(十九)戦場

文字数 838文字

 雨が止むと暑さが増した。いつこんな所まで来たのか遠くに海が見えた。
 美しい島々が見えた。青い海、空には入道雲が広がっている。島の緑、白い砂浜、照りつける夏の日差し。けれど爆発音は聴こえ続けた。その美しい島々が爆発で燃えていた。
「あそこも戦場なのか?あの場所でも戦争を」
 と問いかけて車掌がいないことを思い出し止めた。
 ここは何処だ?あの島々は何という島だろう?
 列車が海岸線を走り、海の波に当たる太陽の日差しのきらめきが列車の窓に反射した時、ふいにわたしの脳裏にある風景が映った。

 それは遠くの島々の中のひとつ。そこで行われている戦争の情景だった。わたしは一人の兵士としてその島の大地に立っていた。

「あの国も必死ですね」
 兵士であるわたしは攻撃の合間に上官に尋ねた。
『そりゃそうだ。この島での敗北は彼らにとって大きな痛手となる』
「すでに我が軍は多くの島で彼らを撃退してきましたからね」
『その通り。そしてわが国にとっても、この島での勝利は大きい』
「そうですね」
『この島を手に入れ、ここを爆撃基地としてあの国の本土を攻撃するのだ』
「そうですね」
『そうだ』
 それから兵士であるわたしは尋ねた。
「ところで」
『何だね、改まって?』
「ここは、この島は、この島の名は何というのですか?」
『おい、何を寝ぼけているのだ?』
 上官の男は笑いながら空を見上げた。けれどその途端上官の男の表情が凍り付き叫んだ。
『逃げろーーー』
 けれど兵士であるわたしはその場に突っ立ったまま、また尋ねた。尋ね続けた。
「この島の名は何ですか?」
 上官の男はひとり逃げながら泣き叫ぶような声でわたしに叫んだ。
『何を愚図愚図している!ここは』
 その瞬間爆弾がわたしの上に落ちた。
 そしてわたしは、兵士であるわたしは、その時死んだ。
 ひとりの兵士として確かに死んだ。戦争の名の下に、生まれた国を守るため、愛する人を守るため、美しい海、島、空を守るために。
 最後に上官の男の声がぼんやりと耳に聴こえた。
『ここは、テニアン島』
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