#65 旅の仲間

文字数 11,875文字

「クソっ! こいつウォルラースの手下かっ?」

 エクシが槍を振り回したが、その牛ほどもある巨大な犬のような獣は、足音を立てず滑るように走って(かわ)す。

「この知性もなさげな魔物がですかっ?」

 ロッキンさんが小剣で切りつけようとするがこれも躱す。
 そしてまっすぐこちらへ向かってくる。
 暗い緑色の体毛は長いうえにモジャモジャで、これまた長い尻尾をグルグルととぐろを巻いて背中に乗せている。
 四本の足は牛よりも太くて大きい。
 恐らくこいつはクー・シーだ。
 ルブルムから分けてもらった学びの記憶のおかげで、カエルレウム師匠の持っていた書物の中に記載されていた魔物はある程度俺も把握した。

「そいつはクー・シーだっ!」

 メリアンが両手で剣を抜きながら叫ぶ。
 あちこち旅する傭兵のメリアンが知っている程度にはこの世界(ホルトゥス)に馴染んでいる魔物――移住者(イミグラチオ)
 ということは、なんらかの手段でウォルラースが操っている可能性も否定できない。
 俺とルブルム、マドハト、レムとクッサンドラはそれぞれ自分の武器を持ち、焚き火を背に円形陣を組む。
 その焚き火の傍らでは、今朝の出発時に名無し森砦から餞別にもらった羊のもも肉がたまらなく良い匂いを出していてる。

「索敵範囲には一匹だけのようですが、時間かけたら肉が焦げちゃいますね」

 クッサンドラがいかにも仕事してます風なことを言っているが、お前、実は食いしん坊さんだろう。
 だがなるべく時間をかけたくないってのは俺も同意見だ。

「リテルさまっ! ぬかるませるです!」

「待てマドハト! 奴は飛ぶ!」

 マドハトが集中しかけた消費命(パー)を解除する横で俺は弓を構えるが、この味方が多い状況ではそう簡単には射れない。
 クー・シーは飛ぶように走っているのではなく、走るように飛んでいる。
 敵は思いっきりファンタジー系ゲームな感じだが、こちらの攻撃は生憎どリアルだ。
 外せば味方に当たる恐れがあるからゲームみたいに気軽に撃てはしない。
 その間にクー・シーはメリアンを大回りに避け、明らかにこの焚き火の方向へ向かっている。
 やはり肉が狙いなのか?
 だが、その大回りのおかげでクー・シーの周囲に味方は居なくなった。射るなら今だ!
 その動きの先を読み、頭を狙って矢を放つ――が、勢いに乗った動物の動きとしてはあり得ない横回転移動で矢は頭を()れ脇腹、というか脇モフモフへ。
 矢はあの長いモジャ毛に絡まってしまい、本体へは届いていなさげ。

「メリアン! 弱点はないのかっ!」

 エクシが槍を構えながらクー・シーを追いかけて戻ってくる。
 さすが鍛えているだけあって足も早い、が、位置取りが悪い。
 クー・シーを外したら、流や矢となってエクシに当たりかねない。

「素早さ勝負!」

 メリアンが答え終わらぬうちにルブルムが自身に魔法をかけ、クー・シーに向かって駆け出してゆく。
 俺が弓から斧へ持ち替えたのを見た後で、だ。
 肉の回りに残ったのは、斧の俺と短剣のマドハト、小剣のレムとクッサンドラ。
 全体的に武器のリーチが短いな――と思ったちょうどそのタイミングで、クー・シーはふわりと高さを増した。
 ルブルムが伸ばした小剣の切っ先よりも高く、メリアンの追撃も届かぬ高さへと飛んだクー・シーは、その高度を保ったまま一気に距離を詰め、焚き火のすぐ近くへと着地した。
 レムとクッサンドラが小剣で斬りかかるが、クー・シーは巨体ながらくるりと躱し、革袋をくわえた。

「そっちか!」

 クッサンドラが悲痛の叫びをあげる。
 あの革袋に入っているのは、今朝もらったばかりのチーズだ。
 最初からあっちが目当てだったのだとしたら、このまま逃げる恐れがあるか、と斧から再び弓へと持ち替える。
 だが、レムたちが射線を塞いでいるのでまだ射れない。
 肉が目当てじゃないなら、ここはマドハトにまかせて――位置を変えるべく走り始めた俺の視界には、クー・シーの向こう側へ回り込む影が二つ。
 走るルブルムと、いつの間にか騎乗して槍を装備してきたロッキンさん。
 メリアンとエクシはその二人が突破されたときのことを考えてなのか、まだ少し遠巻きに構えている。
 今ならいけるか――(やじり)に『発火』を『接触発動』する。
 『魔法付与』だと発動までの時間を先に決めなきいけないし、発動時間は持続するがその分威力は下がる。だが、ベイグルさんから教えていただいた『接触発動』なら――もちろん、偽装消費命(ニール・ヴィーデオ)消費命(パー)の集中を感知されないように偽装しつつで。
 集中して矢を放つ。
 クー・シーはさほど警戒せずくるりと回ってモジャ毛で矢を絡め取った――その瞬間、『発火』が発動した。
 慌てたのかクー・シーは地面に体を擦り付け、火を消そうとした。
 そこをルブルムが見逃さなかった。
 小剣でクー・シーの太い足を貫き地面へと縫い付ける。
 ロッキンさんも槍でクー・シーを馬上から刺し貫く。
 ルブルムはもう一本の小剣でクー・シーの喉を狙い、ロッキンさんが馬を降りて小剣でクー・シーの足の腱を切る。
 じきにメリアンとエクシも到着し、そこからクー・シーに止めを刺すまでは早かった。

「クー・シーは放牧している雌山羊や雌羊や雌牛を追い立ててさらってくんだ。牛の乳を直接飲んでいる所を目撃したって話も聞いたことはあったが、チーズまで好きだとはな……てっきりあたしの乳を飲みに来たんだと思ったんだがな」

 メリアンが牛種(モレクッ)ならではのジョークを言うと、ロッキンさんが頬を赤らめる。
 貴族の息子って遊んでいるイメージが勝手にあったけど、この人は反応がいちいち好青年だ。童貞(なかま)の気配も感じる。

「このクー・シーは瘴気をまとっていないから、遠くない場所に妖精丘(ノウ)があるかもしれない。クー・シーの仲間や飼い主の妖精が報復に来る恐れがある」

 ルブルムの提案を受け、俺たちは昼食を中断してとりあえず移動することにした。
 その前に、クー・シーの死体は土に埋める。
 持って行かないのは、死体のニオイを追跡される恐れがあるから。
 今朝早くに名無し森砦を出発してからまだ半日も経っていない。
 ラビツたちが向かっているであろう次の街アイシスまではまだ馬車(ゥラエダ)で二日半はかかる。
 夜営する必要がある以上、余計なリスクはなるべく抱え込まない方がいい。
 ロービンに教えてもらった『森の平穏』は、一種類の木材を並べたあとその木材を動かしてしまうと効果は切れるから、サスペンションの類いがついていない馬車(ゥラエダ)の上での使用は無理だし、この世界(ホルトゥス)では、収納魔法みたいなのは魔術構築にかかるコストが笑っちゃうくらいにバカ高過ぎて実用化されていないようだし。
 ベイグルさんに教えてもらった『遠回りの掟』のように匂いや重さなんかを「遠回り」させることは可能だろうが、長時間使い続けたらあっという間に寿命が枯渇する。
 空を飛ぶ魔法が実用化されていないのも同様の理由だ。
 そういやこの世界(ホルトゥス)の魔女様は箒で空を飛んだりしない。
 なんというか変なとこでリアルなんだよな。
 そう。それはすごく実感している。
 魔物の死体から魔石(クリスタロ)が出たりはしないし、素材も取れるとはいっても他の動物たちと同程度。
 ゲームなんかだと強い魔物の毛皮は強い防具になったりするが、ここではそうじゃない。
 そこらの動物より分厚い皮ならば靴底などには有用だが、それだけ。
 特別な効果が付与されているわけじゃないのだ。
 メリアンの傭兵仲間でクー・シーの革鎧を使っていた人がいたらしいが、長毛部分はクッション効果が高くて敵の打撃攻撃を軽減する反面やたらと暑く、戦地によってはバテて着てらんないと。
 熊皮に羊毛クッションを重ねたら似たような効果の革鎧は作れると笑ったとか――つまり、安価に代用がきく毛皮はさほど高価に買い取ってはもらえない。
 珍しさを自慢したいって人に運良く出会えでもしない限り。
 魔物素材とはいえ魔法的な効果ではなくあくまでも物理的な効果のみ。
 しかも今回は、解体なんかしたらクー・シーの臭いが俺たちに移りかねないと、極力直接触らないようにした。
 前に寄らずの森でゴブリンたちの死体を埋めたときに使った『血の泥沼』を応用した魔法をルブルムが作り、それで手早く埋葬を済ませた。
 予備の水の樽をかなり使ってしまったが、時間は短縮できた。

 馬車(ゥラエダ)の中で、昼食の続きを食べる。
 さっき焼いていた羊のもも肉をナイフで削いでおいたやつを、無事に取り返したチーズと一緒にスライスした黒パンで挟み、馬車の外に居るエクシとロッキンさんへ手渡す。
 マドハトも同じものを作り、御者席のクッサンドラへ渡している。
 名無し森砦以降のこの追跡旅には御者が同乗していない。
 ノバディみたいな危険を排除するのと、あとは単純に人数が増えたからというのもある。
 クスフォード領兵からはエクシとクッサンドラが、王兵からは砦の守備兵であるロッキンさんとレムが、護衛として同行することになったのだ。
 実質的には取り決め内容が守られているかの監視役なのだろうけど、レムが同行できるようになったことについてはガレーテ様に本当に感謝だ。
 エクシとロッキンさんはそれぞれ騎乗し、残りは馬車(ゥラエダ)組。
 御者はこの馬車(ゥラエダ)組で持ち回る、とは言っても、街道をただ進ませるだけならば思ったより簡単でホッとした。



 その後は特に魔物との遭遇や追跡はなく、日が暮れる前に共同夜営地へ着くことができた。
 共同夜営地というのは、大きな街と街とをつなぐ街道沿いに、馬車でおおよそ一日くらいの間隔で設けられた場所。
 名前は「アイシス一・フォーリー二・キャンロル四」。最寄りの街までの距離がまんま共同夜営地名になっている。
 水場もそう遠くないし簡単な柵もあるが、ないよりはマシという申し訳程度の柵だ。
 それでもここは、アイシスと名無し森砦との中間であり、王都キャンロルへの街道も分岐しているという重要な中継点らしく、他の夜営地よりは柵が立派とのこと。
 メリアン曰く、あまり頑丈な柵があっても逆に敵の隠れられる場所になったりと良いことばかりではないとのこと。村や街のように常駐の番人が居るわけではないから、と。
 一応、名無し森砦と、王都方面に一日行った所にあるイルラン砦との両方から頻繁に巡回が来る運用ではあるらしい。
 こういう交通の要衝には宿場町みたいなのができそうなものだが、さっき俺たちが魔物に遭遇したことを考えると、治安も含めて色々と問題があるのかも。

 そんな共同夜営地に俺たち以外にもう一組、客がいた。
 アイシスから名無し森砦を経由してフォーリーまで向かう定期便、乗合馬車(ゥラエダ)の人々。
 ウォルラースやチェッシャーたちが利用していたアレである。
 こちら側に兵士が四人も居るということで定期便の人たちが安心したのか、彼らから「見張り代」として食料を少しわけていただいた。
 名無し森砦まで売りに行くという腸詰めや野菜を。
 もちろん、定期便にも護衛は同乗している。
 チェッシャーたちが乗っていた定期便の御者や護衛は、街道から少し入ったところに死体が放置されていたとエマワさんから教えてもらった。
 逃げようとしたところを後ろからやられたっぽい。
 チェッシャーたちが生き残れたのは寿命の渦(コスモス)を死体に偽装する魔法のおかげもあるだろうが、運が良かったと言わざるを得ない。

 思いがけず具だくさんになったスープに浸した黒パンを食べながら、安全の価値についても噛みしめた後は稽古の時間。
 俺とルブルムとレムとでメリアンに戦い方を習う。
 マドハトはクッサンドラから『魔力感知』を習う。
 稽古の後は、明日の出発に備えて早めに就寝する。
 見張りの順番は、まずは『魔力感知』の勉強を継続がてらマドハトとクッサンドラ。
 次が俺とエクシ、その次がメリアンとロッキンさん、明け方がルブルムとレム、という順番。
 魔術師や偵察兵はできる限り分断されない睡眠を取れるよう順番を割り振る、というのが兵士や傭兵の間での常識ということだが、立場上まだ見習いの俺はこの真ん中な見張り順となったわけだ。
 まあ、それはいい。
 問題はエクシと二人きりという気まずさだ。



 寝てすぐ起こされた――と思ったら、双子月がかなり動いていた。
 伸びをしてから武器を装備して馬車の外へ出ると、エクシは槍を素振りしていた。

「エクシあんちゃん」

 直接呼びかけるときはリテルに配慮して「あんちゃん」を付けるようにしているのだが、返事はもらえない。
 少し迷い、もう一度声をかけようとして、ようやく返事が返ってくる。

「クッサンドラたちみたいにべちゃべちゃ喋っていたら、見張るべき相手を見落とすぞ?」

 想像通り気まずい空気になったなぁと感じながら、エクシとは逆方向の見張りを始める。
 定期便の馬車(ゥラエダ)近くに立っているあちらお付きの護衛にも挨拶をして、街道の向こう側を見つめる。
 念のため広域の『魔力探知機』で、全方向監視はしているが。

 それでも何者も現れないまま、双子月はかなり動いた。
 満点の星空の下、焚き火の音以外は静寂。
 となると自然と考えてしまうリテルとケティ、そしてエクシたちの関係性。
 ケティはエクシと随分仲良さげだった。
 小さい時のように、エクシ側でリテルをからかって。
 同郷の人と一緒に居ると感じてしまう自身の異物感を、エクシと居る時は余計に強く感じる。
 見張りが終わる頃にはかなり心がザラついていた。
 マクミラ師匠、俺、いつまでたっても紳士になれない気がしています。

「そろそろ交代か」

 双子月の位置を見てエクシはロッキンさんを起こしに行く。
 俺も馬車(ゥラエダ)へと戻り、メリアンを起こしてから寝藁に寝転がる。

 この旅が終わったら俺はどうなるんだろう。
 リテルに体を返すこと、ケティとのこと、まだ何の手がかりもつかめていないのが現状だ。
 元の世界の利照(おれ)はやっぱり死んだんだよな?
 これは転生なんだよな?
 リテルに体を返したら、やっぱり死ぬのかな、こっちでも。

(利照)

 ルブルムの意識が響いたのは、右の手のひらに温かいものが触れたのと同時だった。
 ルブルムが俺の右手を握りしめ、偽装消費命(ニール・ヴィーデオ)で『テレパシー』を使ったのだ。

(ルブルム……寝てないのか? それとも、起こしちゃったか?)
(大丈夫。さっきおしっこに行くために起きた)

 ルブルムにとっては家族みたいなもんだから気にしていないのだろうけど、このあけすけさには時々困るときがある。

(寝ないとだよ)
(トシテルに話したいことがある……『テレパシー』を教えてもらっておいて良かった)
(睡眠不足だと魔法を使うとき集中しにくくなるってカエルレウム師匠も)
(わかっている。でも共有したいことがある。『テレパシー』の相手を試しに自分自身にしてみたら)
(自分自身に?)
(自分の過去の記憶を、今見ているみたいに実感できた)

 記憶を実感――(としてる)がリテルの記憶にアクセスしているみたいに、利照(おれ)自身の記憶にも?
 そしたら自分が一度しか見聞きしなかったことを後で改めて反芻できるのか。
 最初に思い浮かんだのは、魔法イメージの反復練習。

(すごいな、ルブルムは。魔法の反復練習がとっても捗るんじゃないか?)
(そうか……すごいのは利照だ。すぐにそんな方法を考えつくなんて)
(いやいや、まだ試してないから実際にできるかどうかはわからないよ)
(私は、アルブムを傷つけてしまったときのことを思い出していた。どうすれば良かったのかなって……そしたら悲しくなってきて、利照に触れたくなった)

 頼ってもらえるのは嬉しくはあるけれど、俺自身いつ消えるのかもわからないと考えた直後だからか、俺の中にも少しだけ悲しさがこみあげてきた。
 だからこそ、ルブルムに伝えなきゃ。
 ルブルムが一人でも乗り越えていけるような考えを。

(アルブムは目の前に居ないから、一人で考えても答えが出ないよね。だとしたら思考はそこで空回りさせるべきじゃないと思う。アルブムに再会してから、二人で一緒に答えを、そして未来を探してゆくのがいいんじゃないかな)
(ありがとう、利照……)
(まだ何かありそうだね?)
(うん。もう一つある)
(聞いても平気?)

 返事の代わりにルブルムの感情がどっと押し寄せてきた。
 言葉に収まりきらない幾つもの感情が同時に存在している、その感情の塊が。
 心地よさと苦しさと安心と不安と喜びと悲しみと信頼と寂しさと、そしてドキドキした気持ち。

(利照……私は、浅ましい)
(浅ましいって、ルブルムが?)
(私はホムンクルスだから、他の人たちのような本当の家族は居ない。カエルレウム様はそんな私とアルブムのために、ご自身やディナ先輩を家族だと思うようにと言ってくれた。利照のことも同じように)
(そうだね。俺はルブルムのこと、家族だと思っている)
(でも利照には……リテルには、血を分けた本当の家族が居る。小さな頃から一緒に暮らしてきた村の人たち、そして恋人も)
(ケティは、俺じゃなくリテルの)
(家族って)

 ルブルムの伝えてくるメッセージが、俺のメッセージを遮った。

(新しい家族ができても、それまでの家族がなくなるわけじゃない、そのことは知識としては知っていた。でもあのとき)

 ルブルムから流れ込んでくるの言葉になりきらないイメージは、あの炭焼き小屋で俺とケティがもめていたときの、そしてケティのキスを受け止めていたときのルブルムの気持ち。
 あのとき、ルブルムの感情には、負の感情の割合が少し増えていた。

(あのとき……家族という絆が途切れないとしても、一緒に居られる時間や、いつでも隣にいてくれるという安心感、そういうものは減ってしまうことがあると実感した。私は浅ましい。利照が地球から来て一人ぼっちで、だから一人ぼっちの私と一緒だと勝手に思っていた。利照が苦しんでいたことを私は自分の安心に、喜びに、結びつけていた。だから私は浅ましい。そんな自分が情けなくて、悔しくて、アルブムを傷つけたときよりももっともっと酷い自分に気付いて)
(ルブルム)

 今度は俺のメッセージでルブルムのメッセージを遮った。
 ルブルムを抱きしめたい気持ちで、包み込みたい気持ちで、家族とか恋愛とかそういうものにとらわれず、ただただルブルムを一人ぼっちにしたくないという気持ちで、絶対にこの手を離さないという気持ちで。

(それじゃダメなのかな)
(それって?)
(俺はホルトゥスで突然目覚めたのがリテルの体で、リテルの持っていた人間関係を壊さないように気をつけながらも自分の孤独や異質さに苦しみと迷いを覚えていた。でもカエルレウム師匠に出会えて救われた。ルブルムと一緒にいるときは、余計なことを考えずになんというか一緒に魔法にのめり込んでいけるというか、ルブルムの考え方や興味にもしっかり救われているんだ。俺はルブルムに救われて、ルブルムのことも俺が救うことができて、お互いに助け合うことができて、それのどこに問題があるのかな。俺はそれでもいいと思っている。ルブルムと一緒にいると、楽しいし、互いを高め合えるし、頼られることだって嬉しいし。ケティはリテルが見つけた宝物だけど、ルブルムは俺が見つけた宝物なんだ。だってリテルはルブルムに会ったことあったけど、ちゃんと仲良くなれたのは俺でしょ?)

 ルブルムの感情が再び俺へ注ぎ込む。
 今度は俺の気持ちが温かくなるものばかり。

(俺はさ、この任務を終えたら、リテルの体から離れる方法を探す。それをルブルムに手伝ってほしいと思っている)

 伝えた直後、死にフラグみたいじゃないかと脳内セルフツッコミをした俺に、ルブルムが覆いかぶさってきた。
 手はつないだままで。

(嬉しい。もっと利照と溶け合いたい……もしも、他に良い方法が見つからなかったら、私の体に住んでいいよ)

 魂が揺さぶられるような衝撃を受けた。
 地球に居た頃、まだ恋愛という恋愛をちゃんと意識できてもいなかった頃、丈侍(じょうじ)と二人で、恋や愛について想像してたことがある。
 どんなものが恋で、どんなものが愛で――実際にはよくわかっていない俺たちだったから答えなんて出なかったのだけれど、それでもぼんやりと出た方向性があった。
 恋はしている片方が無敵になれる想い、愛はわかちあっている両方が無敵になれる想い、って。
 だとしたらルブルムと(としてる)のこの想いは、恋を通り越して愛なのかもしれない――なんてちょっとテンションが上がりかけた俺の魂がさらに揺さぶられるような衝撃――いやこれ体を物理的に揺さぶられている?

「リテルさま! 起きてください! 夜襲です!」





● 主な登場者

有主(ありす)利照(としてる)/リテル
 猿種(マンッ)、十五歳。リテルの体と記憶、利照(としてる)の自意識と記憶とを持つ。魔術師見習い。
 ゴブリン用呪詛と『虫の牙』の呪詛と二つの呪詛に感染。自分以外の地球人の痕跡を発見し、レムールのポーとも契約した。

幕道(まくどう)丈侍(じょうじ)
 小三から高一までずっと同じクラスの、元の世界で唯一仲が良かった友達。交換ノベルゲームをしていた。
 彼の弟、昏陽(くれひ)に両親も含めた家族四人全員が眼鏡使用者。一緒にTRPGでも遊んでいた。

・ケティ
 リテルの幼馴染の女子。猿種(マンッ)、十六歳。黒い瞳に黒髪、肌は日焼けで薄い褐色の美人。胸も大きい。
 リテルとは両想い。フォーリーから合流したがリテルたちの足を引っ張りたくないと引き返した。ディナ先輩への荷物を託してある。

・ラビツ
 久々に南の山を越えてストウ村を訪れた傭兵四人組の一人。ケティの唇を奪った。
 フォーリーではやはり娼館街を訪れていたっぽい。

・マドハト
 ゴブリン魔法『取り替え子』の被害者。ゴド村の住人で、今は犬種(アヌビスッ)の体を取り戻している。
 元の世界で飼っていたコーギーのハッタに似ている。変な歌とゴブリン語とゴブリン魔法を知っている。地味に魔法勉強中。

・ルブルム
 魔女様の弟子である赤髪の少女。整った顔立ちのクールビューティー。華奢な猿種(マンッ)
 魔法も戦闘もレベルが高く、知的好奇心も旺盛。親しい人を傷つけてしまっていると自分を責めがち。

・アルブム
 魔女様の弟子である白髪に銀の瞳の少女。鼠種(ラタトスクッ)の兎亜種。
 外見はリテルよりも二、三歳若い。知的好奇心が旺盛。

・カエルレウム
 寄らずの森の魔女様。深い青のストレートロングの髪が膝くらいまである猿種(マンッ)
 ルブルムとアルブムをホムンクルスとして生み出し、リテルの魔法の師匠となった。『解呪の呪詛』を作成中。

・ディナ
 カエルレウムの弟子。ルブルムの先輩にあたる。重度で極度の男嫌い。壮絶な過去がある。
 アールヴを母に持ち、猿種(マンッ)を父に持つ。精霊と契約している。トシテルをようやく信用してくれた。

・ウェス
 ディナに仕えており、御者の他、幅広く仕事をこなす。肌は浅黒く、ショートカットのお姉さん。蝙蝠種(カマソッソッ)
 魔法を使えないときのためにと麻痺毒の入った金属製の筒をくれた。

・『虫の牙』所持者
 キカイー白爵(レウコン・クラティア)の館に居た警備兵と思われる人物。
 『虫の牙』と呼ばれる呪詛の傷を与えるの魔法の武器を所持し、ディナに呪詛の傷を付けた。

・メリアン
 ディナ先輩が手配した護衛。リテルたちを鍛える依頼も同時に受けている。
 ものすごい筋肉と角と副乳とを持つ牛種(モレクッ)の半返りの女傭兵。知識も豊富で頼れる。

・エクシあんちゃん
 絶倫ハグリーズの次男でビンスンと同い年。ビンスン、ケティ、リテルの四人でよく遊んでいた。犬種(アヌビスッ)
 現在はクスフォード領兵に就く筋肉自慢。ちょいちょい差別発言を吐き、マウントを取ってくる。ルブルムたちの護衛となった。

・クッサンドラ
 ゴド村で中身がゴブリンなマドハトの面倒をよく見てくれた犬種(アヌビスッ)の先祖返り。ポメラニアン顔。
 クスフォード領兵であり、偵察兵。若干だが魔法を使える。エクシ同様、護衛となった。

・レム
 爬虫種(セベクッ)。胸が大きい。バータフラ世代の五人目の生き残り。不本意ながら盗賊団に加担していた。
 同じく仕方なく加担していたミンを殺したウォルラースを憎んでいる。トシテルの心の妹。現在、護衛として同行。

・ロービン
 マッチョ爽やかイケメンなホブゴブリン。メリアンと同じくらい強い。正義の心にあふれている。
 マドハトと意気投合し、仲良くなれた様子。

・ベイグル
 スノドロッフ村の若き村長。槍を武器に持つ。魔法も色々と得意。実はトームの父親。
 スノドロッフ村の人々は成人するときにレムールと契約するが、その契約を行う魔法を知っている。

・ウォルラース
 キカイーの死によって封鎖されたスリナの街から、ディナと商人とを脱出させたなんでも屋。金のためならば平気で人を殺す。
 キカイーがディナたちに興味を示すよう唆した張本人。ダイクの作った盗賊団に一枚噛んだが、逃走。

・ロッキン
 名無し森砦の守備隊第二隊副隊長であり勲爵(エクウェス)。フライ濁爵(メイグマ・クラティア)の三男。
 ダイクが率いていた守備隊の中で、唯一、盗賊団ではなかった。現在はルブルムたちの護衛として同行している。

・ダイク
 名無し森砦の守備隊第二隊隊長であり勲爵(エクウェス)であると自称。筋肉質で猿種(マンッ)にしては体が大きい。
 実績作りのためにカウダ盗賊団を自作自演して死亡。政治的な理由により栄誉の戦死扱いに。

・ガレーテ・クスフォード
 マウルタシュ・クスフォード虹爵(イーリス・クラティア)の長男であり、クスフォード領兵第二隊隊長でもある。
 国王とクスフォード領主との間で取り交わされた「決定」事項を伝えに来た。

・エマワ
 クスフォード領兵第二隊副隊長。犬種(アヌビスッ)の狐亜種半返り。若くてスレンダーな美人。

・レムール
 レムールは単数形で、複数形はレムルースとなる。地界(クリープタ)に生息する、肉体を持たず精神だけの種族。
 自身の能力を提供することにより肉体を持つ生命体と共生する。『虫の牙』による呪詛傷は、強制召喚されたレムールだった。

・クー・シー
 元々は異世界の獣。暗めの緑色の体毛は長いうえにモジャモジャ。長い尻尾はぐるぐると巻いて背中に乗せている。
 四本の足は太くて大きい。妖精に飼われていることも多く、牛をさらったりもする。とにかく乳製品好き。


■ はみ出しコラム【魔物デザイン その一の八】
 今回のはみ出しコラムでも、#47 の【魔物まとめ その一】について、別の角度から書く。
 「ドラゴン(ドラコ)」についてはまだ本編には登場していないため、#47 の詳細解説は今回で終わりである。

※ 世界観とかについて何かご質問とかあったりします?

 閑話休題。
 というわけで気を取り直して今回はマンティコラさんです。

・ホルトゥスにおけるマンティコラ
 猫種(バステトッ)獅子亜種の逆先祖返り――顔だけ人で、体は獅子という魔物。
 尾の先には毒針があり、歯は三列に並んでいて、獣種を好んで喰らうという。
 ラトウィヂ王国の東側をほぼ全て塞いでいる山脈は牙のように鋭い山々が幾重にも重なっている様子から、その危険性込みで「マンティコラの歯」と名付けられた。
 ストウ村では、小さな子が夜遅くまで起きているとマンティコラの歯山脈からマンティコラが飛んできて喰われてしまうぞ、などとしつけ用に用いられている。

・地球におけるマンティコラ
 ラテン語ではマンティコラだが「マンティコア」という呼称の方が一般的。
 ライオンのような胴と人のような顔をもつ、怖ろしい人喰いの怪物と伝えられる。
 インドにいる人食い虎らしき獣についての伝聞を、人面獣マルティコラス(ペルシア語で「人食い」を意味する)として古代ペルシア帝国の宮廷医師クテシアスがギリシア語で記述し(前4世紀初頭)、プリニスウス『博物誌』(紀元77年)がマンティコラと誤記したためヨーロッパに普及し、英名マンティコアに至る。
 顔や耳が人間に似て淡青色の眼を持つ、体はライオン大で紅毛、3列に並ぶ鋭い牙を持ち、人間を食らうとされる。
 (さそり)のような毒針のついた尾をもち、それで相手を刺したり、相手に槍のように発射できるという。
 走るのが非常に速く、人間を好んで食べるといわれる。
 プリニウスはマンティコラが古代アイティオピア(現今エチオピアより広域。サブサハラアフリカ)に生息するとしており、同地域のクロコッタと同じく人語を真似るとした。
 マンティコラは、中世盛期にあたる12世紀から13世紀にかけてのヨーロッパで盛んに作られた動物寓意集(ベスティアリ)にも記載され、あるいは色彩画付きで同上の説明を受けた。キリスト教の教義では悪魔を象徴するものとされた。
(Wikipedia より)

 クテシアスの記すところでは、この同じ国(エティオピア)には彼がマンティコラと呼ぶ動物が生まれるが、これは櫛の歯のように噛み合う三列の歯並があり、顔と耳は人間のようで、眼は灰色、色は血のように赤く、体躯はライオンのようで、サソリのように尻尾で刺す。声はパンの笛とトランペットが混ざったよう、脚は非常に速く、人間がことのほか好物である。
(プリニウス著、中野定雄・中野里美・中野美代 訳『プリニウスの博物誌』縮尺版II「第八巻<陸棲動物の性質>[30]エティオピアの珍獣」より)

・マンティコラのデザイン
 『プリニウスの博物誌』のデザインをそのまま用いている。
 ビジュアル的な情報がけっこう細かいところまで用意されているため、逆に余計な手を加えていない。
 マンティコアに関する絵はけっこう見てきたが、いまだにWizardryのファミコン版にて末弥純さんの描いたマンティコア(原画)を超えるものは見たことがない。
 実はいまさらだけど「マンティコラ」ではなく「マルティコラス」にしておけば良かったなぁとちょっぴり後悔している。
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