第7話 探偵の条件

文字数 11,352文字


「はい、終わり。筆記用具置いて」教員の野太い声が教室に響く。
私は手からシャーペンを解放する。教室はざわつきに溢れるが「まだ回収しているから静かに!」と教員が注意し静寂が再び訪れる。その1分後、教員はテストを回収し終わり教室を後にした。解放感からクラス全体がどっと騒ぎ出す。私はううーっと大きく伸びをした。やっと終わったー! 今日で中間テストの日程がすべて終わった。自由だー! 私は心の中で思いっきり叫んだ。


 探偵部の部室に来るのは一週間ぶりだ。テスト週間になると部活動の活動に制限がかかる。探偵部もその例外ではなかった。私が部室に着いた時、既に一人、小林くんがいた。彼は椅子に座ってじっと本を読んでいる。古そうな表紙だ。彼は私を一瞥すると、「久しぶり」と一言呟き、また本に目線を戻した。私は「お久しぶりです」と返して彼の対角の席に座ることにした。「他の二人は今日来るんですか?」私は小林君に聞く。探偵部は強制参加の部活ではない。部室に来るのも来ないのも自由。グループLINEに連絡を入れる必要もない。部長の小林千秋曰く、「去る者は追わず、来る者は拒まず」とのことだ。個人的には少し冷たいような気がする。
「トーシローは演劇部に行くと言っていた。姉貴は知らない」へー、姉貴って言うんだ。小林君とは会うのは今日で2回目だ。前回会ったのは、テスト週間始まる直前(第6話)だったからまだお互い面識がある程度だ。彼について、私はほとんど知らない。
「あのさ。私、小林君とまだあんまり話してないしさ。少し話さない?」私は体を前傾させる。小林君はこちらをちらりと見ると、本を閉じて机の上に置いた。本のタイトルは“いかにして問題をとくか“だった。
「苗字じゃなくて下の名前でいい。姉貴と紛らわしいだろうから」とこちらを見る。やっぱり彼の屈折した目は死んだ魚の目って表現がぴったり合う。「分かった、じゃあ夏樹君で」私は肯くと、「夏樹君たちってどこ中なの」と聞いてみた。やっぱり最初の会話は出身中が定番だ。
「K中だよ」「K中? それってどこら辺にあるの?」
「神奈川の相模原市に。俺たちは去年まで相模原に住んでいた」「えー」初耳だった。「でもどうして引っ越したの」「親の転勤だよ」夏樹君は言う。私は神奈川の様子をいろいろと聞いた。どんな場所、周りの景色、学校の様子など、さまざまだ。夏樹君は淡々と一言二言で返答する。なんかこれじゃ、会話というよりは事情聴取みたい。ある程度話して気が付く。
「夏樹君は私に聞きたいこととかある?」私は彼の目を見る。
「そうだな」彼は肘をつき手を顎に当てる。彼の眼光が少し鋭くなった気がした。
「なんで姉貴に敬語なんだ?」夏樹君はそう言った。
「えっ」思わず声が漏れる。
「異性や先輩に敬語ならまだ分かる。だが同年代なのに敬語なのは何故だ?」あれ、なんでなんだろう。考えたこと、無かった。
「そういえば… なんで?」
「聞かれてもこま…」
コンコンコン
私たちは音のする方を見る。何者かがノックしているのだ。「鍵空いてます。どうぞ」私が言うと戸は引かれ、男子生徒が現れた。
「探偵部の皆さんですか?」男子生徒は私たちを見る。
「はい、そうですけど」私の言葉で男子生徒の顔が少し明るくなった。男子生徒は突然深々と礼をすると、「探偵部の皆さんに相談したいことが。どうか力を貸してください」と懇願した。
「ええっと。とりあえず顔を上げてください」私は男子生徒に近寄る。男子生徒は顔を上げた。私は椅子に座ることを進め、自分の荷物を邪魔にならないところに移動させた。夏樹君は座ったままいつの間にか本を開いていた。黙って本を読んでいる。もう、ちょっとは手伝ってよ。と心の中で彼に文句を言う。私は夏樹君の隣の椅子、依頼人と対面になるように座った。手帳を開きシャーペンを持つ。
「早速ですけど相談の内容を教えてもらえますか?」私は言う。いつもは千秋の隣に座っているだけだったので緊張する。横をちらっと見るが、夏樹君は本を黙々と読んでいて聞いているのかいないのか分からない。うまくやれるだろうか。
「はい。相談の内容は僕の入っているサークルのことなんです」依頼人は訴えかけるような目、熱のこもった口調で話し始めた。


 「僕は一年の南川 航(わたる)でポケカサークルに入っているんです。それで事件は一週間前に起きました」
「あのぉ」私は恐縮ながら小さく手を挙げた。「ポケカって何ですか?」馴染の無い言葉なので、何のサークルか想像できない。何かのスポーツだろうか? 
「ポケカを知らないんですか」と依頼人の南川君は目を見開く。その瞳は信じられないと訴えかけていた。
「ポケカというのは、ポケモンカードの略称です。ポケモンは知ってますよね」と南川君は言うので私は頷いた。さすがにポケモンは知っている。ピカチュウとか、ニャースとかでしょ。
「僕たちのサークルでは、ポケモンカードゲームで対戦をすることを活動としています」と依頼人は少し興奮して言う。
「へぇー、そうなんですね。分かりました。それで事件の内容を詳しく教えてください」
「はい。さっきも言いましたが、事件は一週間前、テスト週間前最後の活動日に起きました。あの日は部員全員、僕含めて6人が昼休みの活動に参加していました。その後、みんな食堂に行きました。食堂は混んでいるので一旦別れて、皆が食べた後にまた落ち合いました。それでみなで部室に戻ってくると部室中にカードが散乱していたんです」
「なるほど、誰かが荒らしたんですね」と私が訊くと南川君は首を横に振った。
「いいえ。窓が開いていたので、突風で散乱したんだと思います。部屋には南京錠をかけて出ましたし僕のカード窓際の机に出しっぱなしにしていましたから。窓の真下に散乱した自分のカードを回収しました。そしたらです、僕のカードが一枚足りなくなっていました」
「なるほど、誰かが盗んだと」と私が言うと、また依頼人は首を振る。
「違います。その後にみんなで手分けして探してもらうとそのカードはすぐ見つかりました」はぁ、じゃあ依頼の内容は一体何なんだ?
「僕のカードが見つかってその場は無事に収まりました。その後、テスト週間に入りサークルは一週間の休みに。それで‥ 昨日、久しぶりにカードを確認しているとカードが1枚増えているんです」は?
「すいません、もう一度いいですか?」聞き間違いだろうか?
「はい。カードの枚数が1枚増えていたんです。正確には1枚同じカードがカバンから出てきました」と男は力強く語る。私を夏樹君の顔をちらっと見る。だが彼は表情一つ変えず相変わらず目線を本に向けたままだ。ちゃんと聞いてる?
「それは… その、不思議な現象ですね」未だにイマイチ状況が掴めない。どうして増えるのか?
「はい、僕も驚きました。カードケースには60枚ちょうど入っているのにカバンの底からもう1枚のカードが出てくるなんて。しかもそのカード、僕が1週間前に無くしたカードで。その時分かりました。1週間前に見つかったカードは僕のじゃないって。部員の誰かが自分のカードを使ってその場を収めたんだって。だから僕はその時のカードを元の持ち主に返したいんです」南川君は訴えかけるような眼で私を見る。なるほど、そういうことか。でもそれなら…
「部員にそのことはもう聞かれましたか?」私は一応の確認を取る。まあ、返答は予想できるが。
「はい。『一週間前の件についてなんですが…』とLINEでみんなに聞いたんですけど、なぜか誰も名乗らなかったです」やっぱり。誰か名乗ったのならここに相談には来ないだろう。でもなぜ名乗らない? 私は顎に手を添えて考える。夏樹君は依然として何も言わない。
「でも、僕としてはカードを返したいと言うか。皆さん、どうか力を貸してください」と南川君は頭を下げた。
「はい、それはもちろん。私たちに任せてください」私は断言する。私の言葉を聞いて南川君の表情がパッと明るくなった。
「ありがとうございます!」
「では早速部員の皆さんに話を聞きたいと思います。あと部室も見せて欲しいです」
「分かりました。今ちょうど部室で活動しているので、今から行きましょう」と南川君は立ち上がり戸口に向かう。
「一応部員に今から皆さんが来るって知らせたいので僕先に行ってますね」と言い、南川君は私たちに部室の場所を言い戸口の外に出て行った。部室は3階にあるらしい。私もシャーペンと手帳を胸ポケットにしまい立ち上がる。
「お~い」私は座ったままの読書家に声をかける。「夏樹君、どうしたの。行くよ」と机をトントンと叩く。夏樹君は本から顔を上げこちらを見る。ぼんやりとした瞳をしていた。
「俺も行くのか?」と言い、留守番しますオーラを醸し出す。
「当たり前でしょ。一応部員なんだから事件の時は協力して」逆に何故そんなにやる気がない?
「でも姉貴が来た時のために誰かが残っておいた方がいいんじゃないか」
「それはグループLINEにもう連絡したから大丈夫」と私はスマホの画面を見せつける。
はぁ、夏樹君はため息を漏らす。
「なんか行けない理由とかあるの?」私は一応聞いてみる。もしかしたら持病とかがあるかもしれない。それならしょうがない。
「ああ、二つ。一つ、ここから現場まで遠いこと。俺にはそこに行くまでの体力がない」
「持病?」「いや、やる気の問題」
「……」
「二つ目、俺が行かなくても早苗さんだけでも事足りるだろ。俺が行ったところで足手まといが関の山だ」と夏樹君は淡々と言う。いやいやと私は首を振る。
「砂川君から夏樹君の推理力の高さはよく聞いてる。だから足手まといにはならないって。むしろ… 事件の足手まといになっているのはいつも私だし」私が解決した事件は一つもない。いつも私は誰かの活躍を見ているだけだ。私は目線を下げる。
「分かったよ。行く」と夏樹君は言う。私は彼を見る。
「ほんと?」私は少し嬉しくて頬が緩んだ気がする。
「ああ、ここで待っていたら後で姉貴にどやされるだろうし」夏樹は椅子から立ち上がる。
「ありがとう。頼りにしてる」
「期待されても困る、ただなるようになるだけだ」
「じゃあ、行こう」私たちは部室を出て現場に向かった。


捜査に必要な荷物と貴重品を持ち、私たちは廊下に出る。そして現場に向かう。
「そういえばなんで夏樹君は探偵部に入ったの。やっぱり千秋に頼まれたから?」と私は横を歩く夏樹君に聞く。
「姉貴に懇願されたら入らない訳にはいかないだろ」
「へぇ~、お姉さん思いなんだね」
「姉の幸せを願うのが弟ってもんだ」と夏樹君はサラリと言う。私は思わず歩みを止める。夏樹君は私の方を振り返る。
「もしかして… シスコン?」半分真面目に聞いてみる。
「失礼な。俺はシスコンじゃない、と言いたいところだがどうなんだか。考えたこともなかった。まずシスコンの定義から教えてくれ」と本人はいたって真面目な顔だ。冗談ならもっと冗談っぽく言ってよ、それとも本気で言ってる? 私は歩を進め夏樹君の隣に行く。
「やっぱりいいや、話変えよ」私は面倒な話になりそうだったので、話題を変えた。
「夏樹君はこの事件、どう思ってる? もしかしてもう誰がやったか分かった?」
「さっぱり分からん」夏樹君は即答した。私はちょっぴり安堵する。さすがにここで分かったらもう神がかっているとしか言えない。
「早苗さんはどうなんだ。何か気になった事はあったのか?」
「う~ん、なんで誰も名乗り出なかったのか、が引っ掛かってるかな。別に悪いことしたわけじゃないのに。恥ずかしいのかな?」
「かもな。それか別の理由があったりして」
「別の理由って?」「さあ、何だろな」
話していると目的地に着いた。部室の引き戸には「ポケモンカードサークル」という張り紙が貼ってある。その真横には南京錠がフックにつるされている。ダイヤル式で4桁。普段はこれを使っているのだろう。

コンコンコン

「すいません、探偵部の早苗です」とノックして名乗ると、戸が引かれ南川君が現れた。なぜか気まずそうな表情をしている。



ポケカサークルの概略図

「すいません、わざわざ来てもらったのに。その… さっき聞いたら部員の一人が名乗り出て… だから無駄足になってしまいました」申し訳ないと顔を伏して言う。
「そ、そうですか」そうなのか。まあ、よかったか。無事解決したのなら。私は自分を納得させる。
「本当にすいません」と南川君は頭を下げた。
「いえいえ、問題が解決してよかったです。じゃあ、私たちはここら…」
「少し聞いてもいいですか」私の言葉を遮って後ろの夏樹君が言う。なんだいきなり⁉
「個人的な興味です、いくつか質問しても?」と彼が言うと「はい」と南川君は不思議そうな顔をして返答した。
「1週間前、誰が窓を開けたか、分かります?」
「窓?」「はい、窓からの突風で散乱したんですよね」
「えっとそれは…ちょっと待ってください」そう言うと南川君は部室の中に声をかける。
「すいません。分かりません」
「では1週間前にカードを発見した人物と今回名乗り出た人物は同じでした?」
「はい」
「その人になぜ昨日は名乗り出なかったか聞きました?」
「はい、彼が言うには、大したカードじゃないしもう自分の手を離れたものだから今更いいと思ったけれど、僕が探偵部の皆さんに相談したのを聞いて大事になるのは嫌だったので名乗り出たとのことです」
「部屋の配置は今と同じですか」
「はい、そうですけど」
「あなたは普段カードをスリーブに入れます? それともむき出しのままですか」
「入れません。なんだか面倒くさくて。僕としては対戦出来ればそれでいいので。保存状況はあまり気にしていません」
「では最後に一つだけ。部員の中でカードコレクターの人かいます?」
「ええ。一人熱心な収集家がいます。今回名乗り出たのも彼なんですよ」
「なるほど、ありがとう」と夏樹君は納得したのか質問を止めた。
「では僕はもう行きますね」と南川君は一礼して戸を閉めた。私たちは踵を返し部室に戻ることにした。


「ねえ、さっきのって何だったの」私は隣を歩く夏樹君を見る。
「別に… 特に意味はない。ただ気になっただけだ」とぶっきらぼうに言うとこちらを見て、「カードが無くなった日はどんな天気だったか、覚えてる?」と尋ねてきた。
「え、どうだったかな。ああ、確かあの日は1日中風が吹いてたはず。ほら確か台風が本州に接近していたよ」
「そうだったか?」夏樹君はとぼけた口調で言う。
「ねえ、本当は何か分かっているんじゃないの。教えてよ」
「いいや、さっぱり分からん。ただ…」夏樹君は口をつぐむ。「ただ?」私は聞き返す。
「いや、憶測で物事を判断するべきじゃない、もう終わったことだし。事件はすべて解決したんだ。依頼人の望みは果たされた、もう俺たちの役目は終わりだろ。考えるだけ時間の無駄だ」
「私はすごく気になるんだけど」と私は粘る。なんだか自分だけ分かってないみたいで悔しい。
「なら自分で考えてみればどうだ。探偵部なら自分で考えることも必要じゃないの」夏樹君は冷めた声で言う。私はその言葉に少しぐらつく。
「そうだよね。ごめん」彼の言うとおりだ。私は少し情けなくなる。安易に答えを求めてしまう自分に嫌悪感を抱いた。
「悪い、俺も言い過ぎた」と夏樹君は謝る。私たちは互いに黙り、廊下には足音だけがこだました。
「カードが散乱したのは本当に風のせいなのか」
「どうしてそう思うの?」
「散乱している場所が位置的におかしい。南川の話ではカードは窓の真下に散乱していた。一方でカードの置かれていた机は窓から70㎝ほど離れている。もし風が吹いて散らばったのなら真下には散らばらない。部室の中央に散らばるはずだ」




「確かに。つまり窓からの風で散乱したわけじゃない?」
「多分な。誰かが昼休みに部員が戻ってくる前に窓を開けた。窓を開けることであたかもカードが風によって散乱したと見せかけるために」
「ちょっと待って。もともと窓は開いていた可能性は無いの?」
「ない。あの日は1日中強風だったんだろ。なら活動中に窓を開けるはずがない」
私は活動している光景を想像する。
「どうして… あっ、そうか。カードゲームで対戦してるもんね。窓開けていたらカードが飛ばされちゃう」強風の中でカードゲームは流石にできない。
夏樹君はこくりと肯く。「だから窓を開けるとしたら活動が終わった後だ。Xはカードを散乱させた後、窓を開けた」
「待って、確か南川君は食堂に行くときに部室に鍵をかけたって言ってたよね」私は手帳を見て確認する。部室に南京錠をかけたと書かれていた。
「Xは部員かな」私は呟く。
「どうしてそう思う?」
「だって窓からの侵入は無理でしょ。だって部室3階だもん。さすがに窓からXが部室に入るのは無いよ。となるとXは扉から鍵を開けて入って来たの。部室の戸口にダイヤル式の南京錠があったでしょ。Xはその南京錠の番号を知っている人物。そうなると部員の可能性が高いでしょ」
「俺も同意見だ」と夏樹君。
「部員の誰かがカードを散乱させたとして、目的はなんだろう? 何かの警告かな?」
「それならなぜ窓を開ける。窓を開けて風のせいだと偽装したら警告の意味が薄れるはずだ」
「じゃあ、いじめとか? Xは南川君に敵意があった。だからちょっとした腹いせとしてカードを散乱させた」あまり考えたくないが。
「可能性としてはあり得る。実際にそれならそれでいい、腹いせだったなら気が楽だ」
「夏樹君は他の可能性に心当たりがあるの?」私は夏樹君の表情を覗く。
「カードを散乱させたのは意味がある。Xは南川に何かをさせたかったんじゃないか。それはカードを散乱させれば南川が必ずやること、例えばカードを拾い集めること」
「拾い集めること? でもそんなのにどんな意味があるの?」
「想像してみてくれ。早苗さんは自分のものが散乱していたら拾うだろ。拾った後どうする?」
「どうって壊れてないかとか、全部あるかとか… そうか、散乱していたらその状態を確認する!」確かにそれならカードを散乱させることは理にかなっている。
「ああ、Xは南川にカードを確認させたかったんじゃないのか。もし何か細工がしてあったのなら南川が気付くと思って」
「でもそれならなんでXは南川君に直接言わないの?」
「それは理由を聞かれるだろ。Xは理由を聞かれたくなかった。だからこんな回りくどい方法を行った」ああ、確かに。
「理由を聞かれると困る訳ね」
「それかはっきりと断言できないからかもしれない。いずれにせよXは南川にカードを確認させた」
「それで南川くんが確認したらカードが1枚無くなっていた。もしかしてXはこれを伝えたかったのかな。あれ、でもこれはXが散乱させたときに落ちたんだっけ」
「多分な。もしXが南川のカードがカバンの中にあるのを知っていたらわざわざカードを散乱させる必要がない。カードをかばんから出すだけでいいからな。そっちの方がずっと楽だ。ということはカードがカバンの中に入ったのは偶然の可能性が高い」
「南川君は枚数以外にはカードのこと言及していなかったよね。カードには異常が無かったってこと。ならXは何を伝えたかったんだろう」私は考える。
「それはX自身にも分からなかったんじゃないか。ここからは俺の想像だ。Xは食堂から部室に戻った時部員の一人が南川のカードをいじっているのを見つけた。その部員を仮にYとすると、XはYが南川に悪事を働こうとしていると思ったんだ。背中に隠れて何をしているかは詳しく分からなかったが、いずれにせよ南川に伝える必要がありそうだとXは感じた。だが確証がなかったのでカードを散乱させて間接的に南川にカードを確認させたという回りくどい方法をとった。Yが無実だった場合、Xは気まずいからな。Xにとってはこの方法の方が回りくどいがローリスクだったはずだ。あくまで事実であるとしたのならだが…」


「仮に夏樹君の推理が合っていたとして、Yは何をしたんだろう。何か見当つく?」私は訊く。
「ああ、仮にYがいるとしたら、Yが行ったのはおおよそカードのすり替えだろうな」
「すり替え?」
「そう。Yは南川のカードと自分のカードをすり替えた」でも、それはありえなくない?
「待ってよ。でもそれなら南川君がカードを数えるときに気が付くんじゃないの。だってカードが変わってるんだよ、知らないカードがあったら分かるでしょ」と私は思いついたことを言う。
「確かにAのカードとBのカードとをすり替えたら気が付かれるだろうな。でもAのカードとAのカードとをすり替えたらどうだ。全く同じカードなら気が付かれるリスクは小さくないか」
「ちょっと意味が分からない。なんで同じカード同士ですり替えるの⁉」
「早苗さんに問題。目に前に五十円玉が2枚あるとする。右のは50円の価値、左のは20000円の価値。さてこの違いは何だと思う?」
「それは… 左はエラーコイン、ほらギザ十みたいな珍しい奴。違う?」
「ご名答。そう、左の50円玉には穴が開いていなかった。だからその価値は跳ね上がった。多分今回の事件もそんな感じだろ。」
「つまり南川君はエラーコインならぬエラーカードを持っていた。で、それに気が付いたYはそのカードと同じカードをすり替えた。でも南川君がエラーカードを持っていたとして本人がそれに気づいている可能性もあるでしょ」
「いや、その可能性はほぼない。南川が言っていただろ、『対戦出来ればそれでいいので。保存状況はあまり気にしていません』って。加えてカードをスリーブに入れないとも言っていた。南川はカードコレクターじゃないんだろ。ならエラーカードに気が付いた可能性は低いし、気が付いていたとしてもその価値自体は知らなかったと俺は思う。逆に言えば、今回の事件はエラーカードの価値が分かる人物、つまりカードコレクターの犯行だと言える」
「そうか、だからさっきあの質問したんだね、部員の中にカードコレクターがいるかって」
「まあな。そしたら案の定、一人出てきた。ここまでの流れ的にその人物がYだろうな。だとするとYが名乗らなかったのも理解できる。南川の聞き方が悪かったからな」
「聞き方?」
「南川は『一週間前の件についてなんですが…』と訊いた。これをYは南川がすり替えに気が付いたのかと思った。だから名乗らなかった。でも今日になって南川が言っているのはすり替えのことではないと知る。だから名乗り出た」
なるほど。私は夏樹君の推理にしみじみと感心した。まさか、窓が開いていたことからここまで推理するとは。あれ、でも待って。
「でもさ、その推理って何か証拠あるの?」
「ない、全くの妄想だよ」夏樹君は即答した。私は立ち止まる。
「じゃあなんで戻ってきてるの。すぐに戻って証拠を見つけないと」急がないと犯人に隠蔽されてしまうかもしれない。
「見つけてどうする」夏樹君は振り返ると言う。少し冷めた言い方だった。
「南川君に事実を伝える」
「南川の依頼は持ち主にカードを返却することだ。それ以上でも以下でもない。仮に証拠が出てきたとしてそれを伝えるのは出過ぎた真似じゃないのか」何言ってるの?
「だったらこのまま黙っているの?」と私。
「ああ、そうだ。その方がいいだろ、南川の為にも」
夏樹君の発言に思わず声が出た。
「ふざけないで。そんなの南川君の為なんかじゃない、夏樹君は責任を取りたくないだけでしょ」言った後で後悔した。でも抑えられなかった。
「そうだ、悪いか」夏樹君は吐き捨てる。
「探偵に一番必要なものは何だと思う?」と夏樹君は自問するように言った。「才能? 論理的思考力? 違う。そんなものはどうにでもなる。探偵に一番必要なのは事実を解明しようとする意志だよ。どんな犠牲を払おうとも決して歩みを止めないという意志。それは俺には無いものだ」
夏樹君は小さくため息をつく。私は黙る。
「だから言っただろ、俺は足手まといになるって。俺は小心者だ、探偵には向いていない。事実を解明することに対しての責任も覚悟も持ち合わせていない」
「分かった。もういい、私だけで調べる」私は踵を返してポケカサークルの部室に向かう。
「勝手にどうぞ」と背後から弱弱しい声が聞こえた。


俺は探偵部の部室から校庭を眺める。背後から近づいてくる足音が聞こえる。
「どうしたの、ナツ。こんなところで黄昏ちゃって」振り返ると、姉貴が立っていた。肩にはカバンをかけている。
「別に、素数を数えてた」俺はそっけなく言う。
「ってか、小春と一緒じゃなかったの」痛いところを突かれた。
「早苗とは方向性の違いで別行動」俺は明後日の方向を見ながら答えた。「つまり喧嘩したんだ。ナツって意外と口悪いからね」
「うるさい」
「まあまあ、聞かせてみなさいって」
姉貴は俺の隣に来る。俺は事件の概要と早苗との口論を説明した。
「なるほどね。確かに方向性の違いだ」と軽く言う。
「姉貴は早苗と同じ意見だろ」
「まあね。でも私だっていつも悩んでるよ。私のやった事が誰かの心を傷つけているんじゃないかって。部長としてもっとシャキッとしていなきゃ駄目なんだろうけどね」
「俺には姉貴たちみたいな覚悟は無い」俺は愚痴を漏らす。
「ナツはさ、重く考えすぎなんだよ。全部を一人で抱え込む必要ない。完璧な人間はいない、だから仲間がいるの。ナツはなまじ優秀だったから今まで一人でやってこれたかもしれないけどさ。一人で進めないなら手を取り合って進めばいいの。私たち仲間でしょ」優しく言われると自分が情けなく感じる。
「ありがと、気が楽になる」
「まあ最後はナツが決めることだからさ、口出しはしない。私はいつでもナツの味方だから、ナツの選択を尊重する」俺は姉貴を見る。
姉貴は微笑を頬に浮かべていた。姉貴が本当に笑っているのか、作り笑いなのか分からない。昔はもっと分かりやすかった。すっかり変わったな。ああ、そうだ…なにをやっているんだ。俺は馬鹿だ、大バカ者だ。最初から知れているじゃないか。
俺は探偵にはなれない…だけど…。
「姉貴、ありがと。俺、早苗の捜査手伝ってくる」俺は戸口に向かう。
「了解。大丈夫、責任はすべて私が持つ。もし二人がへましても私が代わりに土下座して謝るから。だから気負わずにね」
「それ逆にプレッシャーなんだが」少し頬が緩む。
「そう?」
俺は再びポケモンカードサークルに向かうことにした。






あとがき
お読みいただきありがとうございます。まだまだ稚拙な文章ですが温かい目で見守っていただければ幸いです。
今回のテーマは、”少ない手がかりから如何に推理を組み立てるか”です。今回、圧倒的に手がかりが少ないです。そこからどうやって筋の通る推理を組み立てるのか。書いていてなかなか難しかったです。

書いていて思ったのは、”探偵に一番必要なものとは何か?”です。皆さんはどう思いますか? 私は最初、圧倒的な推理力だと思っていました。ホームズ、ポワロ、クイーンなど名探偵に推理力は欠かせません。でもそれはあくまで名探偵の話であり、探偵部に当てはまるのかという点では微妙でした。
”探偵に一番必要なものは事実を解明しようとする意志である”
作中でのこの言葉は
「足手まといなのは 力のない者ではない 覚悟のない者だ」
(BLEACH 朽木ルキア)を参考にしました。私の好きな言葉の一つです。

今作を通して、夏樹と小春の関係を少し書くことができました。本当はもっとハッピーエンドにするつもりでしたが、場当たり的に書いたので途中で二人が方向性の違いから対立するという流れになり、私が一番困りました。どうしてこうなった?
加えて、結末は読者の想像に任せるという(姑息な?)手段を取りました。これはひとえに私の文才が足りなかったからです、すいません。精進します。
夏樹と千秋の姉弟の会話も少し書けたのは個人的には良かったです。
第8話については今考えています。気長に待っていてもらえると嬉しいです。

長々と話してしまい申し訳ございません。
改めて最後までお読みいただきありがとうございました。
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登場人物紹介

小林 千秋

探偵部 部長

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