第12話 水まんじゅうは冷えているか

文字数 8,452文字


ある6月末の放課後。私は家庭科調理室に居た。
底の深い鍋に水、くず粉、わらび粉、砂糖を入れ中火でゆっくりとかき混ぜる。鍋の中の流体は粉気が無くなり少しづつ混ざり合い透明になっていく。ある程度の粘り気ができ十分混ざり合ったところで火を止めた。
「先輩、準備できました」私は対面にいる今野先輩に声をかける。今野先輩はお皿を布巾で拭く手を止める。
「ありがとう。じゃあ、小春ちゃん、カップの半分ぐらいまで注いじゃって。そしたら私があんこ入れてくから」と先輩は言い、お皿を元々しまってあった場所に戻しに行った。
「了解です」私は持ち手を両手で持った。鍋は想像以上に重たい。気を付けないと、うっかりこぼしてしまいそうだ。私は両手に意識を集中させた。
机の上にはカップが6つ置かれている。慎重にやけどに注意しながら、ゆっくりと鍋を傾けカップに流し込む。
「おー、コハル、うまいね」「ひゃっ!」両肩に手が置かれる。右後ろから突然現れた声に私は驚いた。振り返ると森下 夢がニタニタ笑っている。もう、からかわないでよ。
「こら、夢ちゃん。今重要なところなんだから邪魔しちゃダメ」
「はーい」夢は先輩の注意に元気よく返事した。
 私たちは今、お料理研究会の活動で水まんじゅうを作っている。お料理研究会はその名の通り部員で集まって週に一度料理を作る部活であり、私も部員の一人である。部活の規模として小規模で部員は5人しかいない。
「でも今日来てない人の分まで作るなんて部長、人が良すぎますよ。私たちだけで食べちゃっても罰は当たらないと思います」
 夢が今野先輩に文句を垂れる。今、調理室にいるのは私、今野先輩、夢の3人のみ(あとの2人の部員は用事で来られないらしい)だが、先輩はみんなの分も作ると主張した。
「それはダメ。材料費は部費から出しているでしょ。みんなのお金で作ったんだから来てない人たちにも食べる権利があるの」なだめるような口調で言う。
「じゃあ、余った一個は私たちで分けましょ。それぐらいはいいですよね?」
と夢はカップの一つを指差し先輩の横顔を覗く。甘えるような素振りは、思わず願いを叶えてあげたくなる魅力がある。
「これもダ~メ。これは顧問の先生の分だから」
今野先輩は優しく、しかしきっぱりと夢の提案を退けた。
「ちぇ、先輩のケチ」と夢は食い下がることはせず、代わりに捨て台詞を吐く。
 お料理研は生徒会公認の部活であるため、一応顧問が付いている。本来ならこの場にも顧問がいて私たちの安全を監視していなければいけないのだが、料理の時に現れたことは一度もなかった。部長の話では顧問は柔道部の顧問でもあり、手が離せないそうだ。なので調理の時は顧問の代わりに心を鬼にして目を光らしていると部長は言う。私からすれば調理中でも部長はすごく優しい気がするが…
「先生にはお料理研がしっかりと活動していると明言してもらわないと。部費をたくさん確保するためにもね。だからこれはある意味、献上品、つまり袖の下なの」
なるほど、それは知らなかった。お主も悪よのぉ、悪代官に黄金色のまんじゅうを渡す光景が目に浮かぶ。
「まあ、それは私の先輩から聞いた話なんだけどね。そもそも先生の分を作るのにはちゃんとした理由はあるの、ほとんど形骸化しているけど」
「へぇー、何ですか、理由って」と夢。
私も気になる。鍋を流しですすいでいたので水道を止めて耳をそばだてる。
「それはね…、毒味だって。生徒が食中毒になったらまずいでしょ」
「「ああ」」
夢と私は同時に声を発した。


先輩は水まんじゅうを冷蔵庫に入れた。
「よし、じゃあ後は固まるのを待てば完成っと。ぱぱっと片づけやっちゃおう」
「固まるのはどれぐらいかかりますか?」と私。
先輩はう~んと首を捻る。
「どれぐらいだろ、でも今日はもう時間が無いから今日食べるのはムリかも。明日の楽しみに取っておこう」
「え~ぇ」と夢は残念がる。
私も今日食べられると思っていたのでちょっぴり肩を落とした。
「まあまあ、そんな落ち込まないでよ、二人とも。そうだ、二人は幽霊の噂は聞いた?」
先輩は強引に水まんじゅうから話題を逸らした。幽霊? 私は首を横に振った。夢の方を見ると夢も私の方を見ていたので顔を見合わせる形になった。夢は首を傾げる。どうやら夢も知らないらしい。
「最近この学校で幽霊が出るらしいよ」
「キャー怖い」とおどける夢。「本当ですか?」と懐疑的な私。
先輩は話を続ける。
「誰もいないはずの部屋から物音がしたり、暗闇に光る火の玉を見たりだって。私の友達の1人も幽霊を見たらしくてね。その子が言うには、黄昏時の誰もいない音楽室からピアノの演奏が聞こえたらしいよ。音楽室の戸を開けると演奏も止まったらしくて気味が悪かったって」
「それは確かに不思議ですね」誰かのいたずらなのか、それとも本当に幽霊のしわざなのか?
「絶対幽霊だよ」夢は面白がっている。怖がる素振りは一切なかった。
「でも不思議なのよね、幽霊の話を去年は一切聞いたことが無かったのに」
先輩は首を傾げた。


 翌日の昼休み、お料理研のLINEに部長からのメーセージが届いた。珍しい、不思議に思いながら内容を確認する。
『誰か今日、調理室に行った人いる?』
どういうことだろうか? 意図が掴めなかったが私は『行ってません』と返した。他の部員たちも皆否定している。
しばらくしてまたスマホに通知が来た。部長から『ありがとう、詳しくは放課後に話す』との連絡が来ていた。


ホームルームが終わり、私は家庭科調理室に行った。私が着いた時には部員たちは全員揃っていた。テーブルには水まんじゅうのカップが5つ置かれている。私が来るのを待ってくれていたようだ。
「すいません、ホームルームが長引いちゃって」と私は荷物を端に置く。
「いいよ、私たちも今来たところだし」と今野先輩は微笑んだ。
私は夢の隣の椅子に座った。夢は何故かマスクを着けていた。
「どうしたの夢、風邪ひいたの?」
夢は「ううん」と否定した。だが少し鼻声な気がした。机の上にはポケットティッシュが置かれている。
「みんな、集まったね。じゃあ、食べようか、と言いたいところなんだけど…。その前に私の話聞いてくれる?」と今野先輩は椅子から立ち上がる。
皆の視線が部長に集まる。今野先輩はゆっくりと口を開いた。
「昼休みに私がみんなに聞いたことについてなんだけど。誰かが冷蔵庫のコンセントを抜いたらしいの」
一同がざわつき顔を見合わせた。
「先生に水まんじゅうを渡すために昼休みに来たけど、その時水まんじゅうが全然冷えてなくてね。冷蔵庫が動いてないのに気が付いたの。初めは故障かと思ったけど、昨日カップを入れた時は確かに中はひんやりしてた。もしかしてとコンセントを見るとプラグが抜けてて。プラグを挿し直して冷やしたのが、今みんなの目の前にあるやつ」
今野先輩はゆっくりと椅子に腰かけた。先輩は少し釈然としない様子だった。
私は手を顎に添えて考える、誰がどうしてそんなことをしたのだろうか?
この教室は普段は鍵がかかっていない。だから出入りは誰でも可能だ。
「先生はその水まんじゅう渡したんですか?」と夢は訊いた。
今野先輩は首肯した。
「先生はおいしいって言ってくれたよ。だから多分問題は無いと思うけど… でも誰が何のためにやったのか、が分からないと食べるのは心配だよね」
心配と言いつつ顧問を毒味役にするところを見るに、部長への認識を変える必要がありそうだ。意外と冷徹な面も持ち合わせているのかも…
「冷蔵庫には他に食材は入っていなかったの?」ともう一人の2年生である田部先輩が腕組みして言う。田部先輩は昨日、塾の個人面談があると言って活動には参加しなかった。
私は記憶を遡る。冷蔵庫にカップを入れるシーンを思い出していた。
確か水ようかんを入れた上段には何もなかった、だが下段の方は使わなかったので分からない。
今野先輩は田部先輩に対して首を横に振った。
「水まんじゅうしか無かったよ。冷凍スペースも一応見たけど何もなかった」
「誰かがコンセントを使うためにプラグを抜いたと考えるのが妥当じゃないですか」と夢。
「そう考えるのが一番合理的だけどそれだと、どうしてわざわざ調理室のコンセントを利用する必要があったのかな」今野先輩は首を傾げた。先輩の疑問は尤もだ。
私は家庭科調理室を見渡した。昨日からの変化を探したがぱっと見何も変わっていない。
「森下、泣いてるのか?」田部先輩がいつも通りのけだるそうな声を発した。
私は夢の顔を覗く。夢は目をこすっていた。両目は充血している。
「すいません、泣いては無いです。なんだか季節外れの花粉症みたいで」
くしゅんっ、夢は小さくくしゃみをした。すぐさまポケットティッシュから一枚取り出す。かなり辛そうに見えた。昨日はなんともなかったのにどうして?
「まあ、そんなわけだからさ。この水まんじゅうは各自持ち帰るのが無難かなって私は思う。食べたい人は食べればいいし、食べたくない人は…まあ、残念だけど家で処分してもらえばいいかなって。みんなはどう思う?」
私含め皆部長の提案に賛同した。原因が分からない以上食べるのに多少の抵抗はどうしても残る。誰かがプラグを抜いたことイコール、誰かが冷蔵庫の近くで何かをしていたことを意味する。もしそれがお料理研への嫌がらせだったとしたらこの水まんじゅうに何かがされていてもおかしくはない。
「小春ちゃんも夢ちゃんもごめんね。せっかく頑張って作ったのに」部長は申し訳なさそうに謝る。
「先輩は悪くないですよ」「そうです、悪いのは犯人です」私と夢はすぐさま否定した。
今野先輩は少し表情が明るくなる。先輩の瞳が一瞬潤んだように見えた。


 お料理研の集まりは解散になった。今、家庭科調理室に残っているのは私と夢だけで他の人たちは各々用事があると言ってあっという間に去っていった。私もいつまでも留まるつもりは無かったので椅子から立ち上がった。
「コハル、私たちで犯人見つけない?」
隣に座っている夢が鼻をかみ、訊いてきた。間違いなくさっきよりも鼻声が酷くなっている。
「このまま、何もしないのは私許せない。絶対犯人を見つけてやりたいの」
私は夢の性格を知っている、夢は一度決めたら決して止まらない。“初志貫徹”を人間にしたような性格だ。そして夢の目にはふつふつとした怒りがありありと見える。
夢の覚悟を知った今、私の答えは決まっていた。
「いいよ。私も原因を突き止めたい」
食べ物の恨みは怖いのだ、犯人にはそれを思い知らせる必要がある。
「それで何から始める?」
「そうだね」夢は少し俯いて「その前に…コハル、ティッシュ持ってない?」
ぐすん、夢は小さく鼻をすすった。


さてどこから進めるべきなのか?
プラグを抜いたのは必ず目的があるはず。私たちへの嫌がらせか、それとも別の意図があるのか? 
「私はお料理研への嫌がらせではないと思うの。もし嫌がらせだとするともっと直接的な方法もいくらでもあったはず。考えたくもないけど… だからさっき夢が言ったように犯人はコンセントを使う必要性があった説が一番有力だと私も思う」
問題は何を使ったのか、それが分かれば必然的に犯人も分かるはずだ。
夢は私の発言に首肯する。
「問題はどうしてわざわざ調理室のコンセントを使う必要があったのか、だよね。別にコンセントだけなら他の教室にもあるだろうし」
だが犯人は調理室を使った、必ず意味があるはず。
「すごーい。コハル、まるでドラマの刑事や探偵みたい」
夢は目を見開いて驚きの声をあげる。夢の大きな感情表現は個人的に見習いたい。手放しに褒められるとやっぱりうれしい。
「ありがとう」と私は微笑んだ。一か月前からシャーロックホームズを読んでいるおかげかもしれない、ありがとうコナンドイル!
心でコナンドイルに敬礼をして現実の事件に再び意識を戻した。
冷蔵庫のところまで行き、目的のコンセントを見るためにかがむ。コンセントには冷蔵庫からのプラグが1つ、電子レンジからのプラグが1つだった。
電子レンジのプラグを触ると指に埃がつく。
「何か分かった?」後ろに来た夢が期待した声で言う。
「電子レンジの方は抜いてないみたい」私は指に着いた埃を見せた。
くしゅん、ぐしゅん。夢は激しいくしゃみをする。
「大丈夫、夢?」
「うん、たぃしょうふみはぃ」鼻が詰って先ほどよりも辛そうだ。眼も充血している。
「夢、もしかしてアレルギーある?」
「たふぇものならなぃふぁず」と鼻をかみながら答える。
「ごめん、もう一回言って」「たへものはなぃ」
食品のアレルギーは無いのね。
私は周りを見渡す。犯人はここらで何をしたのか? 周りには黒板、黒板消しクリーナー、ゴミ箱、流し、机、カレンダー、それから家庭科準備室につながるドア。ゴミ箱を真上から覗くと消しカスや折れたチョークなどが底に見える。私はドアに近づく。
取っ手を持って回してみると滑らかにドアは動いた。えっ??
「このドア、空いてる」まさか開いているとは思わなかった。
夢が私の背中をトントンと叩く。私はドアノブから手を放し、夢を見る。
「ここみて」夢がドアの下部を指差した。そこには無数ものひっかき傷がある、まだ真新しい。もしかして……
「夢、1つ頼み事聞いてくれる?」


夢は私の言葉に従い外に出て行った。夢も同じことを考えていたのか、すんなりと聞いてくれた。
私は家庭科準備室のドアを開けて中を覗く。誰もいなくシーンとしていた。まあ、当たり前か。
準備室は一応の整理整頓はされているが、もの置き場と言うのが適切に思えた。ホワイトボード、山積みの教科書、コピー用紙の束、掃除機、扇風機、アイロン、ミシンっぽいやつ、食器棚、包帯っぽいロール、CDプレーヤーなどなどがパッと目に着いた。
この中で一番関係ありそうなのは何だろう? とっかかりは掴んだけれど全体像はまだ見えない。
私は中に歩を進め一通り、置かれている物、特に電化製品を意識して見回る。ほとんどの電化製品は埃をかぶっている中、一つだけ埃がぬぐわれている物を発見した。掃除機だった。
「掃除機か」
 犯人は掃除機を使ったに違いない。でもなんで? 調理室には掃除用のロッカーがあり箒もちり取りもあるはず、なのにわざわざ掃除機を使ったのにはどんな意味があるのか? 面倒くさかったのかな? “面倒くさい”の言葉で私は夏樹君を想起する。もしかして夏樹君が犯人? 違う違う、と私は一人で首をぶんぶん振った。たぶん彼ならコンセントに指し忘れるなんてへまはしない。
「集中しろ、私」
どうして掃除機を使ったのか? 必ず意味があるはず。箒よりも掃除機の方が犯人の理に叶っていた。掃除機のメリットって何だろう? パッと思いつくのは手軽、疲れない、箒よりもごみを回収できるなど。犯人はアレを回収するために掃除機を使った。
その時、私の中に雷が落ちたような衝撃が走った。 “天啓に打たれる”を初めて理解した。絶対に間違いない、証拠もまだ残っているはず。
「あったぁ!」
思った通り、それはあった。推測は確信に変わる。体が熱くなり高揚感か、呼吸が乱れる。落ち着け、落ち着けと胸元をさすり冷静さを取り戻す。右ポケットからスマホを取り出し夢に電話をかけた。


「コハル、犯人分かったの、ホントに?」5分後、夢が調理室の前で待つ私の方に走って来た。マスクを外しており、鼻声も随分ましになっていた。私は頷くと、夢はまじまじと両目を見開いて硬直した。
「頼み事だけど……分かった?」私が質問すると、夢は「もうばっちり」とオッケーサイン。
「私のクラスに新聞部がいて、そいつが教えてくれた。今この学校で広がっている怪談現象は3つ。体育倉庫に現れた火の玉、無人の音楽室から聞こえるエチュード、放課後に現れる幽霊だって」
「放課後に現れる幽霊について詳しくお願い」
「了解。発端は放課後、女子生徒がある教室から物音を聞いた。その部屋はもう誰も使ってない地学準備室、女子生徒は気になって中を覗いたが誰もいない。気になって立ち去ろうとするとやっぱり物音がする。怖くなって立ち去ろうと、去り際に地学準備室からおぞましい叫び声が聞こえたんだって。以上が幽霊の噂の発端。
その後、女子生徒以外にも何人もの生徒が地学準備室の廊下を通るときに物音を聞いたり、準備室の窓から睨む二つのまなざしを見たんだって。それで噂が爆発的に広まったらしいよ」
「今もまだ幽霊はいるの?」
私の質問に夢は首を振る。
「ある日を境に現れなくなったらしいよ。新聞部が調べに準備室に入って徹底的に調べたらしいけど何も見つからなかったって嘆いてた」
地学準備室から移動したのか。それで昨日は家庭科準備室に……。
「ありがとね、夢。凄く助かったよ」私は満足げに笑った。
夢は小さく口を尖らす。
「ねえ、コハル勿体ぶらずに教えてよ。誰がやったの?」
「まだ分からない」「えっ?」
「でも安心して。犯人は絶対に現場に戻ってくるから」


私は家庭科準備室で掃除機が誰かに使われた痕跡があるのを説明した。
「犯人は冷蔵庫のプラグを抜いて掃除機を使ったの」
「でもなんでわざわざ掃除機なの? 箒とかあるのに」夢は掃除道具のロッカーを指差す。その疑問は尤もだと思う。私は首を横に振った。
「掃除機じゃなきゃダメなの。箒やちり取りだと見つかるから」
「何が?」
「猫の毛が」「猫の毛?」と夢が訊き返すので私はコクリと肯く。
「犯人はどうして掃除機を使ったのか。それはね、掃除機はごみを内部に隠しておくことができるから。一方で箒だと集めたごみはゴミ箱に捨てるしかない。ゴミ箱に猫の毛が大量に入っていたら猫の存在が学校側にバレる。犯人はそう考えてわざわざ掃除機を使ったの」
私は掃除機のフィルターに大量の猫の毛があったのを説明した。先ほど閃いた時に確認したものだ。
ただ夢はまだ満足していない顔をする。
「確かに筋は通っているし納得もいく。でも待って、そもそもどうして猫の毛なの? なんでコハルは猫の毛だってわかったの?」
「それは準備室のドアのひっかき傷、幽霊の噂、それに夢」
夢はキョトンとした表情だ。
「ひっかき傷は言わずもがな、何かしらの動物がいた可能性を示唆している。幽霊の噂だけど、あれも猫のしわざだと考えれば納得いくの。おぞましい叫び声は猫の鳴き声で窓から睨む二つのまなざしは暗闇に光る猫の瞳を示している」
「誰かが地学準備室で猫を飼っていた?」
私は首肯する。
「犯人は地学準備室で猫を飼っていた。でも幽霊の噂が広がって猫の存在が発覚するのを恐れた犯人は拠点を移した。新聞部が調べても何も出てこなかったのは犯人が入念に隠蔽した後だったから」
「なるほどね、すごいよ、コハル! でも待って、私は猫とどう関わってるの?」
「夢ってさ、ペット飼ったことある?」
夢は首を振った。
「私の家、ペット禁止なの。それに家のママ、動物アレルギーでさ。動物に触れたりするとくしゃみとか鼻水とかが酷いらしくて…… え、えええ⁉ もしかして、私も動物アレルギー?」
「可能性は高いと思う。だって夢昨日までなんともなかったし。それに調理室の外だと少し楽じゃない?」
夢は戻って来た時マスクを外し、鼻声も改善していた。アレルギー源から遠ざかったのが良かったのかもしれない。
「確かに、そういえば今は楽かも」
「昨日、犯人はたぶん私たちが帰った後に家庭科調理室に来て猫の毛をトリミングしていたんだと思う。ある程度剃ってあげないと衛生的に良くないだろうし。それで剃ったはいいもののその毛の処分に困った。ゴミ箱に捨てたら掃除の時間に間違いなくバレる。だから犯人は掃除機を使った。掃除機なら回収と保存の両方を同時にできる。さすがにフィルターの中を確認する人間はいないと思ってたはず。掃除の時間に掃除機は使わないし」
私は犯人の次の行動を考える。
犯人まだフィルターを回収していない。昨日は時間が無かったのか? いずれにせよ犯人は回収に来るはず。
「あとは犯人が来るのを待ち伏せすればいい」
犯人のミスは冷蔵庫のプラグを挿し直さなかったこと、それに猫の毛の掃除が徹底していなかったことだ。だがそれ以上に一番のミスはお料理研を敵に回したことだと思う。調理室という神聖なる場を犯人は冒涜し、私たちは水まんじゅうを満喫する機会を失った。食べ物の恨みは怖い、犯人にはしっかりと分からせる必要がありそうだ。




あとがき
最後までお読みいただきありがとうございます。
今回はお料理研をメインに、ちょっとした謎を書きました。
小春が探偵役になるのをまだ書いていなかったので、それなら舞台はお料理研だと思いました。
今回、彼女の探偵としての成長を書けたのは良かったです。

ここ数話、学校の怪談の話がストーリー内でちょこっと出てますが、たぶん次の話もそれにちなんだものになるかもです。

改めましてお読みいただきありがとうございました。
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登場人物紹介

小林 千秋

探偵部 部長

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