謎の夢と昔の記憶

文字数 1,284文字

 
 新歓にはお金が掛かる、テニスサークルの新勧費は一人当たり十万円するという噂もある。
 
 小さな鬼が僕の頭を金棒で叩きながら、「金がかかる、金がかかる」と訴えかけるシーンから始まる夢だ。一瞬ゾッとしたが、すぐにその夢は切り替わり、懐かしい思い出のシーンに切り替わった、夢というよりか記憶だろうか、二年前の僕が一年生だった頃の話だ。懐かしい、今更あの代を思い出すのは僕が今あの代の立場になって新歓活動に取り組んでいるからかも知れない。
 
 前日の大雨が桜の花びらをほとんど散らしていた。まだ重たそうな雲がしぶとくも残っている中、二年前、お花見という名のそのイベントは開催された。学校からすぐ近くの自然公園の一帯に、ブルーシートが張り巡らされ、シートの真ん中にお菓子やジュースが用意された会場には、新入生約40、上級生約40名が大きな一つの円になって座ている。新入生の方がやや多く、先輩が間に入って話を振ってくれたり、簡単な自己紹介を回してくれたりしながら早く打ち解けられよう取り計らってくれた。新入生の僕らは、同じ状況状態である者同士、もちろん様子は伺いながら、何となく不思議な一体感のようなものが流れていたことをよく覚えている。会の開始に先立って、新歓担当の南山さんと朴さんが全体の前に出て、注目を集めた。皆一斉に会話を止めて前を向いた。いよいよ始まる、という期待が相まり会場は静寂に包まれていった。
 
そんな時だった。

「なんだ、お前ら」

 後方からその声は突然やって来た。ぱっと振り向くと黄ばんだタオルで顔面を覆う、一升瓶を片手に携えた中年風の男がそこに立っており、咄嗟にやばい、と思い先輩の方を見ると、「皆靴取って」という指示が聞こえ、慌てて脱いだ靴を抱き抱えながら女の先輩に言われるままにブルーシートから離れた桜の木の下に避難した。 

 男の先輩はそのホームレス風の男に向かい、それに呼応する形でまた男が叫び声を上げ、一升瓶を振り翳した。

 先輩の内の一人が男の背後に回り込んで、南山さんたちの方に合図を送ると、「捕らえろー」という怒声で、後ろの先輩が男の両脇を抱えたまま、まだ濡れている地面に男ごとそのまま倒れ込み、一斉に全員が取り掛かって行った。僕達の立っている位置から、ホームレス風の男の姿は見えなくなり、騒然とした空気だけがその場には残されていた。周りから、ざわざわと声が漏れ始め、取り押さえている先輩の集団の様子は、まだ中で男が暴れているのか、押さえ付ける力を弱める気配はしない。
 隣にいた女の子が、「これって警察沙になるのかな?」と聞いて来たが、答えられなかった。男を取り押さえる集団の動きがぴたっと止まり、ゆっくりと一人ずつその輪から離れ始めた。すたすたと黙ったまま、表情を変えずに、先輩方は僕らの居る桜の木の元へ戻り、ブルーシートに戻るよう僕らを促した。

 南山さんの隣にいるもう一人の男が、さっきの事件が起きたまさにその位置に立っていて、どこのタイミングで持って来たのか、拡声器を口元に当て、
「驚かせてすいません!部長のアキです! 以後、お見知り置きを」



 
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