第6話 バイパス
文字数 1,476文字
雨の夜に私はタクシーを拾わなければならなくなった。
なぜか突然車が動かなくなってしまったのだ。広い道だが夜の交通量は多くない。郊外都市で、大きな産業がないから当然だ。
タクシーが通ってくれたのも偶然にせよ奇跡に近い。
運転手は気さくに話をしてきた。
「私はね、この町で生まれ育ったわけじゃないんですがね、他に手に職がないんでタクシー会社に入ったんですよ」
運転手はそう言ってバックミラー越しに微笑んだ。
「元々は東京でね、流しやってました。まあ都内の道ならだいたいわかるんですがね、この町はなんとも不慣れです」
タクシーの他に通行する車はない。運転手の声が闇に包まれた車内に響く。
「幸いね、今はカーナビあるんで、判らない時は住所聞いてなんとかなります。
でもね、このカーナビも時には役に立たないことがあるんですよ」
私は興味を持って、「どんな時なのか」と訊いた。
「そう、この前の夜中なんですがね、お客さんを拾ったバイパスあるでしょ、あそこ夜は人滅多にいないんだけど、ライダースーツって言うんですか、あれ来た人がポツンと立ってましてね。
事故でもしたのかなと思いましたが、近くには単車の姿もない。
でもまあ、手をあげてるから止まって乗せたんですよ。
口にしたのは知らない町名だったんでナビにかけてけど、反応しないんすよ。
でもお客は間違いないと言うんで、周辺の地名聞いたら、何となく場所はわかりましてね。
それでまあ走り出したんですが、もう近いはずの場所まで来たら、お客が違うと言い出すんですよ。
しばらくぐるぐる回ったけど、どうしても目的地がわからない。
困りましたねえ、あれは。
結局、平謝りでここでいいという場所に降ろしたんですが、着かなかったわけですしお代は取らなかったんですよ」
ここまで聞いて、私はある事を思い出した。
「そのライダー乗せた場所は?」
この問いかけに、運転手は具体的に場所を覚えていた。
「お客さんを乗せた位置からすこーしですが先ですね。ほら、横から小道が合流する位置ですよ」
私は、少し血の気が引いた。
「そ、そのライダーの言っていた町名というのは?」
運転手が言ったのは、7年前に区画整理で消滅してしまった町の名前。
「まさか番地までは覚えてないですよね」
「いえ、覚えてますよ」
運転手が口にしたのは、間違いなく私の家の以前の番地であった。
「そ、それは俺の家の前の番地だ!」
次の瞬間だった。
誰も居なかった筈の隣の席のから、どす黒く血に汚れた腕が伸び、私の首を掴んだ。
「やっと見つけた。
何故逃げた?
何故俺をひいてそのまま逃げた?」
首を回すと、俺が交通刑務所に入る原因となった、10年前に轢き逃げをしてしまったバイクのライダーが青白い顔でこちらを睨んでいた。
「つ、罪は償った!
何で化けて出るんだ!」
私は必死で叫ぶが、ライダーは言った。
「刑務所に行ったらそれで終わりか?
俺の恨みは晴れてないぞ」
そこにタクシーの運転手の声が被さった。
「まあ、宿命ですね。これで私も三途の川を渡れるかな。事故を起こしてかれこれ半年は彷徨ってましたからね」
気がつくとタクシーは、見たこともない荒涼とした景色の中を走っていた。
どうやら行き先は、この世ではない場所らしかった。
運転手は言った。
「もうメーターは止めますね、ああお代はちょうど六文ですね。三途の川の渡し賃です」
運転手とライダーは大声で笑った。
車はゆっくり三途の川を渡って行った…
なぜか突然車が動かなくなってしまったのだ。広い道だが夜の交通量は多くない。郊外都市で、大きな産業がないから当然だ。
タクシーが通ってくれたのも偶然にせよ奇跡に近い。
運転手は気さくに話をしてきた。
「私はね、この町で生まれ育ったわけじゃないんですがね、他に手に職がないんでタクシー会社に入ったんですよ」
運転手はそう言ってバックミラー越しに微笑んだ。
「元々は東京でね、流しやってました。まあ都内の道ならだいたいわかるんですがね、この町はなんとも不慣れです」
タクシーの他に通行する車はない。運転手の声が闇に包まれた車内に響く。
「幸いね、今はカーナビあるんで、判らない時は住所聞いてなんとかなります。
でもね、このカーナビも時には役に立たないことがあるんですよ」
私は興味を持って、「どんな時なのか」と訊いた。
「そう、この前の夜中なんですがね、お客さんを拾ったバイパスあるでしょ、あそこ夜は人滅多にいないんだけど、ライダースーツって言うんですか、あれ来た人がポツンと立ってましてね。
事故でもしたのかなと思いましたが、近くには単車の姿もない。
でもまあ、手をあげてるから止まって乗せたんですよ。
口にしたのは知らない町名だったんでナビにかけてけど、反応しないんすよ。
でもお客は間違いないと言うんで、周辺の地名聞いたら、何となく場所はわかりましてね。
それでまあ走り出したんですが、もう近いはずの場所まで来たら、お客が違うと言い出すんですよ。
しばらくぐるぐる回ったけど、どうしても目的地がわからない。
困りましたねえ、あれは。
結局、平謝りでここでいいという場所に降ろしたんですが、着かなかったわけですしお代は取らなかったんですよ」
ここまで聞いて、私はある事を思い出した。
「そのライダー乗せた場所は?」
この問いかけに、運転手は具体的に場所を覚えていた。
「お客さんを乗せた位置からすこーしですが先ですね。ほら、横から小道が合流する位置ですよ」
私は、少し血の気が引いた。
「そ、そのライダーの言っていた町名というのは?」
運転手が言ったのは、7年前に区画整理で消滅してしまった町の名前。
「まさか番地までは覚えてないですよね」
「いえ、覚えてますよ」
運転手が口にしたのは、間違いなく私の家の以前の番地であった。
「そ、それは俺の家の前の番地だ!」
次の瞬間だった。
誰も居なかった筈の隣の席のから、どす黒く血に汚れた腕が伸び、私の首を掴んだ。
「やっと見つけた。
何故逃げた?
何故俺をひいてそのまま逃げた?」
首を回すと、俺が交通刑務所に入る原因となった、10年前に轢き逃げをしてしまったバイクのライダーが青白い顔でこちらを睨んでいた。
「つ、罪は償った!
何で化けて出るんだ!」
私は必死で叫ぶが、ライダーは言った。
「刑務所に行ったらそれで終わりか?
俺の恨みは晴れてないぞ」
そこにタクシーの運転手の声が被さった。
「まあ、宿命ですね。これで私も三途の川を渡れるかな。事故を起こしてかれこれ半年は彷徨ってましたからね」
気がつくとタクシーは、見たこともない荒涼とした景色の中を走っていた。
どうやら行き先は、この世ではない場所らしかった。
運転手は言った。
「もうメーターは止めますね、ああお代はちょうど六文ですね。三途の川の渡し賃です」
運転手とライダーは大声で笑った。
車はゆっくり三途の川を渡って行った…