予兆

文字数 2,729文字

「──神が世界を見捨ててから三年が過ぎた。未だに、先を見据えることすら出来ない暗闇の中に私達は居る。ぁあ、神よ……何故我々を創ったのか……か」

荒れ惨憺たる大地。

傾きながらも建つボロボロの柱。

その風景を見るからに、遥か昔に村か街があった跡地と考えて良いだろう。

「日付は……ん!?­­­­  かなり前だな。……って、まあこんな状況じゃそれも納得いく話だよなッと」
眉が隠れる程伸びた赤い髪・篝火のように淡く光る赤い瞳・その炎を隠すかのように纏う黒いローブ。背丈は百七十はあり、その光景は何も無い場所に燃える炎のようだ。

エウは日記に目を通し、隣に居るレカに聴かせる為に朗読していた。

日記は、しっかりと鉄の箱に仕舞われていた為だろうか?  状態がとても良く、その甲斐ありエウは吃り、顔を顰めること無く読み終える。

日記を閉ざす。と同時にボロい柱を蹴っ飛ばす。風もない、いや──何も無い、その場所は埃すら舞う事なく地に落ちてゆく。

レカは退屈だったのか、八重歯をチラつかせ眉を八の字にし 
「あーにじゃー!  何も無いじゃろーがぁ!  ひまじゃあ!!」と、建物の残骸。詳しく云えば、レンガで出来ていたであろう建物。その腰ほどの高さにある朽ち果てたレンガに座り、細い足を黒いローブから覗かせる。
そして、脚を宙に浮かせ“バタバタ”と無造作に遊ばしながら口にした。

そんな、風鈴の様な透き通り優しい声で子供じみた行動を取るレカだが、腰まで伸びた赤く長い髪・赤い瞳・艶やかで白い肌・そのお陰か、耳に付けた蒼い装飾品はキラリと輝き美しい。

エウはそんな妹であるレカを心の中では自慢に思ってもいる。響きよく言えば妹想いの兄だ。

だが、そんな事を素直にさらけ出せる訳もなく。

「お前なぁ、もう十四年になるんだから我慢を覚えろよな……」と、大人らしさを溜息混じり出しながら口にする。

「むう!  むう!!  むうーッ!!!」

呆れ混じりに瞳に写すレカは破裂寸前の顔をしていた。

──此処にも居ないな……。


エウは自分達に課せられた目的を思い返しながらもう一度辺りを見渡す。

「あにじゃー……。賢者を名乗る輩達も人なのじゃろー??  それならもう朽ちてるんじゃないかのぉー?」

未だに不満そうな表情を浮かべているレカ。

──もう、一年も手掛かりなしだもんな……。

しかし、そんな表情を浮かべたくなるのも無理はない。それを分かっているからこそ、兄であるレカも俯き、強い口調で言えないでいる。


「それにホムンクルス『死人』が、ここまで蔓延っている。生きている……と言うより、魂の定着をしているに違いない」

「やはり、そうかのぅ……」

「ぁあ。欠陥だらけの禁忌……錬金術。その存在が確認出来た以上、俺達は見過ごすことは出来ない」

強い信念を瞳に宿し、黒く淀む遥か先の建物を穿つ。

****

***

**


生物・非生物を問わずに栄えた惑星『クレアーレ』。
そして今、エウとレカが立つ地、大陸『イニティウム』。

かつては自然に溢れた美しく、命に満ち満ちた大陸だった。

総てを覆い尽くす大空は、毎日違う顔をし、地上の生物を見守る。
高く聳える大木は、長い年月大陸を支え。
色彩豊な草花は甘い匂いと共に、季節を知らせる。
それを感謝し高らかに歌う動物達。

間違いなく、この大陸……いや世界は尊厳足る物だ。
──だからこそ。
人は、永遠を信じて疑わなかった。

人は、自分達の生きやすい世界を造り上げた。

人は、私利私欲の為に争いに月日を費やした。

人は、自然の嘆きに耳を傾けなかった。

人は、朽ちてゆく世界に危機を覚えた。

人は、それでも楽という欲を捨てきれなかった

世界は、耐えきれずに崩れた。

人は、最後に神々を怨んだ。

命が産まれれば終わりが来るのが自然の摂理。

だが、人は目を背け続けた。労る事をしなかった、してこなかった。

それが終へと急進させるとも知らずに。

だが弱い人間は死を恐れ、迫り来る終わりを目にするのを臆した。

人々は嘆く「神はもう信用ならない」

人の欲望は、死を恐れた結果。いつしか永遠の命を求めるようになる。

そして生まれたのが神の真似事『錬金術』。

これは、離魂したものを再び違う器に入れると言う術。

神々、創造主はそれに似た力を用いて六日目に人や家畜を創った。

しかし、人間は神には成れない。故に欠陥だらけのものになる。加え、永遠を望む故に器は一度死を体験した肉体。要は死体を持ちいらなければならない。それも、鮮度が良い者を。


それがどんな結果を産み落としたのか──。

それは、あまりにも・あまりにも、悲惨なものだった。拉致られ、なるべく体の状態を保つ為に痛めつけないように無理やり殺す。

術式を組み込まれ、朽ちてゆく体と別に魂は死を体験した体へとはいってゆく。

魂の定着をしホムンクルスと化した体とは別に。無理やり抜かれた魂は行き場をなくしさ迷う。それがいずれ化け物になるとも知らずに……。

輪廻転生では無く、終わりの輪廻を繰り返し続けた。

その錬金術を作った七人の賢者を名乗る者達。

そして、その賢者達が護る新帝都『フィーニス』。

それの壊滅、具体的に言えば世界を・秩序をあるべき姿に戻す。と言うのが『死神』である、エウとレカに与えられた『やるべき事』なのだ。

だからこそ、エウは睨んだ。世界をこのように仕向けた帝都フィーニスを。

そんな怒りで満ちた視線に、レカは顔を心配そうに歪める。

「あ、あにじゃ?  此処には居ないみたいだし……さ??  また違う場所探そっ??」

杞憂したような声がエウの鼓膜を叩き。その声にエウは神としての平常心を取り戻した。
深く息を吸って

「そうだな、俺達にはまだ、やるべき事が沢山ある」

レカの小さい頭を“ポン”と叩き、手を取り引っ張る。
勢いが余り胸元にぶつかるレカは、そのまま背中に手を回し“ギュッ”と服を掴む。

「あにじゃには、ウチがついてるからの……?  独りでため」

「だーいじょうぶだよ。ありがとうな??  黄泉送りが出来るのはレカしかいない。頼りにしてるんだからな?  レカ」

「…………」

無言のまま、レカは力を強める。まるで、エウの鼓動を感じるかのように顔を埋めながら。

エウは、そんな可愛い妹の頭を撫でながら眉を緩める。
 
風も吹かない、虫の音も鳥の音も響かない無音の地で二人の音のみが切なく響いた。

「──よし。じゃあ、行くとするか?」

レカはそのまま頷くと、静かに体を離す。

“クルリ”と体を反転させ、先をリズミカルに歩き始める。それから、十歩ほど先に進んだ所で再び振り返り、笑顔で。
「あーにじゃ!  はーやーくっ!」
「わーったよ!!  ったっく、お前は本当に現金だな」
「へへへー!!」
その後を追うように、エウも歩き始めた。

終わった世界を終わらせるために──。
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