奇々怪々『ホムンクルス』02
文字数 3,611文字
黒い風がホムンクルスに強風を……狂風を叩きつける。エウの魅せる剣捌きは三日月のように美しい弧を描く。月明かりのみがその一閃を捉え、地に輝く星のように淡い光のみを余韻として残す。高ぶる感情は大量にアドレナリンを分泌させ、エウの動作は事起こす度に軽やかに・しなやかになってゆく。踏み出す一歩は速く、地を踏み込む一歩は力強い。
ホムンクルスは死なないとは言え、服装を見る限り、そのボロくなり汚れしか目立たない服装を見る限り、タダの一般人。故に、絶好調であるエウに一矢を報いる事など、到底出来るわけもなく、
「うっらぁぁあッ!! 世の理に反した悪しき罪人よ、死して償いやがれ!!」
ネットリと纒わり付く腐臭を全て吐き出す様にエウは猛る咆哮。 四肢の重力に従い地へと疎らに落ちる音がベッラに賑わう。
「な・な・なッ!! 我々の生きる糧を横取りに来た俗ぶ──」
「ッらぁ!!」
振り切る度に刀から飛び散る血糊はまるで芸術。時が止まったと錯覚しかねないそれは、瞬迅の如く次々に空に赤い絵を描き続けた。
「──はぁ、はぁ……んっはぁ……」
次にエウが失速し、天を見上げ、炎のように紅く染まった顔を月で照らした時には、既にホムンクルスは地を舐めている状況。
体や刃先から他人の血を滴らせながら“ぺチャリぺチャリ”と、生々しい音を鳴らし少女へと近づく。
「待たせてごめ」
「イヤッ!!」
謝罪は、少女の耳に届く事なく。その言葉諸共、デカイ声の壁に阻まれる。
しかし、自分の染まりあがった赤い手を見てる限り、その反応は納得せざるを得ないものだった。
少女はきっと十四になるレカよりも年下か、同い年程度。そんな少女が血塗れになり、殺戮する姿を観ていたのなら、竦然してしまうのは当然の反応だろ。
「……だよ、な」
宙に浮いた左足を右足に並べ、レカが見守って居たであろう噴水跡に大きく手を振る。
小動物のように、小さい顔を“ひょこっ”と瓦礫から覗かすや否やレカは駆け寄ってきた。
「あにじゃ!! あにじゃ!! 大丈夫なのかや? 怪我はないかのっ!?」
そんな少女と打って変わった反応のレカ。
さっきまで『臭い』と嘆いていた血が付着したエウの体を遠慮なく触りまくる。
次第に、自分の手すら赤くなる中まったくのお構い無しのように必死に怪我を探す姿に嬉しくもあり他人の目を気にし、恥ずかしげに、
「ちょっ!! 大丈夫だから!! 怪我は無いから! それよりも、アイツらを送るのが先だッ」
「そうじゃな。流石に、この様になっても死ねないのは、呪いの類じゃな……哀れな子よ」
いくら十四と言えど本質は『神』故に、哀れむその姿には威厳たるものがある。
レカは、徐に黒い法服を脱ぎ。中から見せたのはさながら、陰と陽とでも言うべきか。
真っ白い巫女装飾。それを際立たせる赤い髪、漆塗りされた赤い草履。その姿は神々しくも美しい。エウはその品がある姿に妹されど見蕩れるのも珍しくはない。それ程までに輝かしい。
大地は彼女の姿を確認したのか、荒々しい雰囲気だった空間。それが暖かく優しく、だけれど何処か切ない。そんな感情に自然と陥る空間へと変貌をとげる。
それは、ホムンクルスへと近づく一歩。その音からすら伝わる。
それは、手を広げ、深く深呼吸する仕草からすら伝わる。
それは、レカが見せる潤んだ瞳からすら伝わる。
一つ一つの仕草が目に焼き付き、胸を苦しめる。
それを、後押しするように暖かく優しい風が辺りを包んだ。
背を向けている為に、エウは分からないが、少女はそれを肌で感じているのか、一滴の涙を流しながら、
「なんですか……? コレ、この何年も感じなかった暖かい感情……感覚……」
「──これは、俺の妹が行う『慈愛の義』まぁ、端的に言えば黄泉送りって奴だな」
「何ですかね……肌から心に直接入ってきます……お母さん……お父……んグッ……」
一滴だった涙は二滴・三滴と乾いた地に弱々しい雨を降らせる。エウは震えた声を聞き、泣いていると認識しつつも慰めはしなかった。いや、用いる言葉が見当たらなかった。
その悲痛に満ちた声から発せられた言葉から考えるに、『家族』。家族が居るエウにとって、そんな安い言葉をかけることは出来なかったのだ。
そして、その涙こそ生きている証だと、心で少女に告げる。
「──レカ……任せたぞ」
回り、踊る白衣は白鳥のように美しく。揺れる緋袴は優しい風を起こし。草履が鳴らす音は悲しく響く。
その姿を月は、まるで強弱をつけるかのように見え隠れしながら照らし続けた。
──それから、暫く舞う中で、変化は徐々に起き始める。
「ひ……かり??」
「いいや、違う。光じゃない、アレは『霊魂』と言う。人の肉体では無い、内なる部分。それが、光の様に見えている、だけの事」
「れい、こん??」
「ぁあ、そう。魂を宥め、心で訴え、しっかりと送るの。それがレカが行う黄泉送りなんだ」
その光景は、見慣れているエウですら毎回感心してしまう程に純潔足る美しさを醸し出す。
魂と共に遊ぶ……いや、踊るかのように周りを“グルグル”と回り始め、そして手のひら程の魂は
子供の様に動き回る。
「もう時期終わるな」
「──え??」
そう言ってから、数分が経ちレカは動きを止める。すると、魂はレカの元に集まり粒子の様に弾けて消えた。と、同時に先程まで形を残していた器『からだ』は骨も残さず灰となる。
「灰……に??」
「そりゃ、そーだろ。体は既に限界を超えている。死んだ時からな、それを無理やりつなぎ止めていたんだ。その戒めが説かれ解かれれば、自ずと朽ちて逝くのさ」
捨て台詞のように吐き捨て、少女と距離を取り肩を上下に揺らすレカの元へと近寄り、
「お疲れ様、今日も綺麗な踊りだったよ。レカ」
「ひさ、びさ、じゃったから……。流石にウチもバテバテじゃ……。は、よ、寝たいわい……」
力が抜けたように、エウの体に肩を預け寄り掛かる。その体をユックリと手で支え、エウは狭い歩幅で歩き出す。
疲れきっているであろうレカの表情は若干引き攣りながらも、穏やかで、目を合わせ八重歯を見せながら微笑む姿は愛くるしい。
「──あ、そうやあ、これ、きっとその手錠の鍵だろ?? 一体が持っていたようだよ」
エウは、少女に向け鍵を投げると再び歩き出す。そんな姿をみて、
「あ・あのッ!! 何処に行くんですかッ?!」
後方、正しくは、少女の、必死な呼び声に二人の足が止まる。しかし、振り向く事は無い。
それは、神と人との距離を保つための致し方が無い処置。無駄に慣れ親しむと言うのは、世界の平等を主とする神にとって『差別』になってしまう。だからこそ、エウは冷たい雰囲気を出しつつ、
「生きろ。自分の魂が自分の体と共にある限りは生きろ。俺から、俺達から言えるのはそれだけだ」
「──えっ?? ……じゃ・じゃなくて!! さっきは嫌がってすいませんでした……。冷静に考えたら命の恩人な」
「いいよ。気にする事じゃない、じゃ、元気でな」
感情が無い声。即ち、冷たい声で壁を作りつつ言い放つ。
エウは見えては居ないが、少女はその言葉に苦しそうな表情を眉を顰め作る。しかし、琥珀色の髪を左右に揺らしながら首を振り、茶色い瞳でエウ達を力強く見つめ直す。
そして、鎖で繋がれた手錠の音を鳴らしながら、頭を下げ、
「お願いします!! どうか、私だけじゃなく……私達を助けてください!!」
裏返るほどに叫ぶ少女。その声は助けを必死に乞うているのが、聞かなくても、顔を見なくても分かるものだった。
しかし、エウ、レカは神。その者の運命の外側に居なくてはイケナイ存在。人と人とのイザコザには関わってはいけない。そう教わって育ってきたのだ。
「申し訳ないけれど、それはで」
「お願いします!! まだ、囚われている人達が居るんです……ッ!!」
断りを入れる前に、割って入られた言葉。しかし、その内容は今の流れから考えるに、ホムンクルスを暗示ている。エウはそれを確信し、やっと少女の方に振り向く。
「分かった、話は聞こう。だけれど、流石に力を消耗した。少しばかし寝かせてくれはしないか?」
──いくら、飯を食わなくても生きていられる体でも、寿命はある。故に、疲労は溜まるんだよ……。
「大丈夫です。あの……ですから、私も付いていって良いでしょう……か?」
「──ぁあ、構わない。レカも構わないよな?」
「うぬ、ウチは気にしんのじゃ」
少女は、深々と頭を下げ近寄る。
そして、行きは二人だった道を、三人で戻る。
あの居心地は悪いが、雨風はどうにか防げる廃墟へと。
ホムンクルスは死なないとは言え、服装を見る限り、そのボロくなり汚れしか目立たない服装を見る限り、タダの一般人。故に、絶好調であるエウに一矢を報いる事など、到底出来るわけもなく、
「うっらぁぁあッ!! 世の理に反した悪しき罪人よ、死して償いやがれ!!」
ネットリと纒わり付く腐臭を全て吐き出す様にエウは猛る咆哮。 四肢の重力に従い地へと疎らに落ちる音がベッラに賑わう。
「な・な・なッ!! 我々の生きる糧を横取りに来た俗ぶ──」
「ッらぁ!!」
振り切る度に刀から飛び散る血糊はまるで芸術。時が止まったと錯覚しかねないそれは、瞬迅の如く次々に空に赤い絵を描き続けた。
「──はぁ、はぁ……んっはぁ……」
次にエウが失速し、天を見上げ、炎のように紅く染まった顔を月で照らした時には、既にホムンクルスは地を舐めている状況。
体や刃先から他人の血を滴らせながら“ぺチャリぺチャリ”と、生々しい音を鳴らし少女へと近づく。
「待たせてごめ」
「イヤッ!!」
謝罪は、少女の耳に届く事なく。その言葉諸共、デカイ声の壁に阻まれる。
しかし、自分の染まりあがった赤い手を見てる限り、その反応は納得せざるを得ないものだった。
少女はきっと十四になるレカよりも年下か、同い年程度。そんな少女が血塗れになり、殺戮する姿を観ていたのなら、竦然してしまうのは当然の反応だろ。
「……だよ、な」
宙に浮いた左足を右足に並べ、レカが見守って居たであろう噴水跡に大きく手を振る。
小動物のように、小さい顔を“ひょこっ”と瓦礫から覗かすや否やレカは駆け寄ってきた。
「あにじゃ!! あにじゃ!! 大丈夫なのかや? 怪我はないかのっ!?」
そんな少女と打って変わった反応のレカ。
さっきまで『臭い』と嘆いていた血が付着したエウの体を遠慮なく触りまくる。
次第に、自分の手すら赤くなる中まったくのお構い無しのように必死に怪我を探す姿に嬉しくもあり他人の目を気にし、恥ずかしげに、
「ちょっ!! 大丈夫だから!! 怪我は無いから! それよりも、アイツらを送るのが先だッ」
「そうじゃな。流石に、この様になっても死ねないのは、呪いの類じゃな……哀れな子よ」
いくら十四と言えど本質は『神』故に、哀れむその姿には威厳たるものがある。
レカは、徐に黒い法服を脱ぎ。中から見せたのはさながら、陰と陽とでも言うべきか。
真っ白い巫女装飾。それを際立たせる赤い髪、漆塗りされた赤い草履。その姿は神々しくも美しい。エウはその品がある姿に妹されど見蕩れるのも珍しくはない。それ程までに輝かしい。
大地は彼女の姿を確認したのか、荒々しい雰囲気だった空間。それが暖かく優しく、だけれど何処か切ない。そんな感情に自然と陥る空間へと変貌をとげる。
それは、ホムンクルスへと近づく一歩。その音からすら伝わる。
それは、手を広げ、深く深呼吸する仕草からすら伝わる。
それは、レカが見せる潤んだ瞳からすら伝わる。
一つ一つの仕草が目に焼き付き、胸を苦しめる。
それを、後押しするように暖かく優しい風が辺りを包んだ。
背を向けている為に、エウは分からないが、少女はそれを肌で感じているのか、一滴の涙を流しながら、
「なんですか……? コレ、この何年も感じなかった暖かい感情……感覚……」
「──これは、俺の妹が行う『慈愛の義』まぁ、端的に言えば黄泉送りって奴だな」
「何ですかね……肌から心に直接入ってきます……お母さん……お父……んグッ……」
一滴だった涙は二滴・三滴と乾いた地に弱々しい雨を降らせる。エウは震えた声を聞き、泣いていると認識しつつも慰めはしなかった。いや、用いる言葉が見当たらなかった。
その悲痛に満ちた声から発せられた言葉から考えるに、『家族』。家族が居るエウにとって、そんな安い言葉をかけることは出来なかったのだ。
そして、その涙こそ生きている証だと、心で少女に告げる。
「──レカ……任せたぞ」
回り、踊る白衣は白鳥のように美しく。揺れる緋袴は優しい風を起こし。草履が鳴らす音は悲しく響く。
その姿を月は、まるで強弱をつけるかのように見え隠れしながら照らし続けた。
──それから、暫く舞う中で、変化は徐々に起き始める。
「ひ……かり??」
「いいや、違う。光じゃない、アレは『霊魂』と言う。人の肉体では無い、内なる部分。それが、光の様に見えている、だけの事」
「れい、こん??」
「ぁあ、そう。魂を宥め、心で訴え、しっかりと送るの。それがレカが行う黄泉送りなんだ」
その光景は、見慣れているエウですら毎回感心してしまう程に純潔足る美しさを醸し出す。
魂と共に遊ぶ……いや、踊るかのように周りを“グルグル”と回り始め、そして手のひら程の魂は
子供の様に動き回る。
「もう時期終わるな」
「──え??」
そう言ってから、数分が経ちレカは動きを止める。すると、魂はレカの元に集まり粒子の様に弾けて消えた。と、同時に先程まで形を残していた器『からだ』は骨も残さず灰となる。
「灰……に??」
「そりゃ、そーだろ。体は既に限界を超えている。死んだ時からな、それを無理やりつなぎ止めていたんだ。その戒めが説かれ解かれれば、自ずと朽ちて逝くのさ」
捨て台詞のように吐き捨て、少女と距離を取り肩を上下に揺らすレカの元へと近寄り、
「お疲れ様、今日も綺麗な踊りだったよ。レカ」
「ひさ、びさ、じゃったから……。流石にウチもバテバテじゃ……。は、よ、寝たいわい……」
力が抜けたように、エウの体に肩を預け寄り掛かる。その体をユックリと手で支え、エウは狭い歩幅で歩き出す。
疲れきっているであろうレカの表情は若干引き攣りながらも、穏やかで、目を合わせ八重歯を見せながら微笑む姿は愛くるしい。
「──あ、そうやあ、これ、きっとその手錠の鍵だろ?? 一体が持っていたようだよ」
エウは、少女に向け鍵を投げると再び歩き出す。そんな姿をみて、
「あ・あのッ!! 何処に行くんですかッ?!」
後方、正しくは、少女の、必死な呼び声に二人の足が止まる。しかし、振り向く事は無い。
それは、神と人との距離を保つための致し方が無い処置。無駄に慣れ親しむと言うのは、世界の平等を主とする神にとって『差別』になってしまう。だからこそ、エウは冷たい雰囲気を出しつつ、
「生きろ。自分の魂が自分の体と共にある限りは生きろ。俺から、俺達から言えるのはそれだけだ」
「──えっ?? ……じゃ・じゃなくて!! さっきは嫌がってすいませんでした……。冷静に考えたら命の恩人な」
「いいよ。気にする事じゃない、じゃ、元気でな」
感情が無い声。即ち、冷たい声で壁を作りつつ言い放つ。
エウは見えては居ないが、少女はその言葉に苦しそうな表情を眉を顰め作る。しかし、琥珀色の髪を左右に揺らしながら首を振り、茶色い瞳でエウ達を力強く見つめ直す。
そして、鎖で繋がれた手錠の音を鳴らしながら、頭を下げ、
「お願いします!! どうか、私だけじゃなく……私達を助けてください!!」
裏返るほどに叫ぶ少女。その声は助けを必死に乞うているのが、聞かなくても、顔を見なくても分かるものだった。
しかし、エウ、レカは神。その者の運命の外側に居なくてはイケナイ存在。人と人とのイザコザには関わってはいけない。そう教わって育ってきたのだ。
「申し訳ないけれど、それはで」
「お願いします!! まだ、囚われている人達が居るんです……ッ!!」
断りを入れる前に、割って入られた言葉。しかし、その内容は今の流れから考えるに、ホムンクルスを暗示ている。エウはそれを確信し、やっと少女の方に振り向く。
「分かった、話は聞こう。だけれど、流石に力を消耗した。少しばかし寝かせてくれはしないか?」
──いくら、飯を食わなくても生きていられる体でも、寿命はある。故に、疲労は溜まるんだよ……。
「大丈夫です。あの……ですから、私も付いていって良いでしょう……か?」
「──ぁあ、構わない。レカも構わないよな?」
「うぬ、ウチは気にしんのじゃ」
少女は、深々と頭を下げ近寄る。
そして、行きは二人だった道を、三人で戻る。
あの居心地は悪いが、雨風はどうにか防げる廃墟へと。