第14話

文字数 3,201文字


 コンサートホールを出て裏に回ったところ、出演者専用の出入り口の近く。通路端に垣根が立ち並んでいるその道で、俺たちはしばらくケグが出てくるのを待った。楽器類は未だ片片付けられず、通行人の邪魔にならない道の端にすべてまとめて置いてある。半分まで落ちている夕日を見るに、もうコンサートも終わっている頃だ。表口の方からは既に観客たちの喧騒が聞こえてきている。
何だか落ち着かない。時間が経つのが遅く感じる。思わず近くの雑草をいじりたくなったが、仲間の前ではみっともないのでやめた。ピンクもスチューも気まずい表情をしている。フリックだけは唯一いつも通りの無表情でいるが、その甲羅の中に渦巻いている感情は計り知れない。彼らをそういう気持ちにさせたのは紛れもなく俺自身だ。
 出入り口の扉が最初に開いたとき、出てきたのはやはりケグだった。俺は真っ先にその傍へ近寄る。しかし、暗い顔でいる彼にどんな言葉をかけるべきかわからない。
「えーっと……ごめんなさい?」
彼はたじろぐ俺を見つけるなりギロリと睨んで、翼を広げてすぐ空に飛び立とうとする。俺は慌てて彼の前で前脚と翼をばたばたと広げ、どうにかその進行方向を塞いだ。
「わー待って待って! 話を聞いてよ!」
 飛翔を邪魔された彼は怒ったように言う。
「聞くことなんかない! お前のせいで観客もチームの雰囲気もめちゃくちゃだった。挙句の果てには駆けつけてくれたバージン学長まで観客に頭を下げる始末だ。お前と友だちなれるかもなんて、少しでも思った自分が恥ずかしいよ!」
「どうして歌わなかったんだよ? 上手くいけばすべてが変わったかもしれないのに」
「何も変える必要なんてない! 俺は今のままで満足だ!」
 歯を食いしばりながら言う彼に、負けじと反抗したくなる。
「でも、お前だって楽しく音楽やりたいだろ? 何のしがらみもなくさ。俺たちの演奏聴いて、ちょっとぐらい歌いたくならなかった?」
「ならない! それに、こんな楽しさいるもんか! もうお前らの顔も見たくない!」
 ケグは俺の防御をすり抜けまた空へ飛び立とうとする。俺は素早く体を動かして何とかもう一度彼の進む先を塞いだが、このままではいけない。何か引き止める手段を考えなければ。
「ま、待って待って! 俺たちのこと全然知らないのにさ、顔も見たくないなんて言わないでくれよ。紹介しよう、こいつはピンク!」
 俺は明らかに焦っていた。無理にでも会話を続けなければ今にでも彼がここから去ってしまう。俺は尻尾でバランスを取りながら後ろ脚で立ち、両腕でピンクを派手に指し示した。彼女は俺の意図を汲んでくれたようで、ぎこちない笑顔を作り彼へと手を振ってくれる。
「彼女はポップス科出身だ。そんな学科聞いたこともないって? まあね、学生数三人のほぼ潰れかけの学科だし。俺も人気のないロック科にいるから気持ちはよくわかる……でもそんなことは関係ない! 彼女のコミュ力は世界を股にかける。とある国の王女とはDMでジャパンのアニソンを語り合った仲だ。楽器は何でもそつなくこなす、まさに俺たちの美しい花!」
そして間髪入れずに俺は両腕をスチューの方へと指す。ケグは俺の必死さに呆れているようだった。
「通称スチュー。EDMや作曲もお手の物、体育以外の成績は高校まですべてトップだった秀才ペンギン! でもなぁ、泳ぎだけは駄目なんだよ。こいつが泳ぐならピンクのクロールの方がまだ速い」
「余計なこと言うなって!」
 スチューは俺の尻尾の付け根辺りをヒレでぺちんと叩く。激しい音がしたが痛みはなかった。
「なあ、お前ら……」
 ケグが何かを言ってくる。俺はつい焦ってその言葉を遮り、今度はフリックの背負う大きな甲羅を思い切り抱きしめた。
「フリック! 見てくれよ、この愛らしい顔。信じられるか? こいつはプロのジャズバンドでメインドラムを務めてたこともあるんだぜ。一度打ち出したリズムは絶対に揺るがない。まさにドラマーの中のドラマーだよ。なあ、フリックー?」
 俺が甲羅に頬擦りをしてもフリックは無表情で、眠気すら感じているように見える。
「……何も喋らないのか?」
 沈黙に耐えかねたのか、ケグは言った。俺は得意気になって言う。
「ジャズプレイヤーに言葉はいらない、彼らは音で語るんだ。お前も俺たちの仲間になればわかるぞ~、ケグ~」
 俺はフリックから離れると、今度はケグの頭の頂点をぐりぐりと撫でる。彼はそんな俺の腕を払い退ける。
「放せよっ」
 彼はぼさぼさになった羽根を整えた後、ため息をつく。途端に、彼の言葉を聞くのが怖くなる。やはり俺たちへの失望は変わってはくれないのだろうか。
「お前ら、どうしてこんな奴の後ろについてるんだ?」
 ケグは俺以外の三人に訊いた。彼らは何も話さない。ピンクとスチューは一瞬互いに目を合わせたが、会話するでもなくまた明後日の方向を向いてしまう。フリックに至ってはもはや半分まで目を閉じている。
 ケグは続ける。
「お前ら、今日のことは聞かされてたのか?」
 その言葉を聞き、ピンクは他の二人を見回す。そうして答えるようすがないのを見ると、ようやく彼女は話し出した。
「いや? コンサートをジャックするってのは聞いてたけど、まさかここまで派手にやっちゃうとはね。あんたを歌わせるってのも本来予定にはなかったことだし」
 ケグはピンクの顔を見上げて言う。
「お前、ピンクだっけか。こいつ、どうせ普段からこんな感じの、馬鹿みたいな奴なんだろ。どうしてわざわざデカいリスクを負ってまでこいつについていく?」
「どうしてって……友達だし。一緒にいると楽しいから?」
 ケグはその答えに納得がいっていないようすで、今度はスチューも問いかける。
「お前は?」
「まあ、暇だったし」
その表情を見るに、ケグはまだ納得がいっていないようだった。そこまで人望がないように見えるとは、素直にショックだ。
しかし、スチューは語り始める。俺の心配なんてまるでいらなかったかのように。
「まじに言うとさ。つまんなかったんだよ。作曲科の奴ら、理論にばっかにこだわってて話してても全然面白くない! 今週の漫画どうだったとか、ブラックミールスの新曲がマジで最高だとか、俺はそういう話がしたいだけなのに、みんなやたらと評論家ぶって作品を語りやがる。そいつは唯一俺の話を聞いてくれた。俺の好奇心が必要だとか言って、自腹で最新のノーパソまで買い与えてくれたんだぜ? その恩に報いなきゃ、スチューの名が廃るってもんだろ」
 今となっては懐かしい。確かに俺はそんなことをした。あのときの出費は血を吐きそうなほど痛かったが、彼のおかげで今やほとんどの情報収集や作業が効率化できている。たまにネットに夢中になり過ぎて練習を忘れるのは頂けないけれど。
 そして、今度はピンクが話し出す。
「私も似たようなもんかなー。私の学科、学生数三人だよ? 一人多い分、こっちの方が面白い」
 そこでケグは、何かに気が付いたように言う。
「そういえばお前ら、全員違うジャンルの出身なんだな」
ポップスのピンク、EDMのスチュー、ジャズのフリック。本来ならば交わることのなかった三人が、今同じ場所に集まっている。初めから意図していたわけではない。しかし、俺たちはきっと惹かれるべくして惹かれ合ったのだろうと思う。そうして俺たちに足りないピースを、俺はずっと探し求めていた。
 俺はケグに手を伸ばす。彼がそのピースになってくれることを信じて。
「そう。それと、ロック出身のリュウ。あと足りないのは誰だと思う?」
 彼は俺の伸ばした手を見つめ、独り言のように言う。
「クラシック、か」
 一瞬、彼がその手に翼を重ねようとしているように見えた。しかしその幻影が現実になることはない。
「でも、俺は」
 彼はつらそうに何かを言いかける。その姿は、先程までの激情した彼とはあまりに対照的で。
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