#31 ホルトゥスにてウシノコクマイリを聞く
文字数 6,221文字
表情の意味を考えてしまったことで一瞬の間ができた。というか身構えてしまった。
何度も殺されかけているという事実が無意識のうちに俺の体を強張 らせたのだろうか。
でも信じると決めたのに。
「早くしろ」
ディナ先輩が眉間にシワを寄せる。
「はいっ」
今度こそ。
「待って!」
今度はルブルムが遮った。
「私も知りたい」
時間をかけるほどに緊張が増しそうだ。だいたいそんなもったいつけるもんでもないし。
ルブルムも手を重ねてくるのを待ってから、俺は『凍れ』を使用した。
「なるほど……先程の事前説明が必要なわけだ」
「トシテル! すごい!」
「この考え方はチキュウのガッコウで教えられたものなので、俺がすごいわけじゃないです」
「続けて『発火』を使ってみろ。この感覚を覚えたい」
「わかりました……ですが、火力が強いので気をつけてください」
お二人が俺に触れている側と反対の手を誰も居ない方へと向ける。
「氷を加工した魔法ではないのか?」
「あ、あれは『発火』ではなく火力を抑える代わりに発動時間を伸ばした『弱火』というオリジ――独自の魔法でして」
「ならばそれでよい。熱を操作する部分の思考は同じなのだろう?」
「はい」
「触れていれば感じ取れはするが、触れる場所は魔法を発動する場所に近いほど理解は深まる」
俺は改めて『弱火』を使用する。もちろん、自分の手のひらに、直に。
ディナ先輩は相変わらず険しい表情。ルブルムは反対に目をキラキラさせている。
「火力を抑えると発動時間が伸びるという部分についての思考、言葉で説明できるか?」
「はい。では何か細い紐はありますか?」
と言い終わらないうちにウェスさんが部屋を出てゆく。
よし。今の間に氷に手を押し付け、ちょうどいい大きさの欠片を用意しよう。二人にはいったん手を放してもらう。
魔法の発動を学ぶときは、発動の瞬間に触れてさえいれば、魔法の発動時間継続中ずっと触れている必要はないのだ。
氷の欠片をうまく切り出せた頃、ウェスさんが何種類かの紐を持って戻ってくる。その中から麻紐を選び、片側に氷の欠片を結びつけ、もう片方の端をつまみ上げた。
「最初はつまんでいる指の真下にある欠片を、紐をたるませないようにこの位置まで持ち上げます。ここで手を放すと、欠片は最初の位置を通り越して反対側の、だいたい同じ高さまで移動します」
手を放すと欠片は大きな弧を描いて言った通りの場所へ、そして往復して戻ってきたのをもう一度つかんだ。
「欠片は、手を放してから速度を上げ、最初の位置でもっとも速度が早くなり、そこから次第に速度を遅くして、反対側の同じ位置に到着したときには速度は一瞬、止まります。そしてまた行きと同じように速度と位置を変化させながら帰ってきます。これは、位置の力と速度の力とが互いに置き換わっているという考えです。実際には、紐や欠片自体は空気と擦れ合うことで力をわずかに減らしてしまうので、最初に手を放した場所まできっちりと戻ってきたりはしないのですが」
「ふむ。魔法代償 の要求が少ないということは、やはりそれが世界の真理 なのか。本来であれば魔法の発動内容を変更するにあたり、追加の魔法代償 が発生するものだが、それがない」
考え方一つで、同じ結果の魔法に対して要求される魔法代償 が異なる。
まるでこの魔法というシステムをどこかで監視、管理している者がいるかのような。
腕に鳥肌が立つ。恐怖ではなく、興奮で思考が震える。
「あとな、モノを凍らせる一般的な魔法は、例えばここいらならマンティコラの歯山脈の頂付近に吹き荒ぶ凍える風を運んでくる、という思考で構成されている。トシテルの学んだ世界では魔法がないと言っていたが、ないからこそ、効率と真理を探究し、フィジカ側から世界の真理 を極めようとしたのかもしれないな」
「フィジカ?」
「この世界に存在するもののうち形あるものの総称だ。ちなみにフィジカではないものとしては魔法や魂、寿命の渦 などもそうだな」
イメージ的には物理 とかいう感じなのかな。
というか、先程まであれほど敵対心剥き出しだったディナ先輩が、先輩らしい感じで接してくれているのがありがたい。
「なにニヤついている?」
うわ、やっぱり怖い。というか凄みがある。
「申し訳ないです」
「余計なこと考えている暇があったならチキュウのことをもっと思い出せ。トシテルの思考はボクにとって有益だ」
俺の代わりにルブルムとウェスさんの頬が緩んだ。
その後しばらく俺 の知識を披露する。
ただ、物理とか化学とかで俺が知っていて説明ができることってそれほど多くなくて。
教科書はもらったその日に読む派なので高一で習う分についてはなんとか……というレベル。
質問の答えに何度かつまり始めると、「時間の無駄使いはやめよう」と話題が代わり、今度はディナ先輩が講師となり俺とルブルムが質問する側へと回った。
ディナ先輩が持ち出したテーマは、対魔術師対策。
俺が知っている方法は、相手が魔法を発動するよりも前に偽の消費命 を作り出して相手の魔法代償 にぶち込み、魔法の発動を失敗させる『魔力消散』のみなわけだが、この方法は相手が冷静にもう一度、しかもこちらから離れて魔法を使用した場合、簡単に発動されてしまうので、主には師匠が弟子の魔法発動を止める場合にしか使わないと聞かされたところから話がふくらんだ。
「まず魔法へ対策するには、魔法そのものへの理解を深めなければならない。トシテル、対象へ魔法を当てる方法を思いつく限りあげてみろ」
「まず直接触れる方法、それから『魔法転移』で発動場所を移動させる方法。『魔法付与』で何かに魔法を付与して、その何かを相手に命中させる方法。あとは……」
それ以外で頭に浮かんだのはゲームとか漫画とかで見た方法だが、この世界の魔法がそういう使い方ができるかというと……。
「知っている限りとは言っていない。思いつく限りと言ったのだ」
ああそうか。ディナ先輩の意図を勘違いしていた。
俺の知識を伝えるフェーズは終了したわけじゃないってことか。
「あとは、矢に付与するとかではなく魔法そのものを発射する方法、範囲を指定してその領域内へ発動する方法……」
呪詛は直接触れる方法に含まれるか。でも地球では呪詛といえば相手に触れるわけじゃないものな。丑の刻参りとか。
「相手の一部やよく身に着けているモノを相手に見立て、それに触れることで相手に触れているモノとして発動する方法」
「最後のは詳しく」
「チキュウには魔法はないと言いましたが、正確には魔法があることを証明できていないというだけで、魔法という言葉は存在します。同様に呪詛も。どちらもそれを信じる者には効果があり、信じない者には効果がないとも言われています。そしてそのような呪詛の一つで、有名な者に藁人形というものがあります。相手の髪の毛を入れた藁の人形に釘を打ち付けて呪うという方法です」
「それはウシノコクマイリか?」
「ご存知でしたか?」
「文献で見たことがある。それを書いた魔術師は、要求される魔法代償 が大きすぎて実用的ではないとも書いていた。だがトシテルの先程の話を聞いた今では捨てるには惜しい選択肢だ。『凍れ』ではないが、その思考方法を理解さえできれば世界の真理 に近づき、画期的な新しい手段として用いることができるかもしれない」
とは言っても、丑の刻参りについて俺はそれほど詳しくはない。
もとになったのは橋姫の伝承で、こういう装束で、あとはそれの最中を見られてはいけないとか……そんなだったから、丑の刻参りの話題もするっと流れた。
魔法の手段としては、俺が先に挙げた五つの手段で合っていた。
今度は思いつく対抗手段を挙げさせられて、とりあえず採用されたのが「発動の阻止」と「物理 的に回避」と「発動された魔法の弱体化・無力化」という三つ。
「魔法を反射」という手段については、丑の刻参りのように「誰かに見られたら自分へ跳ね返る」という前提が組み込まれたうえで発動されたものならばともかく、通常の魔法については、反射できる仕組みを説明できないのであれば、実用的な魔法代償 での使用は叶わないだろうとのこと。
確かに魔法を属性に分類したうえで反射したり吸収したりなど、どうやってと言われても説明できない。
スマホや車や銃を一から作れと言われても、その方向にマニアな知識がない高一には作れないのと一緒で。
「いいか。そもそも命ある者にば抵抗力というものが備わっている。この抵抗力は、魔法に対してのみならず、例えば事故に巻き込まれても怪我がなかったとか、腐りかけたモノを食べて皆が腹を下すなか一人だけ無事だったとか、命を脅かすありとあらゆる事象に対して抵抗する力だ。わずかだが寿命の渦 を消費していると主張する者も居る」
無意識に防御魔法を発動しているイメージかな――と想像していたら『抵抗力強化』という魔法を教えていただく。
ただし抵抗が強化されると回復系や支援系のような魔法も拒絶してしまいやすくなるため、使いどころが難しい。
物理 的な回避手段としては、『蜃気楼』という魔法も教えていただいた。
自分の位置をずらして見せるが、実際の魔法戦闘では視覚よりも『魔力感知』での位置把握を優先するため、遠距離で囮として用いる以外には使い所が難しいとのこと――この『蜃気楼』単体では。
基本的にはこの幻に寿命の渦 が宿っているように見せる別の魔法を加えて使われることが多いのだとか。
俺たちが明日には出発するからと、基礎の基礎と、応用のための考え方だけを駆け足でご講義いただく。
発動される魔法を打ち消すことについては「目隠しのままどこからか投げられたモノに追いついて受け止めるようなもの」と言われてしまった。
そのモノがどんな形、動き、危険性さえもわからないし、例えば強い酸が入った器だとしたら、受け止めた途端に中身がこぼれてしまうこともあると。
ただ、予想外のことが起きても常に対応できるよう、思考の外側に発生し得ることへの注意は怠るなと厳しく言われ、同時に、だからといって様々な可能性に対応しようと思考を巡らせるのは「選択肢をたくさん用意したがゆえに、その中のどれかを選ばなければならないと思い込む」恐れもあるとも忠告された。
なおも講義は続いたが、ルブルムが咳き込んで中断する。
集中しすぎて呼吸を忘れたとのことで、ようやく休憩となった。
● 主な登場者
・有主 利照 /リテル
猿種 、十五歳。リテルの体と記憶、利照 の自意識と記憶とを持つ。魔術師見習い。
呪詛に感染中の身で、呪詛の原因たるラビツ一行をルブルム、マドハトと共に追いかけている。
・ケティ
リテルの幼馴染の女子。猿種 、十六歳。黒い瞳に黒髪、肌は日焼けで薄い褐色の美人。胸も大きい。
リテルとは両想い。熱を出したリテルを一晩中看病してくれていた。リテルが腰紐を失くしたのを目ざとく見つけた。
・ラビツ
久々に南の山を越えてストウ村を訪れた傭兵四人組の一人。ケティの唇を奪った。
フォーリーではやはり娼館街を訪れていたっぽい。
・マドハト
ゴブリン魔法『取り替え子』の被害者。ゴド村の住人で、とうとう犬種 の体を取り戻した。
リテルに恩を感じついてきている。元の世界で飼っていたコーギーのハッタに似ている。街中で魔法を使い捕まった。
・ルブルム
魔女様の弟子である赤髪の少女。整った顔立ちのクールビューティー。華奢な猿種 。
槍を使った戦闘も得意で、知的好奇心も旺盛。リテルと互いの生殖器を見せ合う約束をしたと思っていた。
・アルブム
魔女様の弟子である白髪に銀の瞳の少女。鼠種 の兎亜種。
外見はリテルよりも二、三歳若い。知的好奇心が旺盛。
・カエルレウム
寄らずの森の魔女様。深い青のストレートロングの髪が膝くらいまである猿種 。
ルブルムとアルブムをホムンクルスとして生み出し、リテルの魔法の師匠となった。『解呪の呪詛』を作成中。
・ディナ
カエルレウムの弟子。ルブルムの先輩にあたる。重度で極度の男嫌いっぽいが、感情にまかせて動いているわけではなさげ。
カエルレウムより連絡を受けた直後から娼館街へラビツたちを探すよう依頼していた。ルブルムをとても大事にしている。
・ウェス
ディナに仕えており、御者の他、幅広く仕事をこなす。肌は浅黒く、ショートカットのお姉さん。蝙蝠種 。
リテルに対して貧民街 での最低限の知識やマナーを教えてくれた。
■ はみ出しコラム【発酵食品】
・ガルム
ラトウィヂ王国に限らず、海辺の地域で作られている魚醤。
一般的な調味料としてよく使われている。
・アレック
ガルムを作る際、上澄みをガルムとして取り、甕 の中に残った固形部分。
貧しい者たちの間では安い調味料として、重宝される。
・テンメンジャン
小麦粉、水、塩をもとに作られた甘みのある味噌っぽい発酵調味料。転生者が広めたと思われる。
ロコト は流通量が少なく一般的ではないためか、それ以外の醤 は確認されていない。
シルヴィルーノ王国にて作られている。
・ムギミソ
麦をもとに作られたいわゆる麦味噌。こちらも転生者が広めたと思われる。
・サルサ
野菜を酢や塩に漬け込んで発酵させた食品。いわゆるピクルス。ごく一般的な発酵食品。
・ザワークラウト
ラトウィヂ王国北部で広まっているキャベツの塩漬けを乳酸菌発酵させた食品。
名前から分かる通り、転生者により広められたものと思われる。
・干し腸詰め
肉、脂身、塩、これに酒やスパイス類などを腸詰めして、低温下で熟成したもの。いわゆるサラミのような食品。
腸詰めはフレッシュなものや燻製にしたものなど様々なタイプが食べられている。
・ハリファニス
シルヴィルーノ王国の西部、標高の高いハリファニス地方にて作られている、いわゆる生ハム。
・ナットウ
大豆を藁に包んで発酵させた食品。好き嫌いがはっきり分かれるという。
特にウォーリント王国で流通しているが、こちらも転生者により広められたと思われる。
ガルムやアレックと和えて食べられる。
・カッテージ
酸味の強い柑橘系果実「シートルス」を用いて作られるチーズ。
使用される乳は、牛、羊、山羊など様々。
普通の庶民の家で作られる自家製チーズはだいたいカッテージである。
・ペコリーノ・チーズ
羊の乳より作ったチーズ
カッテージ以外のチーズに関してはレンネットを使用するため、希少品。
※レンネット
哺乳期間中の仔牛、仔羊、仔山羊などの第四胃袋に存在する酵素。
地球においてはレンネットの代替としてカビや微生物などから取られるものが存在するが、ホルトゥスにおいては代替品はない。
レンネットを取得したあと『生命回復』で傷を塞ぐという方法を行っているチーズ工房もある。
・ディスルーンパム・チーズ
モッツァレラチーズのようなフレッシュタイプのチーズ。
ラトウィヂ王国王都キャンロルにて作られている。
・クスフォード・チーズ
ラトウィヂ王国クスフォード領の山岳地帯で作られているハードタイプのチーズ。
・トムンソ・チーズ
ガトールド王国王都トムンソで作られている水分が少なく保存製の高いタイプのチーズ。
・ゴルゴンゾーラ・チーズ
青カビタイプのチーズ。
ホルトゥスに「ゴルゴンゾーラ村」は存在しないため、転生者により製法が持ち込まれたものと思われる。
何度も殺されかけているという事実が無意識のうちに俺の体を
でも信じると決めたのに。
「早くしろ」
ディナ先輩が眉間にシワを寄せる。
「はいっ」
今度こそ。
「待って!」
今度はルブルムが遮った。
「私も知りたい」
時間をかけるほどに緊張が増しそうだ。だいたいそんなもったいつけるもんでもないし。
ルブルムも手を重ねてくるのを待ってから、俺は『凍れ』を使用した。
「なるほど……先程の事前説明が必要なわけだ」
「トシテル! すごい!」
「この考え方はチキュウのガッコウで教えられたものなので、俺がすごいわけじゃないです」
「続けて『発火』を使ってみろ。この感覚を覚えたい」
「わかりました……ですが、火力が強いので気をつけてください」
お二人が俺に触れている側と反対の手を誰も居ない方へと向ける。
「氷を加工した魔法ではないのか?」
「あ、あれは『発火』ではなく火力を抑える代わりに発動時間を伸ばした『弱火』というオリジ――独自の魔法でして」
「ならばそれでよい。熱を操作する部分の思考は同じなのだろう?」
「はい」
「触れていれば感じ取れはするが、触れる場所は魔法を発動する場所に近いほど理解は深まる」
俺は改めて『弱火』を使用する。もちろん、自分の手のひらに、直に。
ディナ先輩は相変わらず険しい表情。ルブルムは反対に目をキラキラさせている。
「火力を抑えると発動時間が伸びるという部分についての思考、言葉で説明できるか?」
「はい。では何か細い紐はありますか?」
と言い終わらないうちにウェスさんが部屋を出てゆく。
よし。今の間に氷に手を押し付け、ちょうどいい大きさの欠片を用意しよう。二人にはいったん手を放してもらう。
魔法の発動を学ぶときは、発動の瞬間に触れてさえいれば、魔法の発動時間継続中ずっと触れている必要はないのだ。
氷の欠片をうまく切り出せた頃、ウェスさんが何種類かの紐を持って戻ってくる。その中から麻紐を選び、片側に氷の欠片を結びつけ、もう片方の端をつまみ上げた。
「最初はつまんでいる指の真下にある欠片を、紐をたるませないようにこの位置まで持ち上げます。ここで手を放すと、欠片は最初の位置を通り越して反対側の、だいたい同じ高さまで移動します」
手を放すと欠片は大きな弧を描いて言った通りの場所へ、そして往復して戻ってきたのをもう一度つかんだ。
「欠片は、手を放してから速度を上げ、最初の位置でもっとも速度が早くなり、そこから次第に速度を遅くして、反対側の同じ位置に到着したときには速度は一瞬、止まります。そしてまた行きと同じように速度と位置を変化させながら帰ってきます。これは、位置の力と速度の力とが互いに置き換わっているという考えです。実際には、紐や欠片自体は空気と擦れ合うことで力をわずかに減らしてしまうので、最初に手を放した場所まできっちりと戻ってきたりはしないのですが」
「ふむ。
考え方一つで、同じ結果の魔法に対して要求される
まるでこの魔法というシステムをどこかで監視、管理している者がいるかのような。
腕に鳥肌が立つ。恐怖ではなく、興奮で思考が震える。
「あとな、モノを凍らせる一般的な魔法は、例えばここいらならマンティコラの歯山脈の頂付近に吹き荒ぶ凍える風を運んでくる、という思考で構成されている。トシテルの学んだ世界では魔法がないと言っていたが、ないからこそ、効率と真理を探究し、フィジカ側から
「フィジカ?」
「この世界に存在するもののうち形あるものの総称だ。ちなみにフィジカではないものとしては魔法や魂、
イメージ的には
というか、先程まであれほど敵対心剥き出しだったディナ先輩が、先輩らしい感じで接してくれているのがありがたい。
「なにニヤついている?」
うわ、やっぱり怖い。というか凄みがある。
「申し訳ないです」
「余計なこと考えている暇があったならチキュウのことをもっと思い出せ。トシテルの思考はボクにとって有益だ」
俺の代わりにルブルムとウェスさんの頬が緩んだ。
その後しばらく
ただ、物理とか化学とかで俺が知っていて説明ができることってそれほど多くなくて。
教科書はもらったその日に読む派なので高一で習う分についてはなんとか……というレベル。
質問の答えに何度かつまり始めると、「時間の無駄使いはやめよう」と話題が代わり、今度はディナ先輩が講師となり俺とルブルムが質問する側へと回った。
ディナ先輩が持ち出したテーマは、対魔術師対策。
俺が知っている方法は、相手が魔法を発動するよりも前に偽の
「まず魔法へ対策するには、魔法そのものへの理解を深めなければならない。トシテル、対象へ魔法を当てる方法を思いつく限りあげてみろ」
「まず直接触れる方法、それから『魔法転移』で発動場所を移動させる方法。『魔法付与』で何かに魔法を付与して、その何かを相手に命中させる方法。あとは……」
それ以外で頭に浮かんだのはゲームとか漫画とかで見た方法だが、この世界の魔法がそういう使い方ができるかというと……。
「知っている限りとは言っていない。思いつく限りと言ったのだ」
ああそうか。ディナ先輩の意図を勘違いしていた。
俺の知識を伝えるフェーズは終了したわけじゃないってことか。
「あとは、矢に付与するとかではなく魔法そのものを発射する方法、範囲を指定してその領域内へ発動する方法……」
呪詛は直接触れる方法に含まれるか。でも地球では呪詛といえば相手に触れるわけじゃないものな。丑の刻参りとか。
「相手の一部やよく身に着けているモノを相手に見立て、それに触れることで相手に触れているモノとして発動する方法」
「最後のは詳しく」
「チキュウには魔法はないと言いましたが、正確には魔法があることを証明できていないというだけで、魔法という言葉は存在します。同様に呪詛も。どちらもそれを信じる者には効果があり、信じない者には効果がないとも言われています。そしてそのような呪詛の一つで、有名な者に藁人形というものがあります。相手の髪の毛を入れた藁の人形に釘を打ち付けて呪うという方法です」
「それはウシノコクマイリか?」
「ご存知でしたか?」
「文献で見たことがある。それを書いた魔術師は、要求される
とは言っても、丑の刻参りについて俺はそれほど詳しくはない。
もとになったのは橋姫の伝承で、こういう装束で、あとはそれの最中を見られてはいけないとか……そんなだったから、丑の刻参りの話題もするっと流れた。
魔法の手段としては、俺が先に挙げた五つの手段で合っていた。
今度は思いつく対抗手段を挙げさせられて、とりあえず採用されたのが「発動の阻止」と「
「魔法を反射」という手段については、丑の刻参りのように「誰かに見られたら自分へ跳ね返る」という前提が組み込まれたうえで発動されたものならばともかく、通常の魔法については、反射できる仕組みを説明できないのであれば、実用的な
確かに魔法を属性に分類したうえで反射したり吸収したりなど、どうやってと言われても説明できない。
スマホや車や銃を一から作れと言われても、その方向にマニアな知識がない高一には作れないのと一緒で。
「いいか。そもそも命ある者にば抵抗力というものが備わっている。この抵抗力は、魔法に対してのみならず、例えば事故に巻き込まれても怪我がなかったとか、腐りかけたモノを食べて皆が腹を下すなか一人だけ無事だったとか、命を脅かすありとあらゆる事象に対して抵抗する力だ。わずかだが
無意識に防御魔法を発動しているイメージかな――と想像していたら『抵抗力強化』という魔法を教えていただく。
ただし抵抗が強化されると回復系や支援系のような魔法も拒絶してしまいやすくなるため、使いどころが難しい。
自分の位置をずらして見せるが、実際の魔法戦闘では視覚よりも『魔力感知』での位置把握を優先するため、遠距離で囮として用いる以外には使い所が難しいとのこと――この『蜃気楼』単体では。
基本的にはこの幻に
俺たちが明日には出発するからと、基礎の基礎と、応用のための考え方だけを駆け足でご講義いただく。
発動される魔法を打ち消すことについては「目隠しのままどこからか投げられたモノに追いついて受け止めるようなもの」と言われてしまった。
そのモノがどんな形、動き、危険性さえもわからないし、例えば強い酸が入った器だとしたら、受け止めた途端に中身がこぼれてしまうこともあると。
ただ、予想外のことが起きても常に対応できるよう、思考の外側に発生し得ることへの注意は怠るなと厳しく言われ、同時に、だからといって様々な可能性に対応しようと思考を巡らせるのは「選択肢をたくさん用意したがゆえに、その中のどれかを選ばなければならないと思い込む」恐れもあるとも忠告された。
なおも講義は続いたが、ルブルムが咳き込んで中断する。
集中しすぎて呼吸を忘れたとのことで、ようやく休憩となった。
● 主な登場者
・
呪詛に感染中の身で、呪詛の原因たるラビツ一行をルブルム、マドハトと共に追いかけている。
・ケティ
リテルの幼馴染の女子。
リテルとは両想い。熱を出したリテルを一晩中看病してくれていた。リテルが腰紐を失くしたのを目ざとく見つけた。
・ラビツ
久々に南の山を越えてストウ村を訪れた傭兵四人組の一人。ケティの唇を奪った。
フォーリーではやはり娼館街を訪れていたっぽい。
・マドハト
ゴブリン魔法『取り替え子』の被害者。ゴド村の住人で、とうとう
リテルに恩を感じついてきている。元の世界で飼っていたコーギーのハッタに似ている。街中で魔法を使い捕まった。
・ルブルム
魔女様の弟子である赤髪の少女。整った顔立ちのクールビューティー。華奢な
槍を使った戦闘も得意で、知的好奇心も旺盛。リテルと互いの生殖器を見せ合う約束をしたと思っていた。
・アルブム
魔女様の弟子である白髪に銀の瞳の少女。
外見はリテルよりも二、三歳若い。知的好奇心が旺盛。
・カエルレウム
寄らずの森の魔女様。深い青のストレートロングの髪が膝くらいまである
ルブルムとアルブムをホムンクルスとして生み出し、リテルの魔法の師匠となった。『解呪の呪詛』を作成中。
・ディナ
カエルレウムの弟子。ルブルムの先輩にあたる。重度で極度の男嫌いっぽいが、感情にまかせて動いているわけではなさげ。
カエルレウムより連絡を受けた直後から娼館街へラビツたちを探すよう依頼していた。ルブルムをとても大事にしている。
・ウェス
ディナに仕えており、御者の他、幅広く仕事をこなす。肌は浅黒く、ショートカットのお姉さん。
リテルに対して
■ はみ出しコラム【発酵食品】
・ガルム
ラトウィヂ王国に限らず、海辺の地域で作られている魚醤。
一般的な調味料としてよく使われている。
・アレック
ガルムを作る際、上澄みをガルムとして取り、
貧しい者たちの間では安い調味料として、重宝される。
・テンメンジャン
小麦粉、水、塩をもとに作られた甘みのある味噌っぽい発酵調味料。転生者が広めたと思われる。
シルヴィルーノ王国にて作られている。
・ムギミソ
麦をもとに作られたいわゆる麦味噌。こちらも転生者が広めたと思われる。
・サルサ
野菜を酢や塩に漬け込んで発酵させた食品。いわゆるピクルス。ごく一般的な発酵食品。
・ザワークラウト
ラトウィヂ王国北部で広まっているキャベツの塩漬けを乳酸菌発酵させた食品。
名前から分かる通り、転生者により広められたものと思われる。
・干し腸詰め
肉、脂身、塩、これに酒やスパイス類などを腸詰めして、低温下で熟成したもの。いわゆるサラミのような食品。
腸詰めはフレッシュなものや燻製にしたものなど様々なタイプが食べられている。
・ハリファニス
シルヴィルーノ王国の西部、標高の高いハリファニス地方にて作られている、いわゆる生ハム。
・ナットウ
大豆を藁に包んで発酵させた食品。好き嫌いがはっきり分かれるという。
特にウォーリント王国で流通しているが、こちらも転生者により広められたと思われる。
ガルムやアレックと和えて食べられる。
・カッテージ
酸味の強い柑橘系果実「シートルス」を用いて作られるチーズ。
使用される乳は、牛、羊、山羊など様々。
普通の庶民の家で作られる自家製チーズはだいたいカッテージである。
・ペコリーノ・チーズ
羊の乳より作ったチーズ
カッテージ以外のチーズに関してはレンネットを使用するため、希少品。
※レンネット
哺乳期間中の仔牛、仔羊、仔山羊などの第四胃袋に存在する酵素。
地球においてはレンネットの代替としてカビや微生物などから取られるものが存在するが、ホルトゥスにおいては代替品はない。
レンネットを取得したあと『生命回復』で傷を塞ぐという方法を行っているチーズ工房もある。
・ディスルーンパム・チーズ
モッツァレラチーズのようなフレッシュタイプのチーズ。
ラトウィヂ王国王都キャンロルにて作られている。
・クスフォード・チーズ
ラトウィヂ王国クスフォード領の山岳地帯で作られているハードタイプのチーズ。
・トムンソ・チーズ
ガトールド王国王都トムンソで作られている水分が少なく保存製の高いタイプのチーズ。
・ゴルゴンゾーラ・チーズ
青カビタイプのチーズ。
ホルトゥスに「ゴルゴンゾーラ村」は存在しないため、転生者により製法が持ち込まれたものと思われる。