【Session28】2016年02月14日(Sun)バレンタインデー

文字数 2,192文字

 今日はバレンタインデーで街の女性達は男性にチョコをプレゼントする日ではあるのだが、最近は友チョコとか自分へのご褒美としてチョコを買い求める女性も多く、普段買えないこの時期だからこそ買える限定の品などが店頭を賑わせていた。チョコレート商戦が今日で終わると共に、次はホワイトデー商戦が繰り広げられて行くのであるが、男性陣にとっては義理チョコと言うハードルを突きつけられる日でもあった。

 学にとってバレンタインデーは縁遠い存在で、今までバレンタインデーでチョコなど貰ったことが一度も無い学は、何時も他人事にしか感じていなかった。そして学はついついカウンセラーの癖で、女性から男性への義理チョコってある意味、『駆け引き』をしているんだろうなぁー、なんて遠目から観ていたのである。

 午前中と午後のカウンセリングを終えた学は、みずきから引き続きのぞみの件で出張カウンセリングの依頼を受けていたので、銀座にあるみずきのお店へと18時頃に自分のカウンセリングルームを出て銀座へと向かった。そしてお店の中へと入っていったのだ。

倉田学:「こんばんは倉田です、お久しぶりです。美山さんいますか?」
ゆき :「あら倉田さん、お久しぶりです。今日は何の日かわかりますか?」

倉田学:「世間一般で言うバレンタインデーですか?」
ゆき :「せいかーい。倉田さん、では正解したのでこれを」

 そう言ってゆきは、学にチョコレートを手渡そうとした。その時、学はゆきにこう言ったのだ。

倉田学:「僕、こういうの苦手だから、受け取れないよ」
ゆき :「えぇー、何でですか。わたしのじゃ嫌ですか?」

倉田学:「そう言う意味じゃなくて、僕いままで貰ったことないし。それに貰うと、お返しで何あげていいかわからないし」
ゆき :「倉田さん。倉田さんからお返し貰おうなんて思ってませんよ。だって倉田さんからは、『形のないプレゼント』を貰っているし」

倉田学:「…………」

 学は少し考え、これ以上断るのも悪いと思い受け取ることにしたのだ。そしてこう言った。

倉田学:「ホワイトデーは、あまり期待しないでね」
ゆき :「はい。倉田さん今、『あまり』って言ったので、少し期待します」

 この言葉を聴いた学は、自分の発言に「しまった」と思いつつ、女性の方が恋愛や『駆け引き』は男性より一枚上手だなぁ、と感心していたのだった。
 そしてゆきからチョコレートを貰うことになったと言うことは当然、みさきやのぞみ、そしてみずきからも貰うことになったのだが、みずきからは意味深い言葉を言われ学を悩ませた。

美山みずき:「倉田さん、何時もありがとう。このチョコレートはちょっと特別でなかなか手に入らないのよ。だから倉田さんには、このチョコレートを受けって欲しいの」
倉田学:「特別で受け取って欲しい?」

美山みずき:「ええぇ」
倉田学:「どう言う意味ですか?」

美山みずき:「倉田さん、心理カウンセラーでしょ。カウンセラーならわかるでしょ」
倉田学:「…………」

 学にはわからなかったが、この状況でわからないと言える訳もなく、みずきの言葉が頭の中で無限ループしていたのだ。そしてこの日の目的であるのぞみの発達障害について、のぞみがパニックに陥った時にどのように対応したら良いか、のぞみを含めみずき達に説明したのだった。

倉田学:「以前、僕がのぞみさんの運んで来たアイス(氷)の入ったアイスペールに肘をぶつけ、アイス(氷)をテーブル一面にぶちまけてしまいましたよね。その時のぞみさん、表情は青ざめ少し小刻みに震え出しましたね。おそらくあの後、我れを忘れてパニック状態で自傷行為に陥る可能性もあります」
美山みずき:「あの時は確か、倉田さんから別の部屋に移動するように言われましたけど」

倉田学:「そうです。のぞみさんは『メルトダウン』に陥る可能性があったので、安全な別室に移動して貰ったのです」
みさき:「『メルトダウン』って、あの東日本大震災(3.11)による福島第一原発事故で起こった、あの『メルトダウン』ですか?」

倉田学:「そうです。あの福島第一原発事故で起きた『メルトダウン』と呼び方は同じです。簡単に言えば、『理性を失って制御不能の行動を起こす』ことです」
ゆき :「その場合、どうしたらいいんですか?」

倉田学:「そうですね。『光・音の刺激』を抑え、安心して落ち着ける静かな場所に、ひとりしばらく落ち着くまでそっと見守るのが一番だと思います」
のぞみ:「わたしはどうしたらいいのですか?」

倉田学:「のぞみさんの何か落ち着けるクッションや抱き枕みたいな物を用意しておくといいかも知れません。『メルトダウン』に陥ったら、それを触ったり抱いたりすることで、こころの回復を助けてくれるかも知れません」
美山みずき:「お店としては、どうしたらいいですか?」

倉田学:「のぞみさんの異変に早く対応してあげることです。のぞみさんの場合、限界まで自分を追い込んでしまうタイプなので、早めに周りが気づいてあげることだと思います」

 こうしてこの日のみずきのお店でのカウンセリングを終えた学は、自分のカウンセリングルームがある新宿へと向かった。電車の中で学は、人生初のバレンタインデーのチョコレートを抱え少し嬉しい気持ちだった。と同時に、みずきの言葉とホワイトデーで何を渡そうかと言う複雑な心境が沸き起こったのであった。
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