第7話

文字数 969文字

 起きつつあることが、ぼくには見えた。
 灰色の空。灰色の海。灰色の壁。

 その世界で、ぼくは灰色の街のはずれにある広大な更地へと歩いていく。
 小説家で人殺しというのは聞いたことがないなと考えながら、歩いていく。たぶんそういう極悪な犯罪者も小説家のなかにだっているのだろうがぼくにはその見聞がない。いるにしても両手の指で数えられる程度だろう。人殺しで刑に服した、あるいはバレずにまんまと社会に溶け込んでいる警察官のほうが圧倒的に多いだろう。しかしそれも小説家の母数が小さいから少なく出るのであって、凶悪な人間の比率は小説家も警察官もかわらないのかもしれない。

 ぼくはそんなとりとめもないことを脈絡なく考えながら壁を見上げる。

 どんな屈強な人間もハンマーで後頭部を打撃されれば頭(こうべ)を垂れる。そんなことも思わずにはいられなかった。

 壁は海の防波堤のように長大で、ぼんやりかすんだその灰白色の壁面は、見通せないほどの上空で茫漠と青空に吸い込まれている。その見えない天辺から人間がぱらぱらぼとぼと落ちてくる。子供以外の老若男女。美しい女も太っちょのじい様も。一度に何十万人も。地面は血の海かといえばそうだが、臭いも色も斑(まだら)だ。そして血腥いより糞尿臭いのだ。絞首刑にあう人間同様、穴がゆるんで漏らしながら地面に達するからだ。漏らさなかったところで地面への激突が体を粉砕するので どちらにせよそれらが体内に留まることはないのだが。
 だが信じられないことにつるつるした壁面にもかかわらず死にもの狂いで落下を逃れ壁にへばりついてゴキブリの態を見せる者たちもいるのだ、太っちょのじい様も美しい女も。
 気流の影響を受けたのを幸いと、そんなふうにゴキブリ女・ゴキブリ男となる者は何千といて、しかし天使のように無邪気な子供たちの発明した怪鳥ドローンにつつき落とされる。それでも尚しがみつきつづければ苦痛の時間が長引くばかりだが、それでも堪えつづける者がいるのだ! 美しい女も太っちょのじい様も。

 やつらに支配権が移るまえ、まだ世界がこのように変化をとげるまえの日常のイメージが、壁を見上げるぼくによみがえる。
 そう。そのときにぼくが思い起こすのが、この今のことなのだ。ブロンズ男と兄への依頼者たち、ぼくと母。灰色の影人間。いつまでも下りてこない兄……
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