第12話 わらし

文字数 833文字

 民俗学者が、フィールドワークで訪れた山間の寒村の集落で、一際古く大きな民家で老婆に採話を行なっていた。
「この辺りの古い話を集めているんですよ」
 茶受けに出された沢庵を摘みながら学者が言うと、老婆はコクリと頷いた。
「古い話ですか、戦争とかの話ですかの」
「いえいえ、そう言うのではなく昔話とか言い伝えみたいなものです。そうですね、例えば狐が化かしたとか妙なものが住んでいる場所の話とか、そんな感じです」
 老婆は首を振った。
「特に変わった話はないね。まあ、この家にだけ伝わる話というのはあるんだがねえ」
 学者が目を輝かせた。
「それ、是非聞きたいです」
「大した話じゃないよ。蔵の座敷に寝ると、夜知らない童が出て来るというだけの話だよ」
 学者は内心で拳を握った。それは座敷童ではないか。
「その童は、今でも出るのですか?」
「さてねえ、怖いから誰も蔵には泊まらん、出るのかのう」
 老婆は少し語尾の調子を落としながら答えた。出るに違いない、学者の直感がそう告げた。
 学者が意気込んで尋ねた。
「私を、その蔵に泊めてもらえませんか?」
「老婆は、じっと学者を見つめた。
「怖いよ、何があっても知らんよ」
 座敷童に会った者には幸運が訪れると言う、そもそも座敷童はその家に富をもたらす存在だからだ。学者は、「大丈夫です」を、連発し無理やりその蔵に泊めてもらう事に話をつけた。
 夜、興奮で寝付かないでいると、学者はいきなり金縛りに陥った。
 出る! そう感じた直後に、身体の上に誰かが乗って来る感触があった。
 目だけが動かすことが出来た。学者は、自分の腹の上に視線を向けた。
 するとそこには、大きな鉈を握った半ば顔の崩れた子供がおり、その恐ろしい形相の子供は引きつった笑顔で鉈を学者に振り下ろした・・・
 学者は一命を取りとめたが、額に大きな傷を負い半狂乱で蔵から飛び出した。
 母屋の縁側に老婆が出てきて、こう言った。
「やはり出たかね、悪しき童が」
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