四次元空間への扉が静かに

文字数 1,714文字

 デジタル表示の時計が増えて久しい。
 普段私が仕事中に使っているのは、看護師という職業柄、脈拍測定や点滴の滴下速度調整に必要な、秒針がついているアナログ時計を愛用している。ちょっぴり可愛いデザインの。一方で、家で使っているのは、見やすく且つ正確な、デジタルの電波時計だ。可愛さからは大きくかけ離れた四角いだけの、数字だけの、よく言えばシンプルなデザインの。

 デジタル時計は文字が並ぶので、
 12時34分とか、
 11時11分とか、
 あるいは自分の誕生日だったりとかが表示されたりすると、小さな頃から娘はよく反応していた。成長しても変わらず、リビングの「4:44」の表示を見て「うわー、4並びだ」と言って自室へ入っていった。
 そう思う人は多いのだろうか。いわゆる4並び。海外では なんということのない数字ではあるけれど、日本では縁起が悪いとされる。

 私は「4:44」の文字を見ると、中学生の私が脳裏に浮かぶ。
 中学二年のとき、中学校の階段の踊り場で友人と二人、白い壁を押したときの私が。
 どこからの情報だったのかは忘れてしまったけれど、4時44分44秒きっかりに真っ白い壁を押すと、四次元空間へ行くことが出来ると知ったのだった。
 それをなんとなく友人に話すと、意外にも瞳を見開いて私に言った。
「今日、試してみよう」と。
 俄然愉快な気持ちになって、その日の放課後、部活をサボった。ちなみに当時の私は、入学時に買ってもらった紺色のベルトで、中学生にしては大人っぽいデザインのアナログ時計をしていた。まだデジタルも電波時計もない時代だった。その時計を気にしながら、廊下の床にぺたりと体育座りをして、暇をつぶす。
「本当に行けるかな」
「もし行っちゃったら帰ってこれるのかな」
「どこに行くか選べるのかな」
「私、絶対未来に行く」
「ドラえもんがいるか見てこよう。いたら戻ってこれるし」
 なんて、期待と不安とバカバカしさが同居して会話がはずんだ。
 若かった。いや幼かった。
 夢見る少女達。そんな時代が私にもあったのだ。

 時刻が迫り、少し緊張しながら私たちは立ち上がる。白い壁、と思い浮かべて目星をつけていた階段の踊り場へ行くと、壁は思っていたよりも薄汚れていて狼狽える。
 この色で大丈夫だろうか。
 二人で顔を見合わす。今なら「下見しておけよ」と突っ込みたくもなるけれど、夢見る女子、そこは眼をつぶるとして。

 私たちは出来るだけ汚れていない部分を探した。馬鹿馬鹿しいほど 本気で。慎重に探した結果、頭の少し上の方の壁を選んだ。私は右手のひらを、彼女は左手のひらを、選んだ場所に当てた。もしも少しだけタイミングがずれて、一人だけ行ってしまわないように、と残ったお互いの手をしっかりつないで待つ。

 4時44分になり秒読み開始。
 40、41、42、43、
「44!」
 と、同時に押した。

 壁を、思いっきり!

 真剣に!

 そして何の変化もなく私たちはそこに立ち、顔を見合わせていた。

 ほんの数秒の後、

 大笑い!

 思いっきり!

「だよね」
「だよね」
 結果は想像できていたはず。出来ていたけど夢を見ていたのだ。
 もしも、という期待を持っていた素晴らしい思春期。幸せな瞬間だったと思う。あの時のワクワクした気持ちは、褪せることなく今もちゃんと胸に残っているのだから。

 そのあと二人は何事もなかったように校門を出るわけだが、高揚感は続いていた。
 西日が眩しい夕暮れ時。
「少しずれたかな」
「時計あってた?」
「そもそも朝かも」
「壁が汚れてたし」
「明日もやってみる?」
 そんな風に、まだ夢は続いていて。
 いま思い出しても、あの頃の気持ちには、やはり若さが持つ煌めきがある。

 昨今、ネットが普及し、大人になってから4時44分44秒の伝説を調べてみると、実にいろいろなものが出ていた。多くはホラー的なものであって、私が知ったのがこのファンタジー的なもので良かったと心から思った。知る内容によって、思い出が大きく変わっていたかもしれないのだから。

 娘が自室へ行ったあとに、LEDの「4:44」の文字を見て私は思わず微笑む。
 今、この瞬間だけ、四次元への扉が静かに開いているかもしれない。




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