第5話

文字数 646文字

「眠ってしまわれたのですかね、この方は」そういって役員幽霊が「失礼」といいながらネクタイをゆるめ、「どなたなんですか? まったく息が苦しくてやりきれない」といって、並んで座るぼくたち家族に視線を二往復させた。
 招かれざる客は、ハズしたメガネを中空にとどめた姿勢で固まっていたが、だからといって聴覚が機能してしないとはいいきれない。まさかほんとうのブロンズ像になったわけではあるまい。
 そのことは、居合わせているみなが理解して恐れていた。だから不注意な発言をしてしまった役員幽霊は青白くなり、冷たい脂汗を浮かべ目をうつろにして動かなくなった。
 ぼくのママは機転をきかせ手を叩くとお手伝いさんを呼んで、「お茶をおねがい」といった。ほんとうは兄が下りてきたら出すつもりだったのだ。兄は下りてくるのだろうか? それにしては階上に動きがなさすぎる。
 誰かが呼んだからといって下りてくる兄ではない。彼の自由意思にかかっていた。
 エディター幽霊がサイト運営担当幽霊のカチカチとふるえながらの耳打ちをうけて、唾をゴクリと飲み込んだ。「そうね」とこたえて、彼女は水を毛から跳ね散らそうとする犬のようにブルブルッとふるえた。
 そしてぼくが気づいてみると暖炉の火は、そのメラメラとしたかたちをそのままに、青く凍りついていたのだ。
 こんなことは初めてのことで、ぼくの手に負えない。
「彼女をお手洗いにいかせてください」といったエディター幽霊の声は、その意味内容には不相応にヨーデルのように部屋の空気を裏声で切り裂いた。
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