第三十六回、新入生エンタテ大会

文字数 3,415文字

 第三十六回、新入生エンタテ大会当日は、快晴の太陽が光輝く、まさにエンタテ日和のようなコンディションでの開催となった。四限の講義を終え、さっそく健吾と予約しておいた公民館に着くと、三年の上級生はすでに集まっていて、すぐに会場のセッティングに移った。ステージ前に客席となるパイプ椅子を何列か並べ、簡単な飾り付けと、今年から雰囲気を出すために導入されることになった演目台には、各グループ名とエンタテの題名が表記され、みるみるうちに会場は、ちょっとした演歌歌手でも登場して来そうな立派なステージとなって行った。仕上げに健吾が、「第三十六回新入生エンタテ大会」と毛筆で書かれた段幕を脚立に登って掲げ上げ、開催の準備は例年以上に思っていたよりもずっと立派に整って行った。

「立派じゃん、いい感じ、いい感じ」

 本日の司会のあい姉もご満悦している、みんなのテンションも高まっていた、会場に主役の一年生たちが入場し、うわぁだとかガチだなぁという声が交差する中、それぞれが席に着き始めると、「小林グループ、もう準備入って」というあい姉の声で小林グループのメンバーたちがぞろぞろとステージ横のパーテーションの中に消えて行った。優太の姿もそこにあったが、かなり集中に徹しているようで、一度もこちらを見ることなく真っ直ぐ そのまま仕切りの中へ入って行った。

「いきなり小林んとこか」

 会場のパイプ椅子に腰を掛けた健吾は抑え切れない様子で軋ませる音がとてもうるさい。

「あの段ボールの更衣室、ネタに出ないかな」

「あれ出して欲しいよな」

 健吾と喋っていると、カーテンの奥から小林グループの円陣する怒声が聞こえてきた。

「この俺のグループに入っといてぇ、、、普通のエンタテでいいと思ってるやつぁ、、、いねぇーーーだろぉーーなぁーーー」

「うぉぉおおおーーーーー」

「モテたいとかぁーーー、カッコ付けたいだけならぁーーー消えろぉ、バァカヤロォーーーー」

「うううおおぉぉぉーーーーーー」

「行ってこい、、タコカス野郎どもぉーーーーーーーーー」

「うううううおおおおおぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーー」

「なんちゅう円陣だよ」

 健吾が手を叩いて笑った。会場の士気もグンと高まった。

「まもなく開演致します」

 あい姉の声が会場全体に響き渡り、一斉に拍手が広がって行った、いよいよ、今宵、エンタテ大会の新たな歴史の一ページが幕を開ける。



(ある所に、ホワイトクリスマスに憧れる、一組のカップルがおったそうじゃ)



 マイクのナレーション音だった、それと同時にステージ袖のカーテンの中から男女の二人組が手を繋いで現れた。

 その途端、客席手前左の一部女子達の塊がざわざわし始め、え、え、え、と言う声がその集団から聞こえて来た。ステージ上の二人が何やらそわそわした様子で何もすることなくただただ俯きながらもじもじ立っている。いかがわしいその会場の雰囲気は、血気盛んな若者達の敏感なアンテナをピンッと奮い立たせる。

「え、、、これ、ガチなやつじゃね?」

 健吾が言った次の瞬間、エンタテ大会しょっぱなにカマされたカップルの発表サプライズに、会場から火が付いたような喚き声があふれ返した。

「まっじか!!!」「えええええええーーーー」「うそだーーーーーーーーーーーーー」「カナちゃん!!!」「ふざけんな」「ガチじゃん」



 一瞬、耳を疑った、カナちゃん? まさか

 舞台上の、照れた様子で立っている女の子を見た、確かに、あのカナちゃんだった。

 うわっと思うのと同時に頼むっと心の中で叫びながら、ステージ上に立つ男の子を見ると、背が高い。明らかにイケメン風のその男の子は、何度か見たことある顔だったが、やはり、優太ではなかった。

「うっわー、まじか。まだ五月だぞ、けしからねぇな全く、けしからん!すげえな、おい、え、あれ?」

 気付いた健吾が固まったまま僕の顔を見た、僕も健吾に向かい、無言で首を縦に振った。

「タカ君さ、もう一回あの、告白の時の言葉言ってほしいなぁ、カナ」

 カナちゃんが隣のおそらくタカ君であろう男の子の腕を取り、甘えた声でしぐれながら言った。彼女の丁度良い芝居臭さが、会場全体の卑猥な笑いを一撃でかっさらって行った。

「えーと、あっうん、もし俺が付き合おうって言ったら付き合う?」

 歓声の上がる中、僕は優太の顔を思い浮かべた、彼は今、一体どんな顔をしているだろう。

「ありがとっ、嬉しい。タカ君、カナね、今年のクリスマスはホワイトクリスマスが良いと思ってたけど、タカ君とこうしていられるなら雪が降らなくても、全然大丈夫だよっ」

「うん、俺もカナとこうしてたら大丈夫っ!でもごめんね、僕の力じゃ雪を降らせることは出来ないや」

 タカ君がセリフを言い切るのと同時に、袖から赤い人型の何かが現れた。

「ジングルベーーーー―ル!!!!!」

 白いひげを携え、サンタクロースの格好をした優太だった。信じられないくらい表情というものが無い微妙なのっぺら顔をしてステージ上上手に客席を真っ直ぐに睨みつける優太が立っていた。

「おやおやぁ、こんな所にぃ、素敵なカップルがぁ、くぅーいるではないか、ほっほっほっ」

 引きつった顔のサンタが言った。会場は再び、荒れに荒れた。

「あ!サンタさんだ!サンタさん!サンタさん!カナたちのために雪を降らせてくださいませんか、カナ達のお祝いに、ホワイトクリスマスをこしらえてくれませんか?」

「ほっほっほっほ。お安いぃ、御用だよ、そんなことは、いくよ、そーーーーれいっ」くよ、そーーーーれいっ」

 サンタは右手を挙げ、パチンッと指を鳴らした。その途端、ステージ両端から、虫取り網が顔を現し、ひっくり返した網の中から白い紙吹雪がゆらゆらと舞い、ステージ上は一挙に手作り感満載のホワイトクリスマスになって行った。



「まあ!素敵!」



「うわーあ!」



 その雪が散って行く中、幸せそうな二人は寄り添い合い、それはそれは信じられない奇跡であったそうじゃ、とナレーションが入りそうな雰囲気に包まれたその瞬間、いつの間にやらステージ袖にはけていたサンタがおもちゃの赤と青のスコップを2本持って来て、再び舞台上に姿を現した。



「ほっほっほっほ、二人とも!君たちにもう一つプレゼントを持ってきた!ほれいっ、このスコップで降り積もった雪を片付けてくれたまえよ!」



 にっこりとしたサンタが、持って来た二本のスコップをカップルの足元へ滑らせた。



「えっ?何ですかこれは、、、」カナちゃんが言った。



「え?雪掻きすんの?何これ?」タカ君も言った。



「あたりまえじゃろう、雪を降らせてもらっておいて、後片付けもないなんて、あるまぁーーーい」



 語尾もおかしくなるほど、サンタの目はイッていた。



「ほれいっ!さっさと雪掻きをするのじゃっ!雪はのぅ、雪はのぅ、積もると死ぬほど重いんじゃっーーーーーーー!!!」

 

 サンタは右手を挙げ、パチンッと指を鳴ら



 語尾もおかしくなるほど、サンタの目はイッていた。



「ほれいっ!さっさと雪掻きをするのじゃっ!雪はのぅ、雪はのぅ、積もると死ぬほど重いんじゃっーーーーーーー!!!」



 おもちゃのスコップをまたステージ袖からサンタは持って来てカップルに投げ付けるという行為を繰り返した。サンタは鬼の形相でカップルおよび会場全体の我々にも雪掻きのフォームや土の付いた雪の汚さを熱弁し、

「腰を使え!」だとか、「雪掻きから人生を学べ!」「雪掻きさぼり泥棒の始まり」というエンタテ大会史に名を残す名言を連発し、カナちゃんとタカ君の悲鳴と共に、会場の低俗な笑いをかっさらって行くのであった。

 その後、この雪掻きサンタ事件は、伝説のエンタテとして語り継がれ、優太は雪掻きサンタという異名とキレたら怖いというレッテルを手にすることとなって行くのであった。

 小林グループのエンタテが終了すると、ぐったりとなった僕と健吾は、しばらく一言も発することなく肺と喉を休めことにだけ集中した。

「あの、可愛かった優太は」

「もういないな」

 と健吾が続いた。健吾もまだ立ち直れない様子で、背中をどっかりと椅子の背もたれに預けていた。

「スコップのあたり、あれガチかな」

 僕の感じていた、一抹の疑問を健吾に投げかける。

「あ、洋平も思った?タカ君とカナちゃんの反応ガチっぽかったもんな。だとしたら、優太」

 彼のキャパを見込んで新歓出来たことを、心から光栄に思えた
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