錬金術『神々の真似事』

文字数 4,866文字

あれから歩き続け、一週間程が過ぎた。
その間、二人が見た風景と言えば、荒んだ地形。所々に生える木々。

それには、個々の特徴は無く、同じ場所をさ迷っている。と言う感覚にすら陥りそうになるものだった。

エウは、足元に埋れる標識の土を払う。
人の気配も何も無い朽ち果てた街を見渡し。
「自然に愛された街『ベッラ』か」

「あーにじゃ?  なーに、突っ立っておるんじゃ?  早く中に進もうぞぉー……」

疲労した表情を隠せないレカは、兄の袖を掴み力無い瞳で見つめた。

肩を落とすレカを瞳に写し、エウは頷く。

「だな、何か手掛かりがあればいいが……」


二人は、入り口も何も無い街の跡地ベッラへと足を進めた。

乾いた風はやる事を無くしたように荒吹く。

目に入らぬ様に、赤い瞳を細め辺りを見渡す。

──アレはなんだ……?

乾いた土が舞う中、不自然に舞っていない場所が何ヶ所も疎らにある事にエウは気が付く。

『此処には何かがある』エウはそれを見て確信をした。

「レカ、今日は此処で一夜を明かそうか」
前を歩くレカに対しエウは空気の様に自然に言い流した。
その言葉自体は大して違和感があるものじゃない。エウとレカは、そうしながら大陸を歩き回っている。

故に、兄であるエウが唐突に寝床を決めたとしても、レカは何も疑問を投げ掛ける事無く頷く。

それどころか、あたかも開放されたと言う喜びを表すかの如く大袈裟に背伸びをして、深くため息をついた。

「じゃーウチは、その物陰で休んでていいじゃろ??  なぁなぁー、いいじゃろおー??」

振り向き、あざとい表情を作りながらレカは建物の廃墟を指さす。

──コイツ、休む場所を探す事に関しちゃ本当に長けてるよな……。

レカが指さした廃墟は、古び、所々は朽ちているが……。それでも、屋根がしっかりとあり雨風が防げるシッカリとしたものだ。

「ぁあ、良いぞ。俺も、もう少し歩き回ったら戻る。もうじき、闇が訪れるだろうしな」

「闇??  ……そうじゃな、確かに闇に近いかもしれぬな──こんな、月も笑わぬ世界じゃ」

そんな重たい捨て台詞を吐きながら、レカは軽々しいステップで廃墟へと向かった。

その、言葉と行動が一致していないレカを目で送りながらエウは“ポリポリ”と鼻をかく。

「相変わらずだな……っと、とりあえず何か手掛かりがあるかもしれない」

それから、エウは色々な場所を歩き回る。

水が出ることもない噴水の中心では女神であろう石像がボロボロになり街を見据えて居た。

だが、これといってエウが求めているような手掛かりは見つかる事は無い。今迄の過去と言う実績を思い返し、無駄ばかりだと言う事実。それは表情を曇らせるには十分すぎるものだった。

──とりあえず、今日は戻るか。

下唇を噛み締め、悔やみ顔を顰めながら苦渋の決断をする。

****

***

**


収穫も何も無いまま、疲労と重なり、より重い足取りでレカの元に戻る。

この場所は、些細な物音すら無駄に響く。

空を見ながら腰を掛けていたレカ。だが、それに従うようにエウの方へ、ゆっくりと振り向く。

「そのいつも通りの、浮かない表情じゃと駄目じゃったのだろっ??」

慣れた様な口調でレカは言った。

このやり取りすらお決まりになりつつある。エウはその事にすら嫌悪を抱かずには居れずにいる。

成果を見い出せないのは、無力な自分のせいだと毎日のように責め立てていた。

そして今夜もまた独りで反省会を行う予定。

レカは、そんな兄に対し優しい瞳をし、

「あにじゃ?  あんまり気に病むでないぞ??  こればかりは仕方ないのじゃから……。こんな状況じゃ……」

「ぁあ、ごめんな……」

「謝ることじゃ、なかろーて……。とりあえず、隣に座る事を勧めるがのッ??」

エウは頷くと、力が抜けた様に座り込む。と、同時に頭を抱え、深く溜息をついた。


「でも、あにじゃが焦る気持ちも解らないでもないの」

「──え?」

「確かに、最近は著しく動物の姿が見えなんだ。それは、明らかに気持ちが悪いものじゃからな……」

手で膝を抱え、朧月を見つめながらレカは口にした。

その傷心しきったような声は、エウに負けず劣らずのもの。

──レカも、普段は気さくに接しているのに……。

弱りきった声を聞き、エウは自分の不甲斐なさを悔いる。
そして、全てを振り切るように首を横に数回振り、

「まぁ、あれだな?  これから、地道に探して行こう。これは、この世界の死神の家系である俺達の役目なんだしさ!!」と、全てを流すように声を張る。

「そうかも知れぬが……。他の世界も、このクレアーレみたいな現状なのかのぉ??」


「他か??  多元宇宙の事は分からないけれど……。でも、命は終わりがある。終わりに近ずいている惑星があっても不思議では無いなッ……錬金術を除いて……ッ」

他の世界には興味が無いエウは淡々と答える。ただ一つ、どす黒い声で言い放った『錬金術』と言う言葉だけには怒りを込めていた。

その強弱ある言葉にレカの耳は“ピクリ”と動き。

「錬金術……とは、でもなんなのかの??  うちは詳しく理解できんかったのじゃ……」

「おまっ!!  今更……?」

確かにエウが驚くのも無理は無い。この地に降り、年単位は過ごしている。その中で、この話題は初めて提示された疑問だった。

……が、暫く間を空けエウなりに黙考し、半ば強引にレカは連れて来られた事を思い出す。

行きたくもない話、もとい説明をマジマジと聞き入る者なんか居ない。それが『今更』、と言う結果を作ったのだろう。と、エウは若干溜息を付き解に至る。気まずそうに見つめる視線を感じながら、同情をしつつ

「まあ、あれだ。錬金術とは、簡単に言えば『変換』させる、と言う事なんだ」

「変換ッ??  それが何故、禁忌と言われておるのじゃ??」

「いや、要は内容にあるんだよ。対象と言うべきか……」

「んぅ……ッ??」

横目で見たレカは、両手で頭を抱え。理解に苦しむ表情をわかり易くする。

そんな妹に若干癒されながらエウは分かり易い言葉を探した。

そんな可愛い妹の為に。


「じゃあ──例えば、だ。コレを見てみて??」

エウは、そう口にしながらレカの方向に体勢を変える。

「ん??  それは土??」

全く状況判断が出来ていないであろうレカ。
一体エウは何をしたいのか。そんな疑問で一杯だと言わんばかりに首を傾げた。

その遠い目に写っているエウは、

「ぁあ、土だ。この“サラサラ”とした一見何も無い、極ありふれた乾ききった土。コレを物凄い硬い石に変換する」

土を強く握り、そして緩める。土は指の隙間から有るべくしてある様に元の場所へと音を立て落ちた。

「本来有るべき姿を本来有り得ない姿に変えるのが錬金術。人は……子はそれを、死を体験した体を使い、生きた魂との定着を行う事でホムンクルス『死人』を造り上げた」

「ホムンクルス……?」

「……あ、あぁ。人工的に造られたモノをホムンクルスと俺達は呼んでいる」

質問攻めに、レカの無知さに若干驚きながらもエウは話を続けた。

「錬金術とは、神に対する侮辱だ……ッ!!  それが何故だか分かるか?」

「……ううん」

「錬金術とは、神であろうとした薄汚い欲望の塊。だが、人は創造主とは違い一から構成する事が出来ない。よって、依り代となる器も・元になる魂も必要とする。それでも、生命体。しかも、不死を造ろうなど……ッ!!」

話を続けるなり、“フツフツ”と怒りが自然と沸き上がり。声は震え、鷹の如く鋭い目でレカを穿つ。
レカは、その殺気立った視線に目を伏せる。
けして妹に向ける視線では無い。が、エウの感情はそれを上回る程の怒りがあった。

「そして、それを行った愚者が──」

「賢者と言われている奴なんじゃな??」
エウは頷き、腰に携わった黒い鞘に包まれた刀の柄を握り、
「ぁあそうだ。俺達の目的は、禁忌を犯した賢者への断罪・円環の理に反した者への制裁……そして、全ての発端である新帝都『フィーニス』の解体」

「じゃ、先にフィーニス──ってのは、駄目なのかの??」

「レカ……。お前も一度は見ただろ?  あの要塞と化した帝都を」
レカは、一瞬間を置くがすぐ様に両手で“ポン”と叩き。瞼わぱっちり開いて、
「ぁあ!  鎧の像が入口に一杯立っていたのう……確か」

「……あれは像じゃない。命が宿って入るんだよ」

「んっ??  何でそんな事が分かるのじゃ??  動いてなかったじゃろ??  あ奴らはっ」

それについてエウは、レカが分からないのも無理がない事は分かっていた。故に、不思議そうに顔を顰める事も踏まえ、

「レカには使えないが、俺は、神威──神眼を使えるからな」

「っえ!?  でもアレって……」

「そうだ。長男が、代々譲り受ける力。本来ならば成人の義と共に父から授かるのだけれど。事が事だけに、片眼だけ譲り受けたんだ」

そう言いながら右眼に手を翳す。そして瞼を閉じる。闇の中で、エウは気を集中させ、呼吸を宥めながら、左眼に全神経を持ってゆく。それから数秒経った後に再び瞼を開く。

レカは、そんなエウの目を、顔を崩し目を凝らし“ジッ”と見つめ、

「左眼が真っ黒い……ッ!?  光すら吸い込みそうな程……」

「まだ、馴染んでないが……。神眼は一時的に視力を失う。その代わり、体の細部を見る事ができる」

「それが、予知能力と言われる理由なのかの??」

「多分そうだと思う、筋肉の微細の動き相手の思考から次の行動を読み解くと言う事から、そう言われてんだろう」

エウは自分で口にしながら、そのプレッシャーに押し潰されそうになる。昔から鍛錬は行って来たが、それでも手練とまでは行かない。故に、筋肉の動きで状況判断が出来ると言うことがどれ程までに難しいかも分かっていた。

そして、それが新帝都を目の前に後回しにしてしまった。と言う自身に対する自信のなさの表れでもあった。

「でも、それと鎧と何が関係あるんじゃ??」

「──アイツらには思考があった。きっと、屈強な兵が、より強靭な肉体。文字通り鋼の肉体を、手に入れる為に人である事を捨てたんだろう」

「……それも、錬金術じゃというのかや?」

「ぁあ、そうだ。それも全て錬金術だ」

弱まるレカの目は、哀れむかのようにエウを見つめ。そして、顔を膝へと埋める。
レカは、この時『何故』と言う疑問で頭が一杯だった。神眼を用いていたエウにはそれが分かり。それが悪い事だと感じ瞼を閉じた。

「でも……でも、なんで自らなったんじゃろーかの」

その疑問は、エウが長年集めた情報により直ぐに分かる。

「それは、敵対勢力があるからだ」

「敵対勢力??」

「ぁあ、簡単にゆえば死を望む者達・あるべき姿を望む者達・新帝都に仇なす者達・錬金術に怨みを持つ者達が集まった義勇軍が有ると聞いたことがある」

──それも、もはやかなり前。人の姿がまだ視認出来ていた頃だが……。

「でも、何故。錬金術を怨むんじゃ?  人にとっては良いんじゃないのかの?」

「なんでだろうな。それはわからない」

エウは嘘をついた。それは心苦しく罪悪感が全身を駆け回る程に辛い事。しかし、それよりも、真実を話、傷心しきったレカの表情を見る事が辛いと思い、至った。

「──でもな??  これだけは言える。命は有限だからこそ美しい。無限に慣れば美しい花でさえ汚れて見える」

「そーゆもの、なのかのっ??  とりあえずわかったのは、錬金術とは命の重みを無くす汚い欲求の塊なんじゃな?」

「んー……。まあ、そんなようなものだろうな」
徐に、レカは人差し指を前に出すと、
「じゃ、賢者を早く見つけなきゃ駄目じゃな!!  あにじゃとウチなら大丈夫じゃよ!!」

エウは何となく気がついた。かなり遠回しではあったが、レカは最終的にエウ自身を励ます為だったのだろうと。

だからこそ、普段は聞かないような事も事細かく聞いてきたのだろうと。

そう思った途端、胸が苦しくなり・胸が嬉しくなり。再び誓う、何があっても二人で成し遂げる。そして、レカのことは俺が護ると。

エウは落ち着いた穏やかな表情で、

「ぁあ、そうだな。とりあえず今日はもう寝よう」

「じゃな!  寝るとするかのッ!」



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