河原の在る街

文字数 2,573文字

 その街には川が流れていた。
 学生時代住んでいたその場所は、街の中心部からほど近く、すすきので呑んで終電を逃してしまっても歩いて帰ることができた。酔って温まったぼんやり頭で、友人と一緒にずいぶんと、夜更けに歩いて大きな橋を渡ったものだ。
 何十年も前の話。昭和の最後から平成の初期にかけて時代がまたがる時期のこと。

 卒業してからは、車でごくまれに通り過ぎる街となり、立ち寄る場所ではなくなっていた。
 久しぶりに川を横目に車で走っていたとき、ふと降りて歩いてみようと思ったのは、河原で草野球をしているのが視界に入ったせいかもしれない。当時見ていた同じ場所で同じような声がしていたから。
 橋を通り越し、駐車場がなかなか見つけられないままウロウロ走っていると、新しい建物ばかりが目に付いて「やっぱりやめようか」と諦めかけた矢先に駐車場が視界に入った。

 どこに行っても高層マンションが立ち並ぶようになり、ここも同じように空が狭くなっていた。首を直角に曲げないと天辺が分からないほど高いマンションと、お馴染みのコンビニエンスストアとチェーン店のスーパーが建つ。どこかで見かけたような街並みが、目の前を歩く速度でなんとなく流れていく。
 ああ、ここも変わってしまったな、と思う。もう三十年も経つのだし、当然と言えば当然なのだ。否応にでも月日の流れを感じずにはいられない。ここには私が住んでいた街のカケラがあるだろうか。

 住んでいた場所まで歩く。違う建物に変わっていることは、あの頃の友人に聞いて知っていた。住んでいた当時すでに、古びた倉庫か廃墟のような佇まいだったし。全く別の建物になっている場所の前で立ち止まり「ほう」と訳もなく感心し、数回頷く。

 建物が変わっていても区画が変わったわけではなく、道なりに歩いていると、この場所にはパン屋、ここにはお弁当屋さんがあって、ここは銭湯だった!とあの頃の景色がありありと思い浮かぶ自分に嬉しくなる。多感な時期を過ごした街は、意外にも簡単に私に寄り沿ってきた。
 思い出のある歩道橋が見えてきて足早になる。公衆電話があったのだ。寮の電話は時間が決まっていて、夜に寮を抜け出し、あの歩道橋が見える公衆電話から大好きな人の声を聞いた。チャリンチャリンと硬貨を落ちる音が切なかった。携帯電話なんてない時代で、電話一本がドラマを生む時代だった。
 残念ながらその場所に公衆電話は見つけられなかった。
 あの頃は、どこに公衆電話があるかも頭に入っていたよな、と思い出す。今はめっきり見かけなくなり、しかもどこにあるのかすら分からない。

 あの学生時代はバブルの中にありながら、極貧の寮生活をしていた。楽しそうに遊んでいた大学生をうらやましげに感じながら、私たちは臨床指導者に泣かされながらの病棟実習としたくもないグループワークに明け暮れていた。レポートは手書き時代で、提出したものを教官に駄目だしされては腱鞘炎になりそうだと嘆きながら、何度も何度も寝る間もなく書き直した日々。当時を思い出して簡潔に表現しろと言われたら、迷いなく「苦しく厳しい看護学生生活を送っていた」と言うだろう。
 それでも、歩いていると河原でジンギスカンパーティーをしたことや、屋上から眺めた花火なども思い出される。酔って橋を渡って帰った日のことも。あの頃は大変なことばかりで楽しんでいるようには思えていなかった日々も、こうして住んでいた街を歩きながら振り返ると、それなりに美化されているのか、青春という言葉が相応しい気がしてくるのだった。

 当時、徒歩圏内によく飲みに行っていた店が何軒かあった。同じ場所にそのまま居酒屋のままで営業していても違う名前の店になっている。そうだよね、と思いながら歩いていくと「あっ」と思わず声が出た。古くて狭くて汚くて、ものすごく美味しい焼き鳥屋さん。逆に店構えは新しくなっていたけれど、同じ場所に同じ名前で残っていた。懐かしさが恐ろしい勢いで胸に迫る。何人も座れない畳の小上がり。数人分のカウンター。炭火の煙が充満した店内。今、中はどんな感じなのだろう。開店時間にはまだ早い。
 無性に安堵している自分がいた。このご時世、どうか踏ん張っていてほしい。

 小さなおうちに出てくる家のように、高層ビルに囲まれてその建物は建っていた。二階建ての若草色の小さな店。私が住んでいた頃は喫茶店だった。今ならカフェと言うのだろうけれど、あの頃は「喫茶店」。その音の響きが今でも好きだ。胸の奥底をくすぐる。甘酸っぱい思い出が沁みていて鼻につく匂いが漂ってきそうだった。
 急速に、痛むほどに心臓が鼓動を打つ。懐かしさで息苦しさを覚える。見慣れたあの頃のままの姿でそこにあり、私を(いざな)う。忘れかけていた記憶のカケラが次々とパズルのようにはめ込まれて()が出来上がっていく。

 あの店の前で待ち合わせて立っているあの頃の私。深緑色のフレアースカートがお気に入りだった。コンパクトカーがゆっくりと停まり、待ち人が助手席の窓を下ろして軽く左手を上げる仕草なんかもくっきりと思い浮かび、目の前に映像があるかのようだった。
 喫茶店の中で紅茶を頼む私。ダージリンとかアールグレイだとかを覚えたころ。
 相手のカップの中に、何で怒っていたのかは忘れたけれど、困らせたくてクッキーを入れた。驚いた顔をしながらも、それを笑って飲んだ人。すっかり忘れていたことが脳裏に浮かぶ。

 川に向かって歩いた。
 どうしてこの川にこんなにも惹かれるのだろう。と当時から感じていた。将来は、窓からこの川の見える場所に住みたいと思ったりもした。
 草野球の歓声が上がり、目を向ける。回れ回れというように、腕をぶんぶんと振りまわすコーチのような人。拍手している母親の集団。点がはいったようだった。
 川から沸き立つ粒子に声が反射する。
 ああ、これだ。流れる音と、河原に散らばる水の粒子。そして、川風。その粒子の中で、泣きたくなる思い出が躍る。ここは多感な時期の感受性を、更に広く深く磨いた場所なのかもしれない。
 あれから何十年も経っているというのに、過ごした日々の喜怒哀楽があまりにも刻み込まれていて眩暈すら起こしそうだった。幾度も深呼吸を繰り返し、浮遊する水の粒子を、思い出の映像とともに吸い込みながら歩いた。








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