その天使の名は、悪意
文字数 874文字
逃げるように、求めるように。夢と現実の狭間をさ迷う。大きな窓は光に満ちて、横切る影が二つにぶれる。
外界のあらゆる雑音から切り離された、図書館という空間。
利用客はそこそこ多いのに、まるで世界に独りぼっちのような錯覚を覚える。本の独特な香りが不思議な気分をかき立てる。
神経が穏やかに研ぎ澄まされ、ふと感じるのだ。
ここは人と本の世界を繋ぐ、旅の出発地点なのかもしれないと。
光が届かぬ暗がりに一冊の本が落ちていた。手招く魔性に抗えず、少年は本を拾い上げた。
タイトルは『CRYSTAL CROSS Ⅶ 』。
古ぼけた表紙の内側に、只ならぬ気配が詰まって分厚く重たい。
引き寄せられる手が表紙をめくった。
『決して報われる事のない、” バッドエンド ”の主人公達。
僅かな希望は打ち砕かれ、哀れな姿を晒されて、絶望の果てに朽ちてゆく。
神の嗜好の犠牲となって、繰り返される悲劇の場面。見下ろす眼達は笑んでいる。
全ての終わりと始まりの刹那、彼らは” 仕組み ”に気付いてしまった。
表紙の内より滲む叫びは、創造主への宣戦布告。
憎悪の念は放たれ集い、うねり交わり捻じれて遂に、黒く輝く天使を降ろした。
救いの翼は彼らを抱き、次元を超えて神へと迫る。
その天使の名は ――【 悪意 】』
ふと視線を感じ、吹き抜けの天井に飾られた天使の絵画と目が合った。
途端にページの一面が暗黒に染まった。
投げ出した本から腕が伸び、逃げる少年に襲いかかる。
叫び声すら呑み込んで、静けさだけが残された。
落ちる、堕ちる、黒のなかを。
必死にもがき手を伸ばすも、現実世界が遠のいてゆく。心に抱えた負の感情が、錘となってひたすら沈む。
苦悶はやがて眠気となり、四肢はゆらりと漂いて、暗くて冷たい黒の底から
少年は意識を手放した。
◆ ◆ ◆
約束に遅れた少女がやってきた。
異変に気付き、駆け寄ってゆく。少年は本棚に
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