第16話

文字数 1,785文字


 ケグの表情は、晴れない。俺のお気に入りの炭酸水を渡しても、ピンクがらしくない甘えた声で話しかけても、その口は一向に開こうとしなかった。
 彼を招き入れた俺たちの基地はいつもと少し違って見えた。普段なら俺たちの誰かしらが寝そべっている年季の入ったベージュのソファは今は彼が占領していて、俺たちはその周りの机やら床やらに座り、みんなで中心の彼を見つめている。
 俺たちが協力しなければもはや事は前に進まない。俺はケグに言う。
「なあ、全部謝るからさ。許してもらえるなら土下座だって何だってするよ。もうコンサートが戻ってこないのはわかるけど……でも、俺らの演奏良かっただろ? 思わず歌いたくならなかった?」「…………」
 ケグの険悪な態度は変わらない。スチューとフリックはこの張りつめた空気についていけてないようだった。フリックはいつも通り無表情で何も喋らないし、スチューは難しい顔で腕を組み黙り込んで何を考えているのかわからない。
ピンクはとうとう痺れを切らす。
「ねえ、答えて。インサイドはどこにいるの? 少なくともあんたは共犯で、何人かのミューボウル生の夢を奪ってるんだから。こっちだけ一方的に責められる義理はないからね」
 俺はピンクの作ってくれた流れに乗るように言う。
「ケグはそもそも何故そんな奴に協力を? 自分への推薦書を捨ててまで」
「……それは……」
 ピンクの圧が利いたのかもしれない。彼は答えづらそうに言う。
「金をくれたんだ」「金?」
「俺にとって必要な金だった」
「学費は学長が援助してくれたんでしょ? どうしてそれ以上のお金が必要だったの? それに、ブラックミールスで正規メンバーに選ばれさえすればお金なんていくらでも…………」
「俺の動機なんてどうでもいいんだよ。お前らはインサイドを探したいんだろ? いいか、奴らに通ずるのは俺だけなんだからな。これからは全員俺の指示に従ってもらう」
 彼はそう言って話をはぐらかす。そのままソファの上で立ち上がってぴょんと跳ね、鋭い爪を持つ三本指の両足で柔らかい背もたれの縁を掴む。その様は独裁者さながらだ。ピンクはケグの態度に眉をひそめる。
「何それ。超ムカつくんですけど」
「うるさい! これ以上こんな無茶苦茶な奴の巻き添えは喰らいたくないんだよ!」
 心に残る罪悪感から何も言えない俺の代わりに、ピンクは言う。
「あらそう。なら早くその指示とやらをちょうだい」
 ケグは翼の先をあごにあて、しばらく口ごもる。そうして考えた末に言う。
「奴らが何者かは俺も知らない。今にある情報は、依頼を受けるときに使ったメールアドレスだけだ」
「はあ? じゃあ、何を目的としてる集団かもわからないわけ?」
 ピンクは呆れたように言う。確かに俺自身も、インサイドについてはもう少し情報を握っているものかと思っていた。見知らぬ他人の推薦書を捨てた先に一体何があるというのだろう。
 ケグは言う。
「一度だけ奴らの代理人を名乗る奴にあったことがある。ここの学生でもない、やたらガタイのいいバイソンの男だったよ。そのとき金と引き換えに頼まれた。推薦書が所定の学生に届く前に、ポストからそれらを盗み出せってな」
 俺は少し考えてから言う。
「やっぱりわからないな。そんなことしてメリットがあるのは、やっぱりブライダーの威厳を保ちたい学長だけな気がしてくる」
「あの人は絶対違うんだよ。信じてくれ」
 彼がそこまで言うのならきっとそうなのだろう。二人には援助金のこと以上に何か特別な過去があるのかもしれない。
「あー、ちょっといいか?」
 今までずっと黙り込んでいたスチューは言う。彼の身長よりも大きな長椅子の上で立ち上がり、ヒレを挙げて更に言う。
「いるだろ。学長以外で、ブライダーの威厳を保ちたい奴ら」
そう言われて、俺は思考を巡らせる。ケグもきっと同じように考え込んでいたのだろう。俺たちがその結論に辿り着いて叫んだのはほぼ同時だった。
「「ブライダーたち本人!」」
 彼とハモったのが何となく嬉しくて、俺は彼を見た。一瞬目が合ったが、彼は嫌そうな顔をしてまた元の方を向いてしまう。
「ニーナに会いに行こう」
俺は言った。ミューボウル生なら今や知らない者はいない、彼女の名を。
「……本気で言ってるの?」
 ピンクの顔が引きつるのも無理はない。二人の確執は、出会った当初から散々聞かされてきたのだから。
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