第10話 泥濘

文字数 773文字

 深夜、台風の中を田舎の未舗装道を車で走っていると、後ろのタイヤが深いぬかるみにはまり動かなくなった。
 車を降りてタイヤを見た運転手が同乗者に言った。
「何かタイヤに噛ませるものがないと脱出できないな。手頃な板切れとか落ちてないか?」
 同乗者は雨風で視界の効かない外に出て舌打ちしながら応えた。
「そんな都合のいいもの落ちてるかよ」
 それでも何か探さないと車は動かない。同乗者は仕方ないと言った風に車を降り、道から外れ茂みに分け入った。
 土砂降りの雨と風に辟易しながら暗闇の中、なかば手探りで周囲を探し始めた。
 すると、何か細長い板切れが手に当たった。
「おい、これ使えそうだ!」
 この声に運転手はすぐに車に戻り、ハンドルを握りながら叫んだ。
「タイヤの下に噛ませろ、出来たら教えてくれバックで抜け出す!」
 間も無く同乗者の「オーケー」の声が聞こえ、運転者は車のギアをバックに入れてアクセルを踏み込んだ。
 そして車が動いた瞬間だった。
「ぎゃあー!」という女性の叫び声が車の背後から響き、運転者はびっくりしてブレーキを踏んだ。
「何だ、今の悲鳴は?」 
 慌てて車を降りて後ろに回った運転手が見たのは、タイヤの下に噛まされて真っ二つに折れた卒塔婆であった。
 運転手は無言で同乗者の襟首を掴み助手席に放り込むと、一目散に車を発進させ猛スピードでその場を離れた。
 何故か恐ろしくてバックミラーは覗けなかった。
 頭の中に、髪を乱して恐ろしい顔をした女の顔が浮かび、ミラーを覗くとその女が映っていそうに思えたからだった。
 二人は無事に町まで着いたが、停車した瞬間に後部タイヤがパンクした。
 そこには、古い木片が、まるで力一杯突き刺したかのように刺さっていたのだった。よく見ると、木片の一部に消えかけた経文が書かれていたのだった。
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