追憶のベッラ
文字数 2,535文字
小規模ではあるが栄えた街『ベッラ』。
風情溢れ、赤レンガが主流の街では、噴水の女神像が、清い水を優しい音と共に流し見守っていた。
人々は皆が皆、顔見知りで知り合いと言ってもいい程に仲が良く。その分、絆も深かった。それは、小規模だからこそ、成せる事だろう。
しかし、それも終わりを告げる事となった。
それが、そう。
──八年前──。
新帝都『フィーニス』から二百は下らない軍が押し寄せて来ている。と、情報が入ってきたのだ。
二百と聞けば大した事は無いように聞こえるが、対して、ベッラの総人数は親、子を合わせても百人弱。その殆どが、ただの一般人。それ故に、その数ですら皆は畏怖してしまう。
その情報を耳に入れ人物──彼こそが、この街の人望厚き領主ティティータ=ルベルタス。
気苦労が耐えないのか、二十八と言う若さで黒い髪には疎らに白髪が生え。それが余計に目立つ。頬には切り傷があり、隠す為に髭を伸ばしていた。体格は鍛錬を怠らない、その体は逞しく男らしい貫禄があるもの。
力はベッラで一番と言われる程。領主だが、デカイ顔はせずに、共に汗を流す事も多々。
弱きものに優しく、強きものにも親しむ。それが若くして、老若男女問わずに支持を集めた理由でもある。
「今は言う訳にはいかないな……」
混乱を抑えるために喉の奥にしまうように伝えた。
だが、『何故この街が軍の連中に!!』なんて疑問を、険しい表情を浮かべるティティータ邸に居る武装した兵達は疑問に思うことがない。何故なら、その元凶こそが自分達と自覚しているからだ。
──しかし、それでも彼等は新帝都に抗うことに意を決していた。それ程までの理由があった。
生き物は皆、命がある限り尽きる物。それが流れ廻り繰り返される。それが世界の本質なのだ。それがこの大陸『イニティウム』の教えであり。
書物の一冊には『私達はみつけた』と綴られる程、死に対して神秘的なものを見出してもいた。
だが、争いとなれば街が戦禍になるのは免れない。ティティータはバレないように、勘づかれぬように皆を街の外へと兵士に促すが──。
しかし、現実はそんなに甘くは無かった。
枯れつつある大地を土煙が盛大に巻き上げ。跋扈する帝国率いる軍は、すぐ間近まで迫っていた。
その異様な光景は砂嵐が巻き起こったと勘違いしてしまうほどに視界は悪くなり。響く地鳴りは地震がきたんではないかと思うほど、足元から揺れ響く。
──そして……。
戦いの狼煙は帝国率いる軍の先手であがる。
街のいたる所で響くガラスが割れた音。それは耳に残り、錯乱状態に陥る人も少なくは無かった。
そして、割れた瓶から漏れる液と、鼻につく異様な臭い……悪臭。
それから数分も掛からずに、第二手が打たれる。
流れ星の如く降り注ぐ赤い光。それは熱気を帯びていた。蜃気楼を周りに作り・大気を歪まし、ベッラに降り注ぐ。その数にして百は下らないだろう。
何度も・何度も繰り返し注がれる火の矢。当然、先程の液体にも矢が触れる。
──次の瞬間。
街には悪魔の声が轟く。その低くおぞましい声は、街の隅々まで熱気と共に一瞬にして行き渡った。
逃げ惑う人々は容赦なく、街の外で囚われてゆく中。
ティティータの兵士は、二手も三手も遅くベッラに到着した。いや、してしまった。
その惨憺たる状況に、数にして僅か五十ほどの兵士、加えティティータは喉を鳴らし。憎悪に満ち満ちた狂気の形相を浮かべる。
熱気で垂れる汗とは違うものを滴らせ、それでも尚、力強く携えた柄を緩めるものは誰一人とて居ない。
それどころか、次々に鉄が擦れる高い音を響かせつつ剣を振り抜く。
構える先、刃先が捉えているのは帝国軍。
熱気でボヤける中、兵士達の血走った目に写ったのは……。尋常ではない、常識を外れた生き物だった。
それは、もはや人ではない何か。人の面影を何一つ感じないバケモノだった。
顔は、何個も付いており、手は、四本生え、足は熊のように太い。図太く、喉を震わし響く咆哮はもはや鳴き声。
そして、それらが担ぐ異様な彫刻が施された台座に座る一人の人物。
「ソナタ達よ。今ならまだ、間に合う。神に仇なすのは止めよ。さすれば永久を生きる命を授けよう……」
若々しいとは思えない声が、この猛り狂った恐ろしい空気の中に場違いのように入ってくる。
しかし、ティティータ達は答えもしなかった。
「なるほど……。それが解と言う事で受け取ろう。──やっておあげなさい。我がキマイラ達よ」
再び座ると呆れたように首を振り、その男が指示をすると、キマイラと呼ばれるソレ等は再び猛り吠える。
喧々たるものに負けじとティティータ軍も鬨の声を荒げ吠えた。
左右の砂煙がぶつかり合う中、砂に染み舞う血飛沫は収まること無く彼方此方で飛び交う。
──結果は見えていた。
それは必然だっただろう。明らかの多勢に無勢。それに加え、人外であるバケモノ相手
。
健在に吠える足元に死屍累々。
ただ一人、ティティータを残し。他の面々は“バラバラ”に“グチャグチャ”に惨たらしい死体となり果てていた。片腕が無いもの・腸が飛び出て土が被り汚くなっているもの・頭が無いもの。
当然、ティティータが強すぎて生き残っていた訳では無い。
脚を折られ、有らぬ方向に曲げられたまま台座の前に捕えられていたのだ。
「見たまえ、汝が神に仇なした結果がこれだ。だが、今ならまだ間に合う。我に従い、彼らに再び命を吹き付けて欲しくはないか」
「──は、ははは。馬鹿かお前。そんなのに従う訳がな……」
言葉を詰まらせた先に見せられたのは捕えられた街人。
それは、脅しには充分過ぎるものだった。
街を愛し、街の人を愛した領主ティティータ。
彼はある条件を提示した。
「分かった……。なら、街の人には手を出さないでくれ……」
肩を落とし、顔を伏せながら敗北を認め、無力な自分を悔いるかのように唇を噛み締めた。
「良かろう。我等は手を出さぬ。我等はな?」
そうして、ベッラでの攻防戦は一方的な戦力差の元に終結した。
風情溢れ、赤レンガが主流の街では、噴水の女神像が、清い水を優しい音と共に流し見守っていた。
人々は皆が皆、顔見知りで知り合いと言ってもいい程に仲が良く。その分、絆も深かった。それは、小規模だからこそ、成せる事だろう。
しかし、それも終わりを告げる事となった。
それが、そう。
──八年前──。
新帝都『フィーニス』から二百は下らない軍が押し寄せて来ている。と、情報が入ってきたのだ。
二百と聞けば大した事は無いように聞こえるが、対して、ベッラの総人数は親、子を合わせても百人弱。その殆どが、ただの一般人。それ故に、その数ですら皆は畏怖してしまう。
その情報を耳に入れ人物──彼こそが、この街の人望厚き領主ティティータ=ルベルタス。
気苦労が耐えないのか、二十八と言う若さで黒い髪には疎らに白髪が生え。それが余計に目立つ。頬には切り傷があり、隠す為に髭を伸ばしていた。体格は鍛錬を怠らない、その体は逞しく男らしい貫禄があるもの。
力はベッラで一番と言われる程。領主だが、デカイ顔はせずに、共に汗を流す事も多々。
弱きものに優しく、強きものにも親しむ。それが若くして、老若男女問わずに支持を集めた理由でもある。
「今は言う訳にはいかないな……」
混乱を抑えるために喉の奥にしまうように伝えた。
だが、『何故この街が軍の連中に!!』なんて疑問を、険しい表情を浮かべるティティータ邸に居る武装した兵達は疑問に思うことがない。何故なら、その元凶こそが自分達と自覚しているからだ。
──しかし、それでも彼等は新帝都に抗うことに意を決していた。それ程までの理由があった。
生き物は皆、命がある限り尽きる物。それが流れ廻り繰り返される。それが世界の本質なのだ。それがこの大陸『イニティウム』の教えであり。
書物の一冊には『私達はみつけた』と綴られる程、死に対して神秘的なものを見出してもいた。
だが、争いとなれば街が戦禍になるのは免れない。ティティータはバレないように、勘づかれぬように皆を街の外へと兵士に促すが──。
しかし、現実はそんなに甘くは無かった。
枯れつつある大地を土煙が盛大に巻き上げ。跋扈する帝国率いる軍は、すぐ間近まで迫っていた。
その異様な光景は砂嵐が巻き起こったと勘違いしてしまうほどに視界は悪くなり。響く地鳴りは地震がきたんではないかと思うほど、足元から揺れ響く。
──そして……。
戦いの狼煙は帝国率いる軍の先手であがる。
街のいたる所で響くガラスが割れた音。それは耳に残り、錯乱状態に陥る人も少なくは無かった。
そして、割れた瓶から漏れる液と、鼻につく異様な臭い……悪臭。
それから数分も掛からずに、第二手が打たれる。
流れ星の如く降り注ぐ赤い光。それは熱気を帯びていた。蜃気楼を周りに作り・大気を歪まし、ベッラに降り注ぐ。その数にして百は下らないだろう。
何度も・何度も繰り返し注がれる火の矢。当然、先程の液体にも矢が触れる。
──次の瞬間。
街には悪魔の声が轟く。その低くおぞましい声は、街の隅々まで熱気と共に一瞬にして行き渡った。
逃げ惑う人々は容赦なく、街の外で囚われてゆく中。
ティティータの兵士は、二手も三手も遅くベッラに到着した。いや、してしまった。
その惨憺たる状況に、数にして僅か五十ほどの兵士、加えティティータは喉を鳴らし。憎悪に満ち満ちた狂気の形相を浮かべる。
熱気で垂れる汗とは違うものを滴らせ、それでも尚、力強く携えた柄を緩めるものは誰一人とて居ない。
それどころか、次々に鉄が擦れる高い音を響かせつつ剣を振り抜く。
構える先、刃先が捉えているのは帝国軍。
熱気でボヤける中、兵士達の血走った目に写ったのは……。尋常ではない、常識を外れた生き物だった。
それは、もはや人ではない何か。人の面影を何一つ感じないバケモノだった。
顔は、何個も付いており、手は、四本生え、足は熊のように太い。図太く、喉を震わし響く咆哮はもはや鳴き声。
そして、それらが担ぐ異様な彫刻が施された台座に座る一人の人物。
「ソナタ達よ。今ならまだ、間に合う。神に仇なすのは止めよ。さすれば永久を生きる命を授けよう……」
若々しいとは思えない声が、この猛り狂った恐ろしい空気の中に場違いのように入ってくる。
しかし、ティティータ達は答えもしなかった。
「なるほど……。それが解と言う事で受け取ろう。──やっておあげなさい。我がキマイラ達よ」
再び座ると呆れたように首を振り、その男が指示をすると、キマイラと呼ばれるソレ等は再び猛り吠える。
喧々たるものに負けじとティティータ軍も鬨の声を荒げ吠えた。
左右の砂煙がぶつかり合う中、砂に染み舞う血飛沫は収まること無く彼方此方で飛び交う。
──結果は見えていた。
それは必然だっただろう。明らかの多勢に無勢。それに加え、人外であるバケモノ相手
。
健在に吠える足元に死屍累々。
ただ一人、ティティータを残し。他の面々は“バラバラ”に“グチャグチャ”に惨たらしい死体となり果てていた。片腕が無いもの・腸が飛び出て土が被り汚くなっているもの・頭が無いもの。
当然、ティティータが強すぎて生き残っていた訳では無い。
脚を折られ、有らぬ方向に曲げられたまま台座の前に捕えられていたのだ。
「見たまえ、汝が神に仇なした結果がこれだ。だが、今ならまだ間に合う。我に従い、彼らに再び命を吹き付けて欲しくはないか」
「──は、ははは。馬鹿かお前。そんなのに従う訳がな……」
言葉を詰まらせた先に見せられたのは捕えられた街人。
それは、脅しには充分過ぎるものだった。
街を愛し、街の人を愛した領主ティティータ。
彼はある条件を提示した。
「分かった……。なら、街の人には手を出さないでくれ……」
肩を落とし、顔を伏せながら敗北を認め、無力な自分を悔いるかのように唇を噛み締めた。
「良かろう。我等は手を出さぬ。我等はな?」
そうして、ベッラでの攻防戦は一方的な戦力差の元に終結した。