第11話

文字数 831文字

 ぼくは世界を変えてしまえる兄に嫉妬する……

 兄の部屋はとても広いので、人間を栽培するのに十分なスペースだ。
 栽培は順調に進む。
 何万人という〈人間の苗〉が育ちつつある。
 その中からは思いがけないほど、きれいな女の子も生育して、外見上の年齢が兄と相違ないこともあって、兄は恋を感じて肘をついて彼女をみつめ時をすごしている。
 とはいえ兄が彼女とアクチュアルな恋愛をするには、彼女はまだ苗感が強いままだ。

 そんなとき、ドアにノックの音がして、兄が振り向いたときには手袋から頭の生えた女の子がカーペットの上にいて、兄を見上げている。タコのように見えたといってもいいかもしれない。あるいは手袋というやわらかな殻をもったヤドカリとも概念上は云えるかもしれない。
 実際のことを云えば、育ちのよい女の子。上質なシルクの、つややかに黒い滑らかな生地の手袋から頭部を出した可愛らしい女の子だ。可愛らしいとはいっても、兄よりおそらく1歳くらい年上だ。20歳くらい。
 そんな、手袋はあっても彼女自身の手は見当たらない姿で、どのような方法によってかわからないが顔にファンデーションはなめらかに塗られ赤い口紅は鮮烈に引かれている。しかしそれが原因で年齢の差異を現出しているのではない。大人びているのは、もっとそこはかとない、本質的な雰囲気のことだ。
 この赤毛のボブ・ヘアの手袋の乙女から、陰茎・陰嚢をそのシルキーな生地(それは彼女の肉体だ)によってつつまれることを兄が夢想してしまうのは、彼女のその大人びた雰囲気の故(せい)だ。
 しかしもちろん彼女の方からそのような積極的な肉体接触を試みてくることはないし、兄も行動に移すことはなく、彼女と兄はその場で暫く見合うだけ。
 彼女は息を呑むほど美しい。兄はほんとうに息が苦しくなる。兄は喘ぎながら彼女を見下ろし、彼女は愛おしげに兄を上目遣いにみつめる。

 ぼくは全身の力を両腕両手にこめた。
 兄を嫉妬のゆえに殺したというのは、このことをいうのだ。
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