雪と静寂の湖で

文字数 1,615文字

 実家へ往復する際、長距離運転の休憩スポットとしてちょうどいい場所に位置しているお気に入りの湖がある。時季によっては白鳥の休憩スポットにもなっている湖。
 白鳥の飛来時季にはものすごい数になる。白鳥の湖ならぬ白鳥だらけの湖。しかもすぐそばまで寄ってくるので、娘たちが小さいころ、白鳥を見せたくて何度も連れてきた。
 でもそのたびに怖がって泣いてしまったのを思い出す。親の想いは大きなお世話だったころ。その大きなお世話を重ねたからか、単純に成長しただけなのかは分からないが、今では白鳥はもちろん、何か水鳥がいるだけで喜ぶようにはなった。

 いつしか道の駅ができて、数年前には展望台ができて、と、ここにも便利の波が押し寄せてきているけれど、湖は変わらず同じ空気感を保っていることに安堵する。
 ラムサール条約の登録湿地であり国指定鳥獣保護区となっているこの湖面に人はいない。スワンボートなども、もちろんない。浮かんでいるのは水鳥だけ。
 静かな静かな(けが)れのない自然界が広がっている。

 コロナ禍となり、ここ二年は娘たちを連れずに一人での帰省が続く。
 それも初めの一年以上は同じ道内にいるのに帰省すらせず、年老いてゆく親とは電話ごしの声だけで繋がっていた。当初、私の仕事内容を確認した親が会うのを嫌がったのもあるし、私も行かないほうがいいと思っていた。
 でも、連絡をすると大抵は元気だよと応えていた両親が昨年次々と体調を崩し、父はいまだ入院中で先見えず、母は自宅でひとり療養し転倒や嘔吐を繰り返しているとなると、不要不急ではなく帰省が必須で、さらに頻度も上げる必要があった。

 久しぶりに実家へ向かったときにも、湖の案内標識が見えると手は勝手にハンドルをきり、駐車場へと入っていた。ここに立ち寄らなくては、と体が反応している。きっと何かを与えてくれると。
 湖は同じ佇まいで私を出迎えてくれた。それぞれの四季が似合い、一年を通して落ち着く場所だけれど、雪の中の湖が私は一等好きだ。

 朝早い時間に着くことが多いからか大抵は人気(ひとけ)がなく静寂。
 この日も、湖に向かって歩いた人の道が、細く長く切なく続いているだけ。

 ああ、やっぱりこの湖は、こんな静かな冬の朝がいい。



 




 朝もやに霞んで白く包まれ、大地は降り積もった雪で白く覆われ、ときに風に舞い上がる雪が宙を躍り、広がっているのはどこまでもどこまでも白い世界。
 何度もここでこの風景を見てきた。時に親と、時に娘たちと、時にこうして一人で。その時々の思い出が交差していく。寒風に当たっていると湖のように透き通っていく感覚になるのが気持ちいいのかもしれない。

 時季ではないから今日はいないだろうな、そう思いながらも引き寄せられるように、足は水際へ向かって雪を踏む。

 視界が開ける場所まで進むと、遠く、湖面に張った氷の上に、いた。
 水鳥たち。


 

 




 雲の向こうから届く太陽光と舞う雪が絡み合い、山なみを淡くしてシルエットだけを浮かび上がらせ、幻想的な空間を作り出していた。

 鳥たちは同じ場所から動かずじっとしていて、一瞬、見ている私までも時間の止まった静止画の中にいるような錯覚に陥る。

 気持ちのいい凛とした風が、湖面をわたり時を揺らす。
 風の冷たさに はっとして私は動き出し、同じ写真を飽きるまで撮り続けた。



 

 




 早朝氷点下の冷気と 雪の白さが醸し出す 冬ならではの景色。
 気が滅入りがちで緊張感が持続する雪道運転の隙間で、ふっと力が抜ける癒しの瞬間を与えてくれる場所。
 実家に向かうときも、帰りの道すがらも、患う親のことを考えていることが増えたけれど、思いがけず思考の整理ができたり、逆に頭を空っぽにしてくれる場所。
 これからも何度でも、私はここに立ち寄るだろう。


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