奇々怪々『ホムンクルス』01

文字数 3,673文字

二人が眠る暗澹が似合う街、ベッラ。
そこに似つかわしいくない物音が響いた。

その不気味で気後れを誘う音は徐々に近づいてくる。

しかし、それ以上に二人を刺激したのは、

「──くっさい!!  この鼻にまとわりつく度し難い臭い……。あにじゃ……」

「ぁあ、間違いない『ホムンクルス』だ」

姿形を見ること無く、二人の答はそこに行き着く。

「いつ嗅いでも慣れないのぅ」
鼻をつまみ、息苦しそうにレカは鼻をつまむ。その今にも息が止まり死にそうなレカに対し、
「仕方がないさ。俺達は死神、故に敏感に反応してしまうんだろうよ」

「ぅう……やっぱり、そーゆものなのかのう……しかし、何じゃろうか。世界の果てに来る者達からは臭わなかったのじゃが……」

「ぁあ、そりゃそうだろ。彼等は終わりに。いや、理に従い輪廻を求めた。ここに居る奴らとなんか全然違うさ」

臭いのする方角を、鋭い眼光でただ一点穿つ。

エウは既に、臨戦態勢を柄を握り良しとしている。

そして段々と近くなる音にエウは前屈みになってゆく。

「レカは、事が片付いたらよ」

「あにじゃ!!  あの子!!  あ奴はホムンクルスじゃなかろ!?」

──ッ!?

「人かッ?」

レカの発言に緊張感が高まって行く。早まる律動を抑えるように胸に手を当て、より目を凝らし先を見つめる。

レカは、エウよりも視覚・嗅覚・聴覚と言った三感に長けていた。それが相まってレカの黄泉送りは過去に見ない程の効果を持っている。

そもそも、黄泉送りとは、心に訴えかけるものが無ければ意味を成さない。だからこそ、レカのソレは群を抜いていたのだ。

それが、まだ小さかった彼女に託された理由でもある。

レカは、赤い瞳を月明かりで光らせ、
「うん、あの子は人だね。強い生命意欲を感じる」

「そうか、俺はまだ視認が出来ない。だから、さっき見つけた噴水の場所まで行ってくる。レカはそこでま──」

「ウチも行くのじゃ!!  一人は嫌じゃ!!」

袖を掴み、必死に首を横に振る。
震え哀愁漂う声にエウは否応なしに
「そうだな、確かに一人は危ないかもしれない。アイツらには痛覚が無い。故に力加減と言うリミッターが無い」

冷静に危惧しながら状況判断を行う。その判断に、満足がいったのか、“ホッ”と肩の力を緩め撫でらすレカ。

エウはエウで焦った気持ちを押し殺す。

人が居ると言う事実は救わなければイケナイ。と言う使命感を駆り立ててゆく。
神として、死を司る神として、本来ならば有らぬ死を“おずおず”と見過ごす訳にはいかない。

「行くぞ!  レカ」

小さい手を掴み、足早に噴水へと向かった。


****

***

**


噴水の女神に見守られるかのように、隠れる二人。
気配を消すように呼吸を浅く心得、ジッと足音の方角を隙間から視野に入れる。

若干、緊張をしているのか、裾を掴むレカの腕が震えてるのを感じながら、

「レカは、いつも通りやればいい。黄泉送りは神経を使うんだ。荒仕事は俺に任せとけっ。な?」
と、緊張を解す為に、軽い雰囲気を作り“サラッ”とした笑顔した。

すると、レカは静かに頷き、
「ありがとーの。うちのあにじゃはやっぱりかっこいいのっ!!」と、荒地に咲く鈴蘭の様に凛としつつ、あどけない笑顔を魅せた。
エウは、その無邪気さに、満更でもない無いと顔に描きつつ、
「な、何言ってんだかッ!!  んで、だ、距離としてどれぐらいだっ??」
レカは、耳を動かすとエウの背後から顔を覗かし『ムムムー』と目を凝らし、
「──えっと、あと二十メートルもすれば、あにじゃも視認出来るはずだよッ」

「そうか?  流石に月明かりだけじゃ、暗澹の方が強いからな……」

「へへへん!  まぁ、索敵はウチに任せるが吉と言う訳じゃな!!」
慣れ親しんだやり取りに、心地が良い短い沈黙が訪れ。それを満喫するようにエウは一度瞼を閉じ、
「だな。こんな状況が続く中、生き延びられたのはレカが居たからだもんなッ」

「──って、アレか!!」

「うぬ、そうみたいじゃな……」

エウの視界に入ったのは、六体程のホムンクルス。外見は多様だが、共通したものと言えば目が死んでいる。濁っている、それは陸に打ち上げられた魚の如く、乾ききっていた。

しかし、二人はそんな見慣れたホムンクルスの先頭を歩く者に目がいく。

月明かりで照らされ分かった事。それは、ホムンクルスの胸元程の身長の少女だと言う事。琥珀色の美しい髪の毛を腰程までに伸ばし・白だったのだろうが、汚れ濁ったボロい奴隷服・そして、逃げぬ為に施されたとしか言いようがない、目隠しをされ・足首・手首・首に装着された鎖の付いた太い鉄の輪。

冷静に分析してゆく中で、エウの疑問は解に辿り着く。

──やはり、あの土の違いは……ッ!


距離が近くなる度に、金属音が虫の息の様に重く弱く鳴る。と、同時に言葉もエウの耳へと運ばれてゆく。

「ん?  アイツら何を言っ」

「みったせー、とか言っておるな?」

理解が難しい言葉に、エウは耳を凝らし視野を狭める。

「満る、ぁあ、満ちてくる!!  これも全てはあの方の思し召しッ!!  今ッ今ッ!!  満たす時が来たッ!!  さ、今日の贄よ。そこに座りなさい」

刃毀れした鈍い切れ味であろう刃を月明かりに照らし。狂気に満ちた声が高らかに響く。それは、おぞましく恐ろしくおどろおどろしい。

エウは舌打ちをし、

「贄……だと!?  アイツらは何を気取ってやがる?  俺が天誅を下す」

睨む瞳は矢の如く細く鋭く。怒りに喉を狭め、震え出る声。剣の柄を握る手は赤く滲む。

それはもう誰にも止める事の出来ない破壊の衝動だった。そんな兄を杞憂するかのような表情をつくり、

「──あ、あに、じゃ??」

「大丈夫だ、あの子は絶対に助ける」

エウはその言葉を吐き捨て、一点の曇なくホムンクルスが揺らぐ場所へと駆ける。

風を切る音を鼓膜で感じながら、先に斬り込む相手を見定め行く。

船の横っ腹に突っ込む族のようにするか、いや、後方から奇襲をかけるか。臆するという言葉はなく、討滅のみを重きに置きつつ思考を働かせる。

早まる鼓動の律動は、徐々にエウの表情を変えてゆく。

歪む口角は笑へと変わり、鋭い目は殺意に満る。その覇気は死神の名に相応しいだろう。

──殺す・殺す・殺す・殺すッ

「斃れ……ッ!!」
鍔が無い美しい刀身を鞘から振り抜き、少女とホムンクルスの間に割って入る。と、同時に、その場には血が噴水のように乾いた大地を“ボタボタ”と叩く。

返り血を浴び、顔は赤く染まり。黒い法服に飛び散った血は、まるで黒炎のように滲む。

エウは、口を開き、白い歯を真っ赤に染めつつ、

「この腐食した狂いそうな程のクサイ臭い……。叫びそうになるな」顔を拭い、刀に付いた血糊を振り払う。そして腕を押さえ、膝で地を舐めながら呻くホムンクルスに再び刃先を向けた。
「ぎゃぁぁぁあ!!  腕がッ!!  俺の腕がぁっ!!  痛い・痛い・イタい・タイタイタイタイタイ!」

「俺は、お前等を殺せないからな。動けなくする事しか出来ない。だから、まあ大人しくしてもらおうか」

「動かな……??  あぁぁぁあ!!  腕ぇえ!  あ?  たくない……痛くない?  痛くなーい!  やはり、この体は……ダは……素晴ら……っしィッ!」

落ちた腕を取り、闇夜に掲げ、歪なまでに口角を屈折させながら猛り狂う。
エウは、神経が逝っている目の前に居るホムンクルスの腹部に半分程刀身を入れ込み、

「お前……いや。お前達は、もはや、そんな所でしか感情を高ぶらせる事が出来ないんだろ?  哀れな子よ。永久を望んだ末がコレだもんな」

「……ゴフッ??」

痛覚が無いホムンクルスは、口からでる黒く濁った赤い血に気がつくなり辺りを見渡し、

「あれれ?  俺のお腹に刺さッ……!」
「五月蝿い」
エウは、握り手の甲を下に向くように持ち替え、その刀を天へと振り上げた。切れ味のいいソレは鈍い音を立てることもなく内蔵・骨諸共斬り、肩から刀身が露わになる。

動脈を毛細血管を何十本・何百本きられたホムンクルスの体は血が吹き出るえげつない音と共に赤で染あがった。当然、立っている事は不可能。自分が作った水溜りへと豪快に倒れ込んだ。だが、先割れの様な体で倒れても尚、

「あれれのれ??  体が言う事を聞かッ!!」
「だから、五月蝿い」

エウはトドメの如く、剣先を喉へと突刺す。もう出きったであろう血は“ピュッピュッ”と出てホムンクルスの顔にかかる。

「えっと、あのっ!!」

エウの後方、即ち少女が竦然しきっているのだろうか。逃げる事をせず、その場で怖怖しきった声で呼びかける。

振り向くと、少女はパニックを起こしているのか、自分に付けられた目隠しすら外さずに顔だけをエウに向けていた。

「ちょっと待ってな」

「──これでよし」

目線はホムンクルスに向けつつ、少女に付けられた目隠しを外す。

「あ、ありが……これは一体何が……?」

「説明は後にする。とりあえずコイツらを行動不能にしてから、だ」

エウは未だに視線を少女へと送りはしない。

隣りで感じる強い視線より、目の前から感じるおぞましい視線に重きを置き、深い息を吐くと同時に脱兎した。


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