第13話 エスケープ

文字数 8,099文字


 窓の外を見ると昼休みまでの快晴が嘘のように雨粒が窓ガラスを強く打ち付ける。朝の天気予報では今夜から明日の未明にかけて降り続けるらしい。先ほどから雷の音も2,3回聞こえた。
 目線を本に戻す。本の中では武士たちが武功を立てんと敵陣営に雄たけびを上げ襲い掛かる。敵陣営は奇襲にあえなく撃沈、敵大将はあっけなく打ち取られた。
先の見える展開が本への興味を指数関数的に減少させる。表紙にすっかり騙されたのが腹立たしかった。本を閉じカバンの底に突っ込む。
カバンの中から別の本を探ったが本のストックは無くなっていた。今日はついてない。
雨は一向に弱まらない、穴の開いたバケツのようだ。完全に手持無沙汰だった。
「小林君、今空いてる?」
綿菓子のように甘い口調でささやかれる。
顔を上げると長い黒髪の女子生徒が立っていた。クルっとした目に愛嬌のある笑顔は人当たりの良さを感じさせる。髪は艶やかでほんのりと柑橘類の香りがした。
顔には見覚えがある、同じクラスの川澄ナントカさんだった。一度ごたごた(第6話)に巻き込まれた縁だ。
「何かご用で?」とそっけなく答えた。
「小林君に頼みがあってさ。少し付き合って欲しいの」川澄はこちらに顔を近づける。パーソナルスペースを脅かされ俺は少しのけぞった。
俺は腕時計をちらっと見た。まだ時間はある。外を見ても雨は止みそうにはない。断る理由は……残念だが今のところ見当たらない。
「内容は?」俺が質問すると川澄の表情が曇る。
「えーっと、その、……あのさ、小林君は幽霊を信じる?」
要領を得ない答えだった。
「いないとは断言できない。それは悪魔の証明だから」
存在の証明は容易だが非存在の証明はこの上なく難しい。幽霊は神秘に似ている。あらゆる現象に理由を求めてしまう人間という生き物は、己の理解を超えたものを神秘と名づける。神の御業だと信じ心の安らぎを得る。幽霊も同じだ、ただ対象や方向性が違うだけ。人類が生き続ける限り、幽霊もまた生き続ける。
「そうなんだ」依然として暗い表情の川澄。
「体育倉庫まで一緒に来て欲しいの。私、定期券落としちゃって、たぶん倉庫にあるの。それで倉庫なんだけど、ほら今日雨だし、あの噂だと出るかもしれなくて……心細くて。だからお願い、頼まれて」と頭を下げる。
俺は教室を見渡す。教室には女子はもう川澄さんしか残っていなかった。男子は3人でたむろしているグループが教室の前後に1つずつと。なるほど、教室に残った人間で都合のいい人間は俺ぐらいらしい。
このような状況では、善良な一市民としてどのようにふるまうべきだろうか? 断るか否か、面倒なことはしない主義だが大局的な視点も大切だろう。先行投資だと思って協力するのも悪くない。どうせやることは無いのだ、散歩だと思えば丁度良いのかもしれない。
「分かった」といい俺は椅子からのっそりと立ち上がった。


廊下はじめじめとし陰鬱な雰囲気を醸し出す。
「そういえばさっき言っていた噂って?」俺は隣の川澄に質問する。
「小林君、知らないの? 体育倉庫に現れる火の玉って噂」
俺は首を横に振った。学校の怪談みたいなものか、と勝手に納得する。
「ある生徒が放課後に体育倉庫の窓に映るぼわっとした火の玉のようなものを見たんだって、2、3回も」
「雨の日にしか出ないのか?」
「そう。その生徒が見たのはいつも雨の日。だから今日出るかもしれないの」と少し肩を揺らす。相当幽霊が嫌いと見える。
俺は宙を見つめる。川澄は俺に何を期待しているのか。悪霊退散の効果は期待できない。それならオカルト研究会にでも頼んだ方がよい(そのような部活動があるかは知らんが)。もし本物の幽霊が現れたとして俺は対処する手段を知らない。完全なる門外漢である以上、俺はただただ心の安寧を与える御守りとしての役割が大きいのだろう。藁にもすがるということか。
雨の日に体育倉庫に現れる火の玉、1つの仮説はある。ただもしそうだとすると遭遇するといろいろと面倒だ。
まっすぐに延びる廊下の先に渡り廊下が見えた。渡り廊下の先には体育館があり、その隣には運動部の部室棟が、倉庫はその隣。渡り廊下に出て見ると雨が渡り廊下の屋根にたたきつける音が響き渡る。先ほどよりも心なしか勢いは増しているように感じた。
雨に濡れないようにひさしの下を通る。倉庫へのコンクリートの道は斜めに差し込む雨で薄く濡れている。足跡らしきものは無い。
俺たちは倉庫の前に行く。戸は閉じていたが南京錠は外れている。滑りの悪い戸を押し中に入る。電気のスイッチを探し右の壁を見たがそれらしきものは無し。
「あれ、明かりが点かない」カチカチ、とする音の先にはスイッチをいじる川澄がいた。
外から入る光で倉庫内はぼんやりと見えるがしかし探しにくい。
「川澄さん、スマホ持ってる?」と俺。
「持ってるよ」とポケットから黒と赤のスマホを取り出す。光がパッとつき地面が照らされる。
「小林君はスマホないの?」と不思議そうな目でこちらを見る。
「カバンの中に入れてある」スマホを持ち歩くのは正直面倒だ。
川澄はありえないと目を見開きその場に硬直する。驚いているのか、飽きれているのか分からないが言葉を失っていた。
俺は少し腰をかがめ地面を見る。ざっと見渡したが定期らしいものの影は見当たらない。
川澄も見つかった素振りは見せなかった。俺は立ち上がる。ある程度ありそうな場所は捜索したが出てこない。もはや手を動かすのは無駄だ。
俺は口を開く。
「川澄さんはどうして倉庫に定期を落としたと考えた?」
それなりの根拠があったはずだ。
「それは……教室も探したし、落し物のところにも行ったけど見当たらなかったの。だから後はここかなって。今日朝練でここに入ったから」
そうなんだ、と俺はつぶやき地面を眺める。いろいろと考えは浮かび、そして消えていく。倉庫の屋根に打ち付ける雨の音だけが響き渡り、ひんやりとしたすきま風が肌を撫でた。
「これだけ探して出てこない以上もうここにはないと思う」と俺は呟く。
そのとき地面を照らしていたスマホの光が消えた。倉庫は一気に明るさを失う。残っているのは戸口の隙間からのわずかな光のみ、あとは闇だった。
「うそ、電池切れ」と嘆く川澄。視界が不明瞭で表情が読み取れない。明かりが欲しい、そう思い戸口の方を振り向く、その時のことだった。
ふん、ふふん、ふふん。と下手な鼻歌。
ざざっと引きずる音、がこんと鈍い音、そしてガチャッという音。
俺はすぐに戸口に駆け寄り戸を引いた。びくともしない、がたがたと揺れるだけだった。扉をドンドンと強く叩くが何も変わらなかった。おい、マジか。
「えっ? どうなったの?」ピンと来ていない川澄。真っ暗でもはや輪郭すらおぼろげだ。
「残念な知らせだ」とどうせ見えないだろうが肩をすくめて見せる。
「……どうやら、俺たちは閉じ込められたらしい」




 これは天罰なのだろうか。このような偶然が重なることはあり得るのだろうか。
偶然にも川澄のスマホの電池が切れ、偶然にも中に俺たちがいることを気が付かなかった人間が倉庫に鍵をかけた。しかもその人間は外の雷雨のせいか俺が扉を叩いて反応したことに気が付かない。そんな偶然を許していいのか。呑み込みがたい事実だが、現実は残酷だ。
「なんでこんなことに」と愚痴がこぼれる。
「ごめん、私のせいで……」弱弱しく消えそうな声の川澄。
「別に誰のせいでもない。これは俺も想定外だった」ここで弱気になられては困る。
俺は壁にもたれて考えを巡らせる。
助けを呼ぶにも手段がない、大声も外の雷雨に打ち消される。スマホは使い物にならない。八方塞がりだ。倉庫を見渡す。ほとんど暗くて何も見えないが天窓から外の微かな光が差し込んでいた。人が通るには小さすぎる。そういえばあの噂……。一筋の光明を見つけた気がした。安堵で気持ちが和らぐ。
「小林君、ごめん」とわなわなと震えた声。川澄はこの状況にだいぶまいっている、見えなくてもありありと分かった。何とかしなければ……。俺は昔の記憶に答えを求めた。今回閉じ込められた時、デジャブだと思った。
「俺、実は倉庫に閉じ込められるの、2度目なんだ」俺は気晴らしに過去の話をしようと決めた。




「前にも……3年前の中1の時にも一回閉じ込められたことがある」と俺。
「それは……どうしてなの?」川澄は俺の話に食いつく。第一段階クリアか。
「俺が巻き込まれたのは事故みたいなものだ。中1の時、学校行事で林間学校があった。テントに泊まったり、キャンプファイヤーしたり、火でカレーを作ったりするあの行事。林間学校の初日の夕暮れ、倉庫にモノを取りに行ったら閂をかけられ閉じ込められた」
「誰かが閉じ込めたの?」
「まあな、でも俺が狙いじゃなかった。もう1人、倉庫には生徒がいた。閉じ込めた人間はそいつを困らせようとして鍵をかけた。まあ、いじめだよな」
川澄は何も言わない。俺は目をつぶって記憶を遡った。



5 過去
「今から大声で人呼ぶから、耳はふさいでおいた方がいいかもな」と俺は生徒に言う。
閉じ込められた場所は人目に付きにくい場所ではあるが、それでもテントからはそう離れていない。今頃火をつけて米炊いているところだろう。大声を出せば誰かしら気が付くはずだ。人さえ呼べば、外から閂をはずしてもらうことは簡単だ。
「ねぇ、ちょっと、待って」
さて、あとは何と叫ぶか。助けてくれ! は何だか気が進まない。倉庫の中の存在を気づかせればいいなら、おーい、で十分だろう。さあ、善は急げ。3,2,1。俺は息を腹いっぱいに吸い込む。
「待ってってば」と思いっきりジャージの裾を引っ張られた。思わずよろける。
「さけぶのは止めて、お願いだから」と深刻な口調で生徒(ジャージから苗字がウラベだと分かった)は言う。
「どうして」と俺。さっさとここから出るには叫ぶのが最適だ。
「だって……この状況を他の人が見たらどう思う?」
「どうってそれは……」そういうことか。何を危惧しているか、やっと理解した。
暗闇の密室に男と女が二人だけ、いかにも誤解されるシチュエーションだ。中学生なら猶更気になるお年頃。悪評が広まることを女子生徒は危惧しているのだ。もしかしたら閉じ込めた奴はそれも見越して俺がいるときに閉じ込めたのかもしれない。
叫ぶと言う手段が消された今、二の矢を考える。
「ごめんなさい」とウラベ。
「なんで謝る? 悪いのは閉じ込めた奴だろ」
「私が普通じゃないから……異常だから……」とウラベはふさぎ込む。思わずため息が出かけた。事情は知らないが少し苦言を呈したくなる。
「当たり前だろ、普通な人間なんてどこにもいない。正常と異常の違いなんて数の差でしかない。ありもしない普通を追いかけてありのままの自分を認めてやれない方がよっぽどみじめだ。普通にこだわるのは結構だが、それは他人の傀儡になるのと同義だ」
俺が言うとウラベは黙った。少し言い過ぎたとも思ったが反応がなく表情も見えない以上どうしようもない。
「悪い、言い過ぎた」はっきりと言いすぎるきらいがあるのは自覚しているがなかなか治らない。
俺はポケットに入っている物をすべて取り出した。軍手、油性ボールペン、林間学校のしおり、ティッシュしかなかった。
「何かつかえそうなものは持ってないか?」と俺。
ウラベはごそごそと取り出し俺の前に見せる。絆創膏、消せるボールペン、軍手、ハサミ、ハンカチ。
あるのはそれだけらしい。良い方法は無いか? 目をつぶり思考を巡らす。
「じきに日が暮れるね」ウラベは思い出したかのように呟く。
俺が倉庫に入った時、太陽は地平線に迫っていた。今頃はもう真っ暗かもしれない。
「ああ、もし全体集合の時間までに出られないならその時は叫ぶしかない。学年全体に迷惑はかけられない。それに全体集合に遅れたら学年全体に俺たちのことが知れ渡ることになる」タイムリミットはせいぜい20分程度だ。
「分かった」と小さく頷くウラベ。
俺は使えそうな情報を精査する。俺の班はちょうどこの倉庫の下あたりに位置する。なにがしかの方法であいつらに伝えられればよい。あいつらなら言いふらす可能性は低いだろう。
俺は倉庫を見渡す。倉庫には天窓が地面から2メートルぐらいのところにあるが、人の顔ぐらいのサイズで通ることはまずできない。どうしたものか、思案に暮れ5分が風のように過ぎ去った。



6 現在
「それでどうなったの?」と川澄の声。気持ちは多少落ち着いたのか、いつものしゃべり方になっていた。
「結果だけ先に言うと俺の企みはうまくいった。班の仲間に鍵を開けてもらうことができた」
「でもどうやって?」「暗号だよ」「暗号?」と聞き返す川澄。暗くて分からないがキョトンとした表情が目に浮かんだ。



7 過去
 俺は学校のしおりから白紙のページを破る。倉庫の中は薄暗いが目が慣れてきたのか、しっかりと凝らせば文字ぐらいは書けそうだ。
「申し訳ないけど君の……ウラベさんの持っているボールペンを貸して欲しい」とウラベの方に手を突き出す。
「何する気?」とウラベは訝しがりながらもペンを俺の手に置いた。
「下にいる俺と同じ班の奴に状況を知らせる。安心しろ、言いふらすような奴らじゃない。まあ、証拠は示せないが。それで今から紙にメッセージを書く」
「信じる、でもどうやって紙を渡す?」
「天窓から投げる。紙を石とかに巻いて重くすればある程度遠くまで投げられるし、たくさん投げればいくつかは拾われるはずだ。俺らの班に渡すように書いておけば1つぐらいは届くだろ」
「待って、拾った人が倉庫に来る可能性もある。だって倉庫に閉じ込められているって書かれているし」ウラベの意見は尤もだ。拾った人間が助けに来るのでは困る、あくまで俺の班の仲間が来るようにしなければならない。
「そうだな。だからあて先は俺の班の仲間にして、内容だけは暗号にする。そうすれば内容を読まれることは無い」
暗号はミステリー小説では定番だが、まさか自分が作る側になるとは思わなかった。
「暗号と言うほどじゃないが1つ策はある」
俺はそう言うと白紙の紙に向かうことにした。



8 現在
 「それでどうやったの?」と川澄さんは興味津々といった感じで質問する。答えを教えてもいいがここはこの話題を長引かせるのが最善だろう。助けがまだ来ない以上、不安から意識を逸らし続ける必要がある。
「使ったのは2つの黒のボールペンだけ。他のものは何も使っていないよ」
今考えればあれは暗号と言えるかは疑問だ。少なくとも“二銭銅貨”や“踊る人形”に出てくる類のものではない。あれらの暗号は共通鍵を知らなければ解くのは困難だ。20分そこらで解けるものでは決してない。
「ねえ、ヒントは無いの?」どうやらまだ分からないようだ。ヒントか、なかなか難しいことを言う。ある物のある性質を知っていれば分かる、それからあの時の状況も考慮すれば簡単だ。俺は口を開いた。
「女子生徒から借りたボールペンは消せるボールペンだった。それがヒント」
閉じ込められてから何分経っただろうか、時計を見るが真っ暗で文字盤が見えにくい。
俺はウラベのことを思い出す。あの出来事をきっかけではないがあの後に多少親しくなった。中2,中3では同じクラスになったのも影響したともいえる。今は確かJ高校に進学したはずだ。懐古主義ではないが思い出に浸るのもたまには悪くない。ぼんやりとしていると川澄が口を開く。
「私、分かったかも」



9 過去
「消せるボールペンはどうして消せるか知っているか?」と俺はウラベに訊く。うっすらウラベが首を横に振ったのが見えた。
「あれはこするから消える訳じゃない。高温になるとインク内で化学反応を起こして透明になる。こすって消えるのはこすることで生じた摩擦熱で化学反応が起きるからだ。今回もそれを利用する」
「どうやって?」
「火を利用する。外はもう真っ暗どこの班も夕食の為に火を使っているはずだ。メッセージに火にかざすように書く。火にかざせば消せるボールペンで書かれた文字は消え普通のボールペンで書かれた文字だけが残る」
そうすれば助けを求めることができる。咄嗟に思いついた策だが悪くはない気がした。
「あぶりだしの逆だね。面白そう」とウラベ。少し声が元気になった印象だ。
ウラベの同意も得て俺たちは作戦を実行した。5分後、予定通り俺の班の班長が閂を開けに来てくれ、倉庫からの脱出に成功した。



10 現在
「でもよく思いついたね」と川澄。
「運が良かっただけだ」あの時、思いつくのに5分もかかった。今思えば遅かったぐらいだ、テンパっていたのだろう。
「そういえばその後で犯人は捕まったの?」
「さあ、もともと俺はそこら辺の事情は知らない。女子生徒とはそこで別れたから」
「そうなの、じゃあいじめはまだ続いた可能性も……」
「あいつはそんなやわじゃないよ」と俺。つい自然に口に出ていた。口を滑った以上は話さない訳にはいかないだろう。俺は話を続ける。
「その女子生徒は強い人間だった、いじめをする奴よりもよっぽど。それは俺が保証する」
「そうなんだ。……小林君も隅に置けないね」と少し笑う川澄。なにやら誤解がありそうだが訂正するのも面倒くさい。
その時だ、微かに足音が聞こえる。少しずつ大きくなる音、誰かが近づいてきている。
俺は持たれていた扉から少し離れる。
「どうしたの、小林君?」
「助けが来た」「えっ?」「火の玉だよ」
俺がいうと川澄が俺の背後に隠れる。
「大丈夫、火の玉って言っても人間だ」訂正するが川澄は背後から動かない。右の袖のシャツを小さく掴まれる。申し訳ないことをした、そう思ったがもう説明している時間は無い。
カチャっとする音の後、ずずーと戸が横にスライドする。
倉庫に外の光が差し込み、急に明るくなった。
俺の目の前には男性教師が立っていた。



11
「君たちここで何をしている」男性教師は語気を強めて言った。
俺たちは閉じ込められた経緯を説明する。川澄の定期券の話題が出た時、男性教師はおやっという顔した。
「もしかしてこれか」とポケットからマナカを取り出す。
「はい、これです。でもどうして?」と川澄は安堵と疑念が混じり合った顔をする。
「すまん、昼休みに拾ってポケットに入れたまま忘れてた」と頭をぼりぼりと掻きながら謝る。川澄は文句言いたげな雰囲気だったが自重し恭しく礼を言った。
「もう、遅いから早く帰りなさい」
男性教師に促されるまま俺たちは体育倉庫から立ち去った。
渡り廊下まで来ると川澄が愚痴をこぼす。
「もう最悪。勘弁してよね」どうやらあの教師にはまだ相当ご立腹のようだ。俺は黙って愚痴に付き合う。階段を上がり教室に戻る。教室にはもう誰もいなかった。
「そういえば、小林君はあの先生が火の玉って言っていたけど……」だいぶ落ち着いた川澄は俺に訊く。俺は窓際に来るように手招きした。
「ここから見える、ほら、火の玉が」目線の先には体育倉庫、そこの天窓には赤い光が見えた。
「どういうこと?」とキョトンとした表情の川澄。
「単純な話だ、あの男性教師は煙草を吸っている。火の玉が見えるのは雨の日の放課後。晴れた日はたぶん別の場所、グラウンドの隅とかで煙草をふかしてるんだろ。でも雨だと外は使えない。生徒や他の教員に見られるのも困る。総合的に考えて体育倉庫の中で吸うのが一番安全だと思った。雨だから生徒は来ないし、火災報知器もないから思いっきり吸える。だが実際は問題が1つ。天窓を通じて煙草やライターの明かりが校舎から見えたこと。これは想定外だったはず、もし知っていたら見えない位置で吸ったはずだ。だが運がいいのか悪いのかその生徒はその光を幽霊のせいだと錯覚した、火の玉が現れたと。これが真相だ」
「なんだか分かるとしょうもない話ね」と川澄は呆れた表情。
幽霊の正体見たり枯れ尾花、まあ、学校の怪談なんてそんなもんだろ。
俺は窓の外を見る。雨は止んでおり、天使のはしごが見える。神々しい、只々それしか言えなかった。
終わり良ければ総て良し。俺は荷物を持って教室を後にした。
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登場人物紹介

小林 千秋

探偵部 部長

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