第14話 星乃雑貨店

文字数 3,027文字

 私とブラックシスターズのへなちょこ演技は、結果として成功を収めたようだ。イチョウ並木の決闘のあと、駅で別れようとした私をとどめて、南条君はある場所へと連れて行ってくれた。黒川さんの殺気みなぎる迫真の攻撃のおかげだろうか。殺されかけたけど。作戦が成功したあかつきには彼女に感謝すべきか悩むところだ。
 電車を乗り継ぎ何十分も歩いてたどり着いたその場所は、東京東部、いわゆる下町の複雑に入り組んだ住宅街の一角だった。
 ここまでの道筋をすっかり忘れた私が見上げたのは、細長く古ぼけた、モルタルの建物だった。間口のガラス戸には「星乃雑貨店」と書いてある。組織の名前をこんなに堂々と晒していいのか? ……などと思いながら様子をうかがうと、店先にはアクセサリーや帽子や服やその他謎の置物など、種々雑多なアイテムが並んでいた。どうやら本当に雑貨店をやっているようだ。
 店の中は狭く薄暗い。内部も店先と同じく、商品と思しき怪しげな雑貨たちで埋め尽くされていた。陳列棚や壁を所狭しと占拠する雑貨たち。真鍮製の猫の置物。ガラス製の用途不明の小瓶。南の島の儀式で使われていそうな木彫りのお面。コケシみたいな人形。カラフルな玉を連ねたネックレス……。窓辺に飾られているのは、水色やピンクやエメラルドグリーンなどのガラス玉でできた簾だ。窓から差し込んだ光がそのガラス玉を通して、万華鏡のような色彩を店内に散らしていた。
 雑貨に埋もれるように鎮座する木製のカウンターの前を通ったときだった。
「おう。帰ってきたのか、ジョー」
 カウンター上のウサギの置物がドスのきいた声を発したので、私は危うく悲鳴を上げそうになった。続いて無人と思っていたカウンターの向こうにヒョイとタコ入道が姿を表したものだから、喉に押し込めかけた悲鳴は「ウヒョウ!」という世にも情けない声となって漏れ出てしまった。
「なんだジョー。そのカワイコちゃんは。お客か?」
 そう言ってむっくり立ち上がった彼は、タコ入道……ではなく男の人だった。タコのような立派な禿頭の、顔の下半分をモジャモジャの髭で覆った、巨漢だ。こんな感じの、逆さにしても人の顔に見えるだまし絵を、昔見たことがあったような気がする。それにしてもこやつ、私のことをカワイコちゃんだと。見かけによらずなかなか見る目があるではないか。
 この強面タコ入道の慧眼に脱帽した私は、親愛の情を込めて初対面の人間にはめったに見せない笑みを浮かべようとした。その矢先、カウンターの後ろの板戸がガラリと勢いよく開かれた。
「なーにがカワイコちゃんよ。また店番ほおり出してどこ行ってたのさ」
 出てきたのは制服姿の少女だった。彼女は小言を漏らしながら私をキッとにらみつける。
「あんたも調子にのってんじゃないわよ。このブス」
 なんたるとばっちり。私のつくりかけの笑みは積み上げた卵のようもろくもに崩れる。我が繊細なる心を囲む鉄壁の城塞はすぐさま臨戦態勢。全銃口を一斉に相手に向ける。ブスにブス呼ばわりされる筋合いはないねえ、と言い返そうと彼女を見返して、しかし私は出しかけた言葉を飲み込んだ。
 一瞬鏡がそこにあるのかと思った。昔の自分の姿を映し出す鏡が。それほど目の前の少女は昔の私に似ていた。もっとも自分の昔の姿なんかおぼろげにしか覚えていないので、細かくは違っているだろう。しかし風貌やまとっている雰囲気は、十年前に毎朝ため息をつきながら眺めた、雨空のように鬱々として冴えないあの女の子にそっくりだった。
「こら。梨々香。口を慎め。すまんなマコ。あいつ、口は悪いが、根はやさしい奴なんだ」
 南条君がフォローしてくれるが、この少女が見た目だけでなく中身まで私にそっくりならば、きっと根も優しくはないだろう。
 そんな私の懸念をよそに、南条君は爽やかに私を紹介してくれた。
「みんな。この人は阿久津真子さん。新しい仲間だ。僕の幼なじみで、元髑髏十字の工作員。だけど、彼奴等とは袂を分かって、理絵の救出に力を貸してくれるとのことだ」
 その場の空気が、ブリザードを吹き付けたように一瞬にして凍りつく。もちろん私も。いきなり何を暴露してんだ南条君。紹介の仕方を考えてくれ。
「な……なに考えてんの、ジョー」
 はじめに口を開いたのは、昔の私もどき。梨々香と呼ばれたメガネ少女だ。
「そんなやつ、仲間にできるわけ無いじゃん。敵の女だよ」
「もう、敵じゃない。彼女は髑髏十字を抜けたんだ。俺たちを助けるために」
「信用できない。理絵さんの救出なら、私達だけでできるよ。そんなやつ。……怪しいよ。罠かもしれないじゃん。だって見てよ。暗くてムッツリしていて、見るからに腹に一物持ってそうじゃん」
 ひどい言われようだ。お前に見てくれのことを言われたくない。……と、言い返したいところだが、当たっているので口をつぐむ他ない。さすが私もどき。見抜かれてるわけではないだろうが、図星をつかれすぎて背中に冷や汗が浮かぶ。
「俺も、慎重になったほうがいいと思う」
 髭の入道も梨々香の肩を持つ。
「ジョー。その人が信頼できるという根拠はなんだ」
「彼女は、髑髏十字の追っ手に危うく殺されかけたんだ。それに……」
 南条君はうつむいて、小さな声で付け加えた。
「信じたいんだ。彼女は幼馴染みだから。その優しさ哀しさを、僕はよく憶えているから」
 梨々香と髭入道があんぐりと口を開けて顔を見合わせる。私もきっと同じ顔をしていたのではないかと思う。自分から売り込んでおいて言うのもなんだけど、大丈夫か南条君。そんな純粋な目で語らないでくれ。なんだか胸が痛むよ。
 しかし純なのは南条君だけのようだ。ほかの二人は私を疑うことをやめない。まるで牢の向こう側から凶悪犯をねめつけるような視線でジロジロ観察してくる。私のやましい本性とスパイであることの証拠を暴き出そうとするように。
 息が苦しくなるほどにその場の空気が張り詰める。呼吸がだんだんと浅くなり、首筋にじわりと汗がにじむ。自分が動揺していると悟られないように平静を装うが、胸が激しく波打つのを止めることができず、それが彼らに見とがめられるのではと気が気でなかった。ここで私の正体がばれたらどうなってしまうんだろう。いつものように自分がひどい目に遭わされる妄想にふけろうとして、危うくそれをこらえる。具体的に悲惨な場面を想像しようものなら、こらえきれずに悲鳴をあげてしまいそうだったから。
 やがて髭入道が背後の板戸を開け、その中に姿を消した。でも私は緊張を解くことができない。梨々香が私のそれみたいな陰湿な目でにらみ続けている。
「とりあえず、お前さんに仕事をしてもらおうか」
 板戸から再び姿を現した髭入道は、大きな平たい箱を抱えていた。カウンターに置かれたそれを覗き込むと、中には色とりどりの小さな玉がたくさんつまっていた。
「これを使って、店で売るネックレスを作るんだ。玉の組み合わせは君の自由だ」
「えっと、たくさん玉があるけど……。いくつ作るんですか」
「百個。明日の朝までに」
「ひゃく……。そんなの……」
「できなければ君はスパイだ。その場合、念仏唱えながらその玉を君の穴という穴につっこんでやる」
 唖然とする私を、玉のような眼でぎょろりと見下ろし、髭入道は薄く笑った。梨々香もニヤニヤと楽しそうにしてやがる。恐るべし星乃雑貨店。何が正義の組織だ。こいつら、髑髏十字にいても違和感ないじゃないか。
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