにすると言うことですか?」

倉田学:「どこまでオープンにするかは、のぞみさんが決めることだと思うんです。のぞみさんが何が苦手で何が得意かを、皆んなに知って貰う感じかな。発達障害と言う言葉で表現する方がいいかどうかは僕には決められない。これはのぞみさんの問題だから」
のぞみ:「わかりました、少し時間をください。みずきママとも相談してみます」

美山みずき:「倉田さん。今日はこれぐらいにして、後はふたりで相談します。また連絡しますね」
倉田学:「わかりました」

 こうして学はお店を後にしたのだった。正月明けで、まだ正月ボケが抜け切らないサラリーマン達が新橋駅で新年の挨拶を交わしている姿を横目に、学は新宿へと向かったのであった。
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