(十四)聖夜

文字数 1,159文字

 受話器を置いて列車の窓を見た。雪はもう街の家々の屋根に積もっていた。
「メリークリスマス!」
 街の通りを子どもたちが嬉しそうに駆けてゆく。その後を白い子犬が尻尾を振りながら追いかける。その息がまた白い。その息の白さが何ともいとおしい程に白いのだ。気が付くと電話ボックスは消えていた。

「メリークリスマス!」
 わたしは初めて教会で聖夜を迎えた晩のことを再び思い出した。わたしはその夜の記憶を辿った。

 近所の主婦たちによる賛美歌。子どもたちの救世主誕生劇。牧師の長い長い説教。
『みなさんは今日という日がいかにわたしたち人類にとって意義深い日か、その深遠なる意味を本当に理解できているでしょうか?やがて終末の時が訪れた後、わたしたち人類を救うべく救世主はこの地上にご降臨なさるのです』
 説教が終わり、牧師は聖夜を締め括るように言った。
『さあ共に敬虔な祈りを捧げましょう』
 人々の祈りの沈黙。
 それから牧師は、いや牧師の説教はそれで終わりわたしたち子どもたちは待っていたように勢い良く外へ飛び出したのだ。

『ところでみなさん』
 けれど牧師の言葉は終わらなかった。
『みなさんは、終末の時がいつかご存知ですか?』
 しかもいつのまにか牧師の声は別の人間の声に変わっていた。
 どうなっているのだ?これは、これはわたしの記憶、わたしの思い出話ではないのか?
 けれどわたしの回想はすでに途絶え、もはやわたしは別の幻想を見ていた。いや見せられていた。
『終末の時』
 牧師の声はけれど聴き覚えのある声だった。たしか、そうだこの声は。さっき電話ボックスの電話のむこうから聴こえてきた科学者の声ではないか!
『あなたは知っていますか?』
 突然電話の科学者の声の牧師はわたしを指差した。
『それがいつ完成するか』
「それとは何ですか?」
 わたしは恐る恐る聴き返した。
『人類を終末に導くもの』
「わかりません。それは何ですか?」
『救世主降臨の前に訪れる終末の象徴』
「わかりません。何を話されているのか、わたしには。わたしにはさっぱりわけがわからない。何ですか、マンハッタン計画とは?」
 しかしわたしの問いには答えず電話の科学者の声の牧師は語った。
『おお、神はわたしに告げたもうた。その計画は実現可能と。それは1945年には完成するであろう』
 何?
 そう言い終えると牧師の声は元の牧師の声に戻った。わたしの回想、わたしの記憶の中の。
 1945年にそれは完成?
『これで聖夜のお話は終わりです。みなさま気を付けてお帰り下さい』
 わたしの回想の中の牧師は静かに告げた。

「メリークリスマス!」
 いつか夜が訪れ、暗くなった列車の窓にサンタクロースの格好をしたわたしが映っていた。わたしは突っ立ったまましばらくぼんやりと雪を見ていた。音もなく大地へと降りしきる雪たちを見ていた。
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