第11話 苦労の日々

文字数 1,670文字

その苦労が良い苦労になりますように。
それが毎日の祈りだった。
薬の蒙昧な世界は日々あの子を頭の中の世界へと深く深く引き入れた。
もう時間も場所も蒙昧になり、はっきりとわかることは自身の脳が見せてくれる今の幻だった。
それは今まであの子が見てきたものを投影して再現した。
記憶の中にしっかりと残った映像と記憶。
あの子の1秒も耐えること無しにすぎることはなかった。
どんなに苦しいことだろう。

わたしたちが日々の暮らしを生きることは、ただ黙っていても過ぎていった。
あの子にはそうではない。
一秒一秒楽になれるよういろいろ工夫して生きなくてはならない。
それだけで精一杯だった。
時は一日一日と規則正しくやってきては暮れていった。
曖昧だった声もはっきりとした言葉になり、
印象でしかなかった幻聴の声は、言葉を持った。
そしてそれは謎解きの鍵、そして次の妄想へのつなぐ鍵となり、広がった。
そのあてどもない自動思考の止まることのない会話の流れは止めることのできない苦行だった。

目が覚めた時、何者かに許されたのかなと思えるような日もあった。
体が軽く、思考も回った。
「はあ!楽だ。」
嬉しくなった。
軽い足取りで階段をおりて、居間の扉を開ける。
薬を飲むのも忘れて、藤で編まれた椅子に座る。
カーテンから漏れる朝の木漏れ日も心地よく思えた。
「薬は」と聞かれて、「あ、忘れてた」
そして扉につるしたお薬カレンダーから今朝の薬を取って、袋を切り、錠剤を掌の取ってそれを口に
そしていっぱいの水‥・・・
その後はもう意識がこの世界からまた朦朧として曖昧な世界へと

病気の症状か薬の副作用かはどちらでもよかった。
目が覚めた時から眠るまで、あの子はやってくるお客さんに工夫した。
あの子にはそれがリアルだった。
聞こえないものが聞こえ、見えないものが見える・・・・・
それはリアルだった。
それと薬がどんなものなのかも曖昧だった。

意味もなく落ち着かなく、不安が満ちた。

あの子が小学校に入学する前、父はギターの弾き語りの仕事で月曜日になれば県外に出た。
日曜日の早朝に帰って来ると、仮眠をして家族でピクニックに出た。
その時は札幌に住んでたので、発寒川沿いに河川公園があり、
サンドイッチを用意して家族で散歩に出た。
公園にはさまざまな遊具があった。特別な場所だった。
あの子は公園に心地よい場所を見つけて、石や砂で何かを作り、そして一人遊びを始める。
何かが戦っていたり、周りが見ていてわからないが物語が進んでいた。
カチーン、ジコジコ・・・と言葉ではなく擬音で物語が語られていた。
それを兄弟たちは見ていて面白いと思った。
お昼になるとシートを敷いて、ランチが始まった。
いつもピーナッツバターと卵のサンドイッチ、いい時は唐揚げ。
そして手作りのクッキーが並べられた。
姉、兄があの子を探しに行って連れてくる。
サンドイッチをもらうと、またジ「コジコ」とか口からうれしい声をあげて食べた。
朝、10時にでて午後の4時には帰ってくる。
そうしたらビデオを見る。
ポリアンナやデズニーの映画だ。

そして夜にはあの子の父はイエスキリストの絵本を読み聞かせした。
教会へは行かなかったが、なぜかあの子の父はイエスキリストの物語を寝る前に読んでくれた。
他の本は読んでくれなかったが、子供の聖書物語を体一杯で表現して読んでくれた。
あの子の思いの中にはイエスキリストはリアルだった。

今のあの子にはイエスキリストの物語と戦国時代とスターウォーズが混じり、カオスな物語が頭の中にあった。
苦しく自分の思いとは関係なく、感情が暴走する時、あの子はイエスを見た。
イエスが一線を越えないで、狂気の世界に足を踏み入れることを止めてくれた。
あの子の父の聖書物語の読み聞かせはどこまであの子の心に刻まれたか。
キリストの、人の行いではなく恵みによる救いは深く刻まれた。
それがあの子が破瓜してしまうことから守ってくれたが、
聖書物語はあの子の幻聴と妄想でカオスだった。
しかしあの子は間違いなく救われていた。
あの子の心にはイエスがいた。
どんな意味違いの物語しか記憶になかったとしても。
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