#55 赤い花、咲いた
文字数 9,666文字
「お、おい待て! こ、これはいったい……」
小太りがトームを捕まえたところからそう遠くない場所で、ロッキンは右の太ももに深々と小剣が突き刺さった状態で地面に転がっていた。
地面に這いつくばりながらも必死に仲間へと呼びかけているロッキンを、ウォルラースたちは無視して小太りの近くへと移動する。
左腕を失ったダイク、左牙の折れたウォルラース、鳥種 の魔術師ホリなんたらは消費命 を粗めに集中しながら――魔法を使った。
反射的に身構える。
距離のある魔法は激しく動けば命中させづらいものだが、動くなと言われている以上できるのは全身に力を入れることぐらい。
魔法抵抗力というものは精神的肉体的な状況によっても変化するとディナ先輩に教わったから。
全身に力を入れるだけでも瞬間的に魔法抵抗力が上がるらしい。
ただし、あえてそれを狙って「全身に力を入れたこと」に対して「ひとつまみの祝福」となるような導入を組み入れた魔術というのも存在するから、魔法を使うことに慣れていそうな相手の魔術に対しては気をつけろというお言葉まで添えて。
しかし魔法に触れられた感覚はない。
ルブルムやマドハト、ケティやメリアンたちにも特に変化は見られない。
となると俺たちじゃなく自分たちに対して魔法を使ったのか。それこそ魔法抵抗力を上げる系のやつかもしれない。
「プラプディン! 何をしている! それにダイク隊長も、ホリーリヴも!」
「動くなっつーのはお前もだよ三男坊! 動けばガキの命はねぇぞ。お前のせいでガキの命がなくなってもいいってんなら動いてもいいがな」
ロッキンが動くのをやめる。その右脚からの出血は酷そうだ。
こちらといえばルブルムとマドハトが俺のすぐ近く。
ケティとスノドロッフの女の子二人は、ウォルラースたちから一番遠い場所に。
メリアンはケティたちとウォルラースたちとのちょうど間くらい。
その近くにはメリアンの剣が顔面に刺さったまま倒れている鼻の下野郎。
そしてダイクの左腕を切り落としたロービンは、大剣を地面に刺したまま不自然に突っ伏している。
『魔力感知』で細かく観察したロービンの寿命の渦 は、ケティやエルーシがなっていたのと同じ症状、つまり麻痺ってるっぽい。
となるとダイクは左腕を犠牲にして隙を作って「カウダの麻痺毒」をロービンに食らわせたのか?
メリアンやルブルムたちが下腹部を押さえて苦しんでいたから、ロービンさえ何とかすればどうにでもできると考えたのだとしたら、ものすごい覚悟だ。
魔法で腕の再接続は不可能ではないとはいえ――俺にはその覚悟があるだろうか――って、また思考がズレかけた。
集中しろ。
ウォルラースはそのダイクの左腕に布を巻いている。止血しているのかも。
ホリーリヴ――魔術師は呼吸を整えつつ、消費命 を集中しようとしているが、うまくまとまらない。
特に偽装もしていない寿命の渦 には動揺が現れている。とはいえあまり時間を開けないほうがいいな。
いまだにつるつる滑っているスナドラだって、マドハトの魔法の効果時間が切れたら奴らの仲間として戦線復帰するだろう。
小太りも呼吸を整えている。
「ほー。砦を守る隊長さん以下、ほぼ全員が盗賊団ってわけかい」
さすがメリアン。無駄な待ち時間を切り詰めた。
「お、おっと、お前らは動くなっ。抵抗したらこの子を殺すぞっ!」
小太りの寿命の渦 には恐怖が混ざっている。
それに対してウォルラースやダイクは偽装の渦 をしっかりコントロールしているのか、さもなくば素で落ち着き払っているのか、寿命の渦 に特に変化はない。
「いいのかい? 人質がいなくなりゃあんたらを守るものはなくなる。ロービンの麻痺を解いたらあんたらに勝ち目はないだろう。元々は三人消えたんだ。二人も戻ってくりゃ上出来だろう。どうせ言いなりになりゃ全員殺されるんだろ?」
メリアンはその場は動かないものの、堂々と鼻の下野郎の顔から小剣を引き抜く。
その鼻の下はいまや伸びるどころか完全に分断されている。
小剣を軽く振り回し、剣についた血をきっているメリアンに対し、ウォルラースたちは特に動きはない。
さっきのアレをまた仕掛けてくる機会を窺 っているのか?
――でもさっき、ウォルラースは消費命 を集中した気配はなかった。
偽装消費命 のような感じもなかったし、魔石 の中の汎用 消費命 を消費したっぽい感じはした。
ということは――魔法品か。
ウォルラースが時々自分の折れた牙をチラ見しているのってもしかして、その魔法品を落としたからとか?
また見ている――そして俺が視線を確認しているのに気付いた途端、目を逸らした。
これ、あるな。
「ルブルム、ロービンを回復してやんな」
「お、おい待て! 本当に殺すぞっ!」
「それが開戦の合図かい?」
それにしてもこういう究極の選択っぽいのを、簡単に選べてしまうメリアンの場数というか度胸というか容赦なさというか。
引きかえ俺はトームと目が合ってしまっている。
怯えた目で必死に助けを求める仔猫。俺はどちらかというと犬派なんだけど、あの表情はヤバい。
先祖返りって「動物の頭がついている人」とは全然違う。表情が豊かなんだ。
アニメか、変身アプリで変えた顔かってくらい、人間の表情している。
だから、見ていて苦しい。
ちっちゃな子が必死に助けを求めている――気がついたら一歩前へ踏み出していた。
「お、お前! そこのお前も! う、動くなって言ってんだろっ!」
ルブルムは俺を見て立ち止まる。
魔術師ホリーリヴの消費命 集中が整い始めている。時間はもうあまりない。
「その子を放す条件について……他の選択肢はないか?」
大きな声を出してみた。
メリアンに主導権を握らせたままだと、トームの命は恐らくなくなるだろう。
俺にとってそれは見殺しと一緒だ。
努力もせず見殺しを選ぶのは紳士のすることじゃない。
ディナ先輩には刺されるくらい怒られるかもだけど、俺はあんな悲壮な顔をしているトームを助けない選択肢を選びたくはない。
こういうの究極の選択とか言うけどさ、それって思考の放棄だよな。
思考を手放さなけりゃ選択肢なんていくらでも見つけられるはず。
いや、見つけ出す。
「おいおい。助けるつもりか? こういう連中は約束を守らないぞ?」
メリアンの声が当然のように怒っている。
他の、この場にいる全員は俺の次の言葉を待っていてくれているのか、一瞬の静寂。
ここから先は俺の言動次第で人の命が消える。
プレッシャーに足が震えているのを感じる――いや、力が入らないのは血が足りないからか。
さっきみたいに血の『水刃』なんて体力的にきっともう無理。
「例えばどんな条件だ?」
隻腕となったダイクが残る右手であの異様な剣を構え直しつつ、値踏みするように俺を見つめる。
ダイクの横のウォルラースも同じように俺を見つめている。
「その質問は交渉に応じると受け取る」
「リテルと言ったな。君はスノドロッフとつながりがあるのか?」
俺が強引に話を継続すると、ダイクではなくウォルラースが話を続けた。
「いや、ない」
ウォルラースが会話に乗ってくるということは、向こうも時間を稼ぎたいのか?
ディナ先輩のときは仲間の到着を待っていた。
砦の兵士が集まってくる? それとも盗賊団の方か?
会話には注意しつつも、周囲への警戒は強めにする。
思考と『魔力感知』とで、脳みそがよじれそうになるくらい疲れる。
「ではなぜ? 正義感かな?」
そりゃ紳士だからさって言いたいところだが、俺はまだ紳士だと胸を張れる域には達していない。
紳士を目指しているからさ――こんなんじゃ締まらないよな。
ここは回答を間違えちゃいけない。でも嘘じゃきっとダメだろう。
交渉するときは魂を乗せろ――ふと浮かんだのはマクミラ師匠の言葉。もっともこれは「女を口説くとき」だっけ――突然、あるセリフが頭に浮かんだ。
マクミラ師匠がこういうときに言いそうな言葉が。
「いや。その子を見捨てたら、毎日楽しみにしている晩飯が不味くなるからだ」
言った直後、どうしてそんなことを言ったんだよ自分、と激しい後悔に襲われる。
だけどその想いはウォルラースの大きな笑い声に散らされた。
ウォルラースだけじゃない。ダイクも、メリアンさえも笑いを噛み殺している。
え? 俺なんか失敗しちゃったか?
カッコつけたのがスベった感じの超ダサい状態?
「ああ、いいよ。リテル君」
ウォルラースが笑うのをやめた。
「君はいいな……じゃあ、こういうのはどうだろう。君が私の部下になるのであれば、この子は返すし、君の仲間も全員安全に解放しよう」
ウォルラースの部下に?
俺が?
でも普通に考えりゃ言われるままにノコノコ出ていったら即座に人質だよね?
そうならないとしても、そもそもありえないけど。
ウォルラースの笑顔を見るたびにディナ先輩の話を思い出して虫唾が走っているから。
だが断る、なんて即座に答えても――またトームと目が合う。
必死で切ない、綺麗な赤い瞳。
ルブルムの髪の色に似て、透明感がある赤なんだ。
「部下……というのは、変な魔法品でも装着されて、忠実な奴隷にされることを言うのかな?」
魔法や動きを封じる魔法品を持っているくらいだ。
その手の手段を持っている可能性は低くない。
俺がそれを装着させられて、それでルブルムを襲いでもしたら――ルブルムは自身の身を守ってくれるだろうか。
さっき、ウォルラースに突然襲いかかったルブルムのことを思い出す。
最初に出会った頃のルブルムは、感情の抑揚があまりないタイプかと思っていた。
でも今は違うと分かる。本当は感情も豊かな子。
しかも罪の意識を覚えてしまうと、自分の気持を押し殺してまでも罰を自身に科そうとする。
もしルブルムが俺をなんとかして自分の身を守れたとしても、その際に俺を傷つけてしまったら、きっとまた殻に閉じこもってずっと自分を責め続けるだろう。
自惚れているわけじゃないが最近のルブルムとの関係性を考えると、アルブムのとき以上に心を閉ざしてしまうかもしれない。
そんな選択肢だけは絶対に選んではいけない。
それでいてルブルムもケティもマドハトも子どもたちも守れなきゃ、メリアンのチョイスに割って入った意味がない。
「ははは。見抜いていたのか。バータフラには悪いことをした。随分頼りにしていたのだけどね……だが、結果的に我々に不利益となることばかりしでかしてくれたからね」
バータフラ?
あいつが忠実な奴隷にさせられていた?
ああ、そうか。捨て駒にするために、自分を襲わせるフリをさせていた、ということか?
「やっぱりバータフラは麻痺していたか。あんたが逃げ出したとき、動かないなぁとは思ったんだよ。ルブルムの一撃のおかげで無駄な間が開いたにも関わらず、バータフラは動かないままだった。そのせいで違和感が出ちまったんだよ」
メリアンが会話に戻ってくる。
「いいよ。リテル君には教えてあげよう。私がバータフラに使ったのがどんな魔法品かを」
ウォルラースが何かを俺へと投げる。
罠か? だがこれを受け取らなかったら確実に即開戦、そしてトームは――俺は手を伸ばしてそれをキャッチしようとした。
本当に受け取るつもりだったんだ。自分の手で。
でもそれを受け取ったのはマドハトだった。俺より高いジャンプで。
「お、おい、マドハトっ!」
「リテルさまの安全は! 僕が守るです!」
直後、マドハトがつかんだそれの中に魔法代償 の消費を感じた。魔石 の中に格納されている汎用 消費命 が消費されたように。
『魔力感知』のおかげか、視界の外側の様子も同時にわかる。
ルブルムが走りながら消費命 を集中している。
ロービンの方へ向かっているから恐らく使うのは『カウダの毒消し』だろう。
魔術師も消費命 を集中したが、そこに向かってメリアンが小剣を投げつけた。
その小剣自体はダイクがあのごついギザギザ付き剣で弾いて魔術師を守ったのだけど、魔術師はビビって集中した以上の消費命 を魔法代償 として消費してしまった。
途端に魔術師の指先で光が弾け、それがダイクと小太りの武器へと雷みたいに飛ぶ。
暴発したのか?
ダイクは剣を即座に手放し、剣は地面へと落下して刺さる。それから再び剣を手に取った。
だが小太りのほうは短剣を手放したと同時に、トームをも放り出し、短剣を持っていた手をもう一方の手で押さえながらしゃがみ込む。
マドハトの方はと言うと――あの洞窟の中のバータフラのように動きが止まる――けど今はこらえてくれ。
俺は俺で真っ先にウォルラースの牙の落ちたあの場所へと走っていた。
近づくと分かる。
牙の横に紐の切れたペンダントが落ちている――もちろん両方拾い上げる。
やはり。紅魔石 の嵌 ったペンダント――これが魔法品だ。
俺が使えばウォルラースたちの動きを止められるのか?
紅魔石の中に魔法を探す――知っている魔法なら発動前に理解できるはず――ん?
中の魔法は複数あって、それが組み合わさって一つの魔術になっているようなんだけど、その構成要素の魔法の一つが『生命回復』に近い、というのを感じた。
回復系?
でも、それならどうして動きを止める効果になった?
しかも魔法代償 の消費が大きそうな感じ。
自分の消費命 を使ってこの紅魔石内の魔法を使えば、場合によっては習得できるかもしれない。
だけどこんな時間もなくミスの許されない状況で、得体の知れない魔術を試すのはリスクが高すぎる。
ペンダントはベルトポーチに入れ、牙はベルトへと挿す。
それをチラ見しているウォルラースは――ダイクに何か渡している?
手のひらに隠せそうなくらいの。
で、当のダイクはその間に小太りを蹴り、小太りは慌てて短剣を拾って再びトームへと手を伸ばした。
そのとき、背中に冷たいものが走った。
小太りの頭に、花が咲いたように見えたからだ。
その直後、小太りの首が急な角度に折れ曲がり、その折れ曲がった方向へ体も引っ張られるように飛んだ。
時間にしたらほんの一瞬だろうけど、それはやけにスローモーションに感じた。
その長い一瞬の間に、赤いのは花ではなく血飛沫なのだという思考が閃いた。
俺の頭には「狙撃」という単語が浮かぶ。
この世界 には、火薬があるのは聞いている。銃があってもおかしくはないが銃声みたいなのは聞こえなかった。
でも魔法もあるし、思考の可能性は捨てるな。
もしも自分が、仲間が狙われたなら、あんなのどうやって防ぐんだ? ――いやいや検証は後回しだって!
今はこの場を!
狙われ、倒れたのは小太り。
だとしたら敵じゃないかもしれない。
ロービンが言っていた、スノドロッフの人たちかも。
となればウォルラースたちにとっても予想外のこと。
今このサプライズを勝機へと変えないでどうするんだよ。
俺はウォルラースの元へとダッシュした――が、思ったよりもスピードが出ない。
体が干からびているみたいに意思が体の隅まで届かない。
手斧で有効な攻撃を出せる気がしない。となると素手だけど、近づきさえすれば『ぶっ飛ばす』を食らわせてやれる。
魔法なら、弱った筋力をカバーできるから。
視界の端で鋭い金属音が何度も打ち合っている。メリアンとダイクだ。
一瞬、固まっていたウォルラースも、動き出した。
俺が到着するよりも早くトームに近づいて拾い上げて――投げた?
お、俺の方かよ――しっかりと両手でトームをキャッチする。
ウォルラースはその間に洞窟の入り口へ、そして中へ――逃げたのか?
でも今は、追うよりもトームをしっかりと守ること。
メリアンがダイクの攻撃を防いでくれている間に俺は退く。固まったままのマドハトも拾い、それからケティとあと二人の子どもたちが居る場所へと。
また赤い花が咲いた。
いつの間にかつるつる地獄から抜け出していたスナドラ――俺よりも早くケティたちの所へ到着しそうだったところを、後頭部に。
しかもさっきとは花の咲いた角度と方向が違っていた。
見たのが二回目だからはっきりとわかった。
咲いた一瞬は確かに花の形をしていたこと。そしてスナドラの頭が、体が、「咲く」ほどの「狙撃」っぽい衝撃の慣性に従って地面へと倒れてゆく間に、花は血飛沫へと戻り、散った。まるで『水刃』で固まった血のように、咲いたのだ。
「おおおおおおっ!」
ダイクが叫びながら放った一撃を受けたメリアンが、その構えのまま押し戻された。
さらにそのメリアンへと向けて小太りの死体を蹴り飛ばす。
メリアンが小太りを裏拳で振り払ったそのわずかな間に、ダイクは何かを呑み込んだ。
ダイクの体が急激に一回り大きくなる。
筋肉が膨張した、みたいに見えた。
きっと強くなっているんだろう。でもそれよりも今の俺には、もっともっと気になる、洒落にならないものが見えていた。
「ルブルム! 一人で追うなっ!」
心の底から叫んだ。
ルブルムが一人だけで洞窟へと向かって走っている。
もし本当にルブルムがウォルラースを仕留められるならば、それはとても喜ばしいことだ。
でもウォルラースはまだまだ何かを隠し持っている気がしてならない。
俺の拾った魔法品に格納されているのが、さっきルブルムたちを動けなくしたモノとは別の魔術だったとしたら。
一対一になった途端にウォルラースがアレを使ったとしたら。
そして魔法を使えなくなる首輪をルブルムに着けたとしたら。
俺の体から大量に抜けたはずの血が、自分の中で煮えたぎっている気がする。
「ルブル」
俺の叫びは途中で途切れた。
メリアンの背中に押されたのだ。あそこからここまで飛ばされた? いやダメージ軽減のために自分で飛んだのだとしても。
「急に強くなったねぇ」
メリアンの、初めて聞いた余裕がなさそうな声を、かき消すようにダイクの雄叫びが轟いた。
● 主な登場者
・有主 利照 /リテル
猿種 、十五歳。リテルの体と記憶、利照 の自意識と記憶とを持つ。魔術師見習い。
ラビツ一行をルブルム、マドハトと共に追いかけている。ゴブリン用呪詛と『虫の牙』の呪詛と二つの呪詛に感染している。
・ケティ
リテルの幼馴染の女子。猿種 、十六歳。黒い瞳に黒髪、肌は日焼けで薄い褐色の美人。胸も大きい。
リテルとは両想い。フォーリーから合流したが、死にかけたり盗賊団による麻痺毒を注入されたり。
・ラビツ
久々に南の山を越えてストウ村を訪れた傭兵四人組の一人。ケティの唇を奪った。
フォーリーではやはり娼館街を訪れていたっぽい。
・マドハト
ゴブリン魔法『取り替え子』の被害者。ゴド村の住人で、今は犬種 の体を取り戻している。
元の世界で飼っていたコーギーのハッタに似ている。変な歌とゴブリン語とゴブリン魔法を知っている。
・ルブルム
魔女様の弟子である赤髪の少女。整った顔立ちのクールビューティー。華奢な猿種 。
槍を使った戦闘も得意で、知的好奇心も旺盛。ケティがリテルへキスをしたのを見てから微妙によそよそしい。
・アルブム
魔女様の弟子である白髪に銀の瞳の少女。鼠種 の兎亜種。
外見はリテルよりも二、三歳若い。知的好奇心が旺盛。
・カエルレウム
寄らずの森の魔女様。深い青のストレートロングの髪が膝くらいまである猿種 。
ルブルムとアルブムをホムンクルスとして生み出し、リテルの魔法の師匠となった。『解呪の呪詛』を作成中。
・ディナ
カエルレウムの弟子。ルブルムの先輩にあたる。重度で極度の男嫌い。壮絶な過去がある。
アールヴを母に持ち、猿種 を父に持つ。精霊と契約している。トシテルをようやく信用してくれた。
・ウェス
ディナに仕えており、御者の他、幅広く仕事をこなす。肌は浅黒く、ショートカットのお姉さん。蝙蝠種 。
魔法を使えないときのためにと麻痺毒の入った金属製の筒をくれた。
・『虫の牙』所持者
キカイー白爵 の館に居た警備兵と思われる人物。
『虫の牙』と呼ばれる呪詛の傷を与える異世界の魔法の武器を所持し、ディナに呪詛の傷を付けた。
・メリアン
ディナ先輩が手配した護衛。リテルたちを鍛える依頼も同時に受けている。
ものすごい筋肉と角と副乳とを持つ牛種 の半返りの女傭兵。
・エルーシ
ディナが管理する娼婦街の元締め、ロズの弟である羊種 。娼館で働くのが嫌で飛び出した。
仲間の猿種 と鼠種 と共に盗賊団に入団しようとしたが、現在は盗賊団の毒で麻痺中。
・バータフラ
広場の襲撃者である二人の爬虫種 の片方。ロービンの居る竪穴の底まで馬に乗って逃走。
洞窟内へと逃げたがロービンに倒された。「スノドロッフの子どもたちを保護した」と言っていたらしいが盗賊団の入れ墨があった。
・ロービン
マッチョ爽やかイケメンなホブゴブリン。メリアンと同じくらい強い。正義の心にあふれている。
マドハトと意気投合し、仲良くなれた様子。
・スノドロッフの子どもたち
魔石 の産地であるスノドロッフからさらわれてきた子どもたち。カウダの毒による麻痺からは回復。
猫種 の先祖返りでアルバス。ミトとモペトの女子が二人、男子がトーム。
・ウォルラース
キカイーの死によって封鎖されたスリナの街から、ディナと商人とを脱出させたなんでも屋。金のためならば平気で人を殺す。
キカイーがディナたちに興味を示すよう唆した張本人。盗賊団にさらわれた被害者の素振りを見せていたが……。
・ロッキン
名無し森砦の守備隊第二隊副隊長であり勲爵 であると自称。フライ濁爵 の三男。
本当の守備隊のようであり、仲間が盗賊団であることを受け入れられないでいる様子。
・ダイク
名無し森砦の守備隊第二隊隊長であり勲爵 であると自称。筋肉質で猿種 にしては体の大きい。
ロービンに襲いかかったが左腕を切り落とされた。ウォルラースとつるむ盗賊団のようである。何かを呑み込んだ。
・プラプディン
名無し森砦の守備隊にして盗賊団。小太りの両生種 。頭に赤い花が咲いて死亡。
・スナドラ
名無し森砦の守備隊にして盗賊団。鼠種 。頭に赤い花が咲いて死亡。
・ホリーリヴ
名無し森砦の守備隊にして盗賊団。鳥種 。魔法を使うが、そこまで得意ではなさげ。
・ブラデレズン
名無し森砦の守備隊にして盗賊団。馬種 。ルブルムやケティを見て鼻の下を伸ばしていた。
ウォルラースの魔法的効果でうずくまっていた女性陣を襲おうとしてメリアンに返り討ちにされた。
■ はみ出しコラム【温泉】
ホルトゥスにおいて、温泉は主に湯治目的で重宝されている。
ラトウィヂ王国では東側、活火山が点在するマンティコラの歯山脈の近辺に特に温泉が多い。
しかし、その辺りはそもそも移住者 と化した魔物も少なくなく、人が定期的に利用を確保できている温泉は数えるほどしかない。
そのような状況のラトウィヂ王国にて最も有名な温泉は、アイシスの「湖向こう」温泉である。
ボートー紅爵 領の領都アイシスはアイシス湖の湖畔にあり、このアイシス湖を渡った向かいよりマンティコラの歯山脈へ半日ほど登ったところにあるのが「湖向こう」温泉である。
ここは湯量が多く塩っぱい。筋肉痛や、関節痛、打撲のほか、女性特有の諸症状にも効能があると言われている。
ちなみに「湖向こう」温泉は、温泉施設自体がボートー紅爵の直轄砦となっている。
次に有名なのがラトウィヂ王国内でもかなりの北東部にあるマンクソム砦内にある「泡のざわめき」温泉である。
しゅわしゅわとした温泉は血行がよくなると評判である。
ちなみにマンクソム砦は王国直轄領だが、そのすぐ南に位置するライストチャーチ白爵 領の領兵用の宿舎が存在する。
これは、現在のラトウィヂ王国領となっているギルフォドが、まだギルフォルド王国領だった時代に、ラトウィヂ王国の最前線の砦の一つとして、王国兵とライストチャーチ領兵とが常駐していた名残である。
小太りがトームを捕まえたところからそう遠くない場所で、ロッキンは右の太ももに深々と小剣が突き刺さった状態で地面に転がっていた。
地面に這いつくばりながらも必死に仲間へと呼びかけているロッキンを、ウォルラースたちは無視して小太りの近くへと移動する。
左腕を失ったダイク、左牙の折れたウォルラース、
反射的に身構える。
距離のある魔法は激しく動けば命中させづらいものだが、動くなと言われている以上できるのは全身に力を入れることぐらい。
魔法抵抗力というものは精神的肉体的な状況によっても変化するとディナ先輩に教わったから。
全身に力を入れるだけでも瞬間的に魔法抵抗力が上がるらしい。
ただし、あえてそれを狙って「全身に力を入れたこと」に対して「ひとつまみの祝福」となるような導入を組み入れた魔術というのも存在するから、魔法を使うことに慣れていそうな相手の魔術に対しては気をつけろというお言葉まで添えて。
しかし魔法に触れられた感覚はない。
ルブルムやマドハト、ケティやメリアンたちにも特に変化は見られない。
となると俺たちじゃなく自分たちに対して魔法を使ったのか。それこそ魔法抵抗力を上げる系のやつかもしれない。
「プラプディン! 何をしている! それにダイク隊長も、ホリーリヴも!」
「動くなっつーのはお前もだよ三男坊! 動けばガキの命はねぇぞ。お前のせいでガキの命がなくなってもいいってんなら動いてもいいがな」
ロッキンが動くのをやめる。その右脚からの出血は酷そうだ。
こちらといえばルブルムとマドハトが俺のすぐ近く。
ケティとスノドロッフの女の子二人は、ウォルラースたちから一番遠い場所に。
メリアンはケティたちとウォルラースたちとのちょうど間くらい。
その近くにはメリアンの剣が顔面に刺さったまま倒れている鼻の下野郎。
そしてダイクの左腕を切り落としたロービンは、大剣を地面に刺したまま不自然に突っ伏している。
『魔力感知』で細かく観察したロービンの
となるとダイクは左腕を犠牲にして隙を作って「カウダの麻痺毒」をロービンに食らわせたのか?
メリアンやルブルムたちが下腹部を押さえて苦しんでいたから、ロービンさえ何とかすればどうにでもできると考えたのだとしたら、ものすごい覚悟だ。
魔法で腕の再接続は不可能ではないとはいえ――俺にはその覚悟があるだろうか――って、また思考がズレかけた。
集中しろ。
ウォルラースはそのダイクの左腕に布を巻いている。止血しているのかも。
ホリーリヴ――魔術師は呼吸を整えつつ、
特に偽装もしていない
いまだにつるつる滑っているスナドラだって、マドハトの魔法の効果時間が切れたら奴らの仲間として戦線復帰するだろう。
小太りも呼吸を整えている。
「ほー。砦を守る隊長さん以下、ほぼ全員が盗賊団ってわけかい」
さすがメリアン。無駄な待ち時間を切り詰めた。
「お、おっと、お前らは動くなっ。抵抗したらこの子を殺すぞっ!」
小太りの
それに対してウォルラースやダイクは
「いいのかい? 人質がいなくなりゃあんたらを守るものはなくなる。ロービンの麻痺を解いたらあんたらに勝ち目はないだろう。元々は三人消えたんだ。二人も戻ってくりゃ上出来だろう。どうせ言いなりになりゃ全員殺されるんだろ?」
メリアンはその場は動かないものの、堂々と鼻の下野郎の顔から小剣を引き抜く。
その鼻の下はいまや伸びるどころか完全に分断されている。
小剣を軽く振り回し、剣についた血をきっているメリアンに対し、ウォルラースたちは特に動きはない。
さっきのアレをまた仕掛けてくる機会を
――でもさっき、ウォルラースは
ということは――魔法品か。
ウォルラースが時々自分の折れた牙をチラ見しているのってもしかして、その魔法品を落としたからとか?
また見ている――そして俺が視線を確認しているのに気付いた途端、目を逸らした。
これ、あるな。
「ルブルム、ロービンを回復してやんな」
「お、おい待て! 本当に殺すぞっ!」
「それが開戦の合図かい?」
それにしてもこういう究極の選択っぽいのを、簡単に選べてしまうメリアンの場数というか度胸というか容赦なさというか。
引きかえ俺はトームと目が合ってしまっている。
怯えた目で必死に助けを求める仔猫。俺はどちらかというと犬派なんだけど、あの表情はヤバい。
先祖返りって「動物の頭がついている人」とは全然違う。表情が豊かなんだ。
アニメか、変身アプリで変えた顔かってくらい、人間の表情している。
だから、見ていて苦しい。
ちっちゃな子が必死に助けを求めている――気がついたら一歩前へ踏み出していた。
「お、お前! そこのお前も! う、動くなって言ってんだろっ!」
ルブルムは俺を見て立ち止まる。
魔術師ホリーリヴの
「その子を放す条件について……他の選択肢はないか?」
大きな声を出してみた。
メリアンに主導権を握らせたままだと、トームの命は恐らくなくなるだろう。
俺にとってそれは見殺しと一緒だ。
努力もせず見殺しを選ぶのは紳士のすることじゃない。
ディナ先輩には刺されるくらい怒られるかもだけど、俺はあんな悲壮な顔をしているトームを助けない選択肢を選びたくはない。
こういうの究極の選択とか言うけどさ、それって思考の放棄だよな。
思考を手放さなけりゃ選択肢なんていくらでも見つけられるはず。
いや、見つけ出す。
「おいおい。助けるつもりか? こういう連中は約束を守らないぞ?」
メリアンの声が当然のように怒っている。
他の、この場にいる全員は俺の次の言葉を待っていてくれているのか、一瞬の静寂。
ここから先は俺の言動次第で人の命が消える。
プレッシャーに足が震えているのを感じる――いや、力が入らないのは血が足りないからか。
さっきみたいに血の『水刃』なんて体力的にきっともう無理。
「例えばどんな条件だ?」
隻腕となったダイクが残る右手であの異様な剣を構え直しつつ、値踏みするように俺を見つめる。
ダイクの横のウォルラースも同じように俺を見つめている。
「その質問は交渉に応じると受け取る」
「リテルと言ったな。君はスノドロッフとつながりがあるのか?」
俺が強引に話を継続すると、ダイクではなくウォルラースが話を続けた。
「いや、ない」
ウォルラースが会話に乗ってくるということは、向こうも時間を稼ぎたいのか?
ディナ先輩のときは仲間の到着を待っていた。
砦の兵士が集まってくる? それとも盗賊団の方か?
会話には注意しつつも、周囲への警戒は強めにする。
思考と『魔力感知』とで、脳みそがよじれそうになるくらい疲れる。
「ではなぜ? 正義感かな?」
そりゃ紳士だからさって言いたいところだが、俺はまだ紳士だと胸を張れる域には達していない。
紳士を目指しているからさ――こんなんじゃ締まらないよな。
ここは回答を間違えちゃいけない。でも嘘じゃきっとダメだろう。
交渉するときは魂を乗せろ――ふと浮かんだのはマクミラ師匠の言葉。もっともこれは「女を口説くとき」だっけ――突然、あるセリフが頭に浮かんだ。
マクミラ師匠がこういうときに言いそうな言葉が。
「いや。その子を見捨てたら、毎日楽しみにしている晩飯が不味くなるからだ」
言った直後、どうしてそんなことを言ったんだよ自分、と激しい後悔に襲われる。
だけどその想いはウォルラースの大きな笑い声に散らされた。
ウォルラースだけじゃない。ダイクも、メリアンさえも笑いを噛み殺している。
え? 俺なんか失敗しちゃったか?
カッコつけたのがスベった感じの超ダサい状態?
「ああ、いいよ。リテル君」
ウォルラースが笑うのをやめた。
「君はいいな……じゃあ、こういうのはどうだろう。君が私の部下になるのであれば、この子は返すし、君の仲間も全員安全に解放しよう」
ウォルラースの部下に?
俺が?
でも普通に考えりゃ言われるままにノコノコ出ていったら即座に人質だよね?
そうならないとしても、そもそもありえないけど。
ウォルラースの笑顔を見るたびにディナ先輩の話を思い出して虫唾が走っているから。
だが断る、なんて即座に答えても――またトームと目が合う。
必死で切ない、綺麗な赤い瞳。
ルブルムの髪の色に似て、透明感がある赤なんだ。
「部下……というのは、変な魔法品でも装着されて、忠実な奴隷にされることを言うのかな?」
魔法や動きを封じる魔法品を持っているくらいだ。
その手の手段を持っている可能性は低くない。
俺がそれを装着させられて、それでルブルムを襲いでもしたら――ルブルムは自身の身を守ってくれるだろうか。
さっき、ウォルラースに突然襲いかかったルブルムのことを思い出す。
最初に出会った頃のルブルムは、感情の抑揚があまりないタイプかと思っていた。
でも今は違うと分かる。本当は感情も豊かな子。
しかも罪の意識を覚えてしまうと、自分の気持を押し殺してまでも罰を自身に科そうとする。
もしルブルムが俺をなんとかして自分の身を守れたとしても、その際に俺を傷つけてしまったら、きっとまた殻に閉じこもってずっと自分を責め続けるだろう。
自惚れているわけじゃないが最近のルブルムとの関係性を考えると、アルブムのとき以上に心を閉ざしてしまうかもしれない。
そんな選択肢だけは絶対に選んではいけない。
それでいてルブルムもケティもマドハトも子どもたちも守れなきゃ、メリアンのチョイスに割って入った意味がない。
「ははは。見抜いていたのか。バータフラには悪いことをした。随分頼りにしていたのだけどね……だが、結果的に我々に不利益となることばかりしでかしてくれたからね」
バータフラ?
あいつが忠実な奴隷にさせられていた?
ああ、そうか。捨て駒にするために、自分を襲わせるフリをさせていた、ということか?
「やっぱりバータフラは麻痺していたか。あんたが逃げ出したとき、動かないなぁとは思ったんだよ。ルブルムの一撃のおかげで無駄な間が開いたにも関わらず、バータフラは動かないままだった。そのせいで違和感が出ちまったんだよ」
メリアンが会話に戻ってくる。
「いいよ。リテル君には教えてあげよう。私がバータフラに使ったのがどんな魔法品かを」
ウォルラースが何かを俺へと投げる。
罠か? だがこれを受け取らなかったら確実に即開戦、そしてトームは――俺は手を伸ばしてそれをキャッチしようとした。
本当に受け取るつもりだったんだ。自分の手で。
でもそれを受け取ったのはマドハトだった。俺より高いジャンプで。
「お、おい、マドハトっ!」
「リテルさまの安全は! 僕が守るです!」
直後、マドハトがつかんだそれの中に
『魔力感知』のおかげか、視界の外側の様子も同時にわかる。
ルブルムが走りながら
ロービンの方へ向かっているから恐らく使うのは『カウダの毒消し』だろう。
魔術師も
その小剣自体はダイクがあのごついギザギザ付き剣で弾いて魔術師を守ったのだけど、魔術師はビビって集中した以上の
途端に魔術師の指先で光が弾け、それがダイクと小太りの武器へと雷みたいに飛ぶ。
暴発したのか?
ダイクは剣を即座に手放し、剣は地面へと落下して刺さる。それから再び剣を手に取った。
だが小太りのほうは短剣を手放したと同時に、トームをも放り出し、短剣を持っていた手をもう一方の手で押さえながらしゃがみ込む。
マドハトの方はと言うと――あの洞窟の中のバータフラのように動きが止まる――けど今はこらえてくれ。
俺は俺で真っ先にウォルラースの牙の落ちたあの場所へと走っていた。
近づくと分かる。
牙の横に紐の切れたペンダントが落ちている――もちろん両方拾い上げる。
やはり。
俺が使えばウォルラースたちの動きを止められるのか?
紅魔石の中に魔法を探す――知っている魔法なら発動前に理解できるはず――ん?
中の魔法は複数あって、それが組み合わさって一つの魔術になっているようなんだけど、その構成要素の魔法の一つが『生命回復』に近い、というのを感じた。
回復系?
でも、それならどうして動きを止める効果になった?
しかも
自分の
だけどこんな時間もなくミスの許されない状況で、得体の知れない魔術を試すのはリスクが高すぎる。
ペンダントはベルトポーチに入れ、牙はベルトへと挿す。
それをチラ見しているウォルラースは――ダイクに何か渡している?
手のひらに隠せそうなくらいの。
で、当のダイクはその間に小太りを蹴り、小太りは慌てて短剣を拾って再びトームへと手を伸ばした。
そのとき、背中に冷たいものが走った。
小太りの頭に、花が咲いたように見えたからだ。
その直後、小太りの首が急な角度に折れ曲がり、その折れ曲がった方向へ体も引っ張られるように飛んだ。
時間にしたらほんの一瞬だろうけど、それはやけにスローモーションに感じた。
その長い一瞬の間に、赤いのは花ではなく血飛沫なのだという思考が閃いた。
俺の頭には「狙撃」という単語が浮かぶ。
でも魔法もあるし、思考の可能性は捨てるな。
もしも自分が、仲間が狙われたなら、あんなのどうやって防ぐんだ? ――いやいや検証は後回しだって!
今はこの場を!
狙われ、倒れたのは小太り。
だとしたら敵じゃないかもしれない。
ロービンが言っていた、スノドロッフの人たちかも。
となればウォルラースたちにとっても予想外のこと。
今このサプライズを勝機へと変えないでどうするんだよ。
俺はウォルラースの元へとダッシュした――が、思ったよりもスピードが出ない。
体が干からびているみたいに意思が体の隅まで届かない。
手斧で有効な攻撃を出せる気がしない。となると素手だけど、近づきさえすれば『ぶっ飛ばす』を食らわせてやれる。
魔法なら、弱った筋力をカバーできるから。
視界の端で鋭い金属音が何度も打ち合っている。メリアンとダイクだ。
一瞬、固まっていたウォルラースも、動き出した。
俺が到着するよりも早くトームに近づいて拾い上げて――投げた?
お、俺の方かよ――しっかりと両手でトームをキャッチする。
ウォルラースはその間に洞窟の入り口へ、そして中へ――逃げたのか?
でも今は、追うよりもトームをしっかりと守ること。
メリアンがダイクの攻撃を防いでくれている間に俺は退く。固まったままのマドハトも拾い、それからケティとあと二人の子どもたちが居る場所へと。
また赤い花が咲いた。
いつの間にかつるつる地獄から抜け出していたスナドラ――俺よりも早くケティたちの所へ到着しそうだったところを、後頭部に。
しかもさっきとは花の咲いた角度と方向が違っていた。
見たのが二回目だからはっきりとわかった。
咲いた一瞬は確かに花の形をしていたこと。そしてスナドラの頭が、体が、「咲く」ほどの「狙撃」っぽい衝撃の慣性に従って地面へと倒れてゆく間に、花は血飛沫へと戻り、散った。まるで『水刃』で固まった血のように、咲いたのだ。
「おおおおおおっ!」
ダイクが叫びながら放った一撃を受けたメリアンが、その構えのまま押し戻された。
さらにそのメリアンへと向けて小太りの死体を蹴り飛ばす。
メリアンが小太りを裏拳で振り払ったそのわずかな間に、ダイクは何かを呑み込んだ。
ダイクの体が急激に一回り大きくなる。
筋肉が膨張した、みたいに見えた。
きっと強くなっているんだろう。でもそれよりも今の俺には、もっともっと気になる、洒落にならないものが見えていた。
「ルブルム! 一人で追うなっ!」
心の底から叫んだ。
ルブルムが一人だけで洞窟へと向かって走っている。
もし本当にルブルムがウォルラースを仕留められるならば、それはとても喜ばしいことだ。
でもウォルラースはまだまだ何かを隠し持っている気がしてならない。
俺の拾った魔法品に格納されているのが、さっきルブルムたちを動けなくしたモノとは別の魔術だったとしたら。
一対一になった途端にウォルラースがアレを使ったとしたら。
そして魔法を使えなくなる首輪をルブルムに着けたとしたら。
俺の体から大量に抜けたはずの血が、自分の中で煮えたぎっている気がする。
「ルブル」
俺の叫びは途中で途切れた。
メリアンの背中に押されたのだ。あそこからここまで飛ばされた? いやダメージ軽減のために自分で飛んだのだとしても。
「急に強くなったねぇ」
メリアンの、初めて聞いた余裕がなさそうな声を、かき消すようにダイクの雄叫びが轟いた。
● 主な登場者
・
ラビツ一行をルブルム、マドハトと共に追いかけている。ゴブリン用呪詛と『虫の牙』の呪詛と二つの呪詛に感染している。
・ケティ
リテルの幼馴染の女子。
リテルとは両想い。フォーリーから合流したが、死にかけたり盗賊団による麻痺毒を注入されたり。
・ラビツ
久々に南の山を越えてストウ村を訪れた傭兵四人組の一人。ケティの唇を奪った。
フォーリーではやはり娼館街を訪れていたっぽい。
・マドハト
ゴブリン魔法『取り替え子』の被害者。ゴド村の住人で、今は
元の世界で飼っていたコーギーのハッタに似ている。変な歌とゴブリン語とゴブリン魔法を知っている。
・ルブルム
魔女様の弟子である赤髪の少女。整った顔立ちのクールビューティー。華奢な
槍を使った戦闘も得意で、知的好奇心も旺盛。ケティがリテルへキスをしたのを見てから微妙によそよそしい。
・アルブム
魔女様の弟子である白髪に銀の瞳の少女。
外見はリテルよりも二、三歳若い。知的好奇心が旺盛。
・カエルレウム
寄らずの森の魔女様。深い青のストレートロングの髪が膝くらいまである
ルブルムとアルブムをホムンクルスとして生み出し、リテルの魔法の師匠となった。『解呪の呪詛』を作成中。
・ディナ
カエルレウムの弟子。ルブルムの先輩にあたる。重度で極度の男嫌い。壮絶な過去がある。
アールヴを母に持ち、
・ウェス
ディナに仕えており、御者の他、幅広く仕事をこなす。肌は浅黒く、ショートカットのお姉さん。
魔法を使えないときのためにと麻痺毒の入った金属製の筒をくれた。
・『虫の牙』所持者
キカイー
『虫の牙』と呼ばれる呪詛の傷を与える異世界の魔法の武器を所持し、ディナに呪詛の傷を付けた。
・メリアン
ディナ先輩が手配した護衛。リテルたちを鍛える依頼も同時に受けている。
ものすごい筋肉と角と副乳とを持つ
・エルーシ
ディナが管理する娼婦街の元締め、ロズの弟である
仲間の
・バータフラ
広場の襲撃者である二人の
洞窟内へと逃げたがロービンに倒された。「スノドロッフの子どもたちを保護した」と言っていたらしいが盗賊団の入れ墨があった。
・ロービン
マッチョ爽やかイケメンなホブゴブリン。メリアンと同じくらい強い。正義の心にあふれている。
マドハトと意気投合し、仲良くなれた様子。
・スノドロッフの子どもたち
・ウォルラース
キカイーの死によって封鎖されたスリナの街から、ディナと商人とを脱出させたなんでも屋。金のためならば平気で人を殺す。
キカイーがディナたちに興味を示すよう唆した張本人。盗賊団にさらわれた被害者の素振りを見せていたが……。
・ロッキン
名無し森砦の守備隊第二隊副隊長であり
本当の守備隊のようであり、仲間が盗賊団であることを受け入れられないでいる様子。
・ダイク
名無し森砦の守備隊第二隊隊長であり
ロービンに襲いかかったが左腕を切り落とされた。ウォルラースとつるむ盗賊団のようである。何かを呑み込んだ。
・プラプディン
名無し森砦の守備隊にして盗賊団。小太りの
・スナドラ
名無し森砦の守備隊にして盗賊団。
・ホリーリヴ
名無し森砦の守備隊にして盗賊団。
・ブラデレズン
名無し森砦の守備隊にして盗賊団。
ウォルラースの魔法的効果でうずくまっていた女性陣を襲おうとしてメリアンに返り討ちにされた。
■ はみ出しコラム【温泉】
ホルトゥスにおいて、温泉は主に湯治目的で重宝されている。
ラトウィヂ王国では東側、活火山が点在するマンティコラの歯山脈の近辺に特に温泉が多い。
しかし、その辺りはそもそも
そのような状況のラトウィヂ王国にて最も有名な温泉は、アイシスの「湖向こう」温泉である。
ボートー
ここは湯量が多く塩っぱい。筋肉痛や、関節痛、打撲のほか、女性特有の諸症状にも効能があると言われている。
ちなみに「湖向こう」温泉は、温泉施設自体がボートー紅爵の直轄砦となっている。
次に有名なのがラトウィヂ王国内でもかなりの北東部にあるマンクソム砦内にある「泡のざわめき」温泉である。
しゅわしゅわとした温泉は血行がよくなると評判である。
ちなみにマンクソム砦は王国直轄領だが、そのすぐ南に位置するライストチャーチ
これは、現在のラトウィヂ王国領となっているギルフォドが、まだギルフォルド王国領だった時代に、ラトウィヂ王国の最前線の砦の一つとして、王国兵とライストチャーチ領兵とが常駐していた名残である。