第11話 売上金にはご注意を

文字数 5,135文字


部室の戸を開けると、早苗が手前の椅子に座っていた。
こちらの存在に気づくとカバンからファイルを取り出す。俺は構わず自分の定位置に荷物を置き椅子に腰かける。

「夏樹君、今度七夕祭りがあること知ってる?」

俺は首を振って否定する。昔から祭りに積極的に行くようなタイプではない。最後に祭りに行ったのはいつだったか? 中学での学園祭ぐらいしか記憶にない。加えてここには高校生になって来た、よそ者だ。知るはずが在ろうか。

「その祭りでね、お料理研も参加するの。露店でちょっとした販売をするんだけど、もしよかったら来てね」

早苗はファイルからカラーのチラシを取り出しこちらによこす。チラシには大きく“七夕祭り”と書かれており、なるほど“お料理研究会”のことも小さく書かれている。七夕まつりは2日間週末に行われ、お料理研究会は一日目のみの参加とのこと。
ふと古びた記憶が蘇る、1年前に起きた出来事の記憶が。そのせいで我ながら理解不能な返答をした。

「売上金盗まれないように気をつけた方がいいかもな」

俺は何を言っているのだろうか。もっとましな返答はいくらでもあっただろうに。思考の並列処理はまだまだ俺のスペックでは厳しい。今はただ泰然としよう、何も変なことは起きていない。

「ああ、うん。そうだね」

早苗は俺以上にどぎまぎした反応を見せる。落ち着け早苗、今のはごくありふれた日常会話だ。心の中で説得するが早苗は依然として得心した顔を見せない。

「でもそれってどういう意味?」

やはり聞いてくるか。早苗は好奇心を瞳に宿し無垢なまなざしを俺に向ける。もはや逃げ道は無い、俺は観念して口を開いた。



「俺が中3の時、文化祭で売上金が目を離した隙に盗まれる事件が起きた」

あの出来事は断片的でおぼろげに、しかし重要なところは鮮明に覚えている。早苗は口をポカンと開けゆっくりと瞬きをする。感情が読み取りやすい。

「それ、ホント?」と早苗。

俺は肯いた。事ここに及んで嘘は言うまい。だが…

「一円にもならない話だ、気にしないでくれ」

言うのはここまでだ、今更感傷に浸るつもりはない。
俺は自分のカバンを探る。読みかけの本が2冊、さてどちらを先に読むべきか。

「私、気になる。教えてよ」

早苗は俺に眼差しを向けるのを止めない。意識しないのは無理な話だった。

「分かった、話すよ」

俺は手に持った本をとじカバンに戻す。早苗はにっこりと笑みを浮かべた。

「さっきも言った通り、中三の文化祭に事件は起きた。文化祭は2日間にかけて行われて事件は一日目の営業終了後俺たちのクラスで起きた」

今更ながらどうしてとんちんかんな返答をしてしまったのかが分かった、状況が似ていたのだ、今回の事件に。

「俺たちのクラスではカフェをやった。準備も簡単で受験生には最適な出し物だ。一日目の日程が終わって客たちは帰り、俺たちも片づけと帰宅の準備をした。その時、現金が金庫から盗まれているのが発見された。金庫は開かれた状態であり、鍵穴のところには無数のひっかき傷がありこじ開けられた形跡がある。鍵穴は完全にひしゃげていた。そして中身を確認すると小銭は無事だが札がごっそり抜かれていた」

あの時、教室は騒然とした。まさかそんなことが起きるなんて、犯人以外の全員が思ったはずだ。



「それでどうなったの?」

「もちろん、すぐさま教師に連絡が行き担任が飛んでやって来た。カンカンだったよ。犯人は名乗り出ろと俺たちに言ったが、誰も名乗り出ない。明日の終わりまでに名乗り出なかったのなら警察に連絡すると担任は言ってその場はお開きになった。担任から解散されたはいいものの、今度は生徒間での犯人探しが始まった」

信頼は疑念に変わり、友情は脆く崩れ去っていく。人間の闇を垣間見た気がした。
早苗は申し訳なさそうな顔をする。だがもう遅い。

「犯人として挙げられたのは一人の男子生徒だった。金庫のカギを持っていた生徒はそいつだけだったからだ。金庫のカギはそいつの上着のポケットの中にあった。誰が見てもそいつが犯人だと思えた」

男子生徒は優等生で教師からの人望も厚かった(金庫のカギを任されるぐらいだ)。男子生徒はもちろん犯行を否定した。自分が犯人なら鍵をこじ開ける必要はないと訴えたが聞く耳を持つ人間はほとんどいない。
要するにクラスの大半は犯人が誰かなんて興味がなく、さっさと事件が終わることを望んでいたのだった。

「夏樹君はその事件に関わったの?」と早苗。

「ちょっとだけだが。一人のクラスメイトに生徒に頼まれた、一緒に捜査をしないかと。そいつは今回の事件に納得していないようだった」

『僕はこの事件、何か裏がある気がする。だから夏樹君、力を貸して』確かこんな感じだった、本当はもう少し言われたのだろうが思い出せない。
結局、俺は捜査に協力することにしていた。

「捜査は、まずは容疑者を絞るところから始まった。
多くのクラスメイトの話から金庫は営業が終わってすぐ、男子生徒が鍵をかけた。その後は金庫を誰も見ていなかった。皆鍵をかけて安心していたらしい。だべりながら荷物を片付けたり他のクラスに遊びに行ったりなど各々自由なことをしていた。
事件発覚がおよそ10分後、つまりその十分間の間に犯行は行われた」

誰一人犯行を目撃した人物はいなかった。金庫が置かれていた位置も物陰でマイナスに働いた。

「それでもまあ、容疑者は4人に絞ることができた。その時間にアリバイが無かった人間かつ俺らの教室に出入りした人間だ」

徐々に記憶は鮮明に細部まで再現され、容疑者との会話のリプレイ映像が頭の中で展開される。



「容疑者は四人。面倒だからA、B、C、Dとする。
 Aはさっき話していた犯人扱いされた男子生徒だ。鍵は彼だけが持っており彼自身、鍵をかけてからは一階の自販機に飲み物を買いに行ったと証言した。鍵を入れた上着は自分の机に掛けていたから鍵を盗もうと思えばだれでも盗めるとも。Aは自販機で買ったアクエリアスのペットボトルを見せた。
 次にB、女子生徒だ。Bはその時、空き教室で電話していたと証言した。電話の相手は他中学の友人。中学ではスマホの利用は禁止されているから隠れていたと力説していた。確かに発信履歴には犯行の時間に電話した履歴が残っていた。
 次にC、男子生徒だ。素行が悪く一言でいえば不良だ。彼は何をしていたか何も言わなかった。アリバイが無いのに彼はだんまりを決め込んだ。だが彼が何をしていたかはおおよそ分かった、たばこのにおいが彼のシャツに染みついていた。
 最後にD、男子生徒。この生徒は隣のクラスの生徒だった。何でもごみの回収当番で各教室のごみ箱のごみを袋を持って回収していたらしい。教室には30秒程度しかいなく盗む時間なんて無いと彼は言った。確かに金庫のカギを鍵なしで開けるには30秒では足りないだろう」

一息つく。自分でもよく覚えているなと感心した。
確か犯人はこの中にいた。そうそう、あいつだ。トリックは分かればとても単純で、なるほど中学生らしい。

「犯人は今あげた4人の中にいるの?」と早苗。

俺は肯く。早苗は手を顎に添え考える。その姿は旧友を想起させる、そういえばあいつとしばらく連絡とってないな。去る者は日日に疎しか。
早苗を見ると目が合った。その瞳は無垢で澄んでいる。

「夏樹君、何かヒントある?」



「容疑者Bの電話相手にも話を聞いた。電話相手とBとの証言は合致しておりBが電話していたのは間違いない。またCは観念して校舎裏のごみ捨て所で煙草をふかしていたことを言った。だが目撃者はいない。ばれないように吸っていたなら当たり前だが」

早苗は依然として首を傾げたままだ。ヒントの出し方が悪かったかもしれない。

「私の推理いい?」

早苗は顔晴れないながらもそう言った。どうやら犯人の見通しが立ったようだ。俺は肯く。

「今回の事件、私は計画的な犯行だと思うの。もし私が犯人ならもっと人がいない時間、例えば1日目に皆が帰った後とか2日目の朝まだ誰も学校に来ていない時間とかにやる。でも犯人は人が多い時に犯行を行った。それは多分、犯行に自信があったからじゃないかな」

「確かに」なるほど、一応の筋は通ってる。

「計画的な犯行だとすると、容疑者はアリバイを用意すると思うんだよね。だとするとアリバイの無いAとCは犯人じゃない」

「となると犯人はBかDのどちらかになるが」

「Bが電話していたのは間違いない。Bには犯行はムリだと思う。だから消去法で犯人はD …なのかな」

早苗はまだ自分の推理に確証を持っていないようだ。俺はにやりと笑う。

「ご名答」と俺。

パッと早苗の顔が明るくなる。本当に分かりやすい。

「それで早苗は、どうやってDが犯行を行ったかは分かった?」

早苗はシュッと小さく俯いた。そこはまだ分かっていなかったようだ。


「この事件、不思議な点が一つあった。
それはどうして犯人は金庫ごと持ち去らなかったのか? 言い換えるならばどうしてわざわざ金庫をこじ開けて紙幣を盗んだのか? だ」

「どうしてって普通金庫なんて持ち運べないよ」

おいおい、まさかそこからなのか。俺は早苗との認識の違いに戸惑う。確かに俺の説明不足だが…

「早苗は金庫を旅館とかにある据え置き型のものだと勘違いしているかもしれないが、俺の言っているのは手持ち金庫のことだ」

「えっ、そうなの?」

確かに金庫の説明で手持ち金庫だとは言わなかった。だが普通学際で使う金庫は手持ち金庫だ、第一教室に据え置き型の金庫なんてある訳がない。

「もし俺が犯人なら金庫ごと持ち去るけどな。わざわざ教室で金庫をこじ開けようとは思わない。誰かに見られたら一巻の終わりだ。だが実際は金庫は教室に置かれたままであり紙幣だけが無くなっていた。これはどういうことか? Dは本当に30秒で鍵をこじ開けたのか? いや、それはありえない」

となると方法は一つだ。俺は指でピースサインを作る。

「金庫は2つあった」

早苗はぽかんとした表情を見せた。



「金庫が2つ、一つはもともとの俺たちのクラスの金庫、もう一つが犯人のDが今回の事件のために用意した金庫だ。Dはあらかじめ金庫の鍵をこじ開け中には小銭しかいれなかった。もう分かっただろ、Dの犯行が。
 手口は非常に簡単だ、Dは教室に入ると置かれていた金庫を入れ替えるだけでいい。Dはゴミ当番でゴミ袋を持っていた。手持ち金庫ぐらいならすっぽり入る。すり替えた後はなに食わぬ顔で教室から出て行った。犯行時間が30秒もあれば十分足りる」

教室から出て行った後は、金庫を安全な場所に隠したのだろう。

「同じメーカーの同じ種類の金庫なら見た目は同じでまさか金庫がすり替えられたなんて思わない。鍵を鍵穴に挿せば違う金庫だとわかるだろうが、鍵穴をひしゃげさせることで鍵が挿さらない理由を正当化した」

手口はシンプルだが、シンプルだからこそなかなかバレにくい。うまいやり方だと感心した。

「夏樹君はいつからDが怪しいと思ったの?」

「Cの証言だよ。Cはゴミ捨て所で煙草を吸っていた、そして目撃者はいない。
おかしくないか、Dはごみ当番で各クラスのごみを回収していたはずだ。回収後はごみ袋をごみ捨て所に捨てる。だがCは誰も見かけていない。Dがゴミ袋を捨てに来なかったからだ。
Dのごみの回収には別の目的がある、その時分かったんだよ」

Dは当番と文化祭の日は偶然重なったのを利用し計画は成功した。だがすり替えの後、油断してゴミ捨て所にゴミ袋を捨てに行かなかったミスを犯した。

「Dの後を尾行して、金庫を出したところを現行犯で捕まえた。Dは最初は抵抗したがAから借りた鍵がDの持っている金庫にぴったり挿さるのを見て自白した」

「どうしてDはこんな事件を起こしたの?」

早苗は不思議そうに聞く。確かにわざわざ別の金庫を用意するのは面倒だ。それなりの動機があったはずだ。だが…

「忘れた」「えっ」

正直、動機に興味は無かった。だからDが何て言っていたか全く覚えていない。






あとがき
最後までお読みいただきありがとうございます。
今回は夏樹の過去に遭遇した事件について書きました。また夏樹と小春の会話を書くことができたのもよかったです。夏樹が何を考えているのか、思考の一旦を皆さんに見せることができたのは良かったと思います。
手の込んだ犯行もいいですが、私はシンプルな犯行も好きです(あくまでミステリーでの話です、現実の犯罪は嫌いです)。
シンプルな犯行はミスが起きにくく、手がかりが少ないです。そのため探偵の腕の見せ所とも言えます。
皆さんはどのようなミステリーが好きですか?
もしよかったら教えていただけると幸いです。

改めましてお読みいただきありがとうございました。
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登場人物紹介

小林 千秋

探偵部 部長

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