第12話

文字数 3,955文字


 軍の汎用輸送艇の操縦席に座るリオネルは、隣の席に黙って座るフェリシアの横顔をそれとなく盗み見る。その彫像のように美しい横顔は、そういうリオネルを完璧に無視して前方から視線を動かさなかった。
 リオネルは、結局、何も言わずに前方に視線を戻す。
 そういう居心地の悪い沈黙が、もう随分とこの場を支配している。


 リオは視線を戻すと操縦席のパネルの中からレーダースクリーンを確認する。もう何度目かの所作だ。
 本来は隣の副操縦席に座る者の役割りのハズだが、いま隣に座るフェリシアにそれを期待するのは無理筋だろう。
 レーダーには編隊を組むクリス中尉のRA-04(ウォリアー)の光点以外、敵味方ともに反応はなかった。
 と……、

「──…あなた、(ラウラ)とは、いったいどういう関係なのかしら?」

 いきなり投げ掛けられた言葉に、リオネル(リオ)は驚いて隣に座るフェリシアを向いた。
 視線の先の少女はこちらを向かず、苛ついた声だけで重ねて訊いてきた。
「私の質問には応えなさい。──…貴方、ラウラの何?」
「何って……」
 リオは、改めて問われてみて、〝何と応えたものか〟と少し考えるようにしながら、フェリシアの向いている前方へと視線を戻した。
「ラウラ少尉にはヘクセンハウスで助けられて…… その後は、クリス中尉の下で一緒にチームを組んでいます。──同僚……というより後輩、いや〝弟〟みたいなものなんじゃないですか?」
 そう如才なく応えてみせる。……話の先が読めないときの、彼の〝処世術〟だ。

「私の聞いていたのと違うわ。まぁ、いい……」
 そのリオの回答に満足できなかったのか、フェリシアは質問を代えた。「それじゃ、貴方は、ラウラ・コンテスティをどう見ているの?」

「──…?」
 いよいよ〝先が見えないですが〟というふうを装って、リオが横目を向けると、
「言葉の通りの意味で訊いているわ」
 フェリシアに、にべのない声音で先を促される。
 リオは気圧されるように言継いだ。
「…──優しい女性(ひと)……だと思ってます」
「優しい?」
「ええ……」
 リオは、腹を探り合う理由のないことに思い至って、ココからは本音で答えることにした。
「一見、気の強い、男勝りなところばかりが目立つコですけどね。でも、人の心に寄り添える、人の心の痛みのわかるコです」

 そうしたら、沈黙が戻ってきた。
 が、次にフェリシアの口が開くまでには、そう長くはかからない……。

「──…やっぱり……」
 フェリシアは溜息を一つ吐くと、声音を一つ和らいだものにして続けた。
「短い間しか一緒に居なかったのに、しっかり見ているのね」
 リオも、同じように落ち着いた声音になって返す。
「わかりやすいですしね、彼女」
「そうかしら……? ああ、でも……確かにそうか…──」

 また少し間があってリオが隣を見遣ると、フェリシアの整った横顔が追憶に目を細めていた。

「──…子供のころね……こんなことがあった……
 あれは、高等弁務官だった父に連れられて、初めてコロニーで暮らしたときだったわ。

 屋敷の近くにスラムがあって、そこに住む子供たちとね……よく水辺で遊んだの。
 母の付けてくれていた家庭教師からは、()()()()子たちとは関わらないよう言われていたのだけれど、私と(ラウラ)彼女(家庭教師)の目を盗んで遊んでた。

 ある日、ラウラのお気に入りの子が、大事にしてた人形を川に落としてね。
 その子、泣き出しそうになったけれど、すぐに諦めて、下を向いたわ……。
 それを見た(ラウラ)は、ためらうことなく川に入っていったの。
 人形が沈んでいってしまう前に拾い上げて、その子の手の中に人形を戻してあげた。泥の水に服を胸まで濡らしてね…──」

 懐かしそうに笑って、それから言った。

「私は、動けなかった。
 母や家庭教師の言いつけを守らなかったことを知られてしまうのが、怖かったの」

「…………」
 そんなフェリシアに、もっともらしく操縦席の計器周りを一通り確認し終えるように演出してから向き直ったリオは、自嘲めいた笑みの彼女と目を遭わす。

(あの子)はそういう子…──無鉄砲で、何でも直感で決めて、自分や家族の立場なんてお構いなし」

 言って、操縦席の前方に向き直ると、フェリシアは黙ってしまった。


 やれやれ。
 放っておいてもラウラの過去や人間関係が耳に入ってくるのは、物語における彼女の〝役割〟の成せる(わざ)か……。
 それと……このお姉さんも、相当にめんどくさそうだ……。

 リオは、神妙な表情(かお)で頷いて見せたりしながら、一刻も早くラウラを見つけ出さねば、との焦りを強めるのである。


  *

 一方…──、

 〝謎空間〟でのガールズトークですっかり毒を吐き出し終えたラウラとミレイアは、救難信号を発する手段を求めて難破船の内部を徘徊していた。
 一通り艦内を見終え通信装置や信号弾の類いが使えないことを確認したラウラは、(まさ)に〝お約束〟の解決策に思い至る…──。

〝弾薬庫に残るミサイルを爆発させ、周囲で救助活動をしている味方に気付いてもらおう!〟プランである。

 先のガールズトークですっかり意気投合していた二人は、さっそくそれを実行に移した。

  *

 都合よく蓋の開いたVSL(ミサイル発射器)から自分の胴回り程もあるミサイルを艦の外へと持ち出した二人は、適当な距離をミサイルを曳いて遊泳し、そこでミサイルを宇宙戦艦へと向け直した。そして、つい今し方までそこに居た宇宙戦艦の残骸に向けて射線を確保すると、マニュアル操作でミサイルの推進剤に点火する。
 ミサイルはアッと言う間に加速していき、それが難破船の弾薬庫付近に着弾するや盛大な火球を作り出したのを、二人はある種の達成感と昂揚感に包まれながら見遣ることになる。

(やったね……ラウラ)
(うん。やったよ……ミレイア)

 このようなとき、もはや言葉は声となって発せられる必要などなかった。

(……いや、冷静に考えてみるとスゲーことやってるな。──よっ!スーパーヒロイン‼)


 閑話休題……。

 二人がそんな感慨の中で交感していると、程なく画面の両端からそれぞれの陣営の救助の手の者たちが登場する。

 先にラウラたちを発見したのは連邦軍のリオたちで、ラウラは当然のようにミレイアの腕を引き、そちらに向かって小型推進器(ムーバー)を噴射しようとした。
 が、彼女がその手を放したので思わずその顔を見返すことになる。

 ミレイアは、一拍遅れて登場した自分の陣営の救助隊の方を指差し、パイロットスーツのヘルメットをラウラのそれに押し当ててきた。

《──…私たちがココで出会ったことは、他言無用、よ。
 あなたは私の名前さえ知らない、いいこと?》 ……〝お肌の触れ合い回線〟。

 それから小さく肯いて返したラウラに、いつ用意していたのか、そこそこの大きさのジェラルミン製の書類入れ(アタッシュケース)を手渡した。

《これを持って行って…──必ずお姉さまの目に触れるようにするの……いい?》

 怪訝なラウラに質問はさせず最後に念を押すように言い付けると、ミレイアは自分の陣営の救助隊の方へと流れて行く。
 それを見送ったラウラもまた、クリス中尉のRA-04(ウォリアー)の方に向いてムーバーを噴射し、二人は物語の世界へと戻っていったのだった。



  *

 作中世界での顛末(辻褄)は、次のようなものである。

 リオの帰投で単機となった後も哨戒を続けることとなったラウラ少尉は、正体不明のRAと交戦状態となる。結果、哨戒コースを大きく外れてしまった上、ラウラは乗機を破壊されてしまう。
 その状況下で、ラウラは幸運にも先の戦闘で破壊された連邦宇宙軍戦艦〝バーフラー〟の残骸を発見し一時そこに退避したのだが、艦内を捜索中、明らかに連邦軍のものと異なる軍服を着た遺体を発見する。遺体は書類入れを所持していた。
 彼女はそれを回収することにした。
 そして、救助隊に自分の生存と位置とを知らせるため艦内に残ったミサイルを爆破させ、見事に救助隊の意識を集めることに成功した……というわけである。ほんとかっ⁉


  *

 …──〝謎空間〟。

 今日はラウラの方が先客だった。
 乗機を失い、姉に叱られ、何か言いたいことも口にできないでいるような、そんな彼女を見つけると、リオは静かに近付いて行く。
 彼なりに距離感に気を遣いながら、落ち込む彼女の隣に立って言った。

「何か〝ヒロイン〟してるね?」

 そのリオの言い様が、〝謎空間〟での常の彼の嫌味っぽい(または(ひが)みっぽい)言い様でないことが新鮮で可笑しくて、ラウラは口元に浮かんできた微笑を顔を伏せて隠した。
 それでも崩れた相好を隠せないと判断して、ラウラはリオを向いて言った。
「あんたこそ、〝いいひと〟になってる」
「…………」 リオは決まり悪そうに頬を掻いた。
「──まぁ……そういう方が楽なんだけどね……」

 目が合った。

「ほんとに心配してくれた?」
「…………」
 ラウラの視線に、心の内を見透かされないよう、目を閉じて言う。「──交信が途絶したときには肝を冷やした。……僕がいないときに、なんてことしてくれるんだ、ってね」

 期待以上の答えの後に、期待値を一歩も離れることのない答えが来て、ラウラは〝こんなものね〟と笑って面を上げる。
 その視線の位置にリオの右の手の平があり、その上には羽根を(かたど)った小振りのブローチがあった。

「あたしに?」
「──…この前、話を聞いてくれたのと……これから先の、いろいろなことに。
 ペデスタルの商業施設(バザール)から取り寄せた。
 ……君はパイロットだから、その……こういう意匠もいいんじゃないかな、って。
 気に入らなかったら…──」

「ありがと」

 ラウラは、そんなリオに最後まで言わせず遮った。
 そして〝まぁ、こんなものかしら〟と満足気な笑顔になって言った。

「──…大事にするね」




                           ── Act.4 へ つづく
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