第12話

文字数 830文字

 しかしその時にはもう世界は変化していたのだ。

 その美しくも匂いやかな手袋・ヤドカリ女に、自らの性欲との円滑な対話にもとづいて飛びついたぼくだが、一瞬にもせよ、ギョッとするほどの不思議の感にヤラレてしまった。
 というのも、女から手袋を脱がせようとして手をかけることには成功したのだが、自らの腕に力をこめてイザ実行に入った途端、ぼくの意識がぼく自身を制してそれを中断させるに至ったのである。
 その原因として考えられるのは、〈手袋の中にはなにもない〉ことだった。女は可愛らしい顔を手袋の外にだして恰もヤドカリ然とした外観を呈しているが、その実、彼女の体というものはその黒い手袋の中に収納されていないのだった。
 それがぼくの腕を止めさしめたのであろうと思う。
 女の実態は〈クレヴァス=割れ目〉あるいは〈ホール=穴〉だという者がいるが、いくらなんでもそれが女に体が存在しないことだとは云うまい……
 ぼくは股間に強い意志的な圧力を感じた。
 女が手袋をマニピュレートしてぼくのペニスを握っていた。うっとりとした表情で彼女は云う、
「キスして」
 そう漏らした手袋・ヤドカリ女の表情はぼくが息を呑むほど切なくも官能的だった。
 そして前段に叙述したように、手袋内には体がないのだから彼女はヤドカリではない。外見上のヤドカリに過ぎない。そして貝殻のようなものの代わりに彼女に付属しているのは黒いシルキーな手袋である。そういう事情から、ぼくは彼女に対して手袋・ヤドカリ女という便宜的呼称を用いることになっている。
 ぼくたちは魂が吸い付き合うようなキスをした。
 彼女の顔と手袋とは分離し、手袋は独立して(しかし彼女の意思によって)ぼくのペニスを執拗に効果的に愛撫していた。彼女はぼくを見つめている。
「愛している」そう、ぼくと彼女は同時に云った。
 幻想かもしれない幸福の絶頂の中うちに、ぼくは射精して、射出された精液は(通常であれば手首を包む部分である)開口部から手袋の中へと受容された。
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