第12話 幹部・阿久津真子

文字数 3,225文字

 私とキウラさんを幹部に任ずる。
 その衝撃的な宣言のあと、総帥は広間を退出して、私たちの短い会見は終わった。話を引き継いで詳しい説明をしてくれたのは、案内役の紳士だった。
 紳士は名を高遠頼実さんといった。この髑髏十字総帥の執事を務めているらしい。白いひげを蓄えた彼は丸眼鏡のレンズを光らせながら、私たちに教えてくれた。
「幹部は、いくつかの支部を統括します。管轄の組織員たちの活躍を把握し、与える報酬を決定します。時に総帥からの指令を受け、大規模作戦の指揮をとったりすることがあります」
 活躍の把握はてんとう虫が送られてくるのでそれでわかるらしい。配下から集めたてんとう虫を、幹部は本部へと送る。報酬とは、あのアロマ香のことだ。正式名を『天国の花びら』というその香は、本部へてんとう虫をある程度送ると見返りに幹部に与えられる。それをどれだけ平組織員に配るかは、幹部の裁量に任せられている。売って現金化してもいい。その道の人々の間では有名で、かなりな値で取引されているとか。つまり、平等にみんなに分け与えるも私腹を肥やすも、私の胸ひとつってわけだ。
 キウラさんがさっきから悪代官みたいな下品な笑みを浮かべている。きっと私と同じことを妄想しているのだろう。今にも「おぬしも悪よのぅ」などというセリフを口から漏らしそうだ。自信がある。きっと私たちはろくな幹部にはならないだろう。まあ、悪の組織なんだから、それもよかろうと思う。
「ところで、ひとつ知りたいことがあるのです」
 天国の花びらをたくさんもらって、あの幸せの香りに包まれる生活を夢想して涎を垂らしかけていた私は、口を拭って高遠さんに質問を投げた。ここに来て、一番教えてほしかったことだ。
 私の機先を制して高遠さんが口を開く。
「それは、星乃雑貨店のことですかな」
 雑貨店? 一体何を言い出すんだこのおじさんは。私が知りたいのは、この組織の……。
「髑髏十字に敵対する組織がある。それについて知りたいのでしょう。その組織は、名を星乃雑貨店というのです」
 私を見つめながら丸眼鏡の奥で目を細め、高遠さんは優しく言った。優しいけど怖い。なんで私の言いたいことがわかった。
「そ、そうそう。この前の任務のときにひどい目にあわされたんだ。私たちの組織の活動を邪魔するための組織らしいけど、一体何なの」
「星乃雑貨店は見た目はただの雑貨店ですが、それは世を忍ぶ仮の姿。実は私設の組織で、貴女がおっしゃったように、我が組織の敵です。組織の規模はまださして大きくないものの、精鋭ぞろい。法の力の及ばない我々に対して、実力で制裁を加えようとしてくる。その方法は極めて執拗かつ陰湿。我々の健全な活動を邪魔立てする、とんでもない奴らです」
「なるほど。つまり正義の味方ってわけか。そりゃあ、いけ好かないね」
 キウラさんが鼻で笑うと、高遠さんも大きくうなずいて口もとに薄笑いを浮かべた。
「最近、あなたと同様の被害報告が各支部から入ってくるようになったのです。いままでは放っていたのですが、組織員の活動に支障をきたすことが多くなり、対策の必要に迫られてきました。今回貴女がたが幹部に任じられたのは、実はこの星乃雑貨店と関係があります」
 そして白いひげをひとなでし、謹厳な表情をつくる。つづいて彼は、とんでもないことを言い放った。
「貴女がたにはこの星乃雑貨店と戦っていただきます。この天敵に打撃を与え、我が髑髏十字に安寧の日々を取り戻すのです」

 私たちが幹部に登用されたのは、我が組織と敵対する正義の団体と対決するためだった。いままで自分には手の届かない幸せを手にした者にケチないたずらをして鬱憤をはらしていた私には、いささか荷の重い立場と任務だ。できれば権力だけ手にいれて私腹を肥やしたかった。それはキウラさんも同じ思いのようで、支部にもどるなり不満顔で愚痴を漏らし始めた。
「私は幸せな奴らに嫌がらせできれば、それでよかったんです。正義の味方と戦うなんて性にあいません。そもそもなんで私たちが幹部なんかに……」
「それは高遠さんが言っていたじゃない」
 そもそもなんで私たちがそんな重要任務を任せられるに至ったか。それもあの老執事は教えてくれた。理由は二つ。今までの私たちの活躍が目覚ましかったからと、私が南条君と知り合いだったからだ。幼馴染みが敵の組織にいるならば、そこに付け入ることもできるであろう。作戦の幅が広がる。うってつけである。……とまあ、そんなふうに上層部は考えたらしい。それに、星乃雑貨店の襲撃にあってそれを撃退したうえに任務を成功させたのは、今まで私たちだけだったとか。あれは偶然でしかも任務成功は標的の自滅だったわけだが、上は実力も兼ね備えていると思ってしまったらしい。
「それなら、真子さんが幹部をやってくださいよ。私は辞退します」
 などとキウラさんが薄情なことを言い出すものだから、私は涙ながらに彼女のスカートにすがりついた。
「そんなぁ。見捨てないでよぉ。一緒にやろうよぉ。私、キウラさんがいないと何もできないよぉ」
「こら。涙と鼻水をこすりつけるな。わかった。わかりましたから」
 キウラさんはため息をついて、シスター服から私をひっぺがす。
「じゃあ、私は参謀ということで」
「責任は一緒だよ。ご褒美は山分けにするから」
 もちろん、作戦遂行にあたって、それなりの資金や物資の供給と、成果によってのご褒美は約束されていた。
 キウラさんの顔にようやく、彼女らしいやましさ満点の笑みが広がる。
「大事なことです。成功のあかつきには派手にお祝いをしましょう」
「たのんだよ。キウラ参謀」
「そうとなれば、さっそくメンバーを召集しましょう。情報によりますが、実はひとつアイディアがあるのです」
 えっ。もう? その行動力と思考の早さに驚く私を見つめ、彼女はグヘヘと笑いながら、悪だくみを持ちかける悪商人のような表情をした。

 次の日、我らが拠点である世田谷の教会もどきに、対星乃雑貨店戦争のメンバーが招集された。私とキウラさん。無頼亭の四人の世紀末男、田中さん鈴木さん佐藤さん山田さん。世田谷支部の二人のシスター、黒田さんと黒川さん。それと情報局のエムさんである。幹部のくせに規模が小さいと蔑まないでほしい。統率力のない私達では大勢の配下を把握して動かすことは困難との判断と、キウラさんの考える作戦の性質から、少数精鋭でいこうということになったのだ。
 ガランドウの礼拝堂の椅子に座る面々を、満足そうに見渡してから、キウラさんは救いがたいほどに最低なその作戦について説明した。
「この作戦の概要はシンプルです。我々は正面からは戦わない。敵の内部に潜り込み、裏切り者を作って、内部からぶっ壊してやるのです」
「ハーイ、質問」
 手を上げたのはシスターのうちのひとり、黒川さん。ブラックシスターズと呼ばれるペアの、長身で目つきの鋭い女の人だ。
「内部に潜り込むって言うけど、どうやって? 潜り込めたとしても、相手は少数精鋭。そう簡単に裏切り者を作れるとは思えませんが」
「考えがあります。エムさん、ご説明を」
 キウラさんは背後に視線を送る。すると、壇上の彼女の傍らに待機していた痩身の男の人が、前に進み出て得意げにメガネに指を当てた。
「はい。実は敵組織の隊員、南条には、大切にしている妹がいます。その妹の住処と職場、行動範囲を我々はすべて把握しております」
 黒川さんは戸惑ったように黒田さんと顔を見合わせる。今度はたぬき顔の黒田さんが手を挙げる。
「あのぉー。妹さんに、なんの関係が?」
 その問いに、キウラさんはニチャーっと、糸を引きそうな粘っこい笑みを浮かべた。
「妹をかっさらって、人質にします。そして彼女をだしに南条を操り、星乃雑貨店を内部崩壊に導くのです。そして南条を操る役は……」
 キウラさんの、世にも卑猥な笑みが、私に向けられた。
「真子さん。あなたです」
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