第2話 見える。

文字数 639文字

「完全に道に迷ったな。カーナビも役に立たない。ここ、どこの山なんだろう」
 やっと車一台通れる林道に停まった車の中で、カップルの男性がハンドルに頭を押し付け弱音を吐いた。
 すると女が言った。
「向こうに灯りが見えるよ、あっちに行ってみたらいいんじゃないかな?」
 だが男には灯りは見えなかった。
「どこにあるんだよ灯りなんて?」
 女は指をさして言った。
「ほら、向こうよ。まるで提灯みたいなのが、いくつもいくつも、あ、また増えた」
……
 男は何も言わず、ギアをバックに入れ車を走らせた。
「ちょっと、後ろに向かってどうするのよ?」
 だが男は無言でバックを続けた。
「あーあ、灯り見えなくなっちゃった」
 女が言うと、男は大きく息を吐いて答えた。
「そうか、そりゃ良かった」
「何がよ?」
 女がムッとして訊くと、男が答えた。
「俺にはな、灯りは見えなかったよ。そのかわりにな、白い手が何本も手招きしてるのが見えた」
 女が男の肩を軽く小突きながら言った。
「またあ、冗談ばっかり!」
 女が言ったが、男は青白い顔で答えた。
「冗談ならいいけど、まだ声は聞こえてるぞ」
「声?」
 女が首を傾げた。
「お前には聞こえないのか、こっちへ来い、地獄に来いって声」
 次の瞬間だった。
 車の窓に、いきなり無数の白い手形がパタパタバタとつき、視界が真っ白になった。
 男はもう何の言わずバックギアの入ったままの車のアクセルを思い切り踏んだ。
 その先に、崖があるとも知らぬまま…
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