わたし編 四話

文字数 1,341文字

 新しい家族が加わったことで、我が家は大きく変わった。まずは、話題が猫一色になった。この新入りの家族は、どんなに話のネタにされようが、決して嫌がらない。大抵の人間ではこうはいかない。いちいち干渉されるのを嫌う。
 恥ずかしいお話しだけど、我が家で、こんなに家族が何かを真剣に話し合ったことがない。今までの話題はと言うと、ひとりが槍玉にあがってしまうのだ。それかまたは、誰しもが興味を抱かないことばかりだった。夏休みや大型連休のリクレーションひとつとっても、僕は行きたくない、行ってくれば、で終わってしまう。ほかのご家庭はどうなんだろうか?
 それにこのネコの話題は誰もが愉しい。些細な事でバカにしても、些末なことで褒めても、家族の口元は緩む。話題は尽きることがない。毎日、話すことが沸いて出てくる。何よりみな、おもちのために何かをしてあげたい、という。
 櫛でグルーミングしてあげたい、お風呂に入れたい、外に連れ出したい、そのために首輪とリード、ハーネスはどうだろうか、脚が悪いので特製の台車は造ってはどうか、夜起こされないために自動餌やり機を導入したらどうか、餌をカリカリからジェルにしたらどうか、キャットタワーを購入したい、降りるのが大変だから二階に上がったら抱っこしておろしてやろう、などなど。
 おもちを観ているだけで倖せな気持ちになる。ほとんど寝ていることが多いけど、寝ている場所や寝方がまた、可愛い。洗濯バケット、下駄箱、押し入れの布団、テレビ台の収納スペース、どうしてそんな処で寝ているの、と可笑しくなる。また、大人しく座布団の上に居ても、前脚を折りたたんで正座してみたり、コックリさんしてみたり、寝落ちしてみたり、観ていて飽きない。

 反対に夜は大運動会がはじまる。いくら夜行性といっても、少し時間をズラしてくれればよいのに、大抵はみなが寝静まってから、それが始まる。犠牲者は大概、子供たち。足と腕には爪による擦過傷が絶えないし、寝不足にもなる。それでもふたりは寛容だ。兄弟間ではこうはいかない。大喧嘩に発展する。
 家中、おもちの持ち物だらけになった。爪とぎといっても平らな平凡なものから、棒状のもの、斜め板状のものと三種類、天上からは四本のじゃれつき用の紐がぶら下がり、床には実に様々な興味を惹くような玩具類が転がっている。
 『日本の城』プラモデルにはまっていた夫は警戒した。せっかくの岐阜城と姫路城を破壊されては大変だ。夫婦の寝室の本棚のてっぺんに載せて、部屋に入って来たおもちを監視し続けた。しかし、ネコはせいぜい机に置いてある気に止まった物を前脚で下に落として遊ぶくらい。当然のことながら、お城には関心を示さなかった。
 そんな、まるで子供のように趣味の世界のみに居続ける夫に変化が現れた。日曜大工をはじめた。しかもおもち特製のキャットタワーを作り始めたのだ。後ろ足が不自由なオモチでは、市販されているタワーには上れない。なので、斜めの足場を駆使して天井近くの高所まで登れるように改造したのだ。
 これもまたお恥ずかしいことながら、夫が他者のために何かをするなんて、これが初めてのことだった。たぶん、おもちならではのことに違いないが、それでも夫も大人になりつつあったのだ。
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