第1話 そいつ…
文字数 1,217文字
歩いて家に帰る羽目になったのは、終電を逃したからだが、そもそも家に帰る道は電車では大きく迂回している。歩けば挑戦で4キロしかない、一時間も歩けば帰れると軽い気持ちで歩き出した。
財布の中身が乏しいので、タクシーは最初から考慮していなかった。
家に帰るにはただ一度神田川に沿った谷地を降りて登るアップダウンがある。
健脚だという自負があったから、それは苦にしていなかった。まあ軽い酔いもあり判断が甘かったというのもあるのだろう。
中井の駅を横手に見て山手通りの手前で目白通り方向に向かい出してみると、思ったより上り坂が答えた。
これは思ったより時間が掛かるか…
そう思った時、誰かに声をかけられた気がした。
慌てて振り返ったが、誰の姿も見えない。
深夜の住宅街、街灯の灯りだけがアスファルトを照らしており、人の姿は皆無だ。
気のせい…
そう思った時、今度は視線を感じ、慌てて振り返った。
だが、誰の姿もない。
視線の先に目を凝らすと、そこには何やら祠のようなものがあるだけだった。
こんな東京のど真ん中に、こんなものがあるのだな。
不思議に思い、その祠に近付き中を覗いた瞬間、男は尻もちをついた。
鋭い眼光をした鬼のような顔をした小さな男が彼を睨んでいた。
悲鳴は出なかった。
だが恐ろしさで全身が震えた。
四つん這いのまましばらく進み、何とか立ち上がると男は南長崎にある自分の家まで全速で駈け続け、部屋に着くと煌々と電気を付け朝まで眠れぬ時間を過ごした。
あれは、いったい何だったのだ?
朝になり思い出しても、怖気がした。
結局別に障りもなく数日が過ぎ、休日が来た。
どうしても気になったので、男はあの夜見た祠を探しに向かったが、その場所であると確信した箇所には何もなかった。
だが、近くをくまなく歩くと、見覚えのない道の片隅にあの祠より少し大きな何かを祀った小さな小屋のようなものを見つけた。
そこには立て看板があり、円空仏と記されており、覗いてみると荒削りで目鼻立ちもはっきりしない仏様が数体飾られていた。
無教養で円空が何者か知らぬ男は、その仏の姿を見て呟いた。
「下手な彫り物だな」
すると、彼の背後から大きな声がした。
「また貴様を睨み、今度は祟ってやろうか!」
びっくりして振り返ると、あの夜見た鬼のような小さな男が立っていた。
今度は悲鳴が出た。
しかし、その直後男の意識は途切れた。
気付いたのは病院の手術台の上だった。
彼は暴走した二輪車に背後から撥ねられたという。
偶発事故、医師はそう言ったが、男は内心で首を振った。
多分違う、これはあの鬼のような男の仕業だ。
それ以来、男はあの近隣にはまったく近付こうとはしなかった。
あれが何であったかは今も判らない。
だが、そいつに二度と関わらない方が身のためだという事は、身に沁みてわかっていた。
財布の中身が乏しいので、タクシーは最初から考慮していなかった。
家に帰るにはただ一度神田川に沿った谷地を降りて登るアップダウンがある。
健脚だという自負があったから、それは苦にしていなかった。まあ軽い酔いもあり判断が甘かったというのもあるのだろう。
中井の駅を横手に見て山手通りの手前で目白通り方向に向かい出してみると、思ったより上り坂が答えた。
これは思ったより時間が掛かるか…
そう思った時、誰かに声をかけられた気がした。
慌てて振り返ったが、誰の姿も見えない。
深夜の住宅街、街灯の灯りだけがアスファルトを照らしており、人の姿は皆無だ。
気のせい…
そう思った時、今度は視線を感じ、慌てて振り返った。
だが、誰の姿もない。
視線の先に目を凝らすと、そこには何やら祠のようなものがあるだけだった。
こんな東京のど真ん中に、こんなものがあるのだな。
不思議に思い、その祠に近付き中を覗いた瞬間、男は尻もちをついた。
鋭い眼光をした鬼のような顔をした小さな男が彼を睨んでいた。
悲鳴は出なかった。
だが恐ろしさで全身が震えた。
四つん這いのまましばらく進み、何とか立ち上がると男は南長崎にある自分の家まで全速で駈け続け、部屋に着くと煌々と電気を付け朝まで眠れぬ時間を過ごした。
あれは、いったい何だったのだ?
朝になり思い出しても、怖気がした。
結局別に障りもなく数日が過ぎ、休日が来た。
どうしても気になったので、男はあの夜見た祠を探しに向かったが、その場所であると確信した箇所には何もなかった。
だが、近くをくまなく歩くと、見覚えのない道の片隅にあの祠より少し大きな何かを祀った小さな小屋のようなものを見つけた。
そこには立て看板があり、円空仏と記されており、覗いてみると荒削りで目鼻立ちもはっきりしない仏様が数体飾られていた。
無教養で円空が何者か知らぬ男は、その仏の姿を見て呟いた。
「下手な彫り物だな」
すると、彼の背後から大きな声がした。
「また貴様を睨み、今度は祟ってやろうか!」
びっくりして振り返ると、あの夜見た鬼のような小さな男が立っていた。
今度は悲鳴が出た。
しかし、その直後男の意識は途切れた。
気付いたのは病院の手術台の上だった。
彼は暴走した二輪車に背後から撥ねられたという。
偶発事故、医師はそう言ったが、男は内心で首を振った。
多分違う、これはあの鬼のような男の仕業だ。
それ以来、男はあの近隣にはまったく近付こうとはしなかった。
あれが何であったかは今も判らない。
だが、そいつに二度と関わらない方が身のためだという事は、身に沁みてわかっていた。