第3話 こんにちは
文字数 1,438文字
趣味らしい趣味と言ったら、登山くらいしかない。
その日も古い友人二人と一緒に奥武尊を歩いていた。
平日という事もあって、他の登山者には殆ど会わなかった。
鬱蒼とした林の続く登りの細道を私は三人の中央で進んでいた。
もう少しで林が切れると言うあたりで、先頭を歩いていた佐藤が「こんにちは」と挨拶をした。
山で他の登山者とすれ違う時は挨拶するのが基本だから自分も挨拶しようと前を見たが、そこには誰の姿も見えない。
おやっと思って首を傾げた時、後ろを進む宮尾も「こんにちは」と声を上げた。
林を抜けて、道がガレ場になった所で私は二人に聞いた。
「お前ら誰に挨拶してたんだ?」
すると、佐藤も宮尾も不思議そうに私を見て言った。
「何言ってるんだよ、お前こそあの人たちに何で挨拶しなかったんだよ」
「ああ、ちゃんと二人組の壮年の登山者とすれ違ったじゃないか」
だが、間違いなく自分には誰も見えていなかった。
どういうことだろう?
首を傾げた時、急にガラガラという大きな音が響いた。
何か起きたかと思った次の瞬間、ふっと意識が遠のいた…
気付いた時私は佐藤と宮尾と共に河原を歩んでいた。
はて、どういうことだろう。
記憶が飛んだのだろうか?
それにしても、この川は山の沢にしては流れが広い。
ここはいったい何処なのだろう?
その時、いきなり佐藤と宮尾がじゃぶじゃぶと川の中に踏み込んだ。
「お、おい、何処に行くんだよ」
私は慌てて二人に声をかけたが、二人は全く構わず川の中を進んでいく。
自分も追いかけるべきか?
そう思い足を踏み出そうとした瞬間だった。
「お前さんは駄目だ」
いきなり誰かが私の腕をガシッと掴んだ。
驚いて振り返ると。ずいぶん昔に流行ったヤッケを着た壮年の登山者が、私の手をぎゅっと握りしめていた。
「どういう事です、それにあなたは?」
そう質問した瞬間、急にずきんと頭に痛みが走り、思わず私は悲鳴を上げた。
「意識戻ったみたいだぞ!」
耳に誰か知らない男の声が聞こえた。
いつ目を閉じたのか忘れたが、とにかくその目を開けると、白いヘルメットをかぶりオレンジ色のレスキュー服を着た男が自分を見下ろしていた。
「こ、ここは…」
声がかすれている。なぜか全身に力が入らなかった。
目の前の男が答えた。
「君たちのパーティーは二日前に南面のガレ場で滑落したんだよ。到着しないと言う山小屋の連絡で捜索して発見したんだ。助かったのは君だけだ」
私は衝撃を受けた。
「じゃ、じゃあ、佐藤と宮尾は…」
山岳レスキュー隊員は、ゆっくり首を振った。
そんな、いったいなぜ滑落など…
混乱する私の耳に、別の男の声が聞こえてきた。
「大変だ、このすぐ裏の岩の下に、別の遭難者が!」
私を見下ろしていたレスキュー隊員が驚いて立ち上がった。
「亡くなった二人以外にも巻き込まれた者がいたのか? 登山計画書は他に出ていなかったろう?」
するともう一人のレスキュー隊員が、低い声で言った。
「いや、この仏さんかなり前のものです。二人とも白骨化してますし、着てる装備もかなり古いものです。今どき、ヤッケなんて着る登山者居ないでしょう…」
そこで私は何となく理解した。
佐藤と宮尾は、おそらくその二人に連れていかれたのだろうと。自分たちを見つけてもらう代償に。
山は時に残酷な罠を張る。私はそれを自分の身で知ったのだった。
その日も古い友人二人と一緒に奥武尊を歩いていた。
平日という事もあって、他の登山者には殆ど会わなかった。
鬱蒼とした林の続く登りの細道を私は三人の中央で進んでいた。
もう少しで林が切れると言うあたりで、先頭を歩いていた佐藤が「こんにちは」と挨拶をした。
山で他の登山者とすれ違う時は挨拶するのが基本だから自分も挨拶しようと前を見たが、そこには誰の姿も見えない。
おやっと思って首を傾げた時、後ろを進む宮尾も「こんにちは」と声を上げた。
林を抜けて、道がガレ場になった所で私は二人に聞いた。
「お前ら誰に挨拶してたんだ?」
すると、佐藤も宮尾も不思議そうに私を見て言った。
「何言ってるんだよ、お前こそあの人たちに何で挨拶しなかったんだよ」
「ああ、ちゃんと二人組の壮年の登山者とすれ違ったじゃないか」
だが、間違いなく自分には誰も見えていなかった。
どういうことだろう?
首を傾げた時、急にガラガラという大きな音が響いた。
何か起きたかと思った次の瞬間、ふっと意識が遠のいた…
気付いた時私は佐藤と宮尾と共に河原を歩んでいた。
はて、どういうことだろう。
記憶が飛んだのだろうか?
それにしても、この川は山の沢にしては流れが広い。
ここはいったい何処なのだろう?
その時、いきなり佐藤と宮尾がじゃぶじゃぶと川の中に踏み込んだ。
「お、おい、何処に行くんだよ」
私は慌てて二人に声をかけたが、二人は全く構わず川の中を進んでいく。
自分も追いかけるべきか?
そう思い足を踏み出そうとした瞬間だった。
「お前さんは駄目だ」
いきなり誰かが私の腕をガシッと掴んだ。
驚いて振り返ると。ずいぶん昔に流行ったヤッケを着た壮年の登山者が、私の手をぎゅっと握りしめていた。
「どういう事です、それにあなたは?」
そう質問した瞬間、急にずきんと頭に痛みが走り、思わず私は悲鳴を上げた。
「意識戻ったみたいだぞ!」
耳に誰か知らない男の声が聞こえた。
いつ目を閉じたのか忘れたが、とにかくその目を開けると、白いヘルメットをかぶりオレンジ色のレスキュー服を着た男が自分を見下ろしていた。
「こ、ここは…」
声がかすれている。なぜか全身に力が入らなかった。
目の前の男が答えた。
「君たちのパーティーは二日前に南面のガレ場で滑落したんだよ。到着しないと言う山小屋の連絡で捜索して発見したんだ。助かったのは君だけだ」
私は衝撃を受けた。
「じゃ、じゃあ、佐藤と宮尾は…」
山岳レスキュー隊員は、ゆっくり首を振った。
そんな、いったいなぜ滑落など…
混乱する私の耳に、別の男の声が聞こえてきた。
「大変だ、このすぐ裏の岩の下に、別の遭難者が!」
私を見下ろしていたレスキュー隊員が驚いて立ち上がった。
「亡くなった二人以外にも巻き込まれた者がいたのか? 登山計画書は他に出ていなかったろう?」
するともう一人のレスキュー隊員が、低い声で言った。
「いや、この仏さんかなり前のものです。二人とも白骨化してますし、着てる装備もかなり古いものです。今どき、ヤッケなんて着る登山者居ないでしょう…」
そこで私は何となく理解した。
佐藤と宮尾は、おそらくその二人に連れていかれたのだろうと。自分たちを見つけてもらう代償に。
山は時に残酷な罠を張る。私はそれを自分の身で知ったのだった。