一つの終わりは全ての始まり
文字数 3,587文字
糞尿を撒き散らし、性別すら区別のつけようがない程、髪の毛や髭は伸び汚れていた。
エウとレカは言葉を無くし、ただ瞳に写すのみ。
「……ひぃっ……!」
上擦った声でエウの袖を掴みながら竦み上がるレカ。
その理由は、物音でさながら飢えた野獣のようにギラついた視線を一気に送られた事によるものだろう。
「食材が……。どーして食材が……」
うめき声にも似た掠れ声で、牢に太い指を絡ませ、三人に食いかかる。
牢を揺らす音は狭い部屋に響き渡り、余韻の耳鳴りは不快感を与え続けた。
「──食材……ッて、何だ?」
人々が鳴き声のように口にする“食材”に反応するかのように、リアナの肩が竦む。そして、徐にリアナ自身を指差し、
「……それは、私です……」
「──ッ!! まて、意味が分からないんだが……」
言い難いのだろう。リアナは俯き沈黙を選ぶ。
しかし、こればかりは聞かない理由にはならない。エウは心を鬼にし、再び尋ねる。するとユックリと顔を上げ、涙目でエウを見つめ、
「私達見たいに、肥えない者は、街の人達の餌にされます。──そして……そして……」
暫く間を開け、下唇を噛み締めた後にリアナは深く息を吐き出し、
「私語もコミュニケーションも禁じれた、肥えた人を、あのエウさん達が言っていた“ホムンクルス”が食べるのです……」
──そー言う事だったのか……。
全てが腑に落ちた時、エウはリアナの心情を考えずには居られなかった。
自分を餌としてしか見る事が出来なくなった街人。そんな人達を、見ず知らずの自分達に縋り、助けを求める。普通ならば、助かった時点で逃げれば良い話。良くしてもらっているならば、まだしも、そうではないのだから。
それでも、リアナは逃げずに救い出して欲しいと乞うた。
一体、彼女は何を見て、何を感じて、何故そんな行動に出たのか。
「リアナ……は、何故、助けたいと思ったんだ?」
「それは、思い出があるからです。忘れられない笑顔・忘れられない涙・声・優しさ。私にくれていたものは計り知れません……ですから」
間を開ける事無く、最初から心に決まっていたかのように口にした。
その優しさにエウの気持ちは穏やかになってゆく。
「怖くないか?? 辛くないか??」
「──いいえっ。そんな事はありませんよっ……」
無理やり笑ってるのが分かる程に元気に笑みをみせる。淡く消えそうに光るランタンに照らされた目尻の雫が頬を伝ってゆく。
「そうか、わかった……なら、助けよう」
「はい!!」
──だが、この子等は生きて行く事が……。
エウが見ていた結末。それは残酷なものだった。が、それでも現実的なもの。
飼われた家畜が、野生に戻る。いや、人に戻る、と言う事が果たして出来るのだろうか。
この惨状に胸を締め付けられながらも、先を見据え、不安感を抱く。
しかし、そんな事は知らずと、リアナは壁に掛かっていた鍵を取ると牢屋の南京錠をすぐ様に取り外した。
「さぁ、皆、助かりました!! 早くそこを出てください」
「……はて? 出てこないのぅ……なぜじゃろーか」
鍵を開け、牢を高い音と共に開け放した。が、人々は一向に出る気配がない。
寧ろ、威嚇をしているのか。三人と距離を取るように壁際へと寄る。
その揺れ動く瞳には、何かに怯えているような何かをエウは感じていた。そんな時、リアナは唐突に足踏みをし、
「なんで……ですか? リアナですよっ!? 小さい頃にプレゼントくれたじゃないです……か。捕まった時だって、私を励ましてくれた……じゃない……ですか。一緒に助かろうって、きっと助か──」
必死だと分かるように声を荒げ、喉を掠らせながら大きい口を開け訴える。泣きそうな声に、崩れ落ちそうな体を支える膝は笑っていた。リアナは既に満身創痍なのだろう。……レカは、それを察したのか、ユックリとフワリと肩に手を乗せ、
「リアナ……」
「レカ……さん」
「──ウチは、いいや、ウチ等は個々人に対する感情と言うものを持ち合わせて居らぬ。しかし、だから言える事もあるのじゃ。……そう、気持ちを落ち着かせよ、今は冷静に判断し行動するが吉じゃろうて」
「それが一番だな、さてどうしたものか……」
それから、小一時間は試行錯誤していただろう。人々も動き回りはするが、誰一人として牢屋から出ようとはしない。
もはや、そう言うふうに調教されているのではないかと思わざるを得ない程、頑なに出なかった。
「──ッ!! まて、なんか臭わないか??」
「……これは少しばかしまずいの……」
その臭いは、地上から臭ってくるもの。
そして、この独特の臭いは、
「焼けてる臭い。リアナ、レカ、ここに居たら死ぬぞ!!」
徐々に、熱気とどす黒い煙は階段伝いに立ち込め始める。
エウは、すかさずリアナの手を引っ張るが、全く動こうとはせず、顔を歪め、涙と鼻水を流しながら、
「待ってください! まだ居るじゃないですか!
助けて……助けてください! お願いします……おねが……ぅぐっ……」
「リア」
「あにじゃ! 早くせねば、逃げ遅れてしまうぞ!!」
リアナはそれでも、震えた冷たい手で、掴まれた手を握り返し、必死に縋るように、
「お願いします、大事な、か」
「……ごめん」
エウは、リアナの後頭部を叩き脳を揺らし気を失わせ担ぎ上げると、レカに先導されるように階段を駆ける。
段々と濃くなってくる煙を吸わぬように息を止め、汗を垂らし、瞼を細めながら地上を目指す。
──着いたか……。
焼け落ちる真っ赤に燃えた建物。
その中を、ただ一点、光を目指し走る。
その視界に入ったのは、燃えても尚、笑っている上半身のみの体。
「コイツが、この建物を……くそっ……」
「あにじゃ! 今は構ってる暇はないのじゃ! 早くせぬか!!」
そして、三人は焼け落ちる建物の外へと逃げ延びた。
ただただ、その炎を目に焼き付ける。
吹き付ける熱風は、まるでエウを責めるかのよかいに激しく叩きつけながら通り過ぎてゆく。
耳を澄ませば、悲鳴が聞こえてしまいそうで、エウはそれから逃げるようにレカにひたすら話をかけていた。
「──っうッ……」
「目を覚ましたか。体の調子はどうだ?」
リアナは、エウの問に見向きもせず、意識が覚醒すると同時に勢いよく立ち上がると辺りを見渡し、
「あ、あの! 皆は……ッ!?」
目を伏せ、弱々しい眼光で地を写しながら、
「──すまない……」
「そん……な……」
崩れ落ちるように落胆したかのように座り込むリアナ。エウは、そうなる事も、責められる事も承知していた。
それでも、救える命を無駄には出来ない。その神としての意識がそうさせたのだ。
「わ、私の家族なんです……。中に居るんです……」
──ッ?! 俺が……見殺しに……。
エウは自分を責めた。そもそも、上半身を残し、そのままにしていた結果が今回の結末を生み。
半ば、助けたとしても彼等に未来はない。と勝手に諦めていたのも事実だ。
目の前に崩れ落ち、生まれたての小鹿のように震え、涙をとめどなく流し続ける彼女の気持ちを本当の意味で汲むこと無く。目の前の健全とした命を救う事にいつの間にか使命感を感じていた。
次第に、焼けた建物は激しい音を立てながら見るも無残な姿な姿になってゆく、
「……ぅああああっ……!!おか……ぁさん……ッッ!! イヤ・イヤ・イヤ・いゃぁ……」
「……」
その悲痛の声を聞き、エウは昨晩リアナが苦しそうに泣いていた事を思い出す。
──最終的に命をうばったのは……俺。本当に死神だな……。
気落ちしたエウに対し、レカはそっと頭に手を乗せると、
「ウチらにはやるべき事があるじゃろ? ウチは自分のやるべき事をやって来るからの……?」と、宥めるように、静かな声でエウに伝えた。
そして、後ろからリアナをそっと抱きしめ、
「すまぬの……。せめて、ちゃんと送るからの……皆の魂を……。魂と魄を……」
リアナは、首に回したレカの腕をギュッと掴むと、涙で濡らしながら、
「ごめんな……さい……っぅぐ……」
エウは、そんな二人を見ながらも、違う事を考え違う決意をしていた。
その苦渋の決断は正しいかは分からずも、それでもエウはそうしようと決めたのだ。
──不幸を振りまくホムンクルス、俺はお前達を許さない。
焼け落ちる切ない音・リアナの涙を啜る苦しい音・レカの舞い踊る音が、この惨状をただただ包んだ。──この一つの終わりを、この命の終わりを。
「俺とレカ……陰と陽の力。だが、俺はもう」
エウとレカは言葉を無くし、ただ瞳に写すのみ。
「……ひぃっ……!」
上擦った声でエウの袖を掴みながら竦み上がるレカ。
その理由は、物音でさながら飢えた野獣のようにギラついた視線を一気に送られた事によるものだろう。
「食材が……。どーして食材が……」
うめき声にも似た掠れ声で、牢に太い指を絡ませ、三人に食いかかる。
牢を揺らす音は狭い部屋に響き渡り、余韻の耳鳴りは不快感を与え続けた。
「──食材……ッて、何だ?」
人々が鳴き声のように口にする“食材”に反応するかのように、リアナの肩が竦む。そして、徐にリアナ自身を指差し、
「……それは、私です……」
「──ッ!! まて、意味が分からないんだが……」
言い難いのだろう。リアナは俯き沈黙を選ぶ。
しかし、こればかりは聞かない理由にはならない。エウは心を鬼にし、再び尋ねる。するとユックリと顔を上げ、涙目でエウを見つめ、
「私達見たいに、肥えない者は、街の人達の餌にされます。──そして……そして……」
暫く間を開け、下唇を噛み締めた後にリアナは深く息を吐き出し、
「私語もコミュニケーションも禁じれた、肥えた人を、あのエウさん達が言っていた“ホムンクルス”が食べるのです……」
──そー言う事だったのか……。
全てが腑に落ちた時、エウはリアナの心情を考えずには居られなかった。
自分を餌としてしか見る事が出来なくなった街人。そんな人達を、見ず知らずの自分達に縋り、助けを求める。普通ならば、助かった時点で逃げれば良い話。良くしてもらっているならば、まだしも、そうではないのだから。
それでも、リアナは逃げずに救い出して欲しいと乞うた。
一体、彼女は何を見て、何を感じて、何故そんな行動に出たのか。
「リアナ……は、何故、助けたいと思ったんだ?」
「それは、思い出があるからです。忘れられない笑顔・忘れられない涙・声・優しさ。私にくれていたものは計り知れません……ですから」
間を開ける事無く、最初から心に決まっていたかのように口にした。
その優しさにエウの気持ちは穏やかになってゆく。
「怖くないか?? 辛くないか??」
「──いいえっ。そんな事はありませんよっ……」
無理やり笑ってるのが分かる程に元気に笑みをみせる。淡く消えそうに光るランタンに照らされた目尻の雫が頬を伝ってゆく。
「そうか、わかった……なら、助けよう」
「はい!!」
──だが、この子等は生きて行く事が……。
エウが見ていた結末。それは残酷なものだった。が、それでも現実的なもの。
飼われた家畜が、野生に戻る。いや、人に戻る、と言う事が果たして出来るのだろうか。
この惨状に胸を締め付けられながらも、先を見据え、不安感を抱く。
しかし、そんな事は知らずと、リアナは壁に掛かっていた鍵を取ると牢屋の南京錠をすぐ様に取り外した。
「さぁ、皆、助かりました!! 早くそこを出てください」
「……はて? 出てこないのぅ……なぜじゃろーか」
鍵を開け、牢を高い音と共に開け放した。が、人々は一向に出る気配がない。
寧ろ、威嚇をしているのか。三人と距離を取るように壁際へと寄る。
その揺れ動く瞳には、何かに怯えているような何かをエウは感じていた。そんな時、リアナは唐突に足踏みをし、
「なんで……ですか? リアナですよっ!? 小さい頃にプレゼントくれたじゃないです……か。捕まった時だって、私を励ましてくれた……じゃない……ですか。一緒に助かろうって、きっと助か──」
必死だと分かるように声を荒げ、喉を掠らせながら大きい口を開け訴える。泣きそうな声に、崩れ落ちそうな体を支える膝は笑っていた。リアナは既に満身創痍なのだろう。……レカは、それを察したのか、ユックリとフワリと肩に手を乗せ、
「リアナ……」
「レカ……さん」
「──ウチは、いいや、ウチ等は個々人に対する感情と言うものを持ち合わせて居らぬ。しかし、だから言える事もあるのじゃ。……そう、気持ちを落ち着かせよ、今は冷静に判断し行動するが吉じゃろうて」
「それが一番だな、さてどうしたものか……」
それから、小一時間は試行錯誤していただろう。人々も動き回りはするが、誰一人として牢屋から出ようとはしない。
もはや、そう言うふうに調教されているのではないかと思わざるを得ない程、頑なに出なかった。
「──ッ!! まて、なんか臭わないか??」
「……これは少しばかしまずいの……」
その臭いは、地上から臭ってくるもの。
そして、この独特の臭いは、
「焼けてる臭い。リアナ、レカ、ここに居たら死ぬぞ!!」
徐々に、熱気とどす黒い煙は階段伝いに立ち込め始める。
エウは、すかさずリアナの手を引っ張るが、全く動こうとはせず、顔を歪め、涙と鼻水を流しながら、
「待ってください! まだ居るじゃないですか!
助けて……助けてください! お願いします……おねが……ぅぐっ……」
「リア」
「あにじゃ! 早くせねば、逃げ遅れてしまうぞ!!」
リアナはそれでも、震えた冷たい手で、掴まれた手を握り返し、必死に縋るように、
「お願いします、大事な、か」
「……ごめん」
エウは、リアナの後頭部を叩き脳を揺らし気を失わせ担ぎ上げると、レカに先導されるように階段を駆ける。
段々と濃くなってくる煙を吸わぬように息を止め、汗を垂らし、瞼を細めながら地上を目指す。
──着いたか……。
焼け落ちる真っ赤に燃えた建物。
その中を、ただ一点、光を目指し走る。
その視界に入ったのは、燃えても尚、笑っている上半身のみの体。
「コイツが、この建物を……くそっ……」
「あにじゃ! 今は構ってる暇はないのじゃ! 早くせぬか!!」
そして、三人は焼け落ちる建物の外へと逃げ延びた。
ただただ、その炎を目に焼き付ける。
吹き付ける熱風は、まるでエウを責めるかのよかいに激しく叩きつけながら通り過ぎてゆく。
耳を澄ませば、悲鳴が聞こえてしまいそうで、エウはそれから逃げるようにレカにひたすら話をかけていた。
「──っうッ……」
「目を覚ましたか。体の調子はどうだ?」
リアナは、エウの問に見向きもせず、意識が覚醒すると同時に勢いよく立ち上がると辺りを見渡し、
「あ、あの! 皆は……ッ!?」
目を伏せ、弱々しい眼光で地を写しながら、
「──すまない……」
「そん……な……」
崩れ落ちるように落胆したかのように座り込むリアナ。エウは、そうなる事も、責められる事も承知していた。
それでも、救える命を無駄には出来ない。その神としての意識がそうさせたのだ。
「わ、私の家族なんです……。中に居るんです……」
──ッ?! 俺が……見殺しに……。
エウは自分を責めた。そもそも、上半身を残し、そのままにしていた結果が今回の結末を生み。
半ば、助けたとしても彼等に未来はない。と勝手に諦めていたのも事実だ。
目の前に崩れ落ち、生まれたての小鹿のように震え、涙をとめどなく流し続ける彼女の気持ちを本当の意味で汲むこと無く。目の前の健全とした命を救う事にいつの間にか使命感を感じていた。
次第に、焼けた建物は激しい音を立てながら見るも無残な姿な姿になってゆく、
「……ぅああああっ……!!おか……ぁさん……ッッ!! イヤ・イヤ・イヤ・いゃぁ……」
「……」
その悲痛の声を聞き、エウは昨晩リアナが苦しそうに泣いていた事を思い出す。
──最終的に命をうばったのは……俺。本当に死神だな……。
気落ちしたエウに対し、レカはそっと頭に手を乗せると、
「ウチらにはやるべき事があるじゃろ? ウチは自分のやるべき事をやって来るからの……?」と、宥めるように、静かな声でエウに伝えた。
そして、後ろからリアナをそっと抱きしめ、
「すまぬの……。せめて、ちゃんと送るからの……皆の魂を……。魂と魄を……」
リアナは、首に回したレカの腕をギュッと掴むと、涙で濡らしながら、
「ごめんな……さい……っぅぐ……」
エウは、そんな二人を見ながらも、違う事を考え違う決意をしていた。
その苦渋の決断は正しいかは分からずも、それでもエウはそうしようと決めたのだ。
──不幸を振りまくホムンクルス、俺はお前達を許さない。
焼け落ちる切ない音・リアナの涙を啜る苦しい音・レカの舞い踊る音が、この惨状をただただ包んだ。──この一つの終わりを、この命の終わりを。
「俺とレカ……陰と陽の力。だが、俺はもう」