第16話

文字数 7,144文字


 リオネル(リオ)の駆る重RA──RA-X13(ディース・パテル)の放った熱波弾(プラズマ)の一撃により旗艦アミラル・デュプレを失った(アルメ)-(ブランシェ)は、その(ただ)一つの指揮系統を喪失した。

 元々〝張り子の虎〟と言ってもよい脆弱な組織ではあったが、それはこの戦場のもう一方の勢力たる連邦軍もまた同様である。そもそもアミラル・デュプレがA-Bの総旗艦である事実(こと)を、戦場に展開する連邦宇宙軍の諸隊は知らない。
 組織的な指揮命令が維持されなくなった戦場で、前線の指揮官は個々の判断によって戦闘を拡大していった。……〝乱戦〟という様相に歯止めが掛からない。

 そんな中、事態は新たな局面に入る…──。


  *

『艦長……』
 大質量兵器となったスペースコロニー〝ヘクセンハウス〟を追う強襲巡洋艦コモンウェルスの艦橋で、CICオペレータの一人が艦長に呼び掛けた。

「何か?」
『ヘクセンハウスの軌道要素に変化あり……加速しています』
「なに……? 加速だと⁉」

 戦闘艦橋の天井一杯に広がるメインスクリーンに超望遠での映像が出力された。確かに核パルスエンジンに火が入っている。
 画面が切り替わり、望遠映像は小画面化(ワイプ)され、スクリーンは観測班が再計算した軌道要素とそれに基づいた予想軌道のCG画像と入れ替わる。
 その計算に基づくヘクセンハウスの新たな予想軌道は、加速により月の周回軌道を離脱、スイングバイしたのち今度は地球へと落ちていく…──というものであった。

 二段構えの軌道設定──スペースコロニーは月の後ろ側近傍を通過することでより効率的に地球へと加速し、いっぽう追撃する連邦軍の艦艇はこれまでの戦闘による消費量も相まって、途中で推進剤を使い果たしてしまうことになる……。

 手元の端末を弾いて観測部の計算結果に対し幾つかの設定値(パラメータ)をいじっていた艦長だったが、やがてその手を止める。

「やられた……見事に、な」
 艦長は、絞り出すようにそう言った。

 連邦宇宙軍の作戦行動は、完全に無意味なものとなった。
 〝失敗〟である。

 元々、コロニーほどの大質量構造体を完全に破壊することは不可能なので、月面への落着を回避するにはその軌道を変更してやることが最善手であった。ゆえに核パルスエンジンの破壊を第一目標としなかったのだ。……が、それが現状で(いま)は裏目に出ていた。
 いまそのエンジンに火が入り、軌道変更の原資となる推進剤 は燃やされ、消費されつつある。……だがそれを〝加速のためではなく月へ落着させるため〟の減速(逆加速)用と判断したことを、いったい誰が責められよう?

 残された手段は核パルスエンジンの破壊くらいのものだったが、有効射を送り込める位置にまで艦隊は進出できていなかったし、仮に進出を果たせた頃にはヘクセンハウスは推進剤の燃焼を終え地球への衝突(コリジョン)コースに乗っている。


 ほぼ〝指し手がない〟状態(リザイン)に艦橋が沈黙に包まれる中、艦長はマイクを取った。

「CIC、RA隊の先鋒はどうなっている?」
『クリス中尉の隊がヘクセンハウス周辺の敵主隊と交戦中──…敵RAを排除しつつあります』
「リオネル・アズナヴールのRA-X13(ディース・パテル)は?」
『──…健在です。ヘクセンハウスの核パルスエンジンに近い位置に居ます』

 艦長はCICオペレータの言葉を聞き終えると、静かに頷いて視線を上げた。
 やはり彼もまた、この物語における〝役割に殉じる者〟なのだ。

「リオネル君に託す! ──クリス中尉の隊には帰還命令を」

 艦長のその判断に、隣の指令席にいたフェリシア・コンテスティは、ほっと小さく息を吐いている。


  *

 この一連の戦いの最終局面…──。

 すでに両軍は組織的に戦力を動かすことができなくなっており、それぞれ後退することを模索し、生き残るために眼前の敵を唯々(ただただ)排除しなければならなくなっていた。戦いは一向に終息の気配を見せていない。

 そんな混沌とした戦場で、俺……クリストファー・レイノルズ中尉もまた、部下であるラウラ・コンテスティ (……ヒロインの呪縛に捕らわれたことに気付けずに〝ボーっと生きて〟いる少女パイロット)共々、母艦から帰投命令を受けたのであった。
 
 いま一人の部下……リオネル(リオ)には、ほぼ(ゼロ)に近い可能性に賭けられた〝宿敵の守る核パルスエンジンに向かえ〟との命令も出ている。

 いままで()()()()〝フラグ〟から逃れていた俺であったが、その実、すでに自身の役割にはフラグの立つ (〝ヒロインにフラグが立たないように見守る〟よう()()()()()()()())身である……。

 その〝フラグを持つ者〟に特有の嗅覚が働いたように思った。
 この一見して〝二律背反〟する命令に、俺の脳裏を嫌な予感が走っていく。

 ──…この展開……読者様にとって、恐ろしく〝アンフェア〟な結末なんじゃないか……?

 だがそんなことは今さら関係ない。
 そう……、
 今回は〝最終回〟なのだ…──。



「ラウラ少尉……聞いた通りだ。ここはリオに任せて後退するぞ」

 そう告げた通話モニター越しのヒロイン(ラウラ)表情(かお)は、案の定、承知しないとい主張していたが、俺はその顔に一言も口を開かせなかった。

「コレは命令だ、少尉。従ってもらう。〝どうして〟も〝なんで〟もなしだ」

 面倒な遣り取りはしたくない。
 折角、彼女も俺も命拾いしたというのに…──ヘンなKY発揮されて死ぬのは……やっぱ()じゃん?


  *

 その頃──。
 ヘクセンハウスの円筒部(シリンダー)の両端に増設された核パルスエンジンのノズルの、一方の側の基部では、2機の機動兵器 (リオのディース・パテルとメレディスの白いシュヴァリエ)が、再び相まみえていた。

 リオはコモンウェルスから命令を受けるや、すぐさま核パルスエンジンの基部へと向かったのだが、いざ1つ目のエンジンの制御部分 (火の入った核パルスエンジン本体やノズル部は、3秒おきに起きる核爆発で近付くことはできないのだ)を破壊しようという(まさ)にその時に、メレディスに横槍を入れられたのだ。
 メレディスはコロニー内部にいったん退いていたが、こうなるであろうことを読んで、リオを待ち伏せていた。

 3秒おきに生じる核の爆発が生み出すプラズマをさえ遮る巨大なノズルの陰で(そんな環境でなぜRAの電子機器(アビオニクス)が正常に動作するのか。また加速するコロニーになぜRAが置去りにされないかはさておき……)、二人の乗機(RA)はまるで2匹の獣のように絡みあう。

「この……ちょこまかと」
 ガタイの大きなディース・パテルにコロニーの外壁を舐めるように機動させるしかないリオには、リニアカノンの長銃身を振り回すのは如何(いか)にも不利だった。
 どの道、パルスエンジンを止めるのには制御系の器機をピンポイントで破壊すればよいだけなので高い破壊力は必要ない。
 リオは思い切りを見せ、ディース・パテルに右手のリニアカノンを放り捨てさせた。

「フン──…思い切りはいい……だが!」
 そう独り言ちたメレディスは、重荷(デッドウェイト)を切り離したディース・パテルが本来の運動性能を発揮する前に、間合いを一気に詰めて自由にはさせない。

 白いシュヴァリエの光線剣がディース・パテルを襲う。腰のホルダーから兵装交換したばかりの対RA用のリニアガンは、一発も発砲することなく銃身を溶断され、その機能を失った。

 ──…一手一手(さき)を……っ ──なら‼

 リオは頭部の近接火器(バルカン)で弾幕を張りつつ機体を後退させる。そして後退しつつ、自らの光線剣をシュヴァリエの方へと流した。
 タイミングを見計らってディース・パテルに再加速させ、相対距離を詰めに掛かる。……と同時に、先に流した光線剣を近接火器で狙った。
 目論見通りに光線剣は火球となった。(……どういう理屈かは知らない。訊かないで欲しい)

 その状況を利用し、リオはディース・パテルに装備された予備を含む全ての光線剣を、メインとサブの手 (ディース・パテルは2本のメインアームの他、サブアームを左右2本ずつ備えている)に掴ませ、四刀流で逆襲に転じる。

 右の副腕の1本で胴を袈裟懸けに狙い、左の副腕2本で頭部と胸を刺しに行く。が、実は本命の右主腕の斬撃は、シュヴァリエの右の手の得物……リニアガンである。

 メレディスはそうと判ってはいたが、頭と胸への攻撃については、左手に持たせた光線剣で辛うじて受け流しはしたものの、あとは致命傷を避けるため回避するしかなかった。
 袈裟懸けの一撃の鋭さを避けるのに精一杯で、リオの目論見の通り、右手のリニアガンは切断されてしまった。

 ──やるっ‼ この短い期間でよくもココまで……っ! ……だが…──

 しかし、この斬撃の応酬という時間の使い方が、結果的に勝敗を決めることとなった。
 核パルスエンジンが推進剤の燃焼を終了したのだ。

 リオがそれと気が付いたときには、もはやヘクセンハウスの軌道を地球への衝突コースから逸らす手段は、永遠に失われていた。

  *

 ──…コロニーが……ヘクセンハウスが……、地球に……。

 機動兵器(RA)戦の最中にあって知らず放心してしまうリオ……‼ それは〝間抜けな程〟の隙を与えてしまうことだったが、(リオ)は撃墜されない。彼と対峙する敵パイロット(メレディス)は、トリガーを引くのではなく光通信の回線を開いた。

 放心していたリオは、正面モニターの中で動きを止めている白いRAの、頭部カメラアイの部位が明滅しているのに気付いた。

 ──…光信号?
 リオは回線を繋げた。

チェックメイト(勝負あり)だ、リオネル・アズナヴール君』

 余裕を感じさせるその声には、微かに聞き覚えがあった、
 リオは、それがペデスタルの商業施設(バザール)で出会った、あの男のものであることに(本当は、最初からわかっていることだけどな!)思い当たって、小さく息を飲む。

 だが、ここからが主人公だ。
 様々な疑問や話の筋道といったことを脇に置いて、主人公として訊くべきことを訊く。

「アンタたちは……アンタたちは、いったい何なんだ! なんでこんなものを地球に……人の住む場所に落としたりするんだ⁉」

 一方のメレディスも、ライバルとして応じる。

『──…君に言うべきことではないが……いまさらだな、リオネル君』

 〝あしらう様な〟響きを帯びたその声に、リオが眉根を寄せる。
 通話越しの音声は、構わずに続けた。

『地球圏を食い潰すのは人間そのものだよ。それは自明だ。
 人間を最も効率よく除くのであれば、あの青い星(地球)の環境を傷付けるのが一番、というだけのこと──違うかね?
 また既得権者というものを振り向かせるのにも、あの星(地球)を傷つけるのが一番効果的だろう』

 事も無げにそう言ってのけるホレイシオ・メレディス・トレイナーに、リオは言葉を失う。

『それはそうと、君は良い仕事をしてくれた。おかげで私は仕事がやりやすくなった。礼を言わねばならんかな?』

 リオの脳裏に、止めを刺されずに見逃されたシーンが、リオ自身の引いた引き金によって(アルメ)-(ブランシェ)の旗艦がその首魁諸共爆沈するシーンが甦る。

 ──…こいつ……っ‼

 自分の意思だけでない思惟が、全身に満ちてきたように思った。

 ──この男は危険だ……()らなければならない……。

 だが、その意思で機体を動かす前に、ディース・パテルはその機動兵器としての機能をほぼ喪失する。

 ──⁉

 天頂方向からの高出力レーザーによる正確な射撃に、ディース・パテルの四肢とメインスラスターを収めた大型のバックパックは粉砕されてしまっていた……。

 それは、ディース・パテルの姉妹機──RA-X15P プロセルピナによるものであった。
 ミレイア・ダナの乗機となったプロセルピナは、先行して連邦軍の主力を叩いた後、主人たるメレディスの許へ駆けつけてきたのである。

 自らの迂闊さと敗北感に、只押し黙るしかないリオの座るコクピットに、メレディスの声が響く。

『リオネル君……。
 君にはまだ最後の役割を残してある……。

 ──…このコロニー落しという狂気を画策し、実行した存在……。
 (アルメ)-(ブランシェ)によって非合法に生み出された〝国家の子供(ナショナル・チルドレン)〟としての存在、という役割を。
 是非、全うして欲しいものだな……。

 さて、我らはここで退散だ。
 ……後始末は〝コンテスティ家の筋立て〟だ…──』

 通信はここで切れた。


 リオの心に猜疑心が広がっていく。
 敗北と悔悟と……。

 メレディスは最後に〝コンテスティ家の筋立て……〟と言った。
 つまりこの件はコンテスティ家と渡りの付いていることだと言ったのだ。
 だからメレディスの私兵に新鋭の重RAが渡り、同じ系列の機体が僕に回ってきた。
 なら、これはラウラも知っていたことなのだろうか……。

 暗いコクピットの中で、リオは自分が泣いているのを知った。
 そうか……。彼女もグルだったのか…──。

 四肢と主スラスターを失い、その場を漂う事しかできなくなったディース・パテルのコクピットで、リオネル・アズナヴールは独り膝を抱えるだけである。


  *

 最前線から後方のコモンウェルスに帰投したラウラは、RAデッキから艦橋に上がるや信じられないものを見て言葉を失った。

 艦橋に艦長の姿は無く、指令室に座る姉フェリシアが、天井のメインモニタ―で話をしていたのはA-Bの軍服を着たホレイシオ・メレディスであった。
 彼と姉とは、戦闘の停止を確認しているところであった……。

「お姉さま……? これはいったいどういう…──」
 何をどう理解すべきかわからないふうのラウラの虚ろな声が、艦橋に居合わせる者の面前を通り越し、フェリシアを質す。
 フェリシアはそれを無視した。他の艦橋クルーもそれに(なら)う。

 少し遅れて艦橋に入りそのままラウラの背後に居た(クリス)に、ラウラは助けを求める様な視線を向けてきた。
 だが俺もまた、その視線にただ黙って応える。

 もう一度フェリシアの方に向き直ったラウラは、震える声で小さく訊いた。
「……汚いことをしているの?」

 その言葉に、フェリシアは黙って目線を返した。
 ラウラは、ゆっくりと確認するように姉に訊く。
「そうなのね?」

 その〝圧〟に負けたフェリシアが遂に全てを明かし、全てを語り終えたとき、艦橋にラウラが姉の顔を張った乾いた音が響いた。


  *

 以上が『アルメ・ブランシェの蜂起』から『ペデスタルの乱』へと至る『ヘクセンハウス事件』のあらましである。

 リオネル・アズナヴールのRA-X13(ディース・パテル)の音信が途絶した14時間後にヘクセンハウスは欧州大陸の西岸部に落下、衝撃波とそれに続く巨大な津波とが地球経済圏に甚大な被害を与えることとなった。

 連邦国務会議はこの災厄についての責任を取り総辞職し、大統領は非常事態を宣言する。
 が、直後に特定の軍閥と軍産複合体との癒着と(アルメ)-(ブランシェ)との関係をリークされ罷免。
 無政府状態となったコロニーや月面諸都市からは、いち早く中立を宣言していた〝ペデスタル〟に(なら)い、連邦からの離脱・独立の宣言が相次ぐこととなる。

 世は(まさ)に、混迷の時代となったのである…──。


  *

 そうして少女は、被害を逃れた地球にある一族の屋敷の部屋から、かつてよくそうしたようには笑うことの出来なくなった顔を月に向けた。
 その月の裏側…──。
 軍刑務所のとある独房の中で、少年は、表情のない顔で座っている。




                             ──【第1部・完】









  *

 ──…〝謎空間〟にラウラの声が響いた。

「ななな、何なんですか⁉ この終わり方わっ!」

 いや、そりゃそうだろうな……、と俺だって思っているが、しかしこういうエンディングだって無いわけじゃない…──一応、体裁としては【第1部・完】、であるし……。

「ちゃんと説明が欲しいですっ!」

 ラウラの視線がオッかない。

「あー、まー……」
 俺は、何で俺が……、という想いに駆られながら、作者に替わって説明を試みる羽目になった。「──…メタ視点での〝ネタ〟と、作中世界の物語の進行が上手く同期(シンクロ)取れなかったんだろうな……」

「だからってこんな……」 俺の回答に、やはりラウラは納得していない。いまにも泣きそうな勢いで言い募る。
「──…読者さん、こんなの望んでないと思います!
 だってこれコメディーですよね?
 こんなんじゃ、ちっとも笑って終われないじゃないですか! 絶対ダメですよ!」

「中尉ー……、僕、このまま廃人でいいですか?」
 リオネルもすっかり覇気を失って、ほんとに廃人の様だ……。

 いや、これはね、確かに打切り(作者が他の作品のアイデアが浮かぶまでの間のリリーフ的な扱いだったものが他に書きたいアイデアが浮かんできた……)なんだけど、元々こういう展開ではあってね……、ロボットアニメの作風なら(ry

 俺は必死に作者の思考の代弁に努めたが、やはりキビシカッタ……。

「…………」「…………」

 俺は主役とヒロインの目線に、本来あるべき俺の想いを呼び覚まされた。

「──…わかった」

「はい?」「何が?」 リオとラウラの声が重なる。

 俺はめんどくさくなって、自分の本音を語った。

「作者に掛け合ってやる。──第2部の確約は、してやることはできないが、それでいいか? どの道、この作者もネタが溜まってきたら、やりたがるんだから……」

「ほんとですか!」「…………」

 ラウラの目が輝いた。リオの方は半信半疑だ……。

「だから確約は出来ないって。でも、それなりに期待して待ってろ」

 その俺の言葉に、諸手を上げてから隣のリオに抱きつくラウラと、いきなり抱きつかれて困った表情(かお)を慌てて作るリオを見て、俺──クリストファー・レイノルズは、何とかせねばと、表情をあらためるのだ…──。




                             ── つづく

                              ……だろうか?
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