第4話 ガモフ量子旅行社

文字数 988文字

ガモフ量子旅行社は、ソ連のレニングラード(現在のサンクトペテルブルク)の裏通りの街のそのまた先の目立たないところにある。バーの地下一階にある、事務所の扉の上には

Гамов Квантум Туристическое Агентство
(ガモフ量子旅行社)

という木製のプレートが掛かっている。ドアを押して中に入ると扉の裏側には

Помощь евреям иммигрировать в США
(ユダヤ人の方のアメリカ合衆国への移住をサポート)

Отъезд из Советского Союза также приветствуется.
(ソビエト連邦からの出発も歓迎)

と当局に見つからないよう一層小さい文字で書いてある。

事務所は狭い部屋で、小さなカウンターがあり、その後に黒い革張りの安楽椅子が置いてある。その上にはちょっと太めのおやじが、手帖と鉛筆を持ってゆったり座っている。理論物理学者は、実験は頭の中で「思考実験」をすれば、大きな黒板か、紙と鉛筆くらいしか必要ないからだ。奥には難しい計算式が書き散らされた黒板が見える。


ガモフさん

カウンターの前には黒いソファと、その脇に背の低いパンフレットの棚があり、そこには

Очень популярный! Серия туров Томпкинса
(大人気! トムキンスツアーシリーズ)

とあり、棚の中にはアメリカの漫画みたいな、イギリスの銀行員トムキンスの量子力学と相対性理論のツアーパンフレットがたくさん飾られている。



ガモフさんは、とても繁盛している。今日も狭い事務所にはたくさんの着飾った男女が押しかけている。今夜は人気の「宇宙オペラ」があるのだ。ガモフさんは気を利かせて、安楽椅子の脇のレコードプレーヤーで、宇宙オペラの中のアリアをかけている。それを歌っているのもガモフさんで、実はパンフレットの漫画もガモフさんが描いている。以前のイラストレーターの作風を真似て、新版ではガモフさん自身が描くようになったのだ。とても多方面の才能のある人だ。旅行会社を経営し、そのうえ理論物理学者でもある。

宇宙はその揺籃の日から
ずっと膨張しつづけてきました
宇宙はその揺籃の日から
ずっと膨張しつづけてきました

なかなか良いバスバリトンの声である。


膨張宇宙論を唱えたジョージ・ガモフ

どれ、私もガモフさんに、量子旅行を一つ頼むとするか…。




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