第4話

文字数 4,074文字

 物語は〝いつものアレ〟──謎の軍隊からの攻撃──で始まった。

 この物語世界において、地球連邦は強力な中央集権体制を敷いており、世界は〝体制の側の者〟と〝捨て置かれた者〟、〝持てる者〟と〝持たざる者〟とに分かたれている。
 民主政治の結末がコレというのは何とも悲観的ではあるが、この類の設定はもはや何らの疑問も差し挟まれることのない、洋の東西を問わない〝お約束〟だと言えよう。

 この後、このままではこの世界は、帝政または貴族封建制への道を辿るか、国家社会主義的な管理体制へと邁進していくことになるのだろう。
 だが、差し当って〝この物語〟の現在(いま)は、巨大な体制が維持される中で反体制の側が水面下に潜り時節(とき)を待っている、という構図だ。

 そして、その反体制の側が、体制の側の軍である連邦軍の目を盗み、同じく虐げられた者の協力を得て整備した軍事力を以って遂に戦端を開いた…──。
 そんな図式が、今回のお題『謎の軍隊からの攻撃』である。


 実は技術的には相当に無理のある設定ではある。
 そもそも全世界を掌握している単一の軍事組織であるところの連邦軍の目を盗んで、何故にそんな大規模な軍隊が湧いて出て来得るのか?
 この様に大規模かつ同時多発的に蜂起されるに及ぶまで、なんらの兆候も掴めなかった情報部……。これらは何も機能していないのか? 無能なのか?

 それらの問いには一応もっともらしい説明は用意されている。
 先ず、連邦軍内部は軍閥化しており一枚岩ではないこと。

 そして宇宙開発を黎明期から支えてきた巨大企業(コングロマリット)(なぜこの手の企業体の意思決定層が機能不全に陥るほどの分裂はしないのか…連邦政府はガタガタなのに……はさて置き……)が政府とそれぞれの軍閥をその潤沢な資金で操り情報を操作していること。

 それならそれで、せっかく巧くいっている(ほぼ世界を牛耳っているわけなのだから)そういう取り決め=仕組みを維持すればいいものを、それをよしとしない反体制の側の一部の理想主義者が、実力行使をも辞さずに表舞台に立とうとしていること……。

 まあ、こんなところだ。
 ──…メンドクサイね。……その割に〝苦しい〟し。


 さて、今回の『謎の軍隊』は〝アルメ・ブランシェ〟と名乗っている。

 軍人貴族趣味のオタク共ではない。
 むしろ先鋭的な共和主義者の集団、といった趣で…──まぁ、どちらにしても面倒くささに変わりはないが…──融通の利かない知識階級(インテリ)の原理主義者である。
..4

 さて……。
 すっかりいじけた主人公と、自分の未来を儚む羽目に陥ったヒロイン()()を、俺は何とか(なだ)(すか)すことに成功したわけだが、その後の物語を順を追ってみていこう。

 正体不明の敵の中の1機を何とか撃墜したラウラ少尉だったが、直後、油断した隙を突かれて窮地に陥る。(この折衷案がギリギリだった……)
 俺はラウラの窮地に気付くも間に合わず、可愛い部下──…
(であるかはともかく……〝ドス!〟 うっ……)
 …──が、為す術なく撃破されるのを覚悟する。
 しかし、ラウラ機の前に現れた友軍の機動兵器が〝無駄のない美しい機動〟で敵を排除するのを見る──。

 回線を繋ぎ礼を言うラウラと俺。
 だが、通話モニタ越しのコクピットにいたのは、民間人と思しき少年であった……。

 そんなシーンを改稿(リテイク)するのにあーだこーだ(ry

 で、そんなこんなで即席のチームを構成した俺たちは、混乱するコロニーから退避する民間人を収容する軍用宇宙船を援護するよう命ぜられる。
 もうこのときには俺たちの原隊 (確か基地所属だったはずだが)は壊滅してしまったのか何の指示も送っては来ず、なぜか寄港中だった新鋭強襲巡洋艦〝コモンウェルス〟の指揮下で行動している。
 ── ところで〝強襲〟巡洋艦 って何なんだ……?

 閑話休題。

 コモンウェルスの艦長は、敵が遊弋するコロニーの外を、民間人を乗せたまま強行突破することを決断した。
 俺たちのチームも、それぞれのRA-04(ウォリアー)に乗って出撃する。
 民間人、それも未成年 (同じ年齢(とし)のラウラが正規軍人であることも謎っちゃ謎だが……)のリオネルが出撃させられるのは、少しでも戦力を増強したい〝リベラルな〟艦長が無理を通した、として解決される。


 そうして生起した戦闘は機動兵器のみならず艦艇をも含めての大乱戦となった。
 明確な指揮系統のない連邦軍と、それぞれに功を焦るアルメ・ブランシェの前線指揮官。
 互いに実戦は初めてということもあって、最早まともな統制の利かない混沌とした戦場となった。

 そんな中、ちゃんとした手解(てほど)きもなく〝対艦兵装〟であるところのA装備で出撃させられたリオネルは、状況に翻弄される健気な少年をしっかりと演じ強襲巡洋艦コモンウェルスの正面に立ちはだかった敵の巡洋艦を〝葛藤の中で半ば恐慌に陥りながら引き金(トリガー)を引くという演出〟で排除してみせた。

 ──通常、()()()()()など期待できない状況下での大口径粒子砲による超長距離射撃であったが、彼の〝特別(スペシャル)な〟能力が開花すれば初弾から次々と命中していった。Eパック・カートリッジ1個分5発、全弾命中である。
 次々と突き刺さるビームにものの数秒で大破炎上となった敵巡洋艦は、そのまま制御(コントロール)を失ってスペースコロニー〝ヘクセンハウス〟の採光窓に突っ込んだ。ガラスを思わせる透明な外壁を砕いて内殻に墜ち込んでいき……そこで爆発四散した。

 そしてその結果は甚大だ……。
 内殻の中にまだ取り残されていた人々 (その多くはやはり民間人だったろう)を巻き込んで、コロニーは崩壊することとなった……。

 戦闘が終結した後、リオネルは動揺を隠すことができないでいる。


  *


 戦闘シーンから数時間後の強襲巡洋艦コモンウェルスのRAデッキ──。

「中尉……」
 いまデッキ内には気密が維持されており、帰投したRA-04(ウォリアー)が立ち並んでいる。
 それらのコクピットへと伸びる作業用仮設通路(キャットウォーク)で独り戦闘糧食(レーション)のチューブを咥えていた俺に、ふらりと流れてきたラウラが声を掛けてきた。

「どうした?」
 明らかに誰かを捜しているふうの彼女にわざとらしくそう訊く自分に、さすがに我ながらうんざりとする。
 だが、少し青ざめた感の少女の顔を前に、そんな想いを表情(かお)には出せない。……絶対にだ。

「あいつ、見ませんでしたか? 姿が見えなくて……」
 真摯さを感じさせる目で真っ直ぐに俺に訊いてきた。
 思わず口元が綻んでしまった。
 俺は背後のRA-04(ウォリアー)の閉じられたコクピットハッチの方を、背中越しに親指で指し示してやる。
 ラウラは大きく深呼吸をすると、コクピットハッチを開けて中へと入っていった。

 …──いいコだ。

 俺は、世の中捨てたもんじゃないな、と思うことにした。

  *

 ラウラがコクピットハッチを潜ると、やはり内部に操縦シートやコンソールはなく、あの〝謎空間〟が広がっていた。
 その中で、リオネルは内省するふうに一人腕を組み、静かに佇んでいた。
 ラウラは、すぐにはそちらへは行かず、ちょっと躊躇うふうに彼に向いた。
 何度か予行練習するようにパクパクと口を動かし、少ししてからようやく声を発した。

「…──()()は、あんたの所為じゃ、ないよ……」
 反応は、やはり無かった。
 それでも挫けることを拒否するように、少女は言葉を続ける。

「ここは戦場なんだから〝誰も死なない、殺さない〟なんてことにならない。
 あたしたち、戦ってるんだよ?
 あんたはよくやったと思う。
 もしあのまま、あの敵艦を撃たなかったら、コモンウェルスも攻撃されて、この船に乗ってる民間人も死んでたかもしれない。そう考えれば…──」

「──やめてくれ!」
 そのリオネルの声は、冷静と言えば冷静だった。
 はあ、と一つ息を吐き、閉じていた瞼を開いた彼は、苛々としたふうの目を一瞬だけラウラに向けると、面倒そうに視線を外して言った。
「そりゃそうなんだよ…──一々お説ご尤も!
 ここは戦場で、僕は機動兵器に乗って戦う主人公──。
 ご都合主義だろうが、予定調和だろうが、何だかんだできっちり最善手、最適の解を導くように戦う存在だよ!

 言われなくても、自分自身、わかってるっ!
 リオネルはよくやってるし、誰かを守るために引き金を引いてるだけなのも、その通りさ!

 でもさ、その主人公リオネルとしての役割のために引き金を引くのは、()()()()()()なんだよ!」

 一気にそこまで言ったリオネルに、ラウラは何も言えなくなってしまった。
 そんな彼女に、気拙くなったふうのリオネルが、こう続ける。

「──だから、その〝よくやってる〟リオネルと折り合いを付ける必要が、僕にはあるんだ……」

 言われた方のラウラは、身を硬くして、それでも泣き出したりはせず謝罪の言葉を口にした。
「そうだね…… ごめん、あたし、その、余計なこと、言ったね…… ホントに、ごめんなさい」
 何とかそう言った彼女の声音(トーン)に、さすがにリオネルの方も気が咎めたのか、しどろもどろになって言う。
「──いや、その……僕は、少し時間が欲しいだけで…──」
「うん、わかってる」
 静かに応える彼女に、リオネルは言葉を重ねていた。
「キミのこと、邪魔だとか、そんなふうには思ってるわけじゃ、なくて……」
「だからわかってるよ」
 ラウラのその声が優しい響きなのに、リオネルはほっとして顔を上げた。

 視線の先で肩をすぼめたラウラが、小さく一つ頷いてから、〝謎空間〟の出口のコクピットハッチに向いた。
 その背中にリオネルは言った。
「ラウラ… 少尉……」
「……ん?」
 振り向いた彼女に、何か言おうとしたリオネルは逡巡し、こう言っていた。

「──ここでのこと、外では黙っていてくれるかい?」
 ラウラは小首を傾げてから、小さく笑ってこう返した。
「あんたが、そうして欲しいなら」
 そう言った彼女が、外の世界へのハッチを潜って消えるのを、リオネルは見送った。

「──…ありがとう」
 彼女の背中に、そう小さく呟いて……。




                           ── Act.2 へ つづく
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