わたし編 六話

文字数 1,173文字

 長男がクラスで飼い始めたファンシーマウス(ハツカネズミの一種)を五匹連れ帰って来た。休日は教室で世話をする生徒が居なくなるので、クラス全員の持ち回りとなっている。50センチ四方のケージの中に段ボールやら新聞紙で出来たハウスがあり、その中に入っているそうな。
 わたしはネズミ族の指の形状が苦手で、あまり見たくはなかった。子供が男子なので、虫にはだいぶ慣らされてきたが、ネズミやコウモリは勘弁だった。さらには、うちにはネコがいる。それも頭痛のタネだ。古来よりネズミの駆除にはネコと決まっている。
 おもちは早速に興味を示す。ケージの周囲をクンクンと嗅ぎまわり、わたしの顔を見る。「ネズミがいるでしょ」と言ってるようだった。金網の幅は狭くネコと言えども手足は入らない。また、出入り口には回すタイプの鍵も付いていた。
 あいにくの3連休。わたしと次男は実家の清掃に、父親と長男はプロ野球を見に行く予定だった。と言うことは、おもちとネズミたちだけの時間が充分あるとのことだ。いい気なもんで誰も気に留めない。先代のおもちの蛮行を見知っているのはわたしだけだから、仕方がないのかもしれない。
 ある朝起きて歯磨きに一階に向ったら、洗面台の下に大きなドブネズミのバラバラ死体が横たわっていた。わたしは、精一杯の金切り声を張り上げた。

 あの時の二の舞になったらどうしようか。以前は悪さをしていた(お尋ね者)のネズミだったからいいけど、今回のはクラスからの大切な預かり物だ。不安なわたしは念には念をと、使っていない厚手のカーテンでケージを覆って来た。
 やはり、わたしの危惧はあたった。家に戻ると、リビングは悲惨な状態に変わっていた。マウスケージが棚から床に落とされ、出入り口は開かれていた。わたしは顔面蒼白になり、おもちとネズミたちの行方を捜した。わたしの頭の中は、五つのネズミの殺戮死体でいっぱいになっていた。
「お母さん、こんな処にいるよ」
 次男の声が客間から聞こえた。わたしは慌てて向かった。
「ネコとネズミって、どれもがトムとジェリーのように敵同士ってわけじゃないんだね」 
 わたしはその光景に唖然とした。おもちが三匹のネズミたちを丸くなったお腹に抱えてペロペロと舐めまわしていた。舐められている方も満更ではなさそうだ。
 もう二匹はどうした?
 と、次男から声がかかる。
「ケージの中に居るよ」
 わたしは安心したのと、可笑しさで笑い出した。次男も笑った。
 ちょうど、野球から戻って来た夫と長男も笑った。
 次男はその様子をスマホに収め、一部始終をネコ育て日誌に書き記した。
 ついでに私たち家族四人も、おもちとネズミを交えて記念撮影をした。家族写真なんて初めてのことだろう。
 次男の日誌の記述より、
 自分より弱い者には優しくする。おもちはそういうネコです。僕もそうなりたい。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み