魔剣01
文字数 3,488文字
死神としての職務を熟し終え、エウは膝を崩し泣き叫けんでいたリアナの元へと近寄る。
そして、肩に手を触れ、
「せめて……、せめて、リアナ。君はどこに行きたい??」
「……っラに……ベッラに連れて行ってください」
振り向き見せた表情は、まるで魂が抜けたかのように力を感じる事が出来ない。
その真っ赤に腫れた目元から覗かす瞳は光すら遮り淀み濁っていた。
胸痛まずには居られない光景。惨状に罪悪感を感じていたエウ。その表情や力の無い言葉に返す語彙が見当たらず、ただ目をそらし頷き、
「──立てるか??」
そう言いながら、手を差し出す。
弱々しく触れるリアナの冷たく細い指。
指と爪の間にはギッシリと土が入っていた。
きっと、どうする事出来ず有り余った無意味な力の行き場は地面しか無かったのだろう。
「……すいま、せん。あ、がとう……す」
焼け落ちる家屋は、優しさも無く無慈悲に熱波を放ち声を掻き乱す。
エウは、微かに聞こえた弱々しい声を元手にリアナが伝えたかった言葉を予想する。そして、“スルリ”と抜けてしまいそうな無気力な手をひっぱり上げながら、
「謝りたいのは俺の方だ。本当に……」
よろめきおぼつかないリアナの体を腰に手を回しながら、一歩一歩進む。
「エウさん、私、酷い事を言っちゃいましたよね」
「悪い事??」
「はい……。エウさんやレカさんは私の……私達の為に態態、危険な場所まで来て頑張ってくれて。私の命を救う為に……二人も辛い筈なのに。私一人だけ大泣きして、きっと、それは二人を責めちゃいました……ごめんなさい。私も……心の中では分かっていたんです。きっと牢屋から逃げれたとしても、生きる事は出来ないだろうって。きっと二択しか無いんだろうって。でも思い出が、過去の記憶が、その度に頭を駆け巡るんです……大好きだったんです、暖かかったんです」
「そうか……そうだったんだな」
その傷心しきったような、か細い声は優しさに溢れていた。慰めなきゃいけない側であるエウが救われてしまった雰囲気に言葉が詰まる。
苦い薬を飲んだような顔をしているエウの前にレカはやって来るなり、
「そんなみっともない顔をするでない。リアナが余計に悩むじゃろ?」
確かにそうかもしれない。けれど簡単に気持ちを切り替える、と言う事が出来ないのも事実ではあった。
リアナの優しい言葉を聞く度に胸が苦しむ。いっその事蔑み罵ってくれた方がどれだけ楽か。責め立てくれた方がどれだけ謝りやすいか。そんなエウの心情を知ってか知らずか、伏せた瞳に写り込むように身をがめ、レカは額にデコピンを食らわし、
「とりあえず、何処に向かうのかの?? ウチもクタクタじゃわい!」
しかし、いつもは反応するであろう行動にも、額を摩るだけ。
「……ベッラに向かう。それがリアナの頼みだからな」
「そ、そうなのか? うんじゃ、まあ行くとするかのっ?」
想像以上に頑なだったのか、流石のレカも自分の鼻を掻きながら下手くそな作り笑いをした。
そして、風前の灯のような気力で立っているであろうリアナを左右から支えながら歩き始める。
徐々に遠ざかってゆく燃える墓標は乾燥した空気が音を際立たせ、離れた場所からですら“パキパチ”と茜色と共に鳴き続けた。
リアナは、その墓標を目に焼き付け・痛みで覚えるかのように、振り返り唇を噛み締める。
「あにじゃ、これからウチらはどうするんじゃ??」
三人の足音だけだった寂しい空間に、風鈴のような音が響く。
その声に、真ん中に居るリアナの腕が“ピクン”と動くのを感じつつ、
「その事なんだが、ベッラに着いたら話そうと思う」
まだ後悔を拭いきれないエウは、小さい声で受け答えする。
そんな居心地が悪い中、行きよりも時間を掛けようやくベッラへと辿り着いた。
どこか懐かしい雨風が防げる廃墟に身を置く三人。息をつく間も無く、真剣で揺るがない眼差しで力強くレカを見つめ、
「レカ。俺は決めた事がある」
「決めた事とな??」
「ぁあ、そうだ。今までは輪廻による救済をホムンクルスにも与えてきた。しかし、俺は今回の事で身に染みたよ。報復には報復だよ、レカ。思うんだ、アイツらへの然るべき罰は死じゃない」
「──ッ!? あにじゃ、一体なにを……」
瞳孔を狭め、困惑の表情を隠せないでいるレカを瞳に写しながら首を左右に振り、
「なんて事は無い。俺も一緒に戦うッて事だよ」
「一緒にって、今までも戦って来たじゃろ?」
「…………」
その問いには答えず黙るエウの対応に、何か気がついたのか膝に置くエウの手を両手でがっしり掴む。
そして、歯を剥き出し、激しく首を左右に振り、
「な、ならぬ!! 何故じゃ?! 今のままでもなんてこと無かったじゃろ?」
「なんてこと無かったのは、何も無かったからだよ。俺達は、人と接点を極力持たずに今まできた。自分達の使命の為だけに。けれど、この世界の本質はどうだ? 生者や聖者よりも死者が……だろ?」
「し、しかし!!」
硬い意思を持ちつつも感情的にならず、冷静に物事を話す。しかし、その言葉に対し、唾を撒くほど必死にレカは考えを改めさせようとしてるのか表情一つ変えないエウを強く見つめる。
「レカ、俺達は考えを改めるべきだ。俺は生者もレカも守りたいんだよ」
エウは命のありがたみを忘れ去ったホムンクルスを、まるで命をただの物として見ているホムンクルスを、目の当たりにして思った。と、同時に何を優先すべきか。そう考えた時に出た解は、ホムンクルスの事を考える時間が勿体ない。“冷徹・冷酷・冷血”になってでも護るべき命だった。
「あの……すいません。エウさんとレカさんは何の話をしているんですか……?」
隣で顔を膝に埋めていたリアナがやっと口にしたのは疑問。
確かに傍から聞いて居たら疑問に思わ無い筈はないだろう。と、エウは頷き、
「前にも言ったが、俺達は人間じゃないんだよ」
──話は少しズレるが致し方ない。
「って事は、ホムンクルスッ!?」
竦み上がるリアナを見て二人は首を横に振る。
「いいや、違う」
とは、言ったものの“死神”と言った所で信憑性は無い。そこで、
「リアナは前に異業の持ち主と言ったな??」
「……はい」
「まずはそこから話していこう。一から順序立てて、事細かく。そうすれば納得せざるを得ない筈だしな」
リアナが無表情で黙って頷くと、釣られるように頷き、
「この大陸は、四つの国の勢力が均衡を保ち各々の暮らしを護ってきていた。当然、国が違えば奉る神も違ってくる。閉鎖的、独立国家のエルフは別にして、残りの二カ国。龍神を祀る国。魔神を祀る国」
エウの説明に対して、何か思い付いたのか大きい目を見開き、
「神様ってそんなに居るんですか?? 神様って、世界を創った方ですよね?」
エウは頷き、
「ぁあ、そうだよ。それ以外にも居るけど」
──俺とか。
「だが一柱じゃ担うのが大変、だから分担をしているんだ。“人や家畜を創った人神・天と地を創った龍神・闇と光を創った魔神・海や森、自然を創ったエルフ”。その恩恵を大いに授かった者が異業を扱える者と言う事だな。その神々と思考や性格が似ている者に、力を授けるのさ。地を護る為にね」
「なるほどです……。と言う事は、エウさんやレカさんも恩恵を授かった方って事ですよね?」
「まあ、そう言った事になるかな? だから、使命があるんだよ」
“うんうん”と頷きながら、説明が下手な自分がここまで上手く核心に触れさせる事が出来た事にエウは自画自賛をしていた。と、言うのは置いといて、それでも上手く話が纏まったのは、“なるほど”と納得したリアナからも見てとれる。
ましてや、レカが訂正を入れないのが何よりもの証拠だろう。
「で、だ。此処からやっと、さっきレカに言っていた話、前にリアナに『ある事はある』と言った力の話になるんだ。レカの行う黄泉送りがあるように、俺には“魔剣カテーナ・トルトゥーラ”と言うのがある」
エウは立ち上がり自分の左胸と右胸の丁度中心部に右手を翳し、
「罪と罰、永遠の苦しみを」と小さい声で紡ぎ握り手の様にしながら、前方に引っ張る仕草をした。
すると、真っ黒い刀。光すら反射しない鍔のない黒曜刀が姿を現す。
「これが因果を無視し、輪廻転生も許さず、縛り付け永遠に苦しみと言う呪いを植え付ける、魔剣カテーナ・トルトゥーラ」
そして、肩に手を触れ、
「せめて……、せめて、リアナ。君はどこに行きたい??」
「……っラに……ベッラに連れて行ってください」
振り向き見せた表情は、まるで魂が抜けたかのように力を感じる事が出来ない。
その真っ赤に腫れた目元から覗かす瞳は光すら遮り淀み濁っていた。
胸痛まずには居られない光景。惨状に罪悪感を感じていたエウ。その表情や力の無い言葉に返す語彙が見当たらず、ただ目をそらし頷き、
「──立てるか??」
そう言いながら、手を差し出す。
弱々しく触れるリアナの冷たく細い指。
指と爪の間にはギッシリと土が入っていた。
きっと、どうする事出来ず有り余った無意味な力の行き場は地面しか無かったのだろう。
「……すいま、せん。あ、がとう……す」
焼け落ちる家屋は、優しさも無く無慈悲に熱波を放ち声を掻き乱す。
エウは、微かに聞こえた弱々しい声を元手にリアナが伝えたかった言葉を予想する。そして、“スルリ”と抜けてしまいそうな無気力な手をひっぱり上げながら、
「謝りたいのは俺の方だ。本当に……」
よろめきおぼつかないリアナの体を腰に手を回しながら、一歩一歩進む。
「エウさん、私、酷い事を言っちゃいましたよね」
「悪い事??」
「はい……。エウさんやレカさんは私の……私達の為に態態、危険な場所まで来て頑張ってくれて。私の命を救う為に……二人も辛い筈なのに。私一人だけ大泣きして、きっと、それは二人を責めちゃいました……ごめんなさい。私も……心の中では分かっていたんです。きっと牢屋から逃げれたとしても、生きる事は出来ないだろうって。きっと二択しか無いんだろうって。でも思い出が、過去の記憶が、その度に頭を駆け巡るんです……大好きだったんです、暖かかったんです」
「そうか……そうだったんだな」
その傷心しきったような、か細い声は優しさに溢れていた。慰めなきゃいけない側であるエウが救われてしまった雰囲気に言葉が詰まる。
苦い薬を飲んだような顔をしているエウの前にレカはやって来るなり、
「そんなみっともない顔をするでない。リアナが余計に悩むじゃろ?」
確かにそうかもしれない。けれど簡単に気持ちを切り替える、と言う事が出来ないのも事実ではあった。
リアナの優しい言葉を聞く度に胸が苦しむ。いっその事蔑み罵ってくれた方がどれだけ楽か。責め立てくれた方がどれだけ謝りやすいか。そんなエウの心情を知ってか知らずか、伏せた瞳に写り込むように身をがめ、レカは額にデコピンを食らわし、
「とりあえず、何処に向かうのかの?? ウチもクタクタじゃわい!」
しかし、いつもは反応するであろう行動にも、額を摩るだけ。
「……ベッラに向かう。それがリアナの頼みだからな」
「そ、そうなのか? うんじゃ、まあ行くとするかのっ?」
想像以上に頑なだったのか、流石のレカも自分の鼻を掻きながら下手くそな作り笑いをした。
そして、風前の灯のような気力で立っているであろうリアナを左右から支えながら歩き始める。
徐々に遠ざかってゆく燃える墓標は乾燥した空気が音を際立たせ、離れた場所からですら“パキパチ”と茜色と共に鳴き続けた。
リアナは、その墓標を目に焼き付け・痛みで覚えるかのように、振り返り唇を噛み締める。
「あにじゃ、これからウチらはどうするんじゃ??」
三人の足音だけだった寂しい空間に、風鈴のような音が響く。
その声に、真ん中に居るリアナの腕が“ピクン”と動くのを感じつつ、
「その事なんだが、ベッラに着いたら話そうと思う」
まだ後悔を拭いきれないエウは、小さい声で受け答えする。
そんな居心地が悪い中、行きよりも時間を掛けようやくベッラへと辿り着いた。
どこか懐かしい雨風が防げる廃墟に身を置く三人。息をつく間も無く、真剣で揺るがない眼差しで力強くレカを見つめ、
「レカ。俺は決めた事がある」
「決めた事とな??」
「ぁあ、そうだ。今までは輪廻による救済をホムンクルスにも与えてきた。しかし、俺は今回の事で身に染みたよ。報復には報復だよ、レカ。思うんだ、アイツらへの然るべき罰は死じゃない」
「──ッ!? あにじゃ、一体なにを……」
瞳孔を狭め、困惑の表情を隠せないでいるレカを瞳に写しながら首を左右に振り、
「なんて事は無い。俺も一緒に戦うッて事だよ」
「一緒にって、今までも戦って来たじゃろ?」
「…………」
その問いには答えず黙るエウの対応に、何か気がついたのか膝に置くエウの手を両手でがっしり掴む。
そして、歯を剥き出し、激しく首を左右に振り、
「な、ならぬ!! 何故じゃ?! 今のままでもなんてこと無かったじゃろ?」
「なんてこと無かったのは、何も無かったからだよ。俺達は、人と接点を極力持たずに今まできた。自分達の使命の為だけに。けれど、この世界の本質はどうだ? 生者や聖者よりも死者が……だろ?」
「し、しかし!!」
硬い意思を持ちつつも感情的にならず、冷静に物事を話す。しかし、その言葉に対し、唾を撒くほど必死にレカは考えを改めさせようとしてるのか表情一つ変えないエウを強く見つめる。
「レカ、俺達は考えを改めるべきだ。俺は生者もレカも守りたいんだよ」
エウは命のありがたみを忘れ去ったホムンクルスを、まるで命をただの物として見ているホムンクルスを、目の当たりにして思った。と、同時に何を優先すべきか。そう考えた時に出た解は、ホムンクルスの事を考える時間が勿体ない。“冷徹・冷酷・冷血”になってでも護るべき命だった。
「あの……すいません。エウさんとレカさんは何の話をしているんですか……?」
隣で顔を膝に埋めていたリアナがやっと口にしたのは疑問。
確かに傍から聞いて居たら疑問に思わ無い筈はないだろう。と、エウは頷き、
「前にも言ったが、俺達は人間じゃないんだよ」
──話は少しズレるが致し方ない。
「って事は、ホムンクルスッ!?」
竦み上がるリアナを見て二人は首を横に振る。
「いいや、違う」
とは、言ったものの“死神”と言った所で信憑性は無い。そこで、
「リアナは前に異業の持ち主と言ったな??」
「……はい」
「まずはそこから話していこう。一から順序立てて、事細かく。そうすれば納得せざるを得ない筈だしな」
リアナが無表情で黙って頷くと、釣られるように頷き、
「この大陸は、四つの国の勢力が均衡を保ち各々の暮らしを護ってきていた。当然、国が違えば奉る神も違ってくる。閉鎖的、独立国家のエルフは別にして、残りの二カ国。龍神を祀る国。魔神を祀る国」
エウの説明に対して、何か思い付いたのか大きい目を見開き、
「神様ってそんなに居るんですか?? 神様って、世界を創った方ですよね?」
エウは頷き、
「ぁあ、そうだよ。それ以外にも居るけど」
──俺とか。
「だが一柱じゃ担うのが大変、だから分担をしているんだ。“人や家畜を創った人神・天と地を創った龍神・闇と光を創った魔神・海や森、自然を創ったエルフ”。その恩恵を大いに授かった者が異業を扱える者と言う事だな。その神々と思考や性格が似ている者に、力を授けるのさ。地を護る為にね」
「なるほどです……。と言う事は、エウさんやレカさんも恩恵を授かった方って事ですよね?」
「まあ、そう言った事になるかな? だから、使命があるんだよ」
“うんうん”と頷きながら、説明が下手な自分がここまで上手く核心に触れさせる事が出来た事にエウは自画自賛をしていた。と、言うのは置いといて、それでも上手く話が纏まったのは、“なるほど”と納得したリアナからも見てとれる。
ましてや、レカが訂正を入れないのが何よりもの証拠だろう。
「で、だ。此処からやっと、さっきレカに言っていた話、前にリアナに『ある事はある』と言った力の話になるんだ。レカの行う黄泉送りがあるように、俺には“魔剣カテーナ・トルトゥーラ”と言うのがある」
エウは立ち上がり自分の左胸と右胸の丁度中心部に右手を翳し、
「罪と罰、永遠の苦しみを」と小さい声で紡ぎ握り手の様にしながら、前方に引っ張る仕草をした。
すると、真っ黒い刀。光すら反射しない鍔のない黒曜刀が姿を現す。
「これが因果を無視し、輪廻転生も許さず、縛り付け永遠に苦しみと言う呪いを植え付ける、魔剣カテーナ・トルトゥーラ」