第4話 月火水木金事件

文字数 10,568文字


 型破りとは、型があって初めて存在する。常識を知らなければ非常識にはなれない。定跡を知らなければ、力戦はできないと、今しみじみと痛感した。僕は駒台に手を添え宣言する。
「負けました」お互いに一礼をして感想戦が始まった。そう、僕は今将棋を指している。
「どうして筋違い角をしたんだ。定跡好きのトーシローが珍しいな」将棋盤を挟んで対面している男子生徒は駒を初期配置に並べながら言う。トーシローとは僕、砂川 冬史郎のことだ。僕は将棋盤の上で燦然と輝く(ように見えた)王将を持った。
「聞いてくれ。昨日、僕は王将を見つけたんだ」意気揚々と話したのだが相手は、「はあ。そうかよかったな。王将がないと将棋は指せないからな」と興味なさげに淡々と駒を並べ続ける。
「違う違う。王将というのは例えだよ。僕は昨日素晴らしい女性に会ったってこと」僕が修正するが「そうか。よかったな」と変わらずの態度だ。
「ちょっと反応薄くない! おめでとうの一つでも言ってくれよ」僕は想像と異なる彼の態度に文句を垂れた。彼は僕の顔見て、「なんでだ。まだ見つけただけで、何も進展してないんだろ」と言った。僕は首を横に振る。
「いや。進展はあったよ。僕は彼女の部活に入ったんだ」今度こそ驚くか、と期待していたのだが、返って来たのは「そうか、大きな進展だ。おめでとう」という抑揚のない言葉だった。
「ありがとう。でもぜんぜん興味ないんだね、他人の恋路には」彼は既に駒を並べ終えていたので僕も急いで初期位置に並べ始める。
「それは違う。俺は恋にも女子にも興味はある。ただ観察対象としての興味だ。個人的な興味は持ち合わせていない」と彼は同じ高校一年生とは思えない考えを開陳した。
「観察対象としての興味か。でも観察するだけじゃ分からないことも多いんじゃない」と疑問をぶつけると、「確かに、多いに違いない。だがそれでいい。トーシローには悪いが恋はコスパが悪い、観察から導き出された結果だ。そして俺はコスパが悪いものは好きじゃない」
と断言する口調で彼は言い放つ。「そうか、やっぱり君は面白い奴だ」と僕は言った。
僕が駒を並べ終えたので、感想戦を一通り行った。感想戦が終わると、「次は何をする。チェスか囲碁か、それともオセロにでもするか」と彼は駒を箱にかき集めながら言う。
「オセロにしよう。しばらくやってなかったからね、お手柔らかに頼むよ」
僕は将棋の駒を箱の中に掻き入れ、将棋盤をたたみ元あった場所、上から二段目の棚に戻した。僕が机に戻るとすでにオセロの準備がされていた。ジャンケンを行い、先攻、後攻を決める。僕は先攻になる。
「それでその彼女はどうなんだ?」と彼が言う。
「意外だな。興味ないんじゃなかったの」僕が訊き返すと、「相手に話をさせて集中を削ぐ作戦だ」と彼はそう言った。
「なるほどね。じゃあ、遠慮なく話させてもらうよ。それで、何が聞きたい?」
「俺に訊くのか?」不意を突かれたのか彼は少しばかり驚きの声をあげた。「僕ばっかりが話していたらフェアじゃないだろ」と相手のペースが少し乱れたことに満足し僕は石を置いた。
「じゃあ聞くがその生徒は2年、それとも3年、どっちだ?」彼の質問は僕の想定外のものであった。僕は顔を上げる。
「相手が僕らと同じ一年である可能性は考えないのかい」なぜ彼がその可能性を排除しているのか気になった。なぜ一年生でないと断定できるのか。
「考えたさ。だが可能性は低いはずだ」と彼は盤に石を置く。「その根拠は?」
「根拠はさっきの言葉 “彼女の部活”だ。なぜ“彼女の”といったのか。もし相手が一年なら“彼女と同じ部活”とか言ったはず。もちろん“彼女の所属している部活”という意味だった可能性もあるが、まあ可能性は低いと考えた。となるとトーシローの言った“彼女の部活”とは言葉通りの意味、彼女が主体の部活と意味になる。部長だと仮定する。まだ入学して2か月程度の一年生が部長をやっている可能性はかなり低いはずであり、女子学生とは上級生だと考えた。以上、何か反論は」彼の話はなるほど実に論理的だ。だが…
「なるほどね。名探偵に賛辞を贈りたいところだけど。残念、半分正しくて半分は間違い。彼女は僕らと同じ一年生だよ」僕がそう言うと、「じゃあ正しい方は」と食い気味に聞いてきた。
「彼女が主体の部活つまり彼女が部長をやっているのは当たってる」
「そうか、部長を任されるなんて相当優秀なんだな」気のせいか、一瞬彼は眉を曇らせたように見えた。が、問いただすことではないので気にしない。
「ああ、確かにね。彼女はすごいよ。ほかに訊きたいことは?」
「彼女の入っている部活は?」
「当ててみてよ」
「ならいい。質問を変える、トーシローはその彼女とどこで会ったんだ」
「食堂さ。僕らは偶然にも隣の席だったんだ。いや、彼女の隣の席が偶然にも空いていたというのが正確かな」僕は彼女との出会いを語ることにした。


 食堂に行くと、そこは阿鼻叫喚の巷と化していた。ちょうど利用のピークだったらしく席はほとんど空いていなかったね。急がねば座席難民になる、僕はA定食を頼んで空いている席を探したよ。そしたら偶然にも食堂の壁際の席が一つ空いているのを見つけた。ちょうどレジのとこからは死角になっていてね、よく見ないと空いているのが分からなかったからすごいラッキーだったよ。近づいてみると、そこは二人用テーブルでもう既に利用者が一人いた。例の彼女だよ。僕は訊いた、「この席いいですか」ってね。誰かと連れできている可能性もあると思ってさ。彼女は快い返事をしてくれたよ、やさしく微笑んでくれた。僕はテーブルにランチを置いて席に着いた、とりあえず席を確保してほっとしたのと同時に、なんだか昨日からの溜まった疲れがどっときたね。僕は無意識に大きなため息をついてた。
「もしかして何か不快でしたか」対面の彼女が箸の止め、僕の顔を見る。彼女申し訳なさそうな表情をしていた。しまった、僕はすぐ謝ったよ。
「違うんです。ちょっと疲れがどっときて。すいません、気分を害してしまって」僕がそう言うと、彼女の表情は和らいだ。
「ならよかったです、私、ここの食堂使うのが今日が初めてで。何か不文律を破ってしまったから、呆れられたんじゃないかって。すいません、完全に私の被害妄想でしたね」彼女は申し訳なさそうに言うんだ。僕はすぐに誤解だと知らせたよ。
「いいえ、自然な反応ですよ。逆の立場だったら僕もそう思ってます。非は完全に僕にあります」ってね。
「お優しいですね」誤解が解けたのか彼女の顔に微笑が戻った。
「優しくなければ生きていく資格はありませんから」僕がそう言うと、「フィリップ・マーロウですか」と彼女は驚きの声をあげたんだ。
「驚いた、知ってるんですか」僕も彼女の反応に驚く。「ええ、半年前くらいに読んだとこです。彼、かっこいいですよね」
意外だったよ、レイモンド・チャンドラーを知っている同年代の女性に会えるなんて思わなかった。僕らのマーロウについて話した。その後はホームズ、ポワロ、クイーンと続いたね。会話はすごい面白く刺激的だったよ。この学校にこれほどまでのミステリー通がいるのが嬉しかった。そのときふと、今僕を悩ましている問題について彼女に意見を訊いてみようと思ったんだ。何か有力な糸口を見つけるヒントを与えてくれるかもってね。
「最近この学校で起きている召集状の事件知ってます?」同学年だと知り彼女との会話は少し気が楽になっているのを感じた。堅苦しい敬語はお互いに無くなっていた。
「学年集会で先生が言っていたのだよね、誰かが偽の召集状で人を呼び出しているっていう変な事件。でもどうしてなの?」彼女は不思議に首をかしげた。
「僕、その事件を少し調べているんですよ」僕が言うと、彼女は目を見開いて驚いた表情を見せた。「それ本当⁉ でもどうして?」
「クラスの噂で、ある一人の生徒が犯人じゃないかって話があって、でも詳しく聞くと犯人だと決めつける証拠は何もないんです。多分その子を嫌う誰かが無責任に言い始めたことなんでしょうけど、なんだか聞いていられなくて。だから調べることにしたんです」
あいにく正義感から出た動機ではなかった。ただ事実が知りたいと、噂を聞いて率直にそう思ったんだ。彼女は何も言わなかった。ただ少し俯いて何かを考えているようだった。その顔は困惑していたように見えた。
「もしよかったら事件の話を聞いてもらえないですか。いちおう事件は一通り、調べたんです。でも誰がやったのか分からなくて。もし可能なら意見が欲しくて」彼女は黙ったままで、返答はノーかと思った。だから彼女の返答は意外だったよ。
「私なんかでいいの?」彼女は言った。僕は拒絶されるかと思っていたから嬉しかったよ。
「もちろんです。是非ともよろしくお願いします」僕は頭を下げた。そうすると彼女の方も「こちらこそよろしくお願いします」と頭を下げた。傍から見たら変だったろうね。
お互いが顔を上げたところで僕は事件の話を始めた。


「その話、まだ長いのか?」僕が話すのを一旦止めたとこで男子生徒が訊いてきた。
「え? まだ導入部だよ。ここからどんどん面白くなってく」僕は言う。
「そうか。話は変わるが、6手後にトーシローの負けだ」僕は目の前にあるオセロの盤面を凝視する。深く読んでないが、ぱっと見ではまだ接戦だ。
「え?」そんな馬鹿な!
「さっきから話すことに集中しすぎ。まあ、作戦成功と見るべきだけど」と勝ちを確信したのか自信ありげな声で話す。
「いや、まだわからないよ。読み違いの可能性もあるし」「なら続けるか」
1分後、決着がついた。僕は将棋に続き、オセロでも負けた。
「いいや、参った。よーし、次は何やる?」オセロの石をかき集め元の位置に戻した。
「とりあえず話を聞くよ」
「いいのかい。それじゃ作戦が破綻してるよ」
「ああ。策士策に溺れるか。俺は試合に勝って、勝負に負けたらしい。目の前で話されると集中できない」
「そうか。悪いね」僕はオセロを棚に戻す。
「じゃあ、話の続きを始めようか」僕は椅子に腰を下ろした。


 僕はスマホの画面を彼女に見せた。そこに事件の情報を書いていたからね。
「事件が最初に起きたのは先週の月曜日。被害者は月本 順平、2年生です。けんかっ早くて問題児だとか。彼は月曜の朝、ある召集状を受け取りました。内容は、放課後に地学室に来いと。差出人の欄は空白でした。彼は言われた通り、放課後に地学室に行きましたが、鍵がかかっており、10分待っても誰も来なかったそうです。それで文句を言いに職員室に行きましたが、誰もそんな召集状の見覚えはないとのことです。つまり誰かが偽の召集状を作り被害者の呼び出したわけです」「なるほど」と彼女は肯く。
「その次の日にも事件は起きました。二人目の被害者は田畑 渚沙(なぎさ)、1年生。彼女も召集状を受け取り、指定された場所に行っても誰も来なかったらしいです。彼女の場合は昼休みに職員室前にと。差出人は不明です。そしてこの後も、水、木、金と同様の被害者が現れました」僕は画面をスライドさせた。
「水曜は水野 京子、3年。放課後に保健室。木曜は林田 光、1年。1限開始前に音楽室。
金曜は鈴木 栄一郎、2年。掃除の時間に職員室。場所も時間もバラバラだね。この人達の共通点は何かあるの? 同じ部活とか」彼女の問いに僕は首を横に振る。
「いいえ、みな部活もバラバラで、お互いに知らないらしいです」しかし共通点と言えばただ一つだけある。
「まさにABCか」彼女はそう呟いた。「あ、気づきましたか。唯一の共通点に」そう、共通点はまさにアガサクリスティーのABC殺人事件だよ。
「月曜に月本、火曜に田畑、水曜に水野、木曜に林田、金曜に鈴木。どの被害者にも事件が起きた曜日と同じ感じが苗字に含まれている。偶然というにはあまりにも出来過ぎてるよね」彼女は顎に手を添えて考え込む。
「犯人は意図的にABCの模倣をしたのは分かります。でもその目的は何でしょうか」
「う~ん。考えられるのは3つかな。まず1つ目、犯人はただただABCの真似ごとをしてみたかった。実際にやってみたらどんな感じになるのか、興味半分で実行した」
「なかなかにぶっ飛んでますね、犯人。他人への迷惑はお構いなしですか」
「確かにね。で、もしそうだとすると、犯人は好奇心が強いミステリーマニアとか?」
僕は目の前のミステリーマニアの顔を見る。彼女は僕の視線に気づくと大袈裟に両手を振ったよ。
「いや、私はやってないよ」彼女は頬を少し赤らめた。
「冗談ですよ。それにその説の可能性は個人的に低い気がします」
「私もそう思う。じゃあ、この説は却下で。2つ目、犯人は本来の目的があった。でもそれ単体ではすぐに分かる、だからABCを模倣した。まさにクリスティーの原作通り。多分、今回の犯人もこっちの気がする。どう思う?」
「僕もそう思います。あとは本来の目的さえ分かればいいんですけど。ちなみに、3つ目は何ですか?」
「3つ目はその他の目的かな。あんまりちゃんと考えてなかった」彼女は微笑む。ただ僕は青ざめたね。何故か、彼女の背後の壁にかかっている掛け時計を見たからさ。昼休みが終わるまで残り9分ほどしかなかった。僕らはすっかり時間を忘れ話に没頭していた。僕が時間のことを指摘すると、彼女も驚愕した表情を見せたよ。お互いに次の時間は移動教室だったからそこからはもう推理どころじゃなくて急いで食器やトレーを片付けて別れた。ただ、彼女別れる間際に言った言葉は今でも鮮明に覚えてるよ。
「犯人が誰か、多分だけど分かったよ。それで砂川君には、一つ確かめて欲しいことがあるの。お願いできる?」ってね。彼女には犯人が分かったらしいんだ。


「どうだい、夏樹はこの事件分かったかい」僕は目の前のぼぉーとしている友人、夏樹に問いかけた。壁を見ていた彼は頭をポリポリと掻く。
「なんで俺に聞くんだ」
「それは話している相手が聞いているか、確認するためさ。さっきから壁を見つめて。僕の話、ちゃんと聞いてくれてた?」
「もちろん、聞いてる」「じゃあ」「答えは不定だ」「んっ?」
「不定、つまり“定まらず”ってことだ。この事件は物的証拠が少ない。故に犯人を断定できない」「つまり分からないってことだね」
「いいや違う。ある程度の論理の飛躍を認めるなら、結論は出る」
「どんな結論だい」「そうだな」夏樹はカバンからわら半紙を1枚とシャーペンを取り出した。僕に背を向ける。すぐにまたこちらを向くと、4つ折りにされた。わら半紙を手渡された。
「犯人の名前はここに書いた。トーシロー、話の続きを。答え合わせをしよう」


 放課後、僕は彼女のいる教室に向かった。彼女に頼まれていた用事は簡単に済んだ。教室に着くと、彼女が窓際の席で一人座っているのが見えた。何かの本を読んでいたよ。ハードカバーだったね。
「小林さん」僕は彼女に声をかけた。言ってなかったっけ、彼女の苗字は小林だよ。偶然だね。彼女は慌てて本を机の中に突っ込んだ。その時タイトルが一部見えたけど“夜と霧”だった。まあ、あんまり関係ないか。
「ごめん、気づかなくて」彼女は立ち上がる。
「いいですよ。そういえば、頼まれてきたこと調べましたよ」
「ホント! それでどうだった」
「残念ですけど、放課後に月本を地学室前にいるのを見かけたって人が。つまり彼のアリバイは証明されました」彼女が僕に調べるのを頼んだのは“月曜日の放課後の月本のアリバイ”だったんだ。彼女はがっかりすると思ったから彼女の様子は意外だった。彼女は微笑んでいた。
「やっぱりそうだよね」
「教えてください。小林さんの推理を」僕は思わず前傾になる。
「分かった、順を追って説明するね。まずこの事件、犯人は明らかにABCを模倣している。でも残念なことに本来のABCとは異なる点が2点あるの、どちらも重要な点。もったいぶらずに言うと、替え玉がいない点と犯行が殺人でない点が本来のABCとは違う。まずは替え玉がいない点から説明するね。本来のABCでは途中で犯人が捕まっている。でもその人は真犯人が替え玉として用意した無実の人間だった。ここまでが原作の話。それで今回の事件を考えると、金曜日に犯行が終わってから、犯人が捕まったという話は出てない。つまり今回の犯人は替え玉を用意していないことになる。もし替え玉がいたらとっくに捕まっていないとおかしいよね」
「そうですね。でもそれはしょうがなくないですか、替え玉なんてそう都合よく見つかるものではないですし」
「確かにその可能性は大いにあるね。まあ一旦それは置いといて,2つ目。原作のABCは殺人だけど今回のABCは殺人ではない点について。まあ、さすがに殺人はできないよね。もしやったとして確実に捕まるし。それで犯人は殺人の代わりに人を呼びつける行為に出た。殺人に比べればかなり犯行のレベルは落ちているね。犯人は何気なくこの行為を選んだのかもしれないけれど、この他人を呼びつけるという行為は犯人の首を絞めることになったの」
「どういうことです、教えてください」
「今回の犯行は言うなればちょっとした犯行。人を呼びつけるだけで後は何もしない。正直、もし事件が連続して起きなかったのなら、一個一個の事件は見逃されていた可能性がかなり高いと思う。じゃあどうして私たちはこの事件のことを知っているのか。学年集会で連絡があったから。じゃあどうして学年集会が開かれたのか。それは被害を受けた生徒たちがみな先生に被害を訴えたから。もし被害者たちが訴えなければ今回の事件を私たちが知る由はなかった。これが本来のABC、殺人とは異なる点。殺人なら必ず警察の耳に入るけど、今回のABCは被害者が告白しなければ先生たちの耳には入らない。つまり今回のABCは被害者ありきの、被害者に依存した犯行になっている。となれば犯人らしき人物は自ずと見えてくるね」彼女の言わんとすることが何となく理解できた。となると怪しい人物は…
「それが月本ですか」
「そう。彼が一番重要な立場を担っている。ABCでAの犯行がなかったら法則性に疑問が生じるよね。今回の犯行だと、犯人にとっては“金”や“木”が一人くらい抜けたとしても構わないけど“月”が抜けるのはかなり困るはず。月曜日に呼び出す生徒は必ず来る生徒じゃないと。その点で砂川君の話だと月本さんは問題児。私ならそんな問題児を月曜日のターゲットには選ばない。もっと真面目そうな人を選ぶ。でも彼はターゲットに選ばれた。それは何故か。犯人は彼が必ず呼び出しに応じ、騙されたと先生に文句を言いに行くのを確信していた。それはどういうことか」
「月本が犯人である、ですか。でもそれなら月本の動機が分かりません。彼自身呼び出されたのを目撃されています。もし彼が犯人なら、彼は一体何がしたかったのでしょうか?」
「そう。もし月本が犯人だとすると、彼の行動の目的が見えない。お昼に犯人の目的について話したね。犯人はただABCの真似事をやってみたかったという可能性は低いというのが私たちの結論。今もその結論は変わらない。犯人には必ず真の目的があったはず。となると月本=犯人とは言いづらい。それで第二の可能性、月本は犯人ではないが、犯人を知っており、犯行に協力した。簡単に言えば犯人Xと月本は共犯である」
「えっ」確かに犯人が単独犯だとは誰も言っていない。先入観で決めつけていたんだ。
「もしXと月本が共犯ならどうなるか。月曜日の犯行は必要ない、二人は共犯なんだから。犯人は月本に偽の召集状を渡す。月本は放課後、時間が来たら職員室に行って文句を言えばいい。こうすれば傍から見れば、月本が偽の召集状で呼び出されて、職員室に文句を言いに来たように見え、月本はその時間帯、地学室の前にいたという完璧なアリバイがあるように思える。つまり今回のABCは月曜の放課後のおける月本のアリバイ工作が目的だったの」
「待ってください。でも目撃者はどうなるんです? 月本を地学室の前で目撃したという証言があります」
「その目撃証言をした人物が犯人Xだよ」
「マジっすか」
「一週間前の何気ない一瞬を記憶している可能性は低いと思う。学年集会では被害者の名前は出ていないから、まだ月本が被害者だと知らない人がほとんどでしょ。でもその人は先週の月曜日の放課後に月本 順平を見かけたと証言した。証言としてはかなり怪しいと思う」
「まとめると犯人Xと月本の目的は月本さんのアリバイ工作だった。では誰に対してのアリバイ工作なのか、誰に対してアリバイを証明したいのか。相手は先生たち。生徒にアリバイを証明したいなら、Xの目撃証言だけで十分。でも相手が先生だと生徒一人だけの証言だと弱い。少なくともXはそう考えた。だからわざわざABCを模倣した。ABCの模倣をすることで意識を事件全体に向けられる。意識が全体に向けば、個々の事件への注意は希薄になり、アリバイ工作がバレにくくなる。多分事件の全貌はこんな感じだと思う」彼女はほっと息を吐いた。


「彼女の推理はとても論理的だった。僕は彼女の推理を聞いて、彼女の知性に惹かれたんだ。この学校にこんなに賢い人がいるんだってね。そうだ、答え合わせしよう。夏樹の答え、見させてもらうよ」
僕は先ほど夏樹から渡された4つ折りのわら半紙を開く。
「驚いた、これはどういう意味だい」そこには“図書委員”と書かれていた。
「文字通りだ。犯人Xについての補足だよ」
「つまり、犯人Xは図書委員って事かい。どうしてそうなる? 説明を求めるよ」
「単純な話だ。Xはどうやってターゲットを決めたんだ」
「“どうやって“って、苗字に曜日が付く生徒じゃないか」
「すまん、言い方が悪かった。Xはどうやってある生徒の苗字に曜日が付くか否かを判断していたんだ。別に顔は分からなくてもいい。犯人と被害者たちは出会わないからな。だが少なくともXはターゲットを絞るために全校生徒の苗字を知る必要がある。なぜならABCで選ばれた生徒たちはそれぞれ学年も部活もバラバラで共通項が苗字しかない。もしXが身近な人間のみをターゲットにしたのなら必ず共通項が見えるはずだ。共通項が見えないということはXは全校生徒の中から特徴がバラバラになるように、恣意的にターゲットを決めていたことを示唆している。ということは、Xは全校生徒の苗字を知ることができる立場にある生徒だ。それは何者か。図書委員の可能性が高い」
「何故図書委員となるんだ?」
「ここの図書室では本の貸し出し・返却に加えて本の予約が可能だ。その方法は図書室にある端末で予約し、本が返却されたら予約者に図書館から紙で連絡が行くというシステムになっている。生徒に連絡するには生徒の名前とクラスを知っていなければできない。つまり図書館には生徒の名前とクラスが載っているデータベースが存在していて、図書委員はそのデータベースを閲覧することができる立場にある。これよりXは図書委員である可能性が高い。QED(証明終了)だ」
「なるほどな。Xは図書委員か。彼女とは全く別のアプローチで真実に辿り着いたんだね、夏樹の才能には脱帽だよ」
「俺や彼女の推理が当たっているとは限らない。どれだけ思考を重ねても可能性の域からは出ない」
「いいんだ。僕が求めたのは納得いく答えだったからね。事実はどうでもいいよ。それよりもだ、夏樹も彼女の部活に入らないかい。その推理力があれば百人力だよ、同じ“小林”同士、気が合うんじゃないか」
「いいや、断る。面倒事はごめんだ」
「まだ部活の名前も内容も言ってないじゃないか」
「聞く必要はない。これ以上部活に入ったら俺はキャパオーバーだ」あれ、夏樹ってボードゲーム部にしか在籍してないはずだが。
「籍を入れるだけでもいいんだ。彼女の部活、部活といってもまだ非公認であと一人で生徒数の条件がクリアするんだ」
学校公認の部活になるには大きく2つの条件をクリアする必要がある。まずその部活の生徒の数が3人以上であること。次に顧問の教師をつけることだ。現在、部員は彼女と僕の二人であるから、夏樹が部活に入ってくれれば一歩前進だ。
「別に非公認の部活じゃダメなのか」
「非公認と公認とじゃ、全然違うよ。だけど分かった。強要はしない。でも夏樹がそこまで嫌がるとは思わなかったな」
「別に嫌がっている訳じゃない。気が進まないだけだ」
「なんだそれ。理由になってないよ」いつもは論理的な夏樹らしくない。
キーンコーンカーンコーン。スピーカーからチャイムの音が鳴り響いた。下校の時間だ。窓の外を見ると夕日が地平線に沈みかかけている。僕たちはそれぞれの支度を済ませ部室の外に出て、下駄箱に向かう。
「まあ、また何かあったら話でも聞かせてくれ。それに彼女とうまくいくことを願ってるよ」
「ありがと」
僕らは靴を履き、校門へと歩きだした。




あとがき
最後までお読みいただきありがとうございます。
今回のテーマは”劇場型犯罪”です。”ABC殺人事件”を参考にしました。劇場型犯罪の特徴として容疑者の数がめちゃくちゃ多いです。今回で言うと学校中の全生徒が容疑者と言っても過言ではありません。そこから犯人を断定するのはなかなかに困難でした。
今回、語り手が変わったことに驚いた方もいるかもしれません。驚かれたならすいません。砂川は第2話から登場するのですが、彼が探偵部に入った経緯を書くべきだと思ったので今回前日譚として書きました。時系列的には第1話以前の話です。
今回、夏樹という男子生徒が登場します。彼の推理については読者の皆さんの知り得ない情報を用いての推理でアンフェアですがそこは勘弁してください。夏樹は今後も登場する予定です… 多分。
今回、個人的に会話文が多くなってしまったと反省しております。もう少し心理描写や情景描写をするべきでしょうが、まあそこは語り手が変われば文体も変わると理解していただけると幸いです。
最後になりますが、改めてお読みいただきありがとうございました。
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登場人物紹介

小林 千秋

探偵部 部長

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