人外の家畜02

文字数 3,955文字

「──あにじゃ、どうしたのじゃ?  険しい顔をして。また、何か思い当たってしまったことがあるのかや??」

気を使ってだろうか、レカは極力小さい声で耳打ちをする。その風の音にすら掻き消されてしまいそうな音を、エウの耳はしっかりと捉え、

「ん?  ぁあ、もしかしたら事態はかなり悪い方向かもしれない」

「……と、言うと??」

「俺は、ある程度話は聞いていた、が、民草がここまで姿を見せなくなった事。対抗勢力だった、ベッラの惨状。それらを繋ぎ合わせると、三カ国は……恐らく……」

小さく震えた声、それは危機を表し危殆した状態を意味していた。

認めたくはないが、認めざるを得なくなりつつある状況。瞋恚よりも焦りが勝りつつある。

その姿を瞳に写したレカは愁容し、
「ウチらにも、出来ることは限りがあるのじゃ
。所詮、死にゆく者に死を与えるだけ。やれる事を今はやるしかなかろう?」

「そう……だな。──うん、だよな……。悪かったな、レカ」

今の考えを正すように深く息を吸い込む。
気持ちを切り替え、今出来る、助けることが出来る目の前の事を第一とし、救いを求めたリアナの為に。と努める。

それでも、頭の隅では大陸全土の安否が頭を過ぎてゆく。

今まで、何一つとして打撃を与える事が出来る成果を残していない結果が、今のこの危機たる状況を生み出してしまったんではないか。

自分の力を出し惜しみしているが為に、そうなったんではないのか。

エウの脳内には呪いのように自虐が付きまとっていた。

それが余計に、エウの思考を鈍らせ弱らせてゆく。

「レカにばかり任せて……。俺も『カテーナ・トルトゥーラ』さえ使えばもっと効率よ──」

「あにじゃ!!  それは考えなくて良いじゃろ?  」

声を荒らげたのはエウでは無くレカだった。その気迫にエウは気概を感じざるを得なかった。

そして、
「だ、ど、どうしました?!  大丈夫ですか??」

道案内の為に先頭を歩いていたリアナもその声には流石に気が付き振り向く。

その間、少し訪れた沈黙は居心地が悪く、今にも逃げ出したい衝動にエウは駆られる。

だが、心配そうに見つめるリアナや、エウがやろうとしたことを、必死に止めたレカを目の前に“グッ”と思いとどまった。

「えっと、大丈夫。心配かけてすまん。──あと、レカも……ありがとう」

「ふふふ、良いんじゃ。気にするでない!!」

「そう……ですか??  それなら、良いのですが。──あのですね?  彼処に見えるのがティティータ邸です」

琥珀色の髪を踊らし、もう一度歩いていた方向に体を向け、細い人差し指で標した。

そのティティータ邸は、木が数本生えている中に建っていた。
黒い屋根が余計に不気味さを引き立てる木造の建物。

すこし遠目で見ても感じる重たく不穏な何か。

──あの場所に人々が……。
「よし、今はそれに専念しよう、行くぞ」

逞しい手で柄を携え、誰よりも先に土煙を立てたエウ。その鷹のような目には、もはやティティータ邸しか写ってはいなかった。

「しかし、あんな目立つ場所にあるんじゃなッ」“ボソッ”と心中を吐露したレカに対し、先を行くエウは見えてはいないが、リアナは横に首を振り、

「昔は、あの周りは木々で囲まれていたんです、ですが、薙ぎ倒されたり、枯れたりで……」

ゆっくりと手を下ろしながら、リアナは、あの場所に過去を映すかのように顔を歪める。
そんな彼女の体から目を逸らし、
「今回の件が片付けば、また木を植えればよかろう!」
と大きく明るい声で口にした。

慰めにも、説得力もないその言葉しかきっと思いつかなかったのだろう。

しかし、リアナはそんなものすら全て吹き飛ばすような可愛い笑顔で、
「えへへ、そうですよねっ!!  ありがとうございますッ!!  じゃ、私、エウさんの所に行ってきます!!」

「ちょっ!!  まつの──じゃ……。やれやれ、足が速いやつよのう」

置いてかれたレカも法服を揺らし踊らせながら先を行くエウの元へと早歩きで向かった。

「そう言えば、人々は何処に居るんだ??」

「──地下です」

「地下??」

「はい、部屋の中にある、隠し床の下に……」

──分けられている、と、言う事か。

良く分からないホムンクルスの行動を思考を疑問に思いつつも、エウの足は前に前にとひたすらに進む。
リアナや、レカと距離が離れようと立ち止まる事も振り返ることも無い。瞳孔はただ一点を見つめる。

****

*** 

**


小さく見えていたティティータ邸は、今や、視界に収まりきらない程近くにある。

木造で出来たそれは、至る所が朽ちており、柱は歪み、建物としては意味をなさない。

唯一役に立つといえば雨よけ程度だろう。

いつ崩れても良いような場所に人が居る。

そして、ホムンクルスも、エウの踏み出した一歩が力強く音を立てた。

「えエウさん?  ちょ、どうやって行くんですかッ!?」

「そんなもの、正面突破しかないだろ。こんな隠れる場所も無いんじゃ、隠密なんか出来る訳が無い」

「やれやれじゃな、リアナ?  あにじゃの側から離れぬでないぞ」

焦りも感じない、慣れているような物言いで、エウについて行くレカ。
リアナは、そんな波のような流れに身を任せるように頷き、

「は、はい!!」
緊張してるのか怖がっているのか、上擦った声は、エウの笑いを誘った。

肩を揺らしながら、
「大丈夫だよ。俺はお前達を守る。だから安心しろ」

「って、笑いながら言わないでくださいよ!!  酷いですよ!  エウさんッ!」


「あははは──って、お出ましだな」
「いでっ!!」
「ぎゃっ!」

急に止まったエウの背中にリアナ、リアナの背中にレカが次々とぶつかり止まった。

鼻を擦り、涙目になる二人。そんなのはお構い無しにと、エウは刀を振り抜き、殺気立った低い声で、
「レカ、黄泉送りは後だ。とりあえず、コイツらを動けなくしてから人々を助ける」

「真剣な表情は、良いんじゃが……少しは悪びれて欲しいものじゃわい……まぁ、了解したッ」

──十五体と言った所だな。

走り込みながら戦力を分析し、歯をむきだし微笑み、
「上等だッ……!」

しかし、前日のホムンクルスとは異なり、しっかりと武装をしていた。

それは自然的に拠点だと位置付ける。
そして、同時にその証拠はエウの力を増幅させてゆく。

「ッらぁ!!」
ホムンクルスの腹部に刀を突き刺す。そして“ヌルッ”と入る感覚を肌で感じる。

「痛くも……何ともない。人はとことん馬鹿だよねぇー」
血が刃先から滴る中。痛感も何も感じないホムンクルスは、刺されても尚、剣先をエウに向け突き刺そうと振り下ろす。
だが、そんな単純な事をエウが分からない筈もなく、口角を吊り上げ、
「お前も、“元”は人だろ?  因みに俺は人じゃない。テメーらに永遠の死を与える“死神”──だっ!!」

刀を、横に振り抜き、脇腹から刀身を露わにさせると、持ち手を変え、反転する。そして、切り抜いた逆の方向の脇腹から刃を入れ込み、
「テメーらを送るのは後だ、今は惨めに汚れた臭い自分の血と地を舐めてろ」

真っ二つに両断した。辺りは一気に水溜りと化し、地に上がった魚のように手を“ピチャピチャ”とさせ、上半身は蠢き続けた。

──まずは一体だな。

再び、狙いを定めた鷹の如く、鋭い眼光で相手を捉えると、血飛沫と共に足首を切り捨てる。
と同時に、刀を振り上げ、隣に居る一体の腕も切り捨てる。

エウの剣舞は美しく舞い続け、さながら桜吹雪のように血が舞い散ってゆく。

次々に落ちるホムンクルスは、苦痛に悶えた声を出すことなく、“ギョロ”っと、淀み、薄い膜の張った汚れた瞳でエウを睨み続ける。

「さ、教えろ。人々は何処に居る??」

四肢を全て斬り捨て、身動きのとれない一人に刀を突き刺し、尋問をし始めた。

ホムンクルスは、臭い息と同時に、いまの状況からは考えられない程、快楽に満ちた笑みを浮かべ、
「人々??  そんなのはしらないねぇ……ここに居るのは、家畜と、神に生きる事を許しゃ……」

「もう、良い喋んな。気分悪くなる」

エウは、口に剣を突き刺し、半分顔を割く。
そして、血糊を払いながら待つ二人の元へと引き返した。

いつ見ても、慣れないのだろう。リアナは少し後退りをして、
「ごめんなさい……私……」

「いや、良いんだ。それよりも、人々が居ると言う地下に案内してくれないか」

すると、少し避けるように距離を離れながら先頭をリアナは歩む。その握った両手は小刻みに震えていた。

だが、エウは不思議と嫌な気持ちになることは無い。その恐怖心、労る心、それこそが人である証なのだと。感じていたからだ。

そして、同時に思う。
──俺は、バケモノなのかもしれないな……。

「エウさん達、こちらです」
薄暗い部屋の中に入ると。そこは、生活感を感じることが出来ない。床は所々、穴が開き、シャングリラは下に落ち、血痕は飛び散っていた。そんな場所でリアナは立ち止まると、隠し床なのだろう。床にある、小さい突起を足で踏もと、床の面に隙間が多少空いた。

そこに指を掛け鈍い音と共に階段が姿を表す。

三人は、見つめ合い頷くと、先頭をエウ、真ん中をリアナ、最後をレカと言った隊列を組んだ。これは、もしもの時に人であるリアナを守る為。

悲痛にも似た、耳に残る高い音を鳴らしながら降る階段。地下から外へと抜ける空気を吸い込み、
「うげぇ、なんじゃこの臭い……。こんな所に本当に人が……」

三人の鼻を通った臭いは、もはや、獣のそれと代わりがないもの。
それは、人から臭ってはいけないほど臭いものだった。

「──な、なんだよ、これは……」

最終段まで降り、視界に入ったのは。
鉄の牢に閉じ込められた人々。そして、その光景は異様だった。
そして、リアナが言った事を思い出す。

「だが、これは、余りにも……酷い……」

それは、丸々と肥り、汚れた人間。

──さながら、家畜のように。
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